ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

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第二部【2章】冷めきらない熱

09.追慕

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あの日からずっと、俺は出勤してすぐにキティのアクリルケースにケープを掛けることにした。ミルクをあげている間は相変わらず話しかけてくるが、返事をせずにケースに戻せば黙る。
俺は少しでも暇を潰せるように新しくイヤホンを買ったり、映画をダウンロードしてみたり、違うゲームを買ったりした。趣味があまりないからポイントを浪費する機会などほとんどなかったが、久しぶりに娯楽関係でポイントを無駄遣いした気がする。
今日も配膳と巡回を終え、合間合間に映画を見て過ごした。今回は少し古い映画がセット売りされていたのを買ったので、スプラッタコメディを見て過ごしていた。
内容は本当に下らなくて、冴えない男二人組が大学生の集団自殺の巻き添えをくらうものだ。いわゆる不条理ギャグで、結構こういうのは嫌いじゃないのだが何となく笑える気分にならなくて途中で見るのをやめた。
最後の巡回が終わってから30分という凄く中途半端な時間だけが余って、仕方なくセットになっていた映画に手をつける。
粗野な男が唯一心を開いた少女が誘拐され、男が少女を取り返しに行くというあらすじらしい。普段なら全く興味のない内容だったはずだが、出だしから妙に共感できる部分があって見入ってしまう。
はぐれ者で暴力しか取り柄のない男が、自分に初めて温かい場所を教えてくれたその少女に寄せる感情だとか、その二人でいる空間がどれだけ居心地がいいかとか。出だしはそういった派手なアクションも何もない映画なのに、目が離せない。
「ハル、そんな映画も見るんだ?珍しいね」
急に聞こえた声に思わず驚いて肩が上がった。イヤホンを取って振り返ると、すぐ隣でエドヴィンがニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて俺のホログラムを覗き込んでいた。
「心温まる系?そういうのは人間の情緒や道徳を学ぶのに凄く良いよね!ハルもそういうのに興味を持つようになったのかー」
「ちげーし!バイオレンス系の映画をセットで買ったらついてきたんだよ!」
「それ、バイオレンス系なの?恋愛ものかと思った」
俺の答えにエドヴィンは不思議そうに首を傾げた。
でも、嘘ではない。バイオレンス系の映画が好きだから買ったのだ。俺もこんなものが混ざっているとは思わなかった。
しかし、エドヴィンがいるあたり、もう退勤時間なのだろう。時間に気付かないくらい真剣に見ていたようだった。
「帰る」
キティのアクリルケースにかぶせていたケープを剥ぎ取ると、中で眠っていたキティが小さな目を眩しそうに開く。まだ半分くらい寝ているのか、ぼんやりと俺たちを見上げているが、身体は初日に比べて随分と大きくなってケースが狭く見える。
「なんでハルは毎回、キティのケースにケープを被せるの?やめなよ、可哀想だろ」
「よく言うわ」
相変わらず優し気な声で偽善者を前に出していくエドヴィンを俺は鼻で笑う。コイツは可哀想だやめろだ何だと言うが、別に改善しようとするわけではない。一般的な「優しそう」の上辺だけをなぞって話しているだけだろう。
「はる…」
目を覚ましたキティが俺の名前を呼ぼうとしていたが、俺はそのまま背を向けて待機所のドアを閉めた。
俺は足早にホールを抜けてエレベーターで自分の部屋へと直帰した。普段なら飯を食ってすぐ寝るのだが、さっきの映画の続きが妙に気になって仕方ない。
部屋に戻るとすぐに制服の上を脱いで上裸になる。適当にそれをベッドに放って、スラックスのまま自室のモニターを起動した。
「早く続き見ようぜー」
「あそこからどう派手にやってくれんだろうな」
身体の口が好き勝手に話し始める。考えたことがそのまま出るから、それだけあの映画の続きが気になっているということなんだろう。
晩飯を兼ねてコーラと解凍した冷凍ハンバーガーを手に椅子に座る。先程まで見ていた映画の続きが再生されると、割とすぐにあらすじ通りに少女が誘拐されていった。
バイオレンスものに求める俺の楽しみは、血生臭くて派手なアクションとスカッとするような展開だ。なのに、この映画にはそのどちらもなかった。少女を誘拐された男は怒り狂って、少女を取り戻すために犯人の一味を追いかけ、拷問にかけ、泥臭く追いつめていく。過激と言えば過激で、暴力的と言えば暴力的だ。一味の指を片っ端から詰めたり、ケツに爆弾を突っ込んだり、ショットガンで四肢を吹き飛ばす程度と絵面が地味なだけで。
恐らく、本来期待していたものと趣旨はかなり違うんだろうが、興味深かった。飲んでいたコーラが底を尽き、溶け残った小さい氷がカラカラと底で音を立てる。
命からがら少女の元に至った男は、少女を解放する条件に殺された犯人一味の弔いとして自分の命を要求される。
最期の最期で男が少女に手紙を託し、互いのことが大事であったと告げるシーンで目の前がチカチカと点滅するような感覚に襲われる。
「最期にあえてラッキーだったわ、飯旨かったよ」
誰かの小さい背中を抱きしめて、そんな言葉を放ったことがある気がした。顔は見えなかったが、薄オレンジの髪をした女が自分の腕の中にすっぽり収まっている視界が蘇る。温もりが妙に生々しい。夢とか気のせいとか、そんなんじゃない。柔らかくて、温かい感触がありありと思い出せた。
ずっと感じていた違和感がいよいよ確信に変わっていく。絶対におかしい。絶対に何か忘れていた。それも凄く大事なものだ。
思い出した感触を確かめるように手を閉じたり開いたりしながらモニターに視線を戻すと、映画の中の男はもう死んでいて、少女はその訃報を聞いて泣き崩れるところを映し出していた。
誰も救われない話だった。少女と男はお互いを大事に思っていたはずなのに、結局頑張っても二人が一緒にいる未来などない。一緒にいられてこそだろうに、片方が欠けなくてはいけないなんて馬鹿らしい話だ。
「はあ?」
「クソみてえな映画だったな」
エンドロールの間、身体中からブーイングの声が上がる。ブーイングはもっともだと思うが、正直共感してしまう部分は多かった。
俺の中に広がる、漠然とした焦燥感。これは、映画の中で男が経験した感情に結構近いんじゃないだろうか。早く忘れたものを取り戻さないと、と思いつつも忘れたものが思い出せない。
一番心当たりがあるのはあのネズミ…キティのことだが、あの姿にピンとくるものがあまり頭の中に浮かばないのだ。これだけ引っかかるのだから、何らかの関わりはあったんだろうが。
「明日、エドヴィンに聞いてみるか」
「うわ、めんどくせー」
「話しかけたくねー」
身体の口が考えていたことを勝手に代弁する。話しかけたら絶対面倒なんだろうな。分かってはいるが、この施設に一番詳しい怪物は古株のエドヴィンだ。他にツテはない。
早く会いに行かなくては。顔も思い出せない誰かに。
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