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第五章:馬車にて
馬車にて(2)
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馬車の中で、セドリックとキャサリンは並んで座り、揺れる車内でたわいもない話をしていた。キャサリンの話は相変わらず陽気で、学園であった出来事や最近流行りのお菓子の話題など、次々に切り替わる。それに対してセドリックは、穏やかな相槌を打ちながらも、ふと彼女の様子に違和感を覚えた。
一見するといつもと変わらないようだったが、笑顔にどこか翳りがある。それに気づいたセドリックは、話の切れ目を見計らって声をかけた。
「……キャサリン、何かあったのか?」
不意の問いに、キャサリンは驚いたように目を丸くし、それからすぐに小さくふてくされたような表情を作る。
「あら、お兄様が私の変化に気づくなんて珍しいわね。ついに女性の些細な感情にも敏感になれるようになったの?…やっぱり、エレノアさんの影響かしら?」
軽口を叩いてみせるものの、声にはどこか元気がない。セドリックはそんな彼女をじっと見つめた。
「からかわなくていい。いつも元気なお前が、今日はどうにも元気がないように見える。それが気になっただけだ」
真剣な声色に、キャサリンは一瞬言葉を飲み込んだが、やがてふっと小さく息をついて、ぽつぽつと話し始めた。
「……お昼のことよ。ノエルが指輪を見せてくれたでしょ?」
「ああ」
セドリックは頷く。あの指輪が何を意味するのか、昼間の会話の中で彼もほぼ確信を持っていた。それだけに、キャサリンが何を思っているのか察しがつく気がした。
「ほぼ確定よね、ノエルが王女だってこと」
キャサリンはセドリックを見つめながら続けた。
「ノエルが王族かもしれないって思うことは、ずっと前からあったの。でも、今日の出来事で、もう間違いないんだって思っちゃった」
セドリックは黙って頷いた。キャサリンは両手を膝の上で握りしめ、俯き加減に話を続ける。
「学生のうちは、ノエルも私も一人の生徒として対等にいられた。でも、卒業してしまったら、私はただの伯爵令嬢で、ノエルは……王族よね。そんな人と、今までみたいに気軽に会ったり、一緒におしゃべりしたりできるのかなって……考えると寂しくて」
その言葉に、セドリックは彼女が抱える不安を感じ取った。普段は明るく元気なキャサリンが、ここまで弱音を吐くのは珍しいことだった。
「ノエルもどう思ってるんだろう。寂しくないのかな……私と会えなくなっても、平気なのかな」
キャサリンの声は小さく、途切れがちだった。セドリックはしばらく考え込むようにしてから、静かに言葉を紡いだ。
「確かに、これまでのように気軽にノエルと接することはもう難しいかもしれない。でも、完全に関わりを断つ必要はないはずだ。君がしっかりと努力すれば、ノエルとも関係を保ち続ける方法は必ずあるだろう」
セドリックの言葉に、キャサリンはしばらく視線を伏せ、天井の装飾を見つめながら、静かに考え込んだ。彼女はこれまで、感じたことのないような不安を抱えている。しかし、今はその不安を少しでも解消しようと、自分自身のあり方を見直すべきだと、セドリックの言葉が心に深く響いたのだ。
「努力……?」
キャサリンは小さくつぶやいた。
セドリックは、優しい眼差しで彼女を見つめながら続けた。
「たとえば、君が王族と接するにふさわしい人物になることさ。自分をもっと磨いて、自信を持ってノエルの前に立てるようになれば、自然とその距離感も縮まるはずだ。今の君も素晴らしいが、君にはもっと大きな可能性があると僕は信じているよ。」
キャサリンはその言葉に、心の奥底で何かがじわりと広がるのを感じた。彼女は自分に足りないものが何か、何をすればもっと自信を持ってノエルに近づけるのか、真剣に考え始めた。
しばらくの沈黙の後、やがてその表情に決意の光が灯った。目をぱちんと上げ、声を弾ませるように言った。
「わかったわ! 私、ノエルの専属侍女になればいいのね!」
キャサリンはまるで名案を思いついたかのように目を輝かせる。
「王族や高位貴族の侍女って、貴族令嬢がなることが多いって聞くし…侍女になったら、ノエルとまたずっと一緒にいられるわ!」
突然の宣言に、セドリックは一瞬呆気に取られたが、すぐに苦笑を浮かべた。
「侍女、か。確かに、伯爵令嬢なら前例がないわけではない…が、家が困窮しているわけでもない普通の伯爵令嬢なら珍しいんじゃないか?それにお前、結婚とかそういうのはいいのか?昔から『お姫様みたいな花嫁になる』のが夢だって、言ってたじゃないか」
「いいのよ!今の私に、ノエルより大事なものなんてないわ!それに私、お恥ずかしながら……全然、モテないのよ!お見合いのお話なんて一個も来たことないわ!」
キャサリンは胸を張りながら言い切った。その真剣な様子に、セドリックは思わず微笑んでしまうが、すぐに考え込むような顔つきになった。
「モテない…っていうのは嘘じゃないか?贔屓目に見ても、お前は顔も整ってるし、結婚すれば入婿として伯爵家が継げる。こんな好条件の令嬢を周りがほっとくか?」
現に、セドリックも知人から「妹を紹介しろ」と言われたことも1度や2度ではない。キャサリンは自分の本当の妹ではなく親戚だと断りを入れた上で、自分でアプローチしろよ、と冷たくあしらったが。
「さあ…?でも現に、アプローチされるどころか、領地にいるお父様お母様からも手紙でそんなこと聞いたことないもの」
キャサリンはキョトンとした顔をかしげる。
「これは…お前の両親に聞いたほうがいいんじゃないか?今度の卒業パーティには来てくれるんだろ?もしかしたら、どこかの高位貴族の縁談がすでに決定されていて、サプライズで知らせてくるかもしれないぞ?」
「それは困るわ!!私、すぐにでも領地に手紙を書かないと!!その高位貴族の方には申し訳ないですけど、お断りしなくちゃ!!!理由は…『王女殿下と添い遂げるから、あなたとは結婚できません。』って言えば、納得してくれるかしら?」
冗談めいた口調に、セドリックはぷっ、と少し噴き出す。
「それは…気が触れたと思われるだろうな……でもまぁ、お前らしいと言えばお前らしいか」
そう言いながら、セドリックはキャサリンの頭を軽く撫でると、キャサリンは顔を膨らませてむくれた。
「もう!子供扱いしないでくださいまし!お兄様といえど、数ヶ月先に生まれただけなのに!」
「悪かった、悪かった」
セドリックは軽く笑いながら宥める。馬車の中には和やかな空気が広がり、少し前の重たい雰囲気が嘘のように消えていた。
一見するといつもと変わらないようだったが、笑顔にどこか翳りがある。それに気づいたセドリックは、話の切れ目を見計らって声をかけた。
「……キャサリン、何かあったのか?」
不意の問いに、キャサリンは驚いたように目を丸くし、それからすぐに小さくふてくされたような表情を作る。
「あら、お兄様が私の変化に気づくなんて珍しいわね。ついに女性の些細な感情にも敏感になれるようになったの?…やっぱり、エレノアさんの影響かしら?」
軽口を叩いてみせるものの、声にはどこか元気がない。セドリックはそんな彼女をじっと見つめた。
「からかわなくていい。いつも元気なお前が、今日はどうにも元気がないように見える。それが気になっただけだ」
真剣な声色に、キャサリンは一瞬言葉を飲み込んだが、やがてふっと小さく息をついて、ぽつぽつと話し始めた。
「……お昼のことよ。ノエルが指輪を見せてくれたでしょ?」
「ああ」
セドリックは頷く。あの指輪が何を意味するのか、昼間の会話の中で彼もほぼ確信を持っていた。それだけに、キャサリンが何を思っているのか察しがつく気がした。
「ほぼ確定よね、ノエルが王女だってこと」
キャサリンはセドリックを見つめながら続けた。
「ノエルが王族かもしれないって思うことは、ずっと前からあったの。でも、今日の出来事で、もう間違いないんだって思っちゃった」
セドリックは黙って頷いた。キャサリンは両手を膝の上で握りしめ、俯き加減に話を続ける。
「学生のうちは、ノエルも私も一人の生徒として対等にいられた。でも、卒業してしまったら、私はただの伯爵令嬢で、ノエルは……王族よね。そんな人と、今までみたいに気軽に会ったり、一緒におしゃべりしたりできるのかなって……考えると寂しくて」
その言葉に、セドリックは彼女が抱える不安を感じ取った。普段は明るく元気なキャサリンが、ここまで弱音を吐くのは珍しいことだった。
「ノエルもどう思ってるんだろう。寂しくないのかな……私と会えなくなっても、平気なのかな」
キャサリンの声は小さく、途切れがちだった。セドリックはしばらく考え込むようにしてから、静かに言葉を紡いだ。
「確かに、これまでのように気軽にノエルと接することはもう難しいかもしれない。でも、完全に関わりを断つ必要はないはずだ。君がしっかりと努力すれば、ノエルとも関係を保ち続ける方法は必ずあるだろう」
セドリックの言葉に、キャサリンはしばらく視線を伏せ、天井の装飾を見つめながら、静かに考え込んだ。彼女はこれまで、感じたことのないような不安を抱えている。しかし、今はその不安を少しでも解消しようと、自分自身のあり方を見直すべきだと、セドリックの言葉が心に深く響いたのだ。
「努力……?」
キャサリンは小さくつぶやいた。
セドリックは、優しい眼差しで彼女を見つめながら続けた。
「たとえば、君が王族と接するにふさわしい人物になることさ。自分をもっと磨いて、自信を持ってノエルの前に立てるようになれば、自然とその距離感も縮まるはずだ。今の君も素晴らしいが、君にはもっと大きな可能性があると僕は信じているよ。」
キャサリンはその言葉に、心の奥底で何かがじわりと広がるのを感じた。彼女は自分に足りないものが何か、何をすればもっと自信を持ってノエルに近づけるのか、真剣に考え始めた。
しばらくの沈黙の後、やがてその表情に決意の光が灯った。目をぱちんと上げ、声を弾ませるように言った。
「わかったわ! 私、ノエルの専属侍女になればいいのね!」
キャサリンはまるで名案を思いついたかのように目を輝かせる。
「王族や高位貴族の侍女って、貴族令嬢がなることが多いって聞くし…侍女になったら、ノエルとまたずっと一緒にいられるわ!」
突然の宣言に、セドリックは一瞬呆気に取られたが、すぐに苦笑を浮かべた。
「侍女、か。確かに、伯爵令嬢なら前例がないわけではない…が、家が困窮しているわけでもない普通の伯爵令嬢なら珍しいんじゃないか?それにお前、結婚とかそういうのはいいのか?昔から『お姫様みたいな花嫁になる』のが夢だって、言ってたじゃないか」
「いいのよ!今の私に、ノエルより大事なものなんてないわ!それに私、お恥ずかしながら……全然、モテないのよ!お見合いのお話なんて一個も来たことないわ!」
キャサリンは胸を張りながら言い切った。その真剣な様子に、セドリックは思わず微笑んでしまうが、すぐに考え込むような顔つきになった。
「モテない…っていうのは嘘じゃないか?贔屓目に見ても、お前は顔も整ってるし、結婚すれば入婿として伯爵家が継げる。こんな好条件の令嬢を周りがほっとくか?」
現に、セドリックも知人から「妹を紹介しろ」と言われたことも1度や2度ではない。キャサリンは自分の本当の妹ではなく親戚だと断りを入れた上で、自分でアプローチしろよ、と冷たくあしらったが。
「さあ…?でも現に、アプローチされるどころか、領地にいるお父様お母様からも手紙でそんなこと聞いたことないもの」
キャサリンはキョトンとした顔をかしげる。
「これは…お前の両親に聞いたほうがいいんじゃないか?今度の卒業パーティには来てくれるんだろ?もしかしたら、どこかの高位貴族の縁談がすでに決定されていて、サプライズで知らせてくるかもしれないぞ?」
「それは困るわ!!私、すぐにでも領地に手紙を書かないと!!その高位貴族の方には申し訳ないですけど、お断りしなくちゃ!!!理由は…『王女殿下と添い遂げるから、あなたとは結婚できません。』って言えば、納得してくれるかしら?」
冗談めいた口調に、セドリックはぷっ、と少し噴き出す。
「それは…気が触れたと思われるだろうな……でもまぁ、お前らしいと言えばお前らしいか」
そう言いながら、セドリックはキャサリンの頭を軽く撫でると、キャサリンは顔を膨らませてむくれた。
「もう!子供扱いしないでくださいまし!お兄様といえど、数ヶ月先に生まれただけなのに!」
「悪かった、悪かった」
セドリックは軽く笑いながら宥める。馬車の中には和やかな空気が広がり、少し前の重たい雰囲気が嘘のように消えていた。
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