乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

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21 彼の過去

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 言ってから、しまったと思う。
 これじゃあ告白みたいじゃない……!
 頬がどんどん熱くなる。
 ああああどうしよう、オリヴィアみたいにルシアンに興味津々だと思われたら嫌われちゃうかも。

「私のことが気になるのですか」

「あの、変な意味じゃなくて……」

「別に構いませんよ。私のことが気になるのですね」

「そ、そこ繰り返さないで……」

 彼がクスッと笑う。
 ……もしかして、からかわれている?

「その、本当に深い意味は……ないんです……」

「あなたのことだから、本当に深い意味はないのでしょうね」

「はい、そうなんです」

「まあいいでしょう、想定の範囲内です」

「?」

「ああ、聖力の話でしたね。子供の頃、魔獣に襲われたときに発現したんです」

 無表情に戻った彼が、淡々と告げる。

「魔獣に……?」

「はい。私は北方の小さな町に両親と住んでいましたが、たった一晩でその町は魔獣に滅ぼされました。被害がそこまで大きくなったのは、炎系の魔獣だったからです。家に火をつけられ、それらが燃え広がり、人々は焼け死ぬか外に出て襲われるしかありませんでした」

 とっさに言葉が出てこない。
 すべてを失ったと聞いていたんだから、もっと慎重になるべきだった。

「……ごめんなさい。安易に過去を聞くべきではありませんでした」

「それは気にしないでください。言いたくないのなら理由をつけて言いませんでしたから。あなたは聞きたくありませんでしたか?」

「そうではありません。でもあなたにとってつらい過去なのに、その……」

「もう遠い昔のことです。話すことをつらいとは感じません」

「……」

 場が静まり返る。
 その静寂を破るように、彼が私に紅茶を淹れてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「もう少し、私の過去の話を詳しく聞きますか? オリヴィア」

「……えっ?」

 彼がテーブルの上で指を組む。

「概要は先ほどの通りですが、あなたが嫌でないのなら詳細をお話しします」

「でも……」

 ルシアンの意図がよくわからない。
 つらい過去を、なぜ私に詳しく話そうとするのだろう。
 過去が原因で情動が薄い人間になってしまったと、聖皇は言っていた。
 原因となったその出来事が気にならないわけじゃない。でも、これ以上聞いてもいいものなんだろうか。

「先ほども言った通り、話すことをつらいとは感じません。あなたが私について知りたいと思ったのなら、まずはその出来事について話すべきかと思いました。大神官ルシアンのルーツはそこにありますので」

「わかり、ました……。ルシアンが嫌でないのなら」

 彼がかすかに笑みを浮かべた。

「では、まずは両親の話からしましょうか。私の父は片目を失って引退した元聖騎士、母は元神官でした。攻撃魔法を使えるほど強い神官ではありませんでしたが」

 ご両親が神殿関係者だったんだ。
 血筋的にはエリートっていうことかな。

「町が襲撃されたあの日、両親は私を森に逃がし、決して戻ってくるなと言いました。父は剣を手に森へと続く橋の手前に立ち、母はその後方でサポートをすることに。母は事故で片足があまり動かなかったので、一緒に逃げるのは無理だったという理由もあるでしょう。どちらも覚悟を決めていたのだと思います」

 遠くを見る目で、ルシアンが話す。
 悲しそうな表情というわけではない。ただ、遠くを見ていた。

「私だけでなく、生き残った町の人は森へと逃げ込み、辺境の神殿を目指しました。ですが、子供だった私は自分の感情を制御できず、愚かにも元来た道を戻りました。橋の付近には何体もの魔獣の死骸、そして力尽きた両親が。……父も母も、最期まで頑張ってくれたのでしょう」

 淡々とルシアンが語る。
 まるで物語を朗読しているかのように。
 話を聞いているこちらが泣きそうになってくる。

「子供らしく泣き喚いたのを憶えています。そして、生き残っていた三匹の魔獣に襲われました。たちの悪い魔獣たちで、ちょうどよい玩具である私を少しずつ傷つけいたぶって愉しんでいました。そんな中、強い生への執着ゆえか……私は突如強い聖力に目覚め、攻撃魔法で魔獣を打ち滅ぼしたのです」

 攻撃魔法は神官の中でも使える者は稀だとルシアン自身が言っていた。
 命の危機に瀕した極限状態だったとはいえ、それを子供が使えたなんて。

「攻撃魔法は子供には大きすぎる力で、私は意識を失ってしまいました。次に目が覚めた時は、辺境の神殿でした。町の人からの知らせを聞いて駆けつけた聖騎士が助けてくれたようです。その後、神官や聖騎士が両親と町の人々を丁重に弔ってくれました」

「そうだったんですね……」

「その頃は王家と神殿の騎士の奪い合いのせいで魔獣対策が不十分でしたから、そういう悲劇は珍しくありませんでした。だから私は聖皇のもと、リディーア女神教の力を取り戻すことに尽力しているのです」

 もう彼のようにすべてを失う人間が現れないように、ということなんだろう。
 だから彼は神殿のために尽くすんだ。

「……話してくださってありがとうございます」

 話したことでやっぱり彼がつらい思いをしたんじゃないか。
 そう思うけど、謝罪は自己満足にしかならないからやめた。

「どういたしまして。私のこと、何かわかりましたか?」

「そうですね……立派なご両親に育てられたんだなということと、やっぱりルシアンは優しい人なんだなと思いました」

 ルシアンが不思議そうな顔をする。

「優しい?」

「ルシアンと同じような境遇の人を作らないために、神殿が力を取り戻すことに尽力しているんでしょう?」

「その点だけに着目すれば善人に見えるかもしれませんが、私は博愛主義者ではありません。根底にあるのは、後悔と両親への罪悪感です。こんな力があるなら、なぜもっと早くに目覚めなかったのか、と」

 そうすれば両親は死なずに済んだのに、という思いは当然あるんだろう。
 でも、おそらくご両親が亡くなったショックもあって力に目覚めたのだろうし、それに関してはどうしようもなかったと思う。
 だから、せめてその力を神殿のために使おうとしているんだろう。ご両親とも関係があり、なおかつ魔獣から人々を守ってきた歴史を持つ神殿のために。

「ルシアンの力はきっと……本来はもっと大人になってから目覚めるはずの力だったんです。ご両親が守ってくれた命を消したくない、生きたいという強い気持ちが、その力を呼び覚ましたのだと思います」

「……」

「そしてルシアンはただ後悔するだけでなく、神殿が力を取り戻して魔獣に襲われる人が少なくなるよう努力してきたんですよね? それは後悔や罪悪感だけでなく、他人を思いやる気持ちがないとできないことだと思います。だから、やっぱりすごい人だと思うんです」

 そんな単純な話じゃないとわかっている。
 彼にしかわからない苦しみや葛藤もたくさんあったんだろう。
 それでも、今は彼にそう伝えたかった。

「私はあなたが言うような人間ではないのですが」

「私からはそう見えたというだけです。ルシアンのことを怖い人だと思っている人もいるでしょうし、きっと正解は人それぞれです」

 ふ、と彼が小さく笑った。
 そしてしばし黙り込む。

「……あなたと話したことで、気づきました」

「?」

「私は、心のどこかで自分を嫌悪していたのかもしれません。両親を助けるためではなく、死にたくない、生きたいという気持ちで能力を目覚めさせた自分のことを」

「死にたくないのも生きたいのも誰だって同じです。その気持ちだけは誰よりもわかるつもりです。そしてルシアンも、その気持ちは自然なことだと言ってくれたじゃないですか」

「……そうでしたね」

「そう言われたとき、本当にうれしかったんです。救われたような気持ちになりました」

 自然と、笑みが浮かぶ。
 あの時のことを思い出すと、心が温かくなった。

「だから、ルシアンが力に目覚めた一番の要因が生きたいという願いだったとしても、決して嫌悪するようなことじゃありません。私はルシアンが生きてここにいてくれてよかったと思います」

「……ありがとう、オリヴィア」

 彼が優しく微笑する。
 氷のような美貌だと思ってきたのに、今はまるで天使のように見える。
 あまりのきれいさに、ドキドキするよりも見とれてしまった。
 彼がふと横を向いて、口元に手をやる。……笑っているようだった。

「ルシアン?」

「いえ……あなたが口を開けている様が、あまりにも、そう……愛らしかったもので」

 くく、と彼が笑う。
 その笑い方、愛らしいっていうか間抜け面だと思ってたよね!?
 もう!

 ……あれ、そういえば。
 ルシアン、いつの間にか二人きりのときでも私を自然に「オリヴィア」と呼ぶようになってる。
 私を聖女オリヴィアとして受け入れているってことかな。

 なんにしろ、今日話してみてあらためて思った。
 ルシアンを疑うのはやめようと。
 今日触れたのは、彼の過去と心のほんの一部に過ぎない。
 でも、私の心がこの人を信じたいと言っている。だからもうどうしようもない。
 それで何か不利益を被っても、それは私の見る目がなかっただけだと諦めよう。

 心を決めると、なんだかすっきりした。
 よし、もう日記に惑わされるのは終わり。
 でも、何かの役に立つかもしれないから、情報だけはいただいておかないとね。
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