太陽はなにを照らすのか

天久 縁

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白波立つ会遇

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 気に入った写真映えのするこの海はどの表情時間帯も美しい。昨日など夜から朝まで居座ってしまった。海が荒れ、夜は危険なので閉鎖されている事もあるがここは夜も穏かなため、特にそういったことは無かった。
来場者も少ないためもしかしたら二の次にされているのかもしれない。


「こんばんは」
「ぁ、こん、ばんは」
「…!髪、」

驚きの表情をうかべる彼にしてやったりとつい口角を上げる。

「はい染めてみました!どうですか?似合います?」

昨日、24時間やっている美容室を見つけて、ひっそりと耳の下の髪を染めてみた。イヤリングカラーと言うらしい。
黒髪に白は合わないかと思ったが意外と自然に馴染んでいて、年甲斐もなくテンションが上がってしまった。

「ふふ、似合う。」

昨日は悲しい顔ばかりだったが、今日の彼は笑顔が見られた。おそろいだと優しくはにかむ彼。そうですねと微笑み返す自分。ひんやりとした海辺に似合わず暖かな空間だった。

「これでお互い見つけやすいですね」

染めた髪をつまみ上げてそんなことを言ってみる。驚きつつも嬉しそうにする彼を見て少し小っ恥ずかしくなり言葉を紡ぐ。

「あの、明日是非ここで会って欲しい人がいるんですけど、どうですか?」
「いいよ、いつ?」
「朝なんですけど…」
「あさ…」

察した通り暗いところに執着があるようで朝と知り戸惑いの声を上げた。

「一緒にいてくれる?」
「はい。元は僕が英語を教えてもらうためでむしろ付き合ってもらう感じなんですけど…」
「…ならいいよ」
「自分から言ってはなんですが無理しなくていいんですよ?」
「代わりに、」
「朝まで話しますか?なんて、」
「うん」
「!ふふっ」

昨日接してみての感想だが、話すことが苦手だが嫌いでは無い、むしろ好きらしいので冗談目かしく言ってみれば食い入るように返答が来た。そんなに会話が楽しいと思ってくれていたことに嬉しくなり頬が緩む。
まるで遊ぶ我が子を遠目に見ている時の親の感情がわかった。ようななんとも言えない微笑ましい気持ちになった。


ゆっくりと、でも着実に日が昇る様子を眺めながら雑談に耽ける。時々景色や横顔を容量メモリへ収めながら長く短い時を過ごす。

「英語得意ですか?」
「苦手、ちょっとしかわかんない」

目線を下げ、不貞腐れたように指先で冷えた砂を掻き回している彼。言動と相俟って、幼さを感じ、─おそらく歳の近い男性に─可愛いと思ってしまった。

「じゃあ一緒に学んでペラペラになりましょう!」
「ふふっおれ日本語も、ペラペラじゃないのに、先に英語、なの?」
「あははいいじゃないですか」

 随分気を許してくれたようで前より会話が弾み、緊張が解けてきたのか笑顔や冗談も見られるようになってきた。

体育座りをし、手元のいとまを和らげるように脚の間の砂を弄っていた彼がふと顔を上げた。

「初めて、かも」
「日の出ですか?」
「そう。上に昇ったのしか見た事なかったから同じ目線にあるの、ちょっと新鮮」

目線を追わずとも太陽を主語としていることは容易に理解できた。確認のため問うてみれば肯定が返ってきて、更に長文。それだけで自分に中々懐いてくれなかった猫がある日突然すり寄ってきたあのなんとも言えない喜びのような達成感のような感情が湧き上がる。
上がってしまう口角を紛らわすように上を向いた。

普段見慣れぬ半分ほどしかない太陽。いつもは無意識下にあった遠い存在の太陽が、意識を通すと少し身近に思えた。

夜風に晒されひんやりとした砂は心を冷静にしてくれる。それがまたそう思わせた一因かもしれない。

 「Good morningおはよう!なーに朝からしんみりしてるの?」

元気ハツラツといった表現が似合う流暢な英語が投げ掛けられた。隣でピクっと跳ねる肩が見えて声が漏れる。

「おはようございます」

警戒しているのかハーフの彼を見つめたまま無言を貫いている。まるで拾いたての猫のようで見ていて飽きない。

「おっ!生徒が一人増えた」
「誘っちゃったんですけど大丈夫ですか?」
No program問題ないよ!多いと楽しいもんね」

緊張してる?と顔色を伺うように顔をのぞき込むハーフの彼。

「は、はろー、?」

何か言わねばと思ったのだろうか。咄嗟に発せられた舌っ足らずな英単語。それに返答するように発音の良い英語と微笑みを返している。

初めは会わせて大丈夫かと不安になったものだが互いに気を遣う性格が波長に合ったのか、たどたどしいながらも会話を交わしているのを見るとふつふつと充実感が湧いてくる。

 そんな様子を切り取った。数日観察してここを訪れる人は自分の居場所を求めてやって来るのだと気付いた。
そしてここ以外の居場所を見つけるとここで会うことはきっとない。だがそこが辛くなればまた戻ってくればいいという逃げ救済の場所。言わば防空壕になるのだ。

今後、ここにいる者達で揃うことは無いかもしれない。だからこそ、このゆったりとした時間を噛み締めたい。そう思った。上げた視線の先には満ち足りた太陽があった。

 「ほら、夜が明けましたよ。」





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