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第一部【4章】憤怒の化け物
18. 異様
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血しぶきが舞い、エドヴィンの足元にボタボタと血溜まりが広がる。エドヴィンは自分の腹に空いた穴に手を当て、真っ赤に染まった手の平を見つめていた。
俺もキティも驚きに声が出なかった。キティは目を限界まで見開いて、俺の肩にしがみつく。
「か、看守長…?」
「聞き分けの良さだけが取り柄で残しておいたが、もう不要だな。いつまで経っても卒業できない個体など、置いておくだけ邪魔だ」
突然の出来事にエドヴィンは言葉を失う。その場に崩れるように膝をつくエドヴィンの姿を横目に、看守長はホログラムを操作する。
「トラブルが起きた。至急、応援を要請する。001番エドヴィンは殺処分に変更。脱獄した006番のハルミンツは生け捕り。完成体はまだ傍にいる」
全く想定していなかった事態で、看守長が言っていることが全く理解できない。いや、この部屋にいる奴で看守長以外に理解できている奴などいないだろう。
看守長の応援要請から瞬時に人影が複数体、ホログラムの粒子から精製される。そこにいるのは人工皮膚をまとったロボット…いや、人間だ。
「連れて行け」
「了解」
看守長の命令に従って、人間たちが俺とキティの傍へと近づいてくる。怯えたように立ちすくむキティを背中に隠すと、人間たちは胡散臭い笑みを浮かべてキティへと手を差し出した。
「色々と想定外の出来事が重なったようだ。驚かせてすまないね。もう卒業式はおしまいにしよう。お外へ行く時間だ」
人間たちが攻撃してくる様子はない。本当にキティが自ら来るのを待っているだけのように見えた。
人間はどうにも信用ならない。今の出来事だっておかしな点ばかりだ。
だが、俺の推測が正しければ、本音はどうあれ少なくとも相手に俺たちを殺す選択肢はないように思える。
「やだ…ハルは来れないんでしょ?エドはどうなるの?」
「残念だけど、まだ彼は外には出られない。だけど、彼が人間になれた日には会えるかもしれないし、君がこの施設の人間になれればいつかは会える。001番のことは…また後で決めるから、君は心配しなくていい」
努めて優しく人間は言う。キティは目に涙を浮かべたまま、不安そうに俺を見た。
「で、でも、殺処分とか生け捕りとか…」
「006番は殺さないよ。まだ卒業の余地はある。001番も殺処分にならないよう、僕らから掛け合おう。なに、殺処分とは言えど、ちょっとしたお説教するだけさ」
「本当に?エドもいつもは凄く優しいんだよ。お願いだから酷いことしないであげて…」
懸命にエドヴィンの弁護をするキティに人間は苦笑いする。
「大丈夫だよ。後で001番の罰は軽くするように言う。君からのお願いだってね」
エドヴィンの安否はともかく、さっきから人間たちが言っていることが二転三転している。どうにもきな臭い。
俺を殺処分にしないなら、エドヴィンも殺す気はないってことなのか?
「どうして俺を殺さない」
「君は優秀なモンスターだからね」
俺が尋ねると、人間は優しく微笑む。その言葉を聞いていたのか、部屋の奥で膝をついたまま動けずにいたエドヴィンが振り返ったのが目の端に映る。
「ハル、優秀なの?」
「ああ、凄く優秀さ。これが先日の検査結果の数値だよ。上下差は激しいが、一部の数値はすでに100に達している。卒業の余地があるのも理解できるだろう?まあ、情緒の数値がちょっと低すぎるんだけどね」
苦笑いしながら人間がホログラムでデータを表示する。そのデータは確かに俺が自分に配布された物と同一だ。偽物ではない。
しかし、結局のところ俺は殺されないってことでいいなら、俺が本来の目的を諦める理由にはならない。俺はキティとこの先も共にいるために、ここまで来たんだ。
「そんなら、やっぱりキティの卒業なしだ。よく分かんねえけど、卒業には情緒が必要なんだろ。俺の情緒育てたかったら、キティを隣に置いとけ」
「そうかい、じゃあそれも上に掛け合ってみるよ。今すぐ返答とはいかないけど」
赤く点滅していた部屋にいつもの照明が灯る。扉を塞いでいた格子が上に上がり、話していた人間は先導するように外へ出た。
「とりあえず、君は情緒の前に手当が必要だ。そんな足じゃ歩けないだろう?」
他の二人が俺の両脇を担ぐように持ち上げる。引き上げられるように立ち上がると、残った一人がキティの手を繋いで後に続いた。
キティはエドヴィンの処遇が気掛かりなのか、何度も後ろを見ていたが、連れていかれる俺を見て渋々と続いた。
「本当にこのまま殺処分にしますか?コイツ、鎮静剤の材料になりますよ」
出た部屋の奥から人間の話し声が微かに聞こえた。エドヴィンのことだろう。俺とキティが外に出ると同時に部屋のドアが自動で締まり、施錠音が聞こえた。
足を引きずりながら人間たちに連れていかれる途中、キティが時折不安そうに俺を見上げる。俺はそれに視線を合わせて、首を傾げた。
怪しいが、キティから引き離されるよりマシだ。ぞろぞろとホールを抜ける途中で通りすがる看守は不思議そうにこちらを見ていたが、人間が傍にいると分かってか近寄ろうとはしてこなかった。
「まずは医務室だ。あっちの通路の奥に別の施設があるんだ。あそこにあるから、君はここで待っていて」
キティと無機質な手を繋いだ人間に向けて、先導していた男が言う。奥の通路というのは、どうやら独房の向こう側のことを言っているようだ。
「あー?んな事言って独房ぶち込んだらぶっ殺すぞ」
「そんなことしないよ」
男は困ったように笑うと、俺を連れて独房の方へと向かっていく。確かに施設はあるし、出入りしたことはないが、本当に医務室なんかあるんだろうか。
「ハル、早く帰ってきてね」
不安そうにキティが呟く。
「大した事ねえから、お前こそぴーぴー泣いたりすんなよな」
フンと鼻を鳴らして笑うと、少し安心したようにキティが笑った。やっぱり彼女には笑顔の方が似合う。
足を引きずったまま独房の通路を歩く。本当に独房に入れる気はないようで、俺が大暴れした部屋をスルーして人間たちは通路の奥の扉をカードキーで開く。
しかし、俺が暴れ回った鎖の残骸も、殺した看守の死体も無視って本当にそんなことあるか?普通は動揺したりとか、もうちょっと処罰とかあるんじゃないかと思うが。
「…で、本当に俺を卒業させる気あんの?」」
キティの手前、あんまり自分の処遇について言及するのははばかられていたが、今なら聞いてもいいだろう。人間はずる賢い生き物だ。どうせ何か企んでいるに違いない。
「もちろんだよ。だから、早く手当てもしないとね」
男が話しながらカードキーを差し込む。目の前に立ちふさがっていた真っ白な扉が開かれると、その先には広い空間が広がっていた。
建物自体は俺がいつも過ごしている施設と大差ないような作りになっているが、こっちの施設の方が看守たちの姿が多かった。看守たちの表情は明るく、みんな最盛期のエドヴィンばりにやる気に満ちている。
「案外こっちの方が賑わってんな。巡回するグループが多いのか?」
「そんな感じかな。こっちの方が身動きがとりづらい子供たちが多くてね。人手が必要なんだ」
身動きが取りづらい子供…エドヴィンが引き取って来たケットみたいな奴のことを言っているんだろうか。俺はそのままエレベーターへと乗り込み、上層へと連れて行かれる。
廊下は真っ白で無菌室にも似た異様な清潔感を感じさせる。人間がちらほらすれ違うが、どの人間も俺を見ても驚いたりはしない。
「歩かせてすまなかったね。ここが医務室だよ」
一番奥の部屋へと通される。入口から見ただけだと、薬品棚とモニターが沢山ついていることくらいしか分からない。本当に医務室のような気もする。
その部屋の中央に置かれた薬品棚を通り過ぎたあたりで、俺の目には見慣れないものが映りこむ。
拘束ベルトのついた寝台と椅子。大量のチューブが繋がれた巨大な機械がその奥に鎮座し、モニターには脳の写真が広がっており、細かな数値が表示されていた。
よく見れば、培養液のようなものに幾体もの怪物たちが浸されている。身動きが取れない子供ってこれのことか?ケットとは訳が違う。
妙な話だとは思っていたが、まともな予感がちっともしない。日頃の行いが悪いからなのか、最近は災難続きだ。
俺もキティも驚きに声が出なかった。キティは目を限界まで見開いて、俺の肩にしがみつく。
「か、看守長…?」
「聞き分けの良さだけが取り柄で残しておいたが、もう不要だな。いつまで経っても卒業できない個体など、置いておくだけ邪魔だ」
突然の出来事にエドヴィンは言葉を失う。その場に崩れるように膝をつくエドヴィンの姿を横目に、看守長はホログラムを操作する。
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全く想定していなかった事態で、看守長が言っていることが全く理解できない。いや、この部屋にいる奴で看守長以外に理解できている奴などいないだろう。
看守長の応援要請から瞬時に人影が複数体、ホログラムの粒子から精製される。そこにいるのは人工皮膚をまとったロボット…いや、人間だ。
「連れて行け」
「了解」
看守長の命令に従って、人間たちが俺とキティの傍へと近づいてくる。怯えたように立ちすくむキティを背中に隠すと、人間たちは胡散臭い笑みを浮かべてキティへと手を差し出した。
「色々と想定外の出来事が重なったようだ。驚かせてすまないね。もう卒業式はおしまいにしよう。お外へ行く時間だ」
人間たちが攻撃してくる様子はない。本当にキティが自ら来るのを待っているだけのように見えた。
人間はどうにも信用ならない。今の出来事だっておかしな点ばかりだ。
だが、俺の推測が正しければ、本音はどうあれ少なくとも相手に俺たちを殺す選択肢はないように思える。
「やだ…ハルは来れないんでしょ?エドはどうなるの?」
「残念だけど、まだ彼は外には出られない。だけど、彼が人間になれた日には会えるかもしれないし、君がこの施設の人間になれればいつかは会える。001番のことは…また後で決めるから、君は心配しなくていい」
努めて優しく人間は言う。キティは目に涙を浮かべたまま、不安そうに俺を見た。
「で、でも、殺処分とか生け捕りとか…」
「006番は殺さないよ。まだ卒業の余地はある。001番も殺処分にならないよう、僕らから掛け合おう。なに、殺処分とは言えど、ちょっとしたお説教するだけさ」
「本当に?エドもいつもは凄く優しいんだよ。お願いだから酷いことしないであげて…」
懸命にエドヴィンの弁護をするキティに人間は苦笑いする。
「大丈夫だよ。後で001番の罰は軽くするように言う。君からのお願いだってね」
エドヴィンの安否はともかく、さっきから人間たちが言っていることが二転三転している。どうにもきな臭い。
俺を殺処分にしないなら、エドヴィンも殺す気はないってことなのか?
「どうして俺を殺さない」
「君は優秀なモンスターだからね」
俺が尋ねると、人間は優しく微笑む。その言葉を聞いていたのか、部屋の奥で膝をついたまま動けずにいたエドヴィンが振り返ったのが目の端に映る。
「ハル、優秀なの?」
「ああ、凄く優秀さ。これが先日の検査結果の数値だよ。上下差は激しいが、一部の数値はすでに100に達している。卒業の余地があるのも理解できるだろう?まあ、情緒の数値がちょっと低すぎるんだけどね」
苦笑いしながら人間がホログラムでデータを表示する。そのデータは確かに俺が自分に配布された物と同一だ。偽物ではない。
しかし、結局のところ俺は殺されないってことでいいなら、俺が本来の目的を諦める理由にはならない。俺はキティとこの先も共にいるために、ここまで来たんだ。
「そんなら、やっぱりキティの卒業なしだ。よく分かんねえけど、卒業には情緒が必要なんだろ。俺の情緒育てたかったら、キティを隣に置いとけ」
「そうかい、じゃあそれも上に掛け合ってみるよ。今すぐ返答とはいかないけど」
赤く点滅していた部屋にいつもの照明が灯る。扉を塞いでいた格子が上に上がり、話していた人間は先導するように外へ出た。
「とりあえず、君は情緒の前に手当が必要だ。そんな足じゃ歩けないだろう?」
他の二人が俺の両脇を担ぐように持ち上げる。引き上げられるように立ち上がると、残った一人がキティの手を繋いで後に続いた。
キティはエドヴィンの処遇が気掛かりなのか、何度も後ろを見ていたが、連れていかれる俺を見て渋々と続いた。
「本当にこのまま殺処分にしますか?コイツ、鎮静剤の材料になりますよ」
出た部屋の奥から人間の話し声が微かに聞こえた。エドヴィンのことだろう。俺とキティが外に出ると同時に部屋のドアが自動で締まり、施錠音が聞こえた。
足を引きずりながら人間たちに連れていかれる途中、キティが時折不安そうに俺を見上げる。俺はそれに視線を合わせて、首を傾げた。
怪しいが、キティから引き離されるよりマシだ。ぞろぞろとホールを抜ける途中で通りすがる看守は不思議そうにこちらを見ていたが、人間が傍にいると分かってか近寄ろうとはしてこなかった。
「まずは医務室だ。あっちの通路の奥に別の施設があるんだ。あそこにあるから、君はここで待っていて」
キティと無機質な手を繋いだ人間に向けて、先導していた男が言う。奥の通路というのは、どうやら独房の向こう側のことを言っているようだ。
「あー?んな事言って独房ぶち込んだらぶっ殺すぞ」
「そんなことしないよ」
男は困ったように笑うと、俺を連れて独房の方へと向かっていく。確かに施設はあるし、出入りしたことはないが、本当に医務室なんかあるんだろうか。
「ハル、早く帰ってきてね」
不安そうにキティが呟く。
「大した事ねえから、お前こそぴーぴー泣いたりすんなよな」
フンと鼻を鳴らして笑うと、少し安心したようにキティが笑った。やっぱり彼女には笑顔の方が似合う。
足を引きずったまま独房の通路を歩く。本当に独房に入れる気はないようで、俺が大暴れした部屋をスルーして人間たちは通路の奥の扉をカードキーで開く。
しかし、俺が暴れ回った鎖の残骸も、殺した看守の死体も無視って本当にそんなことあるか?普通は動揺したりとか、もうちょっと処罰とかあるんじゃないかと思うが。
「…で、本当に俺を卒業させる気あんの?」」
キティの手前、あんまり自分の処遇について言及するのははばかられていたが、今なら聞いてもいいだろう。人間はずる賢い生き物だ。どうせ何か企んでいるに違いない。
「もちろんだよ。だから、早く手当てもしないとね」
男が話しながらカードキーを差し込む。目の前に立ちふさがっていた真っ白な扉が開かれると、その先には広い空間が広がっていた。
建物自体は俺がいつも過ごしている施設と大差ないような作りになっているが、こっちの施設の方が看守たちの姿が多かった。看守たちの表情は明るく、みんな最盛期のエドヴィンばりにやる気に満ちている。
「案外こっちの方が賑わってんな。巡回するグループが多いのか?」
「そんな感じかな。こっちの方が身動きがとりづらい子供たちが多くてね。人手が必要なんだ」
身動きが取りづらい子供…エドヴィンが引き取って来たケットみたいな奴のことを言っているんだろうか。俺はそのままエレベーターへと乗り込み、上層へと連れて行かれる。
廊下は真っ白で無菌室にも似た異様な清潔感を感じさせる。人間がちらほらすれ違うが、どの人間も俺を見ても驚いたりはしない。
「歩かせてすまなかったね。ここが医務室だよ」
一番奥の部屋へと通される。入口から見ただけだと、薬品棚とモニターが沢山ついていることくらいしか分からない。本当に医務室のような気もする。
その部屋の中央に置かれた薬品棚を通り過ぎたあたりで、俺の目には見慣れないものが映りこむ。
拘束ベルトのついた寝台と椅子。大量のチューブが繋がれた巨大な機械がその奥に鎮座し、モニターには脳の写真が広がっており、細かな数値が表示されていた。
よく見れば、培養液のようなものに幾体もの怪物たちが浸されている。身動きが取れない子供ってこれのことか?ケットとは訳が違う。
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