ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

文字の大きさ
20 / 92
第一部【4章】憤怒の化け物

18. 異様

しおりを挟む
血しぶきが舞い、エドヴィンの足元にボタボタと血溜まりが広がる。エドヴィンは自分の腹に空いた穴に手を当て、真っ赤に染まった手の平を見つめていた。

俺もキティも驚きに声が出なかった。キティは目を限界まで見開いて、俺の肩にしがみつく。

「か、看守長…?」

「聞き分けの良さだけが取り柄で残しておいたが、もう不要だな。いつまで経っても卒業できない個体など、置いておくだけ邪魔だ」

突然の出来事にエドヴィンは言葉を失う。その場に崩れるように膝をつくエドヴィンの姿を横目に、看守長はホログラムを操作する。

「トラブルが起きた。至急、応援を要請する。001番エドヴィンは殺処分に変更。脱獄した006番のハルミンツは生け捕り。完成体はまだ傍にいる」

全く想定していなかった事態で、看守長が言っていることが全く理解できない。いや、この部屋にいる奴で看守長以外に理解できている奴などいないだろう。

看守長の応援要請から瞬時に人影が複数体、ホログラムの粒子から精製される。そこにいるのは人工皮膚をまとったロボット…いや、人間だ。

「連れて行け」

「了解」

看守長の命令に従って、人間たちが俺とキティの傍へと近づいてくる。怯えたように立ちすくむキティを背中に隠すと、人間たちは胡散臭い笑みを浮かべてキティへと手を差し出した。

「色々と想定外の出来事が重なったようだ。驚かせてすまないね。もう卒業式はおしまいにしよう。お外へ行く時間だ」

人間たちが攻撃してくる様子はない。本当にキティが自ら来るのを待っているだけのように見えた。

人間はどうにも信用ならない。今の出来事だっておかしな点ばかりだ。

だが、俺の推測が正しければ、本音はどうあれ少なくとも相手に俺たちを殺す選択肢はないように思える。

「やだ…ハルは来れないんでしょ?エドはどうなるの?」

「残念だけど、まだ彼は外には出られない。だけど、彼が人間になれた日には会えるかもしれないし、君がこの施設の人間になれればいつかは会える。001番のことは…また後で決めるから、君は心配しなくていい」

努めて優しく人間は言う。キティは目に涙を浮かべたまま、不安そうに俺を見た。

「で、でも、殺処分とか生け捕りとか…」

「006番は殺さないよ。まだ卒業の余地はある。001番も殺処分にならないよう、僕らから掛け合おう。なに、殺処分とは言えど、ちょっとしたお説教するだけさ」

「本当に?エドもいつもは凄く優しいんだよ。お願いだから酷いことしないであげて…」

懸命にエドヴィンの弁護をするキティに人間は苦笑いする。

「大丈夫だよ。後で001番の罰は軽くするように言う。君からのお願いだってね」

エドヴィンの安否はともかく、さっきから人間たちが言っていることが二転三転している。どうにもきな臭い。

俺を殺処分にしないなら、エドヴィンも殺す気はないってことなのか?

「どうして俺を殺さない」

「君は優秀なモンスターだからね」

俺が尋ねると、人間は優しく微笑む。その言葉を聞いていたのか、部屋の奥で膝をついたまま動けずにいたエドヴィンが振り返ったのが目の端に映る。

「ハル、優秀なの?」

「ああ、凄く優秀さ。これが先日の検査結果の数値だよ。上下差は激しいが、一部の数値はすでに100に達している。卒業の余地があるのも理解できるだろう?まあ、情緒の数値がちょっと低すぎるんだけどね」

苦笑いしながら人間がホログラムでデータを表示する。そのデータは確かに俺が自分に配布された物と同一だ。偽物ではない。

しかし、結局のところ俺は殺されないってことでいいなら、俺が本来の目的を諦める理由にはならない。俺はキティとこの先も共にいるために、ここまで来たんだ。

「そんなら、やっぱりキティの卒業なしだ。よく分かんねえけど、卒業には情緒が必要なんだろ。俺の情緒育てたかったら、キティを隣に置いとけ」

「そうかい、じゃあそれも上に掛け合ってみるよ。今すぐ返答とはいかないけど」

赤く点滅していた部屋にいつもの照明が灯る。扉を塞いでいた格子が上に上がり、話していた人間は先導するように外へ出た。

「とりあえず、君は情緒の前に手当が必要だ。そんな足じゃ歩けないだろう?」

他の二人が俺の両脇を担ぐように持ち上げる。引き上げられるように立ち上がると、残った一人がキティの手を繋いで後に続いた。

キティはエドヴィンの処遇が気掛かりなのか、何度も後ろを見ていたが、連れていかれる俺を見て渋々と続いた。
「本当にこのまま殺処分にしますか?コイツ、鎮静剤の材料になりますよ」

出た部屋の奥から人間の話し声が微かに聞こえた。エドヴィンのことだろう。俺とキティが外に出ると同時に部屋のドアが自動で締まり、施錠音が聞こえた。

足を引きずりながら人間たちに連れていかれる途中、キティが時折不安そうに俺を見上げる。俺はそれに視線を合わせて、首を傾げた。

怪しいが、キティから引き離されるよりマシだ。ぞろぞろとホールを抜ける途中で通りすがる看守は不思議そうにこちらを見ていたが、人間が傍にいると分かってか近寄ろうとはしてこなかった。

「まずは医務室だ。あっちの通路の奥に別の施設があるんだ。あそこにあるから、君はここで待っていて」

キティと無機質な手を繋いだ人間に向けて、先導していた男が言う。奥の通路というのは、どうやら独房の向こう側のことを言っているようだ。

「あー?んな事言って独房ぶち込んだらぶっ殺すぞ」

「そんなことしないよ」

男は困ったように笑うと、俺を連れて独房の方へと向かっていく。確かに施設はあるし、出入りしたことはないが、本当に医務室なんかあるんだろうか。

「ハル、早く帰ってきてね」

不安そうにキティが呟く。

「大した事ねえから、お前こそぴーぴー泣いたりすんなよな」

フンと鼻を鳴らして笑うと、少し安心したようにキティが笑った。やっぱり彼女には笑顔の方が似合う。

足を引きずったまま独房の通路を歩く。本当に独房に入れる気はないようで、俺が大暴れした部屋をスルーして人間たちは通路の奥の扉をカードキーで開く。

しかし、俺が暴れ回った鎖の残骸も、殺した看守の死体も無視って本当にそんなことあるか?普通は動揺したりとか、もうちょっと処罰とかあるんじゃないかと思うが。

「…で、本当に俺を卒業させる気あんの?」」

キティの手前、あんまり自分の処遇について言及するのははばかられていたが、今なら聞いてもいいだろう。人間はずる賢い生き物だ。どうせ何か企んでいるに違いない。

「もちろんだよ。だから、早く手当てもしないとね」

男が話しながらカードキーを差し込む。目の前に立ちふさがっていた真っ白な扉が開かれると、その先には広い空間が広がっていた。

建物自体は俺がいつも過ごしている施設と大差ないような作りになっているが、こっちの施設の方が看守たちの姿が多かった。看守たちの表情は明るく、みんな最盛期のエドヴィンばりにやる気に満ちている。

「案外こっちの方が賑わってんな。巡回するグループが多いのか?」

「そんな感じかな。こっちの方が身動きがとりづらい子供たちが多くてね。人手が必要なんだ」

身動きが取りづらい子供…エドヴィンが引き取って来たケットみたいな奴のことを言っているんだろうか。俺はそのままエレベーターへと乗り込み、上層へと連れて行かれる。

廊下は真っ白で無菌室にも似た異様な清潔感を感じさせる。人間がちらほらすれ違うが、どの人間も俺を見ても驚いたりはしない。

「歩かせてすまなかったね。ここが医務室だよ」

一番奥の部屋へと通される。入口から見ただけだと、薬品棚とモニターが沢山ついていることくらいしか分からない。本当に医務室のような気もする。

その部屋の中央に置かれた薬品棚を通り過ぎたあたりで、俺の目には見慣れないものが映りこむ。

拘束ベルトのついた寝台と椅子。大量のチューブが繋がれた巨大な機械がその奥に鎮座し、モニターには脳の写真が広がっており、細かな数値が表示されていた。

よく見れば、培養液のようなものに幾体もの怪物たちが浸されている。身動きが取れない子供ってこれのことか?ケットとは訳が違う。

妙な話だとは思っていたが、まともな予感がちっともしない。日頃の行いが悪いからなのか、最近は災難続きだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...