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白波立つ会遇
三
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普段と変わらぬ景色、変わらぬ匂い、変わらぬ肌を撫でる風、変わらぬ音。
通常通りのこの場所は、変わり続ける社会や環境を忘れさせる。漠然とした不安さえもこの風が拐って遠くまで持っていってくれそうな、そんな無条件の包容感。
暖かい日差しに肌寒い風。寝ぼけた頭が冷静さを取り戻すのはそう難儀ではなかった。そして覚めた脳で辺りを見渡せばまた新鮮な気持ちで感じられる。
ふと視線の先にカメラを構える男性が見えた。こんな朝早くにわざわざ海まで来るのは自分だけではなかったらしい。あの人がここに来るのは今日限りかもしれないが誰も知らなかった景色を美しいと思い写真に残そうとしてくれている気持ちに嬉しくなった。
「よく撮れた?」
「ええ。撮れましたよ。…それにしても海は出会いが多いですね」
ボソリと聞こえた文に意外と自分と同じことを考える人が多いのだと知った。周りに合わせたいのに周りと思考が違うのか少人数側になりやすかったため自分の意見が言えずにいた。そして周りに頼り、縋ることしかできないそんな自分が嫌だった。
この場所にいればそんな自分も曝け出せるかもと思えた。もしかしたら今まで足繁く通ってきているが時間が合わないだけで同じ意見の人がいるかもしれない。と高揚した。
「Do you like the sea?」
「Yes. It's been a long time since I came here, but it's a good thing.」
「えっ話せるの?」
「just a little.発音はまだまだですけど」
少しだけ、と何かを摘み上げるときのような親指と人差し指の形を作り、照れくさそうに指の隙間を狭めている。そういう彼の発音はかなりイギリスの発音に近い。
「昔住んでたの?」
「いえ、海外に行きたくて勉強してるんです」
「旅行ならそのレベルで十分だよ」
「そこに住んでる人の話とかも聞きたいのできちんと学びたいんです」
きっと感情による微妙なニュアンスの単語なども知り、詳しく相手の言葉を読み取りたい、という事だろう。そんな勤勉さに彼のことを少し知りたくなった。初め、カメラを構える姿に目を惹かれたのは彼の勤勉さや真面目さが滲み出ていたからかもしれない。
「How nice オレでよければ教えるよ、ハーフだし。」
「ハーフでも話せない人居るみたいですし凄いですよ!確かに彫りが深いなあと思いましたがまさかハーフだとは…というかいいんですか!?ぜひ教わりたいです!」
周りからハーフは英語が話せると思われる、─実際話せたため困ることは無かったのだが─その固定概念が嫌だった。皆が英語を勉強したように自分も独学で日本語を勉強しているというのにハーフはどちらの言語も話せるという先入観から、そうだと決め付けられていた。
そう言われるのが嫌で、いつしか皮肉のように自分からハーフだから話せると言うようになった。
そんな自分の環境を否定するかのように彼はあっけらかんとした様子で言い放った。固定概念が無く、自分だから話せると言ってくれた。しかも髪色や目の色や彫りの深さが周りと違うから外国人と思われていたこの容姿も、オレの"個性"と受け取ってくれていたらしく純粋に驚かれた。
思考が柔軟なのかとても大人びていてもっと早くに出会えていたら自分の考えが変わっていたのではとすら思わせた。
「ははっ、あはは!You're funny!」
「Right? It's often said.」
無意識に相手から自分を曝け出させる彼はきっと人に寄り添うのが上手いのだろう。ちょうど良い距離を保ちつつも心の奥底に隠していたはずの話を初対面なのに話してしまう。触れてほしくない話題なのに話しても嫌悪感を抱かないし抱く前に話が逸れている。そんな不思議な力があった。
「…オレさ、暗いの嫌いなんだ。というかscared」
大人になって暗闇が怖いなどと恥ずかしい奴だとは分かっている。けれど、貶されたとしてもただ聞いて欲しくて自傷的に海を眺める。悟った彼は黙って耳を澄ませてくれる。
「こういうの暗所恐怖症って言うらしいね。子供の時、暗いところで怖い思いをしたからだろうって言われた。オレん家親が厳しくて躾の一環で怒られると鍵のある暗い部屋に閉じ込めるんだ。子供の頃って、お化け信じるでしょ?それで暗闇が怖くて。まあそのおかげでやんちゃもやめたけどさ」
朝の清々しい空気感や彼の存在があるからなのかあの時の記憶が思い起こされるが、恐怖は無かった。
「でも静かで寂しくて、暗くて怖くて心細くて。だから広くて明るいここに来てるんだ」
「苦手なところに閉じ込めて改善させる、という教育方針に僕一人の判断で善し悪しを決めることは出来ませんが…この場所が貴方の救いになっているのなら良かったなって思います」
何も対処法がないのは辛いですからと穏やかで暖かい海を見つめる不思議な彼はそう告げた。
「うん、確かにそうかも」
長年思い悩んでいた事が少し晴れた気がした。
「明日も来ますか?」
「うん。毎日来てるよ」
「もし良かったら明日も来るので英語、教えてもらえませんか?」
「そんなこと?I don't care.」
「あ、もしかしたらもう一人増えるかもしれないです」
「人数多い方が楽しいし大丈夫だよ」
ありがとうございます!僕はそろそろ寝ますねと言葉を残し去っていく彼。この時間なら早起きして来るはずなのに今から寝るんだ、いつからいたのだろうか。そういえば自分が来る前から居たなと思い出す。
自分ももう少ししてからここを後にしようと去り際までこの景色を目に焼き付けた。
通常通りのこの場所は、変わり続ける社会や環境を忘れさせる。漠然とした不安さえもこの風が拐って遠くまで持っていってくれそうな、そんな無条件の包容感。
暖かい日差しに肌寒い風。寝ぼけた頭が冷静さを取り戻すのはそう難儀ではなかった。そして覚めた脳で辺りを見渡せばまた新鮮な気持ちで感じられる。
ふと視線の先にカメラを構える男性が見えた。こんな朝早くにわざわざ海まで来るのは自分だけではなかったらしい。あの人がここに来るのは今日限りかもしれないが誰も知らなかった景色を美しいと思い写真に残そうとしてくれている気持ちに嬉しくなった。
「よく撮れた?」
「ええ。撮れましたよ。…それにしても海は出会いが多いですね」
ボソリと聞こえた文に意外と自分と同じことを考える人が多いのだと知った。周りに合わせたいのに周りと思考が違うのか少人数側になりやすかったため自分の意見が言えずにいた。そして周りに頼り、縋ることしかできないそんな自分が嫌だった。
この場所にいればそんな自分も曝け出せるかもと思えた。もしかしたら今まで足繁く通ってきているが時間が合わないだけで同じ意見の人がいるかもしれない。と高揚した。
「Do you like the sea?」
「Yes. It's been a long time since I came here, but it's a good thing.」
「えっ話せるの?」
「just a little.発音はまだまだですけど」
少しだけ、と何かを摘み上げるときのような親指と人差し指の形を作り、照れくさそうに指の隙間を狭めている。そういう彼の発音はかなりイギリスの発音に近い。
「昔住んでたの?」
「いえ、海外に行きたくて勉強してるんです」
「旅行ならそのレベルで十分だよ」
「そこに住んでる人の話とかも聞きたいのできちんと学びたいんです」
きっと感情による微妙なニュアンスの単語なども知り、詳しく相手の言葉を読み取りたい、という事だろう。そんな勤勉さに彼のことを少し知りたくなった。初め、カメラを構える姿に目を惹かれたのは彼の勤勉さや真面目さが滲み出ていたからかもしれない。
「How nice オレでよければ教えるよ、ハーフだし。」
「ハーフでも話せない人居るみたいですし凄いですよ!確かに彫りが深いなあと思いましたがまさかハーフだとは…というかいいんですか!?ぜひ教わりたいです!」
周りからハーフは英語が話せると思われる、─実際話せたため困ることは無かったのだが─その固定概念が嫌だった。皆が英語を勉強したように自分も独学で日本語を勉強しているというのにハーフはどちらの言語も話せるという先入観から、そうだと決め付けられていた。
そう言われるのが嫌で、いつしか皮肉のように自分からハーフだから話せると言うようになった。
そんな自分の環境を否定するかのように彼はあっけらかんとした様子で言い放った。固定概念が無く、自分だから話せると言ってくれた。しかも髪色や目の色や彫りの深さが周りと違うから外国人と思われていたこの容姿も、オレの"個性"と受け取ってくれていたらしく純粋に驚かれた。
思考が柔軟なのかとても大人びていてもっと早くに出会えていたら自分の考えが変わっていたのではとすら思わせた。
「ははっ、あはは!You're funny!」
「Right? It's often said.」
無意識に相手から自分を曝け出させる彼はきっと人に寄り添うのが上手いのだろう。ちょうど良い距離を保ちつつも心の奥底に隠していたはずの話を初対面なのに話してしまう。触れてほしくない話題なのに話しても嫌悪感を抱かないし抱く前に話が逸れている。そんな不思議な力があった。
「…オレさ、暗いの嫌いなんだ。というかscared」
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