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第一章
第三話 長男の性
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「おはよう」
低く、それでいて鼓膜を優しく揺らす音がした。意識が少しづつ浮上していくにつれて眩しさを感じる瞼。暗い所へ戻りたくて体をくねらせ毛布を被り丸まった。
「ぅぅう…」
「何してんだ、そのまま蓑虫にでもなるつもりか?」
「うぅ…なる……。」
「なるのかよ」
冗談言ってないで起きろよと笑いながらくるまった毛布ごと軽々抱き起こされる。巻かれたままさり気なく洗面所まで背中を押され、顔を洗って目覚めろと示唆しているのだろう。
「着替える前に印だけ見してな」
時雨の頭をふんわりと撫でた紅葉はリビングへ戻って行った。おそらく朝食の準備をしに行ったのだろう。
「ほんと、お母さんみたい」
タオルに濡れた顔を押し付け嫌味ったらしく独りごちる。だがそれがまた彼には暖かくて、この上なく嬉しいのだ。
「おはよ」
「おはよう。やっと羽化したな。蓑虫め」
「まだ蛾になりたくない」
「そこじゃねぇだろ否定しろよ」
「いただきます!」
「あっ!お前!」
食べながらくすくすと笑う時雨に呆れたように食べ始める紅葉。これが彼らのいつもの光景だ。
──
─
「あちゃー、こりゃまずいな」
「うわきも」
着替える為服を脱いで白く細い腕が見えたと同時に発された一言だ。昨日時雨が一つ目の妖に襲われた。そのとき押さえ付けられ痣程度だった手首は赤黒く変色し、日焼けの知らない白く透き通る肌を病的な迄に見せた。それだけならよかったのだが問題は印の方にあった。
「触っていいか?」
「いいけど、触って大丈夫なもんなの?」
「危なかったら離す」
「そういう問題じゃないよ…ひっ、」
胸にある印に紅葉が触れる。冷たさに声が漏れるが一瞬で離された。
「なに、?」
「今日休むか?」
紅葉によるとこの印は目印としての役割と、妖力を吸い取ることが出来るのだそう。そのため昨日より今日の方が倦怠感を感じるし、妖と違って妖力=生命力ではないが人間に例えると血を抜かれ続けるようなものなので命にも関わってくるという。そのため情報収集はしてくるからそれまで休んでいて欲しいと言うことを伝えられた。
下がった眉、こちらを気遣う優しい声音。それだけで心配だということが伝わってきた。いつもならばこれに負けて休むのだが時雨にも思いがあった。
「学校は行くよ」
「!……そうか、」
「辛くなったら帰ってくるから心配しなくても大丈夫だよ」
「あぁ。気を付けてな」
紅葉は複雑な心境だった。時雨は人間関係に上手く馴染めないこともあり昔から学校など行きたくないと言っていた。嫌なら行かなくても出席日数が足りていればいいのだろう?と紅葉が言えば、そうすると言っていた彼が自主的に行くとそう言ったからだ。
さらに心配な事と言えば彼は自分に関して無頓着なところがある。今まで過ごしてきて辛くなったからと早退してきたことなどない。迎えに行くといるのはすでに無理をした彼だ。
感情がどこか欠けている妖に人間の心なんぞハッキリ理解できる訳では無いが時雨の性格的に自分一人だけ休むと何かしら事情が良くないのだろう。
紅葉は無理にでも我慢する彼を見ていられなくて何度甘い言葉を囁いてきたか。
だが今回紅葉は止めなかった。彼の意思を尊重したかったからだ。何かあったらあのお人好しな人間がどうにかしてくれるだろうと一方的に顔見知りの時雨のクラスメイトへと思いを託したのだった。
──
─
喧騒に包まれる教室。扉を開ける瞬間はいつだって苦手だ。何も無いように取り繕いはするけれどあの集まる視線はいつになっても好きになれなそうだと扉の前で溜息をつく。なるべく音を鳴らさないようにスライド式の扉をゆっくり開けるのは最早癖と言っても過言では無い。それでも築数十年の校舎はさも当たり前のように無慈悲に音を立てた。
「おはよ。怪我はもう大丈夫?」
椅子に腰掛け、学生鞄から教科書類を取り出していると急に隣から声がした。(否、急という表現は教室の扉から入った時からずっと彼の視線を感じていたので違うかもしれない。)
まだクラスメイトと会話をしていない時雨が横を見ずとも昨日のお節介な彼だと結論付けるのは早かった。そして今無視をしてものちのち絡まれるというのも目に見えていた。
「おはよう、そんな深い傷じゃないよ」
ただの擦り傷だしと口に出せばくつくつと笑い出すお節介。彼の笑いの沸点が全く分からない時雨は立ち所に無視を決め込み授業の予習へと思考を飛ばした。
──
─
授業中、ふと脳裏を過ぎったのは隣の席の転校生の事だ。名前は忘れたけど中性的な名前だなって思った記憶があるから多分もう一度聞かない限りは思い出せないだろう。
名前より印象に残ったのは昨日の突き放すような自己紹介とその後の自分だけが見えた申し訳なさそうな表情。そんな顔をするならもっと親しみやすい自己紹介をすればいいのにと思ったが、シャイな性格で言いたい事が話せないのかなと察した。その思考に行き着いた途端長男としての血が騒ぎどうにか彼とクラスメイトを、あわよくば自分だけでも話せるようになって欲しいとパッシブスキル、お節介が発動した。
そしてこの二日間で分かったことは
・囲まれるのが苦手
・怪我が多い
・話し掛けると意外と反応してくれる(やっぱりシャイなだけなのかもしれない)
・礼儀正しく、挨拶はきちんとする
・警戒心の高い猫みたいな性格
ということだ。
特に傷の具合を聞いた時、実際は大怪我をしたけど弱く見られたくなくて頑なに痛くないと目に膜を張りながら意地を張っている子供みたいだと思わず笑ってしまった。(拗ねて話を聞いてくれなくなる所とか特にそっくりだった。)そんな所が弟を見ているようで我知らず頭を撫でてしまいそうになった程だ。
そんな一件もあり四人きょうだいのしっかり者の長男、来栖誠人の世話焼き性分に火を付けたのであった。
低く、それでいて鼓膜を優しく揺らす音がした。意識が少しづつ浮上していくにつれて眩しさを感じる瞼。暗い所へ戻りたくて体をくねらせ毛布を被り丸まった。
「ぅぅう…」
「何してんだ、そのまま蓑虫にでもなるつもりか?」
「うぅ…なる……。」
「なるのかよ」
冗談言ってないで起きろよと笑いながらくるまった毛布ごと軽々抱き起こされる。巻かれたままさり気なく洗面所まで背中を押され、顔を洗って目覚めろと示唆しているのだろう。
「着替える前に印だけ見してな」
時雨の頭をふんわりと撫でた紅葉はリビングへ戻って行った。おそらく朝食の準備をしに行ったのだろう。
「ほんと、お母さんみたい」
タオルに濡れた顔を押し付け嫌味ったらしく独りごちる。だがそれがまた彼には暖かくて、この上なく嬉しいのだ。
「おはよ」
「おはよう。やっと羽化したな。蓑虫め」
「まだ蛾になりたくない」
「そこじゃねぇだろ否定しろよ」
「いただきます!」
「あっ!お前!」
食べながらくすくすと笑う時雨に呆れたように食べ始める紅葉。これが彼らのいつもの光景だ。
──
─
「あちゃー、こりゃまずいな」
「うわきも」
着替える為服を脱いで白く細い腕が見えたと同時に発された一言だ。昨日時雨が一つ目の妖に襲われた。そのとき押さえ付けられ痣程度だった手首は赤黒く変色し、日焼けの知らない白く透き通る肌を病的な迄に見せた。それだけならよかったのだが問題は印の方にあった。
「触っていいか?」
「いいけど、触って大丈夫なもんなの?」
「危なかったら離す」
「そういう問題じゃないよ…ひっ、」
胸にある印に紅葉が触れる。冷たさに声が漏れるが一瞬で離された。
「なに、?」
「今日休むか?」
紅葉によるとこの印は目印としての役割と、妖力を吸い取ることが出来るのだそう。そのため昨日より今日の方が倦怠感を感じるし、妖と違って妖力=生命力ではないが人間に例えると血を抜かれ続けるようなものなので命にも関わってくるという。そのため情報収集はしてくるからそれまで休んでいて欲しいと言うことを伝えられた。
下がった眉、こちらを気遣う優しい声音。それだけで心配だということが伝わってきた。いつもならばこれに負けて休むのだが時雨にも思いがあった。
「学校は行くよ」
「!……そうか、」
「辛くなったら帰ってくるから心配しなくても大丈夫だよ」
「あぁ。気を付けてな」
紅葉は複雑な心境だった。時雨は人間関係に上手く馴染めないこともあり昔から学校など行きたくないと言っていた。嫌なら行かなくても出席日数が足りていればいいのだろう?と紅葉が言えば、そうすると言っていた彼が自主的に行くとそう言ったからだ。
さらに心配な事と言えば彼は自分に関して無頓着なところがある。今まで過ごしてきて辛くなったからと早退してきたことなどない。迎えに行くといるのはすでに無理をした彼だ。
感情がどこか欠けている妖に人間の心なんぞハッキリ理解できる訳では無いが時雨の性格的に自分一人だけ休むと何かしら事情が良くないのだろう。
紅葉は無理にでも我慢する彼を見ていられなくて何度甘い言葉を囁いてきたか。
だが今回紅葉は止めなかった。彼の意思を尊重したかったからだ。何かあったらあのお人好しな人間がどうにかしてくれるだろうと一方的に顔見知りの時雨のクラスメイトへと思いを託したのだった。
──
─
喧騒に包まれる教室。扉を開ける瞬間はいつだって苦手だ。何も無いように取り繕いはするけれどあの集まる視線はいつになっても好きになれなそうだと扉の前で溜息をつく。なるべく音を鳴らさないようにスライド式の扉をゆっくり開けるのは最早癖と言っても過言では無い。それでも築数十年の校舎はさも当たり前のように無慈悲に音を立てた。
「おはよ。怪我はもう大丈夫?」
椅子に腰掛け、学生鞄から教科書類を取り出していると急に隣から声がした。(否、急という表現は教室の扉から入った時からずっと彼の視線を感じていたので違うかもしれない。)
まだクラスメイトと会話をしていない時雨が横を見ずとも昨日のお節介な彼だと結論付けるのは早かった。そして今無視をしてものちのち絡まれるというのも目に見えていた。
「おはよう、そんな深い傷じゃないよ」
ただの擦り傷だしと口に出せばくつくつと笑い出すお節介。彼の笑いの沸点が全く分からない時雨は立ち所に無視を決め込み授業の予習へと思考を飛ばした。
──
─
授業中、ふと脳裏を過ぎったのは隣の席の転校生の事だ。名前は忘れたけど中性的な名前だなって思った記憶があるから多分もう一度聞かない限りは思い出せないだろう。
名前より印象に残ったのは昨日の突き放すような自己紹介とその後の自分だけが見えた申し訳なさそうな表情。そんな顔をするならもっと親しみやすい自己紹介をすればいいのにと思ったが、シャイな性格で言いたい事が話せないのかなと察した。その思考に行き着いた途端長男としての血が騒ぎどうにか彼とクラスメイトを、あわよくば自分だけでも話せるようになって欲しいとパッシブスキル、お節介が発動した。
そしてこの二日間で分かったことは
・囲まれるのが苦手
・怪我が多い
・話し掛けると意外と反応してくれる(やっぱりシャイなだけなのかもしれない)
・礼儀正しく、挨拶はきちんとする
・警戒心の高い猫みたいな性格
ということだ。
特に傷の具合を聞いた時、実際は大怪我をしたけど弱く見られたくなくて頑なに痛くないと目に膜を張りながら意地を張っている子供みたいだと思わず笑ってしまった。(拗ねて話を聞いてくれなくなる所とか特にそっくりだった。)そんな所が弟を見ているようで我知らず頭を撫でてしまいそうになった程だ。
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