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勇者の計画

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あれから7日ほどの偵察を経て王都へ安全に入る計画を開始した。「東洋の国からきたセオリィ・キサリギィだ。深刻な人手不足の解消案に獣人を買い求めたいと文書を送ったものだ」身分証と言われる首から下げる冒険者タグを見せた。これにはギルドから資産全ての情報が載っている。かく検問などの場所では開示情報を先に提示しそれに合意した上でタグを読み取るのが一般的である。この国では資産・クラス・進行中の依頼のみの確認だ。「資産は国家予算が降りるから今の持ち合わせはこれだけだ」いくつかの質問に答え簡易滞在許可証を発行して貰った。内容が内容であるため王様自ら出る為に数日程待つ必要があると言われリリー達は宿泊施設をとりに行くことにした。「リ、セオリィ持ち金はあるの?」エアが恐る恐る問い掛ける。「もちろんあるよ、犯罪者の国だろうとその中でモラル違反が許されるわけではないからね」異国からの来客向けに作られたのが一目でわかる区画に入り込む。雑な丸石の地面から舗装された地面に変わる。流石に東の国向けは無かった。いや、ないから選んだのだが。宿屋の扉を開けるとすぐに人の良さそうな女性が出てきた。「宿泊ですか?お食事ですか?」「2人分最長で5日ほど頼みたい。部屋は一つで問題ない」オーダーを告げると書類を手渡された。手続き書のようだ。「あんたらお客様よ?テキパキ動きなさいよ」こちらにした対応とは打って変わった厳しい口調。顔の良い獣人達が数人出てきて荷物を持ってきいますと言う。「よろしくね」荷物を手渡し案内された部屋へ行く。部屋へ入ってすぐにエアが悪態をつく。「本当に表向きは獣人も人間と同じなんだな、でも俺は騙せないぞ」「私でもわかるよ、床に落ちてた毛には血が付いてた。あれは抜け毛じゃなくて殴られて抜けたものだ」荷物を下ろしリリーは魔道具を装備した。小瓶を開いた爪の中に入れて壁に向かう。「魔導具-オンシャンダース」爪から霧が立ち込める。「結界さ、これで会話は漏れない。外から聞いても意味のない音のズレた何かに聞こえるだけ」使いの物が手紙を出すまですることの無い2人は王様と会うまでの三日間にできるだけ多くの獣人を救う計画を遂行し始めた。作戦としては至って簡単である、集団転移魔法の術式を王都全体に刻んだあと軌道軸に完成術式を落とすだけ。問題は円陣の真ん中に城があるということだけだ。エアが左回りにリリーは右回りに魔石を植えていくことにした「一応バレたらまずいことになるってことで幻視の魔法かけとくよ」魔法をかけ二手に分かれた。魔石を一つ置くたびに目に見えない線が繋がっている感覚になる。「魔力は増幅装置だ、私たちの思考を極限まで高める。だからこれだけの円陣を動かすには相当な思考能力が必要、そこで魔石なんだ」誰に話すでもなく独り言をぶつぶつと言いながら置いていく。他の人達からは普通に歩いているようにしか見えない。さらに高思考性探知魔法をこの国全体にかけている。
エアには人間と魔法の歴史を話し性質を理解させた。彼らと我々の魔法は大きく違う。

人間魔法史
最も古い書物は人造の物で5800年ほど前に、ルーンと言われる魔力を扱う為の公用語で記された書記では3000年ほど前とされている。
人類は半神族と言われる神に導かれ、神になる為の修行に一生を捧げる民族と人族という生きるために生きると言う今では考えもつかない壮絶な日々を送る人達に分かれていた。半神族は魔法と言う未知の力で人族を支配し、己が道を進む為の足掛かりとしていた。
だがある日魔法を使える人族が現れた。その名前はエスアキルスタ・ノロゾイドだ。彼は半神族だけではなく人族も魔法を使えると提唱した、だが生きるために生きる者たちに魔法を扱う知性はなく厄介者として処刑された。その後に彼を慕っていた12の家が集まり魔法を簡略的に使う為の魔導具を開発して半神族を激滅させた。
これにより人族でも魔法を使えることが普及し文化の発展が始まった。だが、このあとに独自の魔法の道を切り拓くために幾つかの者たちが各未発展の地域に赴き残忍な行為を行なった。そしてここで獣人が出てくる。

獣人魔法史
彼らは高度な身体能力と第六感を持ち合わせている。動物を狩り集落を形成し一族で最も優れたものを王と定めて崇めていた。そんな彼らは魔法を無意識的に使い身体能力を高めると言う人間よりも発展した魔法能力の保持者だった。
だが火を放つ行為や水を出す、それに雷を操るなど自然をなぞった基礎と言われる魔法を扱うことは不可能だった。それを逆手に取り今から1300年前に初めて獣人の住まう土地を見つけたロンボ・チャークラフトが侵略を開始した。彼は集落で最も優れた王とされる獣人を卑怯な手段で倒し、自然の力でも特に驚異な雷を見せ獣人を従わせた。何度も集落を出入りし全てを把握して友好関係まで築いていたロンボにとって獣人は愚かすぎたのだ。
獣人は魔法を教えてもらえず人にしか使えないものとしてそれを忌み嫌い畏れていた。最初の記録にある【ティユヌゥナバ獣四足二足分離 と言われる物に描かれた精霊との契約により強靭な力を得る。彼らはその名残か魔法が普及しても魔法を使う時に祈るのだ。

大きく違う。人間は人間、彼らは彼らでそれぞれの理解がないと衝突することになる。
魔石には事前に込めた魔力があるが魔力の流れを読み的確に配置しなければならない。人間の魔導具に頼らなければいけないが魔導具はタグ付けされた魔力の回路を起動させるもので祈っても繋がることはない。魔力キーを上手く作動させる為にAと言う言葉、Aと言うキーの解除、Aと言う回路への魔力導入、Aと言う魔法の発動。これだけの手順が必要であり、それを一瞬で行うのを頭の中で一度……と。
「ふーん、この調子で行くと2日は掛かる。エアはまだ設置に一つあたり私の六倍は要するわけだし」
今日分を置き終え宿に戻った。エアは予想よりも多く置いていたようだ。「慣れた、リリーのくれた魔導具が使いやすかったから」街で帰りに買った串を食べながら作戦の修正を行う。「この勢いだと明日までに配置が終わる。それで、3日後には王城に入る。ってなるから明日高速で終わらせて私は新しい魔導具を開発する」
会議中に眠ったエアを布団へ運び扉にもたれ掛かる。私は眠れない、いや眠らない。気絶するか首を切り落とされるかしない限りは思考が止まらない。
構築する魔路と必要な特殊魔石の種類をメモ。特殊魔石とは特殊な線を引き魔力の流れを作り、放つ種類を高速で変える道具だが人では作れず限定生産している地域から購入するしかない。この宿の近くにはその特殊魔石を扱う店舗がいくつか存在している。
「今の装備だとあと七種類足りない、それに戦闘になった時にも備えないと」装備を調整していく。短剣を取り出し軽く磨いていく。剣に描かれた王国の紋章、今となっては呪いの文字にしか見えない。服を脱ぎ肩当てと胸当てを地面に置く。笠の紐を整える。「ふぅ、少し匂ってきたな。自分すら洗ってないもんね」魔石を取り出して桶に水を貯める。「魔導具-バウォスリア」空間が広がる。その空間に巻き込まれて水の入った桶も大きく広がる。「魔導具-ストイムラップ」水に浸かるリリー、水に入るが水は溢れない。「ふぅ、ってかこれ爪濡れて大丈夫か?」ヘリに手をかけて一息つくリリー。溢れずに停滞した水を手に取り桶の中に戻していく。「空間停滞に空間拡張、それから広域探知に幻視と遮音。もはや私が魔王では?」ふとベッドの方を向くとエアがこちらをむいていた。「あ、いやその……見惚れていた」目は開いたまま、人間とは違い逸らさない。「できれば反対側を向いてもらいたいんだけど」「わかった」布団にまた戻るエア。「っつつ……」早いうちに水から上がり全身を乾かし服を着るリリー。少し熱があるのか体が熱い感覚を覚えながら装備を洗っていく。「この凹み懐かしいな…見覚えのないところに傷がある」

宿屋の開業と共に外へ出る2人。リリーは昨日の数倍早く魔石を埋め込み、目的の買い物を始めた。「破裂か、おいちゃんこれって3段?」特殊魔石を手に取り店員に声を掛ける。「そんな高価なもんウチにはないぞ。あって2段だ」鑑定を掛けるが言われた通り2段までしかない。2段ということは二種類までしか識別が不可能ということだ。少なくても大丈夫な物だけを調達し次の店へ足を運んだ。柄の悪そうな店員と雑に置かれた特殊魔石。全て子供の小遣い程度の値段で売られていた。鑑定を掛けるとチラホラと高精度なものがあった。「これだけください」すると店員は口の端を吊り上げこちらをニタニタと見てくる。「うちは高精度な特殊魔石に百倍の値をつけて売っているんだ。嬢ちゃんに払えるか?」リリーは即座に理解した。安い額で一括購入し鑑定を買いに来た客にさせるという法が整備された国でやれば営業権剥奪は愚か牢獄行きとも言われる商売を嗾けられたのだ。「高精度か、一応聞きますけど魔石の高精度ってどんな特徴ですか?」なるべく煽るように声を掛ける。もちろんこんなこと想定済みである。「そ、そりゃおまえさんが手に持ってるやつが」周りにはチラホラと人が集まっていた。その人たちに鑑定を掛ける。
(貴族が1人か、位に人柄はまぁまぁと大きな魚が釣れるぞ)
「一応聞くけどクズはいくらで売ってくれる?高度のやつ一つとクズ十個ほど買いたいからさ」「そりゃクズはクズだ、書いてある通り持ってけ。そこの箱にあるやつならどれでもさ」つい笑みが溢れるのを抑える。「じゃぁ私が選んだやつは一つ残して全部あんたに渡します」店主に特殊魔石を渡し、適当に取るフリをしながら本命の魔石を掴む。「一路ばっかだけどまぁいっか」会計を済ませて次の店に向かう。先程の鑑定で発見した貴族が赴く店だ、きっとレア物があるだろうという安易な思考から行ったリリー。「この調合を頼みたい。……そうかでは他を当たるとしよう」貴族がトボトボと帰っていくのを後目に店の品を見る。だが何もない、全て値段通りのガラクタだ。「とんだ無駄足だ、そうだ」貴族を捕まえたリリー。紆余曲折あり屋敷へと案内された。
「大きい屋敷ですね、この国でこれだけの規模建てれるとなると結構な偉い方で?」出された紅茶に砂糖を入れながら話すリリー。「私の国は魔石の原産国なので魔鉱を有しているだけで莫大な富を得られるんです」なので対して地位は高くないよと肩をすくめる。「ほんとですかー?まぁ詮索は辞めておきましょう。叩いて埃が出るのはお互い様なので」カチャッとコップが皿とぶつかる音が響く。正確にはこの発言で場が凍り付くほどに鎮まったということだ。メイドと執事は武装をし飛び掛かる準備を、リリーもテーブルをひっくり返せるよう手を掛けていた。「似た者同士は辛いですね。ほら2人とも下がりなさい」とても落ち着いた様子の貴族は机の下からカバンを取り出してリリーの方へ向かう。「これは素材か。調合だったよね?何の為に造るんだ、こんな秘薬」

秘薬錬成-
基本とにかくめんどくさいし材料費も高い。一国を潰す額掛けて作られた秘薬も過去にあったが結局どれほどの効果があれどそれに合った額などつけられた日には誰も買わない。

「これは人化の秘薬だ。獣化ならまだしも……と言いたいけど理解はした」レシピを一瞥し机へ戻す。「素材は余分に用意してある。金はいくらでも用意可能だ」簡易契約書まで用意されていた。書くだけでかなりの効力を有する書類を用いてまで作りたい物。いや、守りたい物。「金はもちろんもらうが、私としてはとある事に協力をしてもらいたい」要求を出した、相手はしばらく顔を下に向けるがそのあとすぐに手を差し伸べた。「利害は一致した。是非とも頼みたい、協力できる事は全て迅速に全力で対応すると約束しよう」書類を書き進め契約印を交わした。
相手の名前はアクラム・イスール。名前はアクラムと言い、年齢は30歳前半。イスールという家名は知る人ぞ知る巨大な組織、かつてのアストルカムエル攻略時にて莫大な資金を用意してくれた。装備・防具・その他においてその8割を負担してくれたのだ。巨大だが謎、分かるのは関連家名のみ。
「どこかでお世話になったかもしれないからね」なんて遠回しに御礼を言いリリーは素材を受け取った。「僕は世界の敵を生み出したことを後悔はしない」向こうもわかっていたようだ。屋敷から出て食事を幾つか購入し宿に戻った。「エアも戻ったか。はや、配置終わったんだね」空になった袋を見て驚く。円陣は完成した、明日1日はまんま開発に使えそうだとリリーは安堵のため息をつく。「完成記念に宴とも思ったけど普通のものしか買ってきてないし買い足してくるよ」「なら外に食べに行かない?美味しそうなお店たくさんあったよ」買った食事をマジックボックスに入れて2人で外へ出た。料理店街は仕事終わりの人間とその従者で溢れていた。「美味いものも不味くなりそうだな、いいのか外で」少し震えているエアに声をかける。エアは大丈夫と後ろをついてくる。「おい!オメェら2人」声をかけられエアはさらに萎縮する。「獣クセェぞ?ひっく、あぁん?店が不味くなるから前くんなよ!」荒くれ者はどこにでもいる、酒を飲む土木業は特に多い。魔物や落下など死に近い仕事をしているからこそ今生きていることを実感したいのだ。「お、おいやめろ普通に人だぞ」仲間が制止するが止まらない。「奴隷を雇う金があるからって俺らを見下しやがって!」「ツレがビビってんで辞めてくれませんか?」外出用に被っていた笠を上にあげ睨み付ける。一瞬怯むがすぐに元に戻る男が槌を振るってきた。「エアしゃがんで、てっ!」手を広げエアの上に覆い被さる。背中に鈍痛が走る訳もないが苦痛を訴えるリリー。「はぁ、はぁ……いっつ」立ち上がり荒くれ者の方へ向く。すぐに目に映ったのは飛んできた鉄の塊だ、胸骨にめり込んで飛んでいく。そのまま何かにぶつかったリリーは魔導具を取り出そうとしたが止められた。「僕の客人に手を出すとはこの国は野蛮すぎないか?」腰から棒を取り出し伸ばして杖に変え構える男。「アクラム、あんたが目立つ必要はない」「安心してください、僕の国には同じ卓を囲んだら家族です。それに家族にされた事は恩であれ仇であれ返せと教えを受けています」早い速度で迫り飛んでくる槌を杖で受け止め顎に一撃を与える。鈍い破壊音と共にガシャーンと軽快な音が鳴る。ひっくり返り意識を失う男に寄り添う男、それから敵対視を送るギャラリー。「御主人様警備の者に説明をしておきました」メイドが走って複数人の警備を連れて来ていた。店を含む何人かが連行されていった。「言い方を悪くすれば余所者、嫌われるのは当たり前です。ところでリリーとえっと…僕はアクラムです、良ければ警戒心を解いて名前くらいは教えてもらえないでしょうか」エアはいいしれぬ気配にか怖気付き戦闘態勢を崩さない。「エアだ、お前は信用ならない臭いがする」「まぁまぁエア、彼は私達の計画に多大な貢献をすると約束してくれた。胡散臭い奴ほど仲間にすると心強いぞ」エアはため息をつき手を差し伸べる。「リリーに手を出したら殺すぞ」手を取ったアクラムは笑顔を崩さず握手をしてメイドの持っていた弁当箱をエアに渡した。「アクラム様?これは」メイドは困惑した様子を浮かべていた。エアも首を傾げて停止する。「気が変わってな、屋敷で食べることにしたが。そうなると弁当は浮いてしまうしどうせお前の事だ、要らないとなれば無理をしてでも食べるだろ?」するとメイドは顔を赤くしそっぽをむき出した。「まぁということでね、ケースは例の物と感想を共に」アクラム達はそのまま行ってしまった。「リリーこれはどうするべきだ?」「宿に戻って食べよう」2人は宿に戻り部屋で弁当箱を開けた。中にはサンドイッチと魔石が一つ入っていた。「私は一つでいいからエアは四つ食べな。明日はバリバリ動くからね」「わかった」食事を終えてエアは就寝した。リリーは床にパーツをばら撒いてまた何かを作り始めた。
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