縁は縁でも腐ってる

長澤直流

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◆拾玖

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「…………伊織」

 暫くして美慶が小さくそう呼ぶと、先程まで誰も居なかった部屋の一角に一人の草、伊織が現れた。
 元々伊織は宗近付きの草であったが、美慶の輿入れが決まって以来、宗近の命で美慶の下に留まっている。
 再会叶わぬ二人は伊織を通じて、互いの近況などの連絡を取り合っていた。
「……ここに」
「宗宜だな――?」
「……お察しの通り、宗近様は宗宜様に一服盛られてしまわれました」
「……っ何故、宗近様は宗宜に後れをとった?」
「………………宗近様は美慶様を手放されてから暫くの間、意気消沈されておりました。そんなおり、流行病にかかってしまわれたのです」
「何故報告せなんだ!」
「美慶様にうつしてはならないと……宗近様が緘口令を敷かれたのです。暫くして宗近様もご回復の兆しがございました故、そのまま美慶様に伏せておくこととなり…………しかし、そこを狙われてしまったようでございます。宗近様付きの草からも証言はとれております。こちらを――」
 伊織は美慶に書状を見せた。そこには毒の入手先まで記されていた。
「そんなっ……毒見役は――」
「宗宜勢に呑みこまれておりました。また、事に勘付いたと思われる者は冤罪により既に消されておりました――」
 美慶は絶望に言葉を失った。
(宗近様……、お側にさえ居られたらこの身にかえてもお守り致しましたものを――、無念でございます)
「表向きは病死……宗近様の葬儀が済むまで以前敷かれた緘口令が継続されていたようでございます」
 美慶のことを思って敷いた緘口令が内側に潜む悪漢の隠れ蓑となり、宗近の首を絞めてしまったということか。
 失意の中にふつふつと沸き上がる暗い怒りに耐えるように美慶が奥歯を噛み締めた頃、伊織が訪問者に気付き姿を消した。
 美慶は涙を拭うと冷静な声音で廊下側に問うた。
「……誰ぞ」
「…………余じゃ」
 豊稔の近況を知ったのか、総満の声音は負い目を感じているのか少し弱々しく感じられた。
 ただ、今の美慶にはそんな彼の心境をおもんぱかるよりも、宗近を失った喪失感と、そうなった原因の一つでもある総満に苛立ちが募る。
「ご遠慮願います。……身内の訃報が届きました故に、配慮が出来ませぬ」
「だからこそだ、配慮などいらぬ!」
 そう言って無遠慮に障子を開けた総満に美慶は苛立ちを隠せなかったが、ふと気持ちを切り替えて一縷の望みをかけて願い出た。
「……、父上様を弔いとうございます。帰省の許可を――」
 美慶は帰省の許可が出たならば宗宜に一矢報いるつもりだった。周りにどんな目で見られようとも宗宜に媚び諂い擦り寄って確実に仕留める覚悟はあった。たとえ己の命と差し替えても――
「……ならぬ」
 しかし、総満から出た言葉は無慈悲な拒絶だった。美慶はかっとなって自らが付けていたかつらを総満に投げつけた。
 鬘を投げつけられた総満は動揺して、投げつけられた鬘と肩にかかる程度に短く切り揃えられた美慶の髪を交互に見て言葉を失う。
「ならば、早々にご遠慮願おう。今はお前の顔なぞ見とうない――っ」
 その声音はいつもの高い声ではなく、少しばかり声変わりが始まったかすれた声だった。
「其方、男だったのか」
「……いかにも、私は男でございます。残念でございましたな」
「野神家を欺いたのか?」
「訳あっての事ではございましたが、結果そうなってしまった事に言い訳は致しませぬ。……しかしながら、 そちらにも非があるのではございませぬか? 紛らわしい格好での顔合わせではございましたが、御前様の眼は男女の区別もつかぬ節穴でございましょう?」
「余を愚弄するとは……一族もろとも滅ぼされる覚悟はあるのか」
 総満が美慶の胸ぐらを掴むと、美慶は顔を歪めながら総満を睨んで口を開いた。
「……それこそ願ったり叶ったりというもの。今すぐ私の首をはね、そのままあの国を――豊稔を滅ぼしてくださいませ!」
 美慶の意志の強い目に一瞬たじろぐも、冷静さを取り戻した総満は美慶に静かに問いかける。
「何故、そのような。……自身の命、自身の里ではないか……」
「…………宗近様亡き後、……もはや私には自身の命にも、あの国にも価値など見いだせませぬ」
 総満の冷静な声音に、かっとなっていた美慶の頭も冷え、美慶はポツリポツリと心情を語りだした。
「宗近殿は其方にとってそんなに大切な者なのか――」
「宗近様は何もない赤の他人だった私に愛を教えてくださった御方。私の全てであり、私の命よりも尊い御方」
「赤の他人だった? ……実父ではないと――?」
「宗近様の実子は早菜姫様唯一人でございます。私は子とはいえ、幼い頃に宗近様に拾われた浮浪孤児の名無しでございます故――」
 その実、美慶は自分の誕生日を知らない。見た目からして総満と大差なかろうが、年端も行かぬうちに捨てられたため実年齢は判らなかった。そんな美慶が、名を与えられ、元服するまで不自由なく生き長らえることが出来たのはひとえに宗近のおかげだった。
「その恩に報いたいと?」
「……いけませぬか?」
「私情に囚われ里を滅ぼすとは愚かだ――。民が苦しむのだぞ」
 民が苦しむ、その言葉に美慶は一瞬瞳を揺らめかせたが強い意志で言葉を紡いだ。
「……構いませぬ」
 だが、その言葉は少しだけ弱々しいものだった。
 総満は美慶の胸ぐらから手を放すと溜息を吐いて言った。
「何が望みだ、言ってみろ」
「宗近様の仇を――、宗宜の首が欲しゅうございます」
「宗宜……、宗近殿の姉の子息だったな。宗近殿は身内にやられたのか。証拠はあるのか?」
「……伊織」
「ここに」
「この者は?」
「私個人の草でございます。ご容赦くださいませ」
 伊織は総満に先程の書状を渡して見せた。暫し、その書状に目を通すと、総満は美慶を見て口端を上げる。
「この様な証拠があるならばなぜ訴えぬ」
「宗近様亡き後、誰が立ってももみ消されてしまいまする」
 宗宜はそれくらいの力を持っている。
「ふん、たわいも無い!…………余がその首掻っ切ってきたならば、其方は余に何を差し出せる?」
「…………私は何の力も持たぬ身故、差し出せるものはただ一つにございます。こんな無価値な命でよろしければ……御前様に差し上げましょう」
「足らぬ。その身も差し出せ」
「……物好きな方でございますな」
 美慶は自嘲気味に力なく笑って言った。
「承知致しました。望みのものを手にした暁には、この薄汚れた躰でよろしければ差し上げまする」
「二言は無いな」
「ございませぬ」
 美慶は総満の鋭い眼差しから目を逸らさずにそう答えた。
「……其方、名は何と申す」
「坂…………いえ、美慶。ただの美慶でございます」
 その日、その時から美慶は宗近亡き後の坂口の姓を名乗ることをやめた。
「みよし、好い響きじゃ。…………御身を厭えよ」
 総満は乱れた美慶の衿を直し、立ち上がると踵を返してその場を後にした。
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