ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

文字の大きさ
49 / 92
第二部【6章】遠くの灯

24.重複

しおりを挟む
キティと過ごすはずだった週末に、俺はヨルツの部屋に来ていた。言いたいことは山ほどある。
「おい、なんで好成績なんて出した。気を付けろって言っただろ」
今日もジョウロを片手に植木鉢の傍をうろついていたヨルツの前に仁王立ちすると、ヨルツは感情の読めない表情で俺を見上げた。
「いや…卒業のハードルがそんなに低いと思わなかった」
「喧嘩売ってんのか?」
卒業したくてたまらない怪物全員を敵に回すような発言だ。エドヴィンが聞いたら発狂するんじゃなかろうか。
よく見ると、ヨルツの身長が前より縮んでいる。俺が干渉しないせいなのか、それとも傍にいるケットとの会話がそうさせているのか、何にせよヨルツはのびのびと人間へと順調に育ってしまっているようだった。
「何でもいいが、それ以上は人間らしくなるのはやめとけ。せめてテストの成績は下げることだ」
卒業候補かどうかは外見も基準になってはいるが、一番の基準はやはり数値らしい。これはここ数日の間に人間たちのデータベースの一端で見つけた情報だから間違いない。
数値だけでも下がれば、多少は目立たなくなる。俺がこうしてここにいられるのも、テストであえてハズレを選んで数値をさげているのもあるだろう。俺の場合は自分の見た目のコントロール出来るのは大きいだろうが。
俺の話を聞きながら、ヨルツは植木鉢に植わったケットを眺める。
「何が間違いなのかが分からない」
「間違いってのは、エドヴィンみたいに人への共感性を死なせたぶっとんだ発言系だ。ずっと傍にいたんだから、わかりやすいだろ」
「つまりエドヴィンの真似をすればいいのか?」
「その方が少なくとも、今よりは成績が下がるだろ」
エドヴィンが何年くらい看守のまま卒業出来ていないのか分からないが、今も看守止まりなんだから外れの見本にするのは間違いないだろう。
俺はヨルツの部屋に上がりこむと、いつものようにベッドを占領する。ヨルツはそんな俺を横目で不服そうに見つめていたが、鼻で溜息を吐くとゴロリとケットの植木鉢の傍で犬のように丸くなった。
静かな空間だ。俺からすれば耳が痛くなるような無音だが、ケットと会話が出来るヨルツからすればそうでもないんだろう。窓から入り込む日差しを浴びて静かに寄り添う二人の目には、俺がキティと過ごしていた暖かい空間みたいに見えているのかもしれなかった。
それから一時間ほど人間のデータベースへのアクセスを試みる作業が続いた。少しずつアクセスできる場所は増えてきた。ロジックの基礎さえ理解すれば、あとは応用していくだけだ。ヌッラに頼らずとも色々な情報が閲覧できるようになってきた。
しかし、どうしても上層の人間たちの情報や、今いる街の外の情報とかは出てこない。かなり厳重に保管されているようで、怪しい情報は下手に触るとエラーが出る仕組みになっている。
何かハーロルトへの手掛かりになるものがないか、とりあえずアクセスできる場所はしらみ潰しに情報を読んでいく。その文書の一端に探していた名前を見つけ、俺は手を止める。
「人類の存続を掛け、脳波のデータを人間の肉体から機械の者へと移行する作業を行う。代表者は人類の男女一組。被検体名:ハーロルト=クライン・ティアナ=クライン」
被検体名のハーロルトは、俺が探しているハーロルトで合っているのかは分からないが、可能性としては非常に高いだろう。もう一つ気になるのが、一緒に被検体になっている女性名のファミリーネームがハーロルトと同じであることだ。
文書に記載された日付は200年以上も遡る。この200年がいかほどのものなのか分からないが、俺たちが生まれるよりもずっと前のものではあるだろう。
「被検体二人の脳波のデータ移行は成功。終戦時の条約に従い、二人の肉体は速やかにガスにて始末した。被検体のティアナは目の前で自身の肉体が処分されたことに精神的なショックを受けたとみられる」
肉体を始末する…この記述を読む限りでは脳波を機械に移行するのは成功しているようだが、その残った肉体はどんな状態だったのかが分からない。
肉体から脳波ごと意識が消えているなら良いが、まさか脳波だけコピーして、肉体を持つ本人たちはまだ意識もそのままに生きていたなんてことは…ないと思いたいところだ。
「被検体ティアナは脳波が動いているにも関わらず、活動が確認できなくなる。ティアナにハーロルトとの行動に許可を出したが、以前として回復が見られないため二日後にシャットダウン。脳波のデータは破損していると見られる。実験より三日後にデータの消去を行った」
文書を読み終え、俺はファイルを閉じる。
ハーロルトのことなど俺とキティには全く関係がない。なんなら、アイツがいたせいで今こうなっているまである。恨みしかないはずなのに、文書を読んでいる間に云い知れない怒りと悔しさが胸にこみ上げてきた。
ティアナがハーロルトにとっての妹や姉なのか、はたまた嫁であるのかは定かではない。でも、何故かどうしても自分とキティが重なってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...