【本編完結】王女殿下の華麗なる「ざまぁ」【番外編更新中】

第六章：魔法具・魔法学コンテスト

魔法具・魔法学コンテスト(1)

　月日は流れ、卒業パーティまであと数週間となった学園は、どこか浮き立つような活気に満ちていた。今日は、多くの生徒が注目している魔道具・魔法学コンテストの結果発表の日。学園のホールで開かれる全学生集会で、表彰されるのは優秀な成績を収めた者のみであり、名誉を得るのは一握りの学生たち。そのため、多くの生徒が自分の名前が呼ばれることを期待しながら足早にホールへ向かっていた。



　セドリックとエレノアは、他の生徒たちと共にホールへと向かっていた。学園内の廊下は混雑しており、ざわめきの中には期待と緊張が入り混じった空気が漂っている。そんな中、2人が角を曲がったところで、運命のようにヴァニエルと鉢合わせてしまった。



「おや、エレノアじゃないか。それにセドリックも」



　ヴァニエルは満足げな笑みを浮かべ、まるで偶然を装うように声をかけてきたが、その態度にはどこか計算が見え隠れしていた。彼の取り巻きたちも後ろに控え、ヴァニエルの自信たっぷりな様子を崇めるように笑みを浮かべている。



「こんなところで会うとは奇遇だな。もっとも、今日は俺にとって特別な日だから、君たちもきっと俺を祝福しに来たんだろう？」



　彼の視線がエレノアに向けられると、その目には挑発的な光が宿った。



「なあ、エレノア。俺が今日賞を受けることになっているのは、もう知ってるんだろう？いまさら惜しくなって俺に復縁を望んだって無駄だぞ？」



　ヴァニエルは歪んだ笑みを浮かべながら、芝居がかった口調で嘲るように言った。その言葉を聞いたエレノアは、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにため息をついて肩をすくめた。



「ヴァニエル、あなた本当にすごいわね。そんな自信がどこから湧いてくるのか、正直感心するわ」



　その冷めた態度に、ヴァニエルは眉をひそめたが、すぐに表情を取り繕うように笑みを作る。そして、今度はセドリックに目を向けた。



「それにしてもセドリック、お前もコンテストに参加してたんだって？まあ、せいぜい頑張ったんだろうが、俺に勝てるとは思っていないだろう？」



　ヴァニエルはそう言いながら、肩をすくめてわざとらしく笑った。その態度は、明らかにセドリックを見下しているものだった。



「俺の作品がどれほど優れているか、この学園だけでなく、王家も認めてくれるだろう。今日の表彰式で、それが証明される。まあ、負け犬は黙って見ていればいいさ」



　セドリックは、ヴァニエルの嫌味に反応することなく冷静な表情を保っていた。



「ヴァニエル、コンテストは王家が主催しているものだ。公平な判断がされると信じている。俺は自分の作品にやれるだけのことはやった。それ以上は、結果を見てから話したらどうだ？」



　その冷静な返しに、ヴァニエルは一瞬言葉を失ったが、すぐに鼻で笑って肩をすくめた。



「ふん、負ける者ほど理屈を並べるものだな」



　ヴァニエルは捨て台詞を吐くと、取り巻きたちを引き連れて廊下を進んでいった。彼の姿が視界から消えると、エレノアは小さく息を吐いてセドリックに向き直った。



「……ありがとう、セドリック。あなたがいてくれて助かったわ」



　セドリックは軽く微笑み、エレノアの言葉に応える。



「気にするな。ヴァニエルの言葉を真に受ける必要はないさ。何を言われても堂々としていればいい」



　その言葉に、エレノアもようやく微笑みを返し、再びホールへと向かい始めた。ヴァニエルの言葉が心に残りながらも、2人の胸にはそれぞれの信念が揺るぎなく根を張っていた。



　学園のホールは、既に大勢の生徒と教師たちで埋め尽くされていた。壇上には王家の紋章があしらわれた大きな垂れ幕が飾られ、今年も魔道具・魔法学コンテストの結果発表が厳かに始まろうとしている。



　セドリックはホールの中程で席に座りながら、どこか落ち着かない様子だった。スーツの袖を引っ張ったり、膝の上で指を組んではほどいたりと、普段の冷静な彼からは想像もつかない緊張ぶりだ。その隣では、エレノアが彼を静かに見守っていた。



「セドリック様、そんなに落ち着きがないと周りに心配されてしまいますわ」



　エレノアが小声で囁くと、セドリックはハッとしたように姿勢を正した。



「わかってる。けど、こういう場ってどうしても慣れないんだよ」



　彼は小さくため息をつき、視線を壇上に向けた。



「それでも、セドリック様がどれだけ努力を積み重ねてきたかは、誰よりも私が知っていますわ」



　エレノアの穏やかな声には不思議な説得力があった。その言葉に、セドリックは少しだけ緊張がほぐれたようだった。



　一方、ホールの後方では、ヴァニエルが大勢の取り巻きを従えて堂々と現れた。目に見えるほどの自信を漂わせ、口元には嫌味な笑みが浮かんでいる。



　コンテストの結果発表が進むにつれ、会場の熱気はますます高まっていった。優秀賞を受賞した生徒たちが次々と名前を呼ばれ、壇上で表彰を受けるたび、拍手と歓声が湧き上がる。



　最後の優秀賞の発表が終わり、ホール内のざわめきが徐々に静まる。壇上に立つ審査委員長は、一拍置いて舞台の中央へと進み出た。委員長の手には豪華な装飾が施された封筒が握られており、これが最優秀賞の発表であることを誰もが理解していた。ホール全体に張り詰めた緊張感が漂い、無数の視線が壇上に集中する。



「それでは、次の発表に移ります。今年はなんと、この学園の生徒から最優秀賞が出ました！」



　その言葉に場内が一気にざわつく。学園から最優秀賞が出るのは数年ぶりのことだという。

　審査委員長が封筒を開く音が、異様に大きく響いたように感じられる。その瞬間、ホール全体が静まり返った。



「今年の最優秀賞は……セドリック・ハウフォード殿！」



　一瞬の静寂の後、ホールが拍手と歓声で包まれた。セドリックの名前が呼ばれた瞬間、彼自身は信じられないといった表情で硬直していた。隣に座るエレノアがにっこりと微笑み、彼の肩を軽く叩く。



「おめでとうございますわ、セドリック様！」





　セドリックは一瞬、現実感を失ったように呆然としていたが、エレノアの言葉で我に返った。やがて喜びが一気に爆発する。「やったぞ！」と叫びながらエレノアを思わず抱き上げ、そのままくるくると回り始める。



「きゃっ… セドリック様、 人が見ていますわ！」





　エレノアが恥ずかしそうに顔を赤らめながらも小声で窘めると、セドリックは慌てて彼女を下ろし、咳払いをして姿勢を正した。それでも彼の顔には喜びの笑みが浮かんだままだった。



　その声でようやく現実に戻ったセドリックは、大きく息を吐き出しながら立ち上がった。



　壇上へ向かうために歩き出すセドリックの背中には、無数の視線が注がれていた。その中には、心からの賞賛を送る者もいれば、嫉妬に駆られる者もいる。だが、最も鋭い視線を送っていたのはヴァニエルだった。彼の顔は青ざめ、握り締めた拳が震えている。



「馬鹿な……そんなはずは……！」



　ヴァニエルは低い声で呟くが、周囲の歓声にかき消されてしまう。



　壇上に上がったセドリックは、審査委員長から賞状とメダルを受け取ると、集まった全員に向かって深々と一礼をした。その姿はどこか凛々しく、会場中の視線を釘付けにする。



「セドリック・ハウフォード殿の作品『小型体温調節機』は、極めて独創的かつ実用的なアイデアに基づいております」



　審査委員長の声がホール全体に響き渡る。



「この作品は、個人の体温を調節する機能を持ち、特に過酷な環境で働く人々や、寒冷地や熱帯地域に住む住民の生活を大きく改善する可能性を秘めています。また、コスト面でも優れており、国民全体の生活水準を向上させる革新的な発明として高く評価されました」



　その説明が続くたびに、ホール内の歓声はさらに大きくなる。セドリックの顔には喜びが溢れていたが、どこか控えめな微笑みを浮かべる姿は、彼の人柄を象徴しているようだった。



　エレノアは拍手を送りながら、セドリックの晴れ姿を見守っていた。その表情は誰よりも誇らしげで、彼への信頼と敬意が滲み出ている。



　一方で、ヴァニエルは目に見えて動揺していた。彼の取り巻きたちも口を開けたまま硬直しており、彼の耳元で何かを囁いても反応がない。



「……ふざけるな……こんなこと、認められるか！」



　ヴァニエルは声を上げそうになるが、周囲の視線が気になり、ぐっとこらえる。そして、怒りを押し殺したまま席を立ち、ホールを出ていった。



　壇上で挨拶を終えたセドリックが席に戻ると、エレノアは立ち上がって拍手で彼を出迎えた。



「本当におめでとうございます、セドリック様。あなたの努力が報われて、私もとても嬉しいですわ」



「ありがとう、エレノア。君がいてくれたおかげだよ。この賞は、俺たち2人で勝ち取ったものだ」



「そんなことありませんわ。私がした事なんて、販売されている大型空調機具の解説をしただけで…そこから小型化と効率化をの方法を試行錯誤して、より国民に寄り添った商品のアイディアを思いつき、実行に移したのは全てセドリック様の功績ですわ」



　エレノアは笑顔で返す。セドリックは少し照れくさそうに微笑むと、深く息を吐いて席に座り直した。ホール内の拍手はまだしばらく鳴り止むことはなかった。