私の物をなんでも欲しがる義妹が、奪った下着に顔を埋めていた

ばぅ

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私の物をなんでも欲しがる義妹が、奪った下着に顔を埋めていた

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 エヴァレット公爵家は、長い歴史を持つ名門貴族である。
 その一人娘として生まれた私ーーーフィオナ・エヴァレットは、何不自由なく育てられた。
 けれど、数年前に母が亡くなり、状況は一変する。
 父は間を置かず、後妻を迎えたのだ。相手は平民出身の女性で、彼女には娘がいた。
 そうして、義母と義妹がエヴァレット家にやってきた。

 義妹の名前はシャルロッテ。
 ふわふわとした金髪に、くりっとした瞳を持つ、とても可愛らしい少女だった。
 初めて会った時、彼女は無邪気に笑い、私を「お姉様」と呼んだ。
 けれど、私はすぐに気づくことになる。

 ――彼女は、私のものを欲しがるのだと。

「お姉様のドレス、すごく綺麗ね」

 そう言って、しれっと私のワードローブから取り出す。

「その髪飾り、素敵じゃない? 私が使ってもいいでしょう?」

 当然のように手を伸ばし、私の髪飾りをつける。

 流行りのコルセットも、私が持っていると知るや否や「私にも必要よ」と言って持っていった。

 あまりに当たり前のように要求されるので、最初の頃は断るという選択肢すら浮かばなかった。

 一つ貸せば、また一つ。
 一度認めれば、また次。
 どんなに与えても、彼女の欲は尽きることがなかった。

 ――だから、私は着飾ることをやめた。
 派手なドレスも、華やかなアクセサリーも、義妹の前では決して身につけない。

 彼女の目に触れさえしなければ、私の持ち物が減ることもない。
 けれど、それだけでは終わらなかった。

 義妹のことだけなら、まだ対処はできたかもしれない。
 しかし、義母の問題はまた別だ。

 義母は、父の前では礼儀正しく、気品のある態度を貫く女性だった。
 しかし、二人きりになった途端、彼女は冷ややかに言い放つ。

「私を母と呼ぶな」

 それは、初めて彼女に話しかけたときのことだった。
 少しでも義母と親しくなれれば、家の空気も変わるかもしれない。
 そう思って努力しようとした私の考えは、たった一言で断ち切られた。

「貴方の母親は、亡くなったのでしょう? 」

 感情のこもらない声。
 冷たいわけではないが、決して温かさもない。
 私は、それ以上何も言えなかった。

 父がいる間は、なんとか家族らしい形を保っていた。
 しかし、領地の問題で家を空けることが増え、屋敷に残るのは義母と義妹、そして私だけとなった。
 ――すると、義母の態度はますます冷たくなった。

「食事は別でとります」

 それは、父が不在となった直後に告げられた言葉だった。
 以来、私は部屋でひとり、食事を取るようになった。

 最初のうちは、それでもまだまともな食事が出ていた。
 けれど、日を追うごとに、食事の質はどんどん落ちていった。

 スープの具は減り、パンは硬くなり、肉は姿を消した。
 今では、何も考えずに食事を取ることに慣れてしまった。

 これが、今の私の現実なのだ。

 父は忙しく、領地を飛び回っている。
 義母は私を拒絶し、義妹は私のものを欲しがるばかり。
 諦めることには、もう慣れていた。

**********

 学園に通い始めた頃から、私は友人が少なかった。
 元々社交的な性格ではないし、積極的に他人と関わろうとも思わなかった。

 それでも、特に困ることはなかった。
 勉学に励み、礼儀を守れば、それなりに周囲も認めてくれる。
 目立たず、疎まれず――それで十分だった。

 だが、シャルロッテが学園に入学してから、状況は変わる。
 彼女はどこにいても注目を集める存在だった。
 ふわふわとした金髪に、愛らしい笑顔。
 その見た目に加え、人懐っこく華やかな彼女は、瞬く間に学園の人気者になった。

 それと同時に、私の周囲から人が消えていった。

 もともと友人がいたわけではないが、それでも普通に会話を交わす相手くらいはいた。
 だが、今では廊下を歩くだけで、人々の視線が遠ざかるのがわかる。
 話しかけられることもなくなり、昼食の時間になっても、私はいつも一人で席についた。

 そんなある日、珍しく声をかけられた。

「……あの、よければランチをご一緒しませんか?」

 私に話しかけたのは、控えめな雰囲気の少女だった。
 栗色の髪をきちんと三つ編みにまとめた、子爵家の令嬢、アリア・バートン。
 誰かが自分に声をかけるのが久しぶりすぎて、私は一瞬返事をするのを忘れた。

 この機会に、少しでも学園での孤独を和らげられるかもしれない。
 そう思い、私は口を開こうとした――その時だった。

「あら、アリアさん?」

 甘く、穏やかな声が割って入る。
 シャルロッテだった。

 彼女はにこやかな笑顔を浮かべながら、アリア嬢に視線を向ける。
 ただ、それだけ。

 それだけのはずなのに、アリア嬢の顔色はみるみるうちに青ざめた。

「あ……っ、ご、ごめんなさい!」

 アリア嬢は、私の返答を待つことなく、慌てて駆け去ってしまった。

 私は何も言わなかった。
 そして、何も考えず、一人でランチを取ることにした。

 遠巻きに感じる視線には、もう慣れた。
 しかし、今の私にとって、そんなことはどうでもよかった。

 目の前にあるのは、温かい食事。
 家では決して食べられない、ちゃんとした料理。

 せめてこの瞬間だけは、学園にいることに感謝しよう。
 そう思いながら、私は静かにナイフとフォークを握った。

**********

ーーーそんな私にも、一応婚約者がいる。
 相手は公爵家の三男、アンドリュー・ハミルトン。
 見目麗しく、華やかな雰囲気のある青年だ。

 彼との関係は、可もなく不可もなく。
 父が決めた婚約であり、私も彼も特別な感情は持っていない。

 婚約者としての礼儀は保たれていたが、それ以上の関係になることもなく、表面上は穏やかな関係を続けていた。
 だから、彼に何かを期待したことはない。

 それなのに――。


 ある日の午後、アンドリューとのお茶会を終えた帰り道。
 庭を通り抜けようとした私は、思わず足を止めた。

 視線の先にいたのは、アンドリューとシャルロッテだった。
 シャルロッテは、アンドリューの目の前で小さく肩を震わせていた。
 目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

 そして、彼に近づいた。
 距離が近い。

 ――まるで、今にもキスをしそうなほどに。

 私は何も言わず、その場を去った。
 どうしても、見ていられなかった。
 この感情が何なのか、自分でもわからない。
 悲しいのか、怒っているのか、それともただの諦めなのか。

 きっと、どれでもないのだろう。
 ただ、胸の奥に、冷たい感覚だけが残った。

**********

 義母に呼び出されたのは、夜も更けた頃。

 静まり返った廊下を歩きながら、私はなんとなく予感していた。
 この時間に義母がわざわざ私を呼びつけるのは、決して良い話ではないだろう、と。

 案の定、義母は開口一番にこう告げた。

「あなたの婚約を、白紙にする予定よ」

 私はまばたきを一つした。

「……どうして、その話を?」

 婚約は父が決めたものだ。
 なのに、義母が勝手に破棄を決められるものなのだろうか。

「ハミルトン公爵令息には、もっとふさわしい人がいるわ」

 義母は静かにそう言った。
 そして、その言葉を受け、シャルロッテは前のめりになった。

「お姉様!! アンドリュー様と別れて!!」

 普段の穏やかな顔とは打って変わった、取り乱した声だった。
 彼女の手はぎゅっと握られ、唇は震えている。

 だが私は、ただ静かに答えた。

「この婚約は、父が決めたものです。相談するなら、父にしてください」

 それだけ言って、私は席を立った。

 義母は何かを言いかけたが、私はそれを聞くことなく、部屋を出た。

**********

 その夜、私はどうにも眠れなかった。

 婚約破棄の話が、というより、シャルロッテの態度がどうにも気になっていた。
 今まで彼女はどんな時でも、余裕のある笑顔を浮かべていたのに――なぜ、あんなにも動揺していたのだろう。

 考えたところで答えは出ず、私は水を飲むために部屋を出た。
 屋敷の中は静まり返り、廊下に足音が響く。

 その途中、ふとシャルロッテの部屋の扉が少しだけ開いていることに気づいた。

 何気なく視線を向けた瞬間――私は、思わずその場に凍りつく。

 そこには、見てはいけない光景があった。

ーーーーーベッドの上で、シャルロッテが 私のコルセットに顔を埋めていたのだ。

 そのコルセットは、確か昔彼女に譲ったものだった。
 シャルロッテが「お姉様のものが欲しい」と言うたびに譲っていたもののひとつ。
 私にとってはただの装飾品の一つだったが―― 彼女にとっては、どうやら違ったらしい。

「ふぁああああ……お姉様の匂い……!!」

 うっとりとした顔で、コルセットを抱きしめるシャルロッテ。
 まるで貴重な宝石を愛でるかのように、頬をすり寄せ、目を閉じている。

「ファンクラブの皆にバレたら殺される……でも、こんなチャンス、止められるわけないじゃない……!」

 ニヤニヤと笑いながら、コルセットをぎゅっと抱きしめる。

 ……。
 ……いや、何を見せられているのだろう、私は。

 あまりの異常事態に、驚きすぎて声すら出ない。

 だが、その静寂が仇となった。

 気づかれてしまったのだ。

 コルセットを抱きしめたままのシャルロッテと、扉の隙間から覗き込む私。

 ばっちりと目が合った。

「~~~~~~ッ!!!」

 シャルロッテは、飛び上がるようにしてコルセットを放り投げた。

「ち、ちがっ、違うの! これは、その、ちょっと、そのっ、ついっ!」

 いや、「つい」で済む問題ではない。

 シャルロッテは完全に取り乱し、ジタバタと足をばたつかせながら叫び始めた。

「ごめんなさいお姉様!! 見なかったことにして!!!」

 見なかったことに……できるはずがない。
 私は深く息をつき、冷静に問いかけた。

「シャルロッテ、説明して」

「うあああああ!!! お姉様優しく聞かないで!!! 私、死ぬ!!! いやでも言わなきゃファンクラブの皆に殺される!!!!」

「……?」

 いや、何を言っているのだろうか。

 私は眉をひそめるが、シャルロッテはなおもジタバタと暴れながら、何かをぶつぶつと呟いていた。

「だってだって……ファンクラブの皆にバレたら、私は……」

「ファンクラブ?」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女はさらに取り乱した。

「ち、違うの! 違うけど違わないというか! ええと……そ、それは……」

「説明して」

 優しく促すと、シャルロッテは観念したように深く息を吸い、そして――

「ごめんなさい……!!お姉様…
ーーーーーーー私…実は、お姉様ファンクラブの隊長をやっているんです!!!!!」

 叫んだ。

 私はまばたきを一つする。

「……ファンクラブ?」

「そうなの!!! だって、お姉様、すごく素敵なんだもの!!!」

 シャルロッテは勢いよく続ける。

「初めて見たときから憧れてたの! それで、学園で話したら、意外にも同じ気持ちの人がたくさんいて……みんなでファンクラブを作ったの!!」

 思わず押し黙る。


 まさか、あの学園でそんな組織が存在していたとは――いや、それ以前に、私のファンクラブがあったこと自体が衝撃だ。

「それで、ファンクラブの活動として“見守り隊”をやってたの!」

「見守り隊……?」

「だから、あの時アリア嬢は……」

 ふと、あの日の出来事が脳裏をよぎる。
 アリア嬢が私に声をかけた瞬間、シャルロッテが彼女の名前を呼んで、青ざめた顔で逃げていった――

「……あれは?」

「抜け駆けしようとしたのよ!!!」

 シャルロッテは拳を握りしめながら、力強く叫んだ。

「あの子、勝手にお姉様と親しくなろうとしてたの!! だから、ちょっと釘を刺しただけよ!!」

 釘を刺した“だけ”の結果が、あのパニックだったというのか……。
 私は軽く頭を押さえながら、次の疑問を口にする。

「……そんなに、大々的にやってるの?その、ファンクラブは……」

「もちろんよ!! お母様も応援してくれてるの!」

 私は一瞬、息を呑んだ。

「お義母様が……?」

 シャルロッテは、少し目を伏せて言った。

「お母様はね、お姉様が少しでも幸せになれたらって思ってるのよ」

「……そんなわけないわ、だって私、“母と呼ぶな”って言われたもの…」

「それは、拒絶の意味じゃなくて」

 シャルロッテは続ける

「お母様は、ただ、お姉様の気持ちを考えてたの……。本当のお母様を亡くしてすぐ、新しい母親を受け入れるのは辛いんじゃないかって……でも今思えば……かなり、言葉足らずね、お母様も……」

「……そうだったのね」

 私は驚いた。

 あの冷たい言葉が、拒絶ではなく気遣いだったとは――。

「じゃあ、“食事は別”って言われたのは……?」

「それは……お姉様は公爵令嬢だから、平民出身の私たちが同じ卓を囲むのは烏滸がましいんじゃないかって……」

「…………」

 私は思わず言葉を失う。
 そんな理由、だったの……?

「……じゃあ、毎日運ばれてきた食事が、カビたパンと冷たいスープだけだったのは?」

「え?」

 シャルロッテは一瞬きょとんとした後――

「何ですって……?」

 低い声で呟き、ぎゅっと拳を握りしめた。

「お姉様にそんなものを食べさせていたなんて……。そんな奴、もうこの屋敷に置いておけないわ!! いいえ、ただの解雇じゃ生ぬるい!! 牢にぶち込むべきよ!!! それどころか、市中引き回しにして晒し者にしてやるべきだわ!!!」

 拳を握りしめ、今にも飛び出していきそうな勢いのシャルロッテ。

 おそらく、食事に関しては使用人たちが勝手にやったのだろう。
 お義母様が私に冷たく接していたことや、私が食事を別に取るようになったことで、彼らは「私は虐げられている」と勘違いし、憂さ晴らしに利用したのだ。

 実際、義母の態度はそっけなかったし、シャルロッテが私のものを次々と持っていくのも、表面上だけ見れば「虐待」と捉えられてもおかしくはなかった。

 けれど、それを勝手な憶測で決めつけ、憂さ晴らしのように私の食事を粗末に扱ったのなら―― それは、明確な悪意だ。

 私は小さく息をついた。

「……じゃあ、今日の婚約白紙の話は?…シャルロッテがアンドリュー様に惚れて、婚約者を挿げ替えようとしたんじゃなくて?」

 すると、シャルロッテは急に険しい顔になった。

「そんなわけないじゃない!!! あんなクズ野郎、地獄に落ちればいいのよ!!」

 ものすごい剣幕で、妹は拳を握りしめる。

「……あいつ、浮気してたのよ!!!」

「…………は?」

 衝撃の事実に、私は言葉を失った。

「ファンクラブから情報が入って……私が代表して、こないだアイツを問い詰めてやったのよ! そしたら、とぼけやがって……!! あんなクソ野郎、お姉様にふさわしくないわ!!! あんなやつはゴミ捨て場の蠅がお似合いよ!!!」

『ハミルトン公爵令息には、もっとふさわしい人がいるの』
 先ほどの義母のセリフを思い出す。
 もしかすると、「ふさわしい」の意味も、私は誤解していたのかもしれない。

「お父様が帰ってきたら容赦しないわ! 直談判して、絶対後悔させてやるんだから!!」

 あまりの妹の気迫に、思わず笑ってしまう。
 本来なら、私はもっと悲しんだり、怒ったりすべきなのだろう。

 大切なはずの婚約者が、あっさりと他の女に心を移していた。
 この夜だけで、私は人生で一番の衝撃を受けている気がする。

 でも――

 妹が代わりに怒ってくれているのなら、私がわざわざ感情を揺らす必要はないのかもしれない。
 そのことに、私は奇妙な安心感すら覚えていた。

 それに、それどころではなかった。
 妹が私のファンクラブを作り、隊長を務め、浮気した婚約者を糾弾し、私の持ち物に執着し、しまいには 私の匂いを嗅ぐためにコルセットを奪っていた。

 ……正直、婚約者の浮気なんてどうでもよくなってきている。

 私は溜め息をつき、ふともう一つ、ずっと気になっていたことを口にした。

 ――さて。
 そろそろ、一番聞いておかなければならないことを尋ねよう。

「……私のものを、欲しがっていたのは?」

 途端に、シャルロッテの肩がピクリと跳ねた。

「え、えっと……その……」

 目が泳ぎ、落ち着かない様子。
 ――やはり、これが核心。

「……お揃いのものが欲しかった?」

「……間違っては……ないけど……」

 お互い、言葉には出さない。

 けれど、脳裏に浮かんでいるのは同じ光景―― 私のコルセットに顔を埋め、うっとりと匂いを嗅いでいた妹の姿。

 シャルロッテはぎゅっと口を噤むと、どこからともなくロープを取り出し、首に巻く。
 そして、その両端を私に差し出した。

 次の瞬間――

「お姉様の手で、一思いに!!!」

 叫びながら目をぎゅっと閉じるシャルロッテ。

「……は?」

 あまりの展開に、一瞬思考が停止する。

「ファンクラブの皆に知られたら、私は殺されるわ!! だから、お姉様の手で!!! 今ここで!!! どうかこの罪深き私を!!」

「そんなことしないわよ!!!」

 即座にツッコミを入れると、シャルロッテはハッとした顔で私を見上げた。

 私は深く息をつき、そっぽを向きながらもしどろもどろに言う。

「……でも、あの……今後は……“そういうこと”は控えてくれると……」

 シャルロッテは顔を真っ赤にし、小さく頷いた。

**********

 私は少し黙ってから、ゆっくりと口を開く。

「……私はね、ずっと誤解してた。誰も私を必要としていないって。誰も私のことを気にしていないって。でも、そうじゃなかったのよね」

 シャルロッテは息を呑み、じっと私の言葉を聞いていた。

「一歩踏み出す勇気もないくせに、自分で勝手に距離を置いて……。 “寂しい” って思っていたのに、何もできなかった。でも、本当は――こんなに近くに、私を大切に思ってくれる人がいたのよね」

 その瞬間、シャルロッテの目から大粒の涙がこぼれた。

「……お姉様、お姉様のせいではないですわ!!」

 彼女は顔を覆うようにして、震える声で続けた。

「私……お姉様がそんなことを思ってたなんて、全然知らなかった……!! 勝手にお姉様を神格化して、ただ崇めてるだけで……遠ざけてしまっていたのは私のほうですわ……」

 彼女の肩は震え、涙は止まらなかった。

「お姉様だって、家族を亡くしたばかりの、ただの女の子だったのに……」

 私はふっと微笑み、彼女の涙に濡れた頬にそっと手を添えた。
 シャルロッテは、しゃくり上げながら、ぎゅっと拳を握る。

「……あのっ……こんな、平民ですが……私なんかでよければ……仲良くしてくれますか……?」

 彼女は精一杯の勇気を振り絞りながら、まっすぐに私を見つめていた。

 その姿が、あまりにも健気で、いじらしくて――
 私は微笑みながら、そっと彼女の手を取った。

「もちろんよ」

 その言葉を聞いた瞬間、シャルロッテの瞳が潤み、涙があふれそうになった。

 ――けれど。

 私はそこで、いたずらっぽく口角を上げる。

「でも、仲良くしてくれなきゃ……さっきの奇行、ファンクラブの皆にバラしちゃうんだから」

 シャルロッテは、顔をぐしゃぐしゃにしながら、びくっと硬直した。

「え゛え゛え゛え゛っ!? そ、それだけは!! それだけは絶対にダメですわぁぁぁ!!! ひいいぃぃ!!!!」

 泣きながら、パニックになりながら、必死に私の手を握りしめるシャルロッテ。

 私はくすくすと笑いながら、彼女の手をそっと握り返した。

「冗談よ、冗談。でも、これからは本当に……仲良くしましょうね」

 シャルロッテは泣き笑いのまま、何度も何度も頷いた。


**********


人生とは、こんなにもあっさりと変わるものなのだろうか。
 妹、義母とも話し合い、私達はようやく家族になった。

 義母は「言葉が足りなかったわね」と申し訳なさそうに謝罪し、父も「仕事ばかりで本当にすまなかった」と深く頭を下げた。
 私も、自分から距離を置いてしまっていたことを謝った。
 

 学園でも、少しずつ変化があった。

 以前は遠巻きに私を見ていただけのファンクラブの人たちとも、交流するようになった。

 「フィオナ様とお話しできるなんて夢みたいです!」と興奮気味に話しかけてくる彼女たちに、最初はどう接すればいいのか戸惑ったけれど、少しずつ打ち解けていった。

 ……友達、というと少し違うかもしれない。
 でも、確かに私はもう一人きりではなくなっていた。
 お昼ご飯も、今はシャルロッテやアリアと一緒に食べている。

 私の周りには、いつの間にか人が増えていた。
 それが、なんだか心地よかった。


ーーーそうそう、私に意地悪をしていた使用人たちは、肉刑に処されたのち、すべて放逐された。
 シャルロッテが「この手で制裁を加えたい!!」と息巻いていたが、さすがにそれは止めた。
 結局、彼女の恐ろしいまでの剣幕に耐えられず、ほぼ全員が泣きながら逃げ出した。


 そして、婚約者の件も片がついた。

 父は激怒し、あの浮気者の男を一喝。

 「この婚約を破棄する。二度とフィオナの前に現れるな」と淡々と言い放ったとき、彼は愕然とした顔をしていた。
 ……どんな反応をされようと、もはやどうでもよかったけれど。

 それからしばらくして、新しい婚約者が決まった。
 新たな相手は、誠実で穏やかな人物で、私に対しても丁寧に接してくれる。

 「どうか焦らず、ゆっくりと関係を築いていきましょう」と言ってくれたその一言が、何よりも嬉しかった。


ーーーある日の午後。
 私は、庭を歩いているシャルロッテと、新しい婚約者の姿を見かけた。
 
 なんとなく、足を止める。
 まるで前と同じ光景。

 だけど、今度は逃げる必要も、心を痛めることもない。

 私は、そっと物陰に身を潜めた。
 耳をすませば、シャルロッテの勢いのある声が聞こえてくる。

「お姉様を泣かせたら、この私およびファンクラブの皆が承知しないんだからね!!!」

 彼女の言葉に、新しい婚約者は困ったように微笑んでいた。

「もちろん、フィオナを泣かせるつもりはありませんよ」

「本当に~~???」

 シャルロッテが怪しむように目を細め、ぐっと睨みをきかせる。
 それに対し、婚約者は苦笑しながら「誓います」と静かに答えた。

 私は、それを見て――ただ、微笑んだ。
 今までとは違う、暖かく、心地の良い感情だった。

 ……私はもう、一人じゃない。
 そう思いながら、私はそっと庭を後にした。

 これからは、前を向いて歩いていける。
 きっと、幸せになれる。
 そう確信しながら。
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みんなの感想(1件)

猫屋敷 六太

こういう可愛い義妹(ん?あれ?可愛いか……?いや、可愛いな、うん、可愛い)だ〜〜〜〜〜〜〜い好き!!!!!!!姉妹間のクソデカ感情良いですね〜〜〜〜〜〜〜

解除

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