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5章
1 眠れぬ夜
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1.
ミズキと過ごした自家製キャンプ地。空に広がるのは青い空。鳥が囀る声がする。そのど真ん中に設置されたベッドと、簡素な丸テーブルと椅子。ベッドに座ったアマネの正面で、僕は椅子に腰掛けていた。
「で、アマネに何しろってんだ?」
耳の輪舞を小指で掻きながら、ベッドに座ったアマネが僕を見もせずに言った。
「バカ兎に話してきたんだろお。倒せんのかあ、帽子屋。クソザコナメクジのくせに、アマネが負けた帽子屋を倒せるとか、アマネは信じない」
「それは正直わからないけど…僕らで出来るのは、アマネの父親が出てきた時に僕が盾になること。僕の母親が出てきたら、三月兎が盾になってくれる。三月兎が帽子屋に退対峙する時は、僕らが全力で彼を守ることじゃないかな」
まるで興味を持たない様子のアマネに僕は肩をすくめる。
イディオットの集落で一晩明け、起きてすぐに集落で支給されたご飯をお盆ごとアマネに持ってきた。アマネがいることを集落の人間には知らせていないので、大盛り1人前だが、半分こすればアマネも少しは腹が膨れるだろうと思ったのだ。
「そんなジャンケンみたいな戦い方でやれんのか」
ベッドに置いた飯の乗った盆を見つめながらアマネが言う。
確かに、イディオットと考えた先の作戦はジャンケンに近い。帽子屋は対峙する人間に合わせて、何かに変幻する。ならば、相性によって戦うメンバーを変えるしかない。
アマネの父親に帽子屋が姿を変えたなら、その暴力に耐えられるのは僕しかいない。だから、彼の父親に勝てるのは僕しかいない。
僕の母親に関しては未知数だが、物理面だけで言えばアマネは確実に勝てる。言葉だけならイディオットも大丈夫なはずだ。
イディオットは…まだ帽子屋に出会えていない。何が起きるかわからないが、何故かイディオットは勝ちを確信している。僕らの勝利はイディオットの肩に掛かっているに等しい。
「分からないけど、相性はあるよ。火が水に勝つって凄く難しい。難しいけど、風や木が手伝ってくれたら火が水に勝てることもあるだろう?みんなで協力しよう」
「気にいらねえ」
フンとアマネは鼻を鳴らし、盆に乗ったパンをちぎって口に乱暴に詰め込んだ。頬をぱんぱんに膨らませてパンを咀嚼しながら、彼は3分の2ほど残ったそれを僕に差し出す。
「ん」
もぐもぐと口を動かしながら、彼は僕を見る。半分にしては多すぎる量に僕は首を傾げた。
「え、それじゃアマネの分が少なくない?」
「んん!」
口いっぱいに頬張ったまま、アマネが不機嫌そうに唸る。いいから食えと言うことなのかもしれない。僕はおずおずとそれを受け取る。齧ると塩バターパンと同じような味がした。
「アマネは食べもん沢山あるからお前が食え」
ようやくパンを飲み込んだアマネはそう言うとポケットから大量のお菓子を出してベッドに並べる。
クッキー、チョコレート、キャンディー、グミ、マドレーヌ、マカロン、ジェリービーンズ、ドライフルーツ…コンビニや百貨店で手に入るようなお菓子がピンからキリまで揃っていた。しかし、どう考えてもポケットに入る量じゃない。
「四次元ポケットなの?」
「お前、知らねえのかあ?ポケットを叩くとお菓子は増えるんだぞ」
僕の疑問に、さも当然と言うようにアマネが答える。
ポケットの中にはビスケットが一つ、ポケットを叩くとビスケットが二つ…そんな童謡は確かに存在するが、そういうことじゃないような気がする。
「アスカにもやる」
そう言うと、アマネは乱暴にお菓子を袋ごと何個か投げて寄越す。僕はそれを胸で受け止め、自分の膝に並べた。
どれも美味しそうだ。華やかで、可愛らしくて、良い香りがした。
「アマネはどのお菓子が好き?」
それらを眺め、僕は何気なく尋ねる。
「マド…マドなんとかって言う黄色とか黒とかの。これが一番量があって美味い」
アマネがベッドに落ちていたマドレーヌの袋を開ける。
僕の膝の上にはグミやキャンディー、チョコレート。マドレーヌは自分のお気に入りだから、僕には分けてくれないのだろう。子供らしくて僕は笑った。
「アバズレがこれくれると、その日はお腹減らないんだ」
マドレーヌを口に含み、アマネが息を吐くように笑った。
アバズレなんて言葉を一体どこで覚えたのだろう。
それにしても、マドレーヌなんてまあまあ高価なお菓子だ。それを彼のような家庭環境で、買い与えてもらえる機会があったことに僕は驚いた。
「…アマネの現実のおうちって、電気たまに停まってるんだよね?」
「うん」
「家にはお父さんとお母さん、どっちがいる割合が多いの?」
思わず尋ねてから、僕はハッと口を噤む。自分ならイディオットに話すことを躊躇うような内容だ。嫌なことを聞いてしまったのではないかと思ったのだ。
しかし、アマネは特に気にした様子もなく、記憶を辿るように空を仰いだ。
「あー?どっちもあんまいない。アバズレはたまに帰ってきて、いっぱいお菓子置いてくんだ。置いてったら、またどっか行く。クズは夜たまにいる。アマネのこと殴るだけ殴って、酒飲んで、朝起きるとどっか行く」
そこまで話してから、アマネは首を傾げる。
「たまにアバズレとクズが一緒にいて、アマネはその時が一番楽。お菓子があって、殴られない」
「お父さんとお母さんは仲良いの…?」
恐る恐る話題を続けてみると、アマネは興味なさそうに身体ごと斜めに傾げた。
「知らねえ。なんかめちゃくちゃベタベタしてる時あるし、ベタベタしてる時は電気つく。調子いいと飯が出る。でも、たまにすっげークズ野郎がアバズレ殴ってんだ。アバズレのこと、アバズレって怒鳴り散らしてめちゃくちゃに殴る。アバズレもクズ野郎のこと、クズ野郎だってめっちゃキレる」
ここまでくるとなんとなく予想はついていたが、アバズレとかクズ野郎という言葉は両親から入荷しているようだ。そりゃお母さんとかお父さんって響きより、アバズレとかクズ野郎の方が身近にもなるだろう。
「2人が喧嘩すると2人ともしばらく帰って来なくなって、アバズレがいないから、大体先に帰ってくるクズ野郎がアマネのこと殴るんだ。だから、どうせなら2人一緒にいてくれた方がマシ」
目の前でDVを見るのも恐ろしいだろうに、彼の中ではその辺の感覚が麻痺してしまっているのかもしれなかった。話している本人は、自分が受けた体罰の話をする時より随分と穏やかに見えた。
麻痺させなきゃ、やってらんないんだろう。それはどうにも複雑だが、確かに麻痺しといた方が楽なのは、今の僕には何となく理解できた。
幸せな家庭で愛されて育ったのだと、母親や父親のことを温かい幻想で包み込んで忘れておいた方が…僕はきっと楽だった。アマネに比べれば、僕の家庭環境なんて随分と軽い不幸話だが。
「アスカも殴られんの?お前、帽子屋に言い返してた」
突然向いた話題の矛先に僕は顔をあげる。アマネが珍しく僕のことを真っ直ぐに見つめていた。
体罰はあったにはあったが、彼のような警察沙汰レベルの家庭環境を聞いた後に自分の話を引き合いに出すのは何だか恥ずかしい。僕は苦笑いする。
「いや、僕の家のことは聞いても何も楽しくないよ」
「はあ?アマネだけに聞いといて、お前話さねえのかよ。クソか」
僕の答えにアマネは片目だけ見開いて悪態を吐く。思っていた方向と別ベクトルからのお叱りだった。
でも、確かに彼から聞くだけ聞いて、相手から聞かれたら黙秘って凄くアンフェアかもしれない。
僕は苦笑いしながら、手元の残りのパンを齧った。
「…高校卒業間近くらいまでは叩かれてたよ」
「それくらいになったら、殴られないで済むのか?」
「いや~…どうだろう」
希望のない回答になってしまって申し訳ないが、そればかりは確証のある返答は出来ないので、僕は曖昧に笑う。そもそも、彼のようなケースは時間経過を待つのではなく、一刻も早く警察のお世話になるべきだ。
そんなことを考えていると、アマネはこれみよがしに盛大なため息を吐いた。
「やっぱりアマネが大人になったら殺すかあ」
「殺しちゃダメなんだよ。ゲームじゃないんだから」
完全に崩壊している彼の倫理観をたしなめる。僕の言葉にアマネはムッと口を曲げた。
「だっておかしいだろお。アイツばっかりアマネのこと殴って、なんでアマネは殴ったらダメなんだよ。なんでアスカはやり返さないんだよ」
「同じになりたくないからだよ」
僕は自分の手を握りしめ、呟くように答える。アマネが僕を見つめる。感情の読み取れない、限りなく黒に近い茶色の瞳と目が合った。
その目に映る僕は険しい顔で、ただ首を振る。その表現には怒りが滲んでいて、そんな自分の顔がとても醜く思えた。
ああ、だから怒りたくない。怒る僕はとても汚い。でも、それ以上はコントロールが効かなかった。
「僕は…僕は絶対、ああはならない。必要のない暴力も、愛情をくれと理不尽に恐喝することもしない。僕は、僕がなりたい人間になるんだ」
アマネがゆっくりと目を見開いた。彼が父親と対峙した時にまた黒に近づいてしまった彼の目が透明度を増す。
「…お前、強いんだな」
思ってもみなかった言葉をアマネが言った。こんな醜い僕を見て、彼は僕を強いと言った。小さな声だったが、それは確かに聞こえた。
「強くは…」
僕は口ごもる。強くなんてない。偉そうなだけだ。トラウマに立ち向かっている気で、母親を前にしただけで足が震える臆病者だ。恐ろしい父親を前に果敢に立ち向かったアマネの方が、僕よりも何倍も強い。
「強いだろ。アマネの腕、1人で切り落とせたのお前だけだ。アマネと同じで、自分より身体がデカい奴に殴られたことあんのに、お前は殴り返さない。アマネのことも、よく分かんねえけど…守ったんだろ?」
途中からアマネは自分が言っていることが分からなくなってきたのか、首を傾げるが、彼はまた僕を見つめて眉を顰めた。
「それとも、お前に腕を切り落とされたアマネが弱いって言いたいのかあ?ああ?」
「いや、そういうんじゃなくて」
もう後半は完全にヤンキーに恐喝されているみたいになっているが、でもそういう表現をされると、非常に否定しにくい。
僕は少し黙って考える。慎重に言葉を頭の中で選び、僕は口を開いた。
「僕が受けた暴力はアマネみたいに凄いやつじゃないんだ。灰皿にされたことはない」
「なくても、怖いだろ」
アマネがピシャリと僕の言葉を遮る。
「泣いて、助けてって、ごめんなさいしても殴るだろ。泣くなって怒鳴るだろ。逃げ場がなくて、誰も守ってくんなくて、いっそ殺してくれって思うだろ」
アマネの言葉に僕は何も返せなくなる。
そうだ。そうなんだ。彼の言っていることは何も間違いではなかった。暴力の度合いだけが違う。
黙る僕を見て、アマネは心底不思議そうに口をへの字に曲げた。
「お前んとこのママ、帽子屋がなったアレなんだろ?めちゃくちゃイライラする。アマネんとこのアバズレ、お菓子で痛いの我慢しろって意味分かんねえこと言うけど、あんなこと言わない。むしろ、アバズレいる方がアマネは楽だし…」
うーんと、アマネは珍しく唸ると、大きな溜息を吐いて自分の頭をガシガシとかいた。
「お前っていっつも難しいことばっか言うから、よく分かんねえけど、アマネは痛いのが自分だけじゃなくて、お前も痛いんだってのは分かったよ。痛いってカンストしたら、もう全部同じじゃねえ?」
「でも…」
「あー!!めんどくせえ!うるせえ!お前しつこい!」
それでも何故だか納得できずにいる僕を見て、アマネはイライラしたように声を上げると立ち上がる。
立ち上がった彼は突然、僕の持っていた傘を取り上げる。それを振り上げると、彼は自分の腕に叩きつけた。バシッと痛そうな音がした。
「何して…」
「痛いだろ」
そう言って、彼は今度は思い切り自分の腕を打ち据える。
バキンッと音がして傘が砕けた。それと同時にアマネの腕が折れ、曲がってはいけない場所が曲がる。
「なっ、何してんだよ!やめろよ!」
「痛いんだよ」
止めようと慌てて立ち上がると、彼は完全に崩壊した傘を僕に突き返す。ブラブラとおかしな方向にぶら下がっている自分の腕を僕に見せ、彼は息を漏らすように笑った。
「全部痛えんだよ!痛えって言ってんだから、それを認めてくれよ!度合いとか知るか!痛いと困るんだから、怖いんだから、それを分かってくれって言ってんだよ!!」
口元に薄ら笑みを浮かべながら、彼が叫ぶ。耳が痛くなりそうなその叫びに僕は呆然とする。
「お前なら分かってくれんだろお!痛いって!もうやだって!それがアイツらになんで伝わらねえんだって!お前だってムカついたから、帽子屋に言い返したんだろお!」
アマネはニヤリと笑って傘を僕に突き返す。その傘を手に取ると、受け取ったその傘は完全に折れていて、柄をつかんだら先端が地面に落ちた。
「でも、お前は現実に帰るって言った。わざわざ辛いとこに行って、戦うって言った。必要ない暴力なしで、殺さずに」
アマネの折れた腕がみるみる修復する。すっかり元通りになった腕の動作を確認するようにアマネは腕を曲げたり、開いたりしながら笑った。
「嘘つかないんだろ。守れよ、約束。お前が約束守るんなら、アマネも頑張るからさあ。人殺さないように気を付けるからさあ」
薄ら笑いを浮かべ、アマネは楽しそうに自分のポケットから棒付きキャンディを取り出す。バリバリと雑に袋を開けて口に入れ、転がした。
「ほら、お菓子食べる?食えるよな?」
いつかにやったみたいに、アマネが言う。もう一本取り出した棒付きキャンディを僕に差し出して。
その行為にどんな意味があるんだろうと、ずっと考えていた。疑問だった。殺したい相手に、ジャバウォックにずっと彼が差し出してくるお菓子。
彼の母親は、彼を守らずにお菓子だけを与えてきた。チープなものから、高価なものまで。
痛いのを我慢してと差し出されたそれで、アマネは理不尽だと思いながらもずっと食いつないで来た。
「分かってくれ」
キャンディを受け取った時、そう聞こえた気がした。顔を上げると、キャンディをくわえたアマネのニヤけ顔と目が合った。
ああ、何となく分かった。ずっとアマネの母親も苦しかったんだろう。苦しいから、助けたいけど助けられないから、これで分かってとお菓子を差し出されて来たんじゃないだろうか。
思い返せば、アマネはずっとずっと言い続けていた。自分の痛みを分かってくれと、お前なら、ジャバウォックなら分かってくれるんだろうって。
「…分かる、よ」
キャンディを受け取ったまま、僕は笑った。声が少しだけ震えた。
分かって。
分かってくれ。
僕も両親にずっと言い続けた。もう嫌だって、辛いって、痛いって。でも、伝わらないから伝えるのをやめたんだ。
アマネが笑った。歯を見せて笑った。びっくりするくらい子供みたいな笑顔だった。それが何故だか、自分が救われたような気分にさせる。
ずっと、僕より辛い目に遭っている人に気安く「分かる」と言うのは罪だと感じていた。
母親に言うと、決まって「アンタに私の辛さなんか分かるわけないでしょ」と言った。あなたはそれを体験したわけじゃないのに、何がわかるのと。分かってくれと、彼女から言うのに。
高校のクラスメイトの愚痴も、大学の子も、自分の方があなたの想像より辛い人生を歩んできたと満足気に笑うから、父親が無責任な共感はよせと言ったから、僕の周囲はずっと僕より過酷な人生を歩んでいるのだと。それなら、僕は自分を幸せな人にカテゴライズしなくてはならないと思って、自分の家庭は少し揉め事のある幸せな家族だったということにした。
僕には想像もつかないほど、辛い思いをしたんだね。辛かったね。そのテンプレートが一番、みんなが満足する答えだったから、そのテンプレートしか正解はないと思っていたのだ。
分かるなんて、誰かに僕が言うのはおこがましいと思っていたんだ。だけど、アマネのその笑顔を見ていると、分かると言えてよかったと初めて思えた。
「ジャバウォックなら分かってくれるって、本当だったんだな」
不意に耳に入ってきたアマネが言った言葉に僕は我に返る。
「…それって、誰が言ったの?」
そうだ、アマネは最初からジャバウォックなら分かってくれると、わざわざ配役を定めて襲いかかっていた。でも、そんな情報はアマネ以外から僕は聞いたことがない。
当初は勝手にシュラーフロージィがアマネにジャバウォックを始末させるために言ったのかと思っていたが、シュラーフロージィの傍には嘘発見器の双子がいる。もしジャバウォックを始末させるためだけの嘘なら、そんな邪悪な嘘を吐く人間など信用せずに離れていくだろう。
ジャバウォックが僕でなければ、必ずしもこうなったとは限らない。ジャバウォックなら分かるなんて話が嘘か誠かなど、配役されてみなければ分かりようがないのだ。
アマネは不思議そうに首を傾げると、耳を小指でかいた。
「ええ?誰だっけ…覚えてねえよ。すげー普通の大人。アマネが配置された時は村にいたけど、アスカと一緒に行った時は見掛けなかった。死んだんじゃねえの?」
投げやりに彼はそう答えると、思い出したようにベッド脇に置かれた自分の折れた大剣を僕に差し出した。
「それより、ヴォーパルの剣折れた。不良品。もっと上手に作れ」
「あ、ああ…」
帽子屋に折られたそれをすっかり忘れていた。僕は剣を受け取り、デザインを思い出しながら修繕する。
普通の村の人間がジャバウォックを殺すように仕向けたのか?シュラーフロージィはあの見た目だ、村人に紛れるなんて無理な話だろう。
その人間は何故、アマネをそう仕向けたんだ。アマネがまだ弱かった頃に、彼にわざわざ言う理由は?まるで、アマネがこれだけ強くなることを、強くなったら手当り次第にジャバウォックに襲いかかるようになると知っていたようじゃないか。
そもそも、配役ってどうやって決めるんだ?アリスであるミズキが決めているなら、ミズキが楽しく暮らせる都合の良い人間を配置するんじゃないのか?
「…あー、そう言えば」
剣を作り直していると、アマネが不意に声を出した。
「なんとかキャロルって名前だった。ニンジンみてえな色の髪の毛の女。楽しいお話を作ってるって」
そう言われて、僕は顔を上げる。
「ルイス・キャロル?」
「それだ、それ。男なのか女なのかよく分かんねえ名前のやつ」
聞き返すと、アマネは空を見たまま頷いた。
「アスカも会ったことあんの?」
「いや、ないよ。ないけど、名前は知ってる」
不思議の国のアリスと言えば、作者はルイス・キャロルだ。学校の授業でも見る名前だ。
作者がいるのか?いや、原作の不思議の国アリスを書いた作者のルイス・キャロルは男性のはずだ。それに、彼はとうの昔に死んでいる。
だとすれば、アマネが出会ったその人間は偽物…違う、正確には偽物じゃなく、この世界の作者に当たるのかもしれない。
確かに考えても見れば不自然だ。この世界を閉じたのはアリスだと誰もが口を揃えて言うのに、ミズキがそう言ったようには見えない。自らに不利益になるような情報を、あの引っ込み思案な彼女が吹聴して回るだろうか。
武器のような人を傷つける物を作れない彼女が、こんな戦争が起きそうな状態にするだろうか。もっと人数が少なくて、揉め事が小さいうちにこの世界をやめたりしないだろうか。
誰がこの世界をこんなに人同士が争うような仕組みにした?誰が帽子屋を作った?人員を唯一必要としない帽子屋の補充が何故、今になって行われるのだろうか。
楽しいお話って、誰にとって楽しいお話だ?
手に持っていたヴォーパルの剣が元の美しい状態に戻る。それを見たアマネが、僕が渡すより先に取り上げた。
「ピカピカだ」
アマネは薄ら笑いでそう言って宙を薙ぐ。それはブンッと重量を感じさせる音を立てた。
「次は絶対殺す。帽子屋だけは人間じゃないから、殺していいんだろお?」
「人間じゃないからって言うのもかなり語弊があるし、出来れば和解したいんだけど…」
「うるせえなあ」
苦笑いする僕の言葉をいつもの返しでアマネは一蹴する。
でも、帽子屋こそ倫理観が壊れている。むしろ、倫理というものが彼にあるのかすら分からない。前の戦いを思えば、その結末は有り得ない話ではなかった。
むしろ、僕の予想が当たっているならば、誰かが芝居のようにこの世界を荒らして面白がっているならば、帽子屋が誰かの悪意の塊である可能性だって捨てきれないのだ。
自分の壊れた傘も一緒に修繕し、アマネと一緒に朝食を終える。僕が集落に戻ると言うと、彼は不愉快そうにしていたが、聞き分けよく頷いた。
「明日も来いよ。絶対だぞ。飯も」
「明日どころか昼も夜もご飯持って来るよ」
「許す」
いつから許可制になったのか分からないが、アマネはそう言うとベッドに横になった。
彼に別れを告げて帰る道すがら、背後からは彼が詩っているのが聞こえた。いつものジャバウォックの詩だった。
「かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック。そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、怒めきずりつつもそこに迫り来たらん!一、二、一、二…」
ジャバウォックの詩はナンセンス抒情詩として有名だとジャッジは話していたが、こうして聞いてみると、何となく情景が浮かぶ。
「かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック…か」
思いに立ち止まった時に、両の眼を燃やすジャバウォックが攻めてくる、ということなのだろうか。ナンセンスなのだと作者が言うくらいなのだから、意味など本当にないのかもしれない。それなら、個人的に解釈していいのなら、今の僕にはその詩は激励のようにも聞こえた。
思いに立ち止まらず、強い意志をもってジャバウォックは攻め入るのだ。詩の結末にそれが敗北しようとも、詩のように僕はなるつもりはない。
森を抜けて集落へと戻る。集落の人々は今日もせわしなくそれぞれの仕事や訓練をこなしている。僕が集落の中へと入っていくのをチラチラと見ては何かをささやき合うような声が聞こえるが、あんな追放を経てこんな目立つ容姿になった僕を見て何も思わない方が無理があるだろう。
とは言え、居心地が良いものではない。僕もイディオットの準備が整うまで、アマネの場所で寝泊りした方が、もしかするとお互いに心安らかかもしれない。
アマネと食べ終えた食器と盆を持って広場にいる配膳係の人を探す。手に持ったそれらを返却しようと、片付けをしている彼らへと寄ると輪の中にいたメアがパッと顔を上げて僕に手を振った。
「アスカ!お盆片付けるよ!」
「ああ、メアさん!ありがとう…!」
このアウェイな環境下では正直、お盆を返そうにも声をかけずらいと思っていたのだが、メアから声をかけてくれて僕は内心安堵する。お言葉に甘えて彼に盆と食器を手渡すと、彼は白目と黒目が反転した瞳でにっこりと僕に微笑んだ。
「いえいえ、これは僕らの仕事なんだから気にしないで。口には合ったかい?」
「相変わらず美味しかったです。トゥルーさんの作るご飯はやっぱり美味しいですね」
旅をする中で様々なご飯を口にして来たが、やっぱり実家のような安心感のある見た目と味だった。もはや光るキノコのスープは僕の中ではお味噌汁に近い存在となっている。
「そういえば、まだトゥルーに挨拶できてないんですよね。彼女は厨房とかですか?」
笑いながらメアに尋ねると、彼は困ったように口元だけで微笑んだ。
「ああ…いや…。彼女はここ最近ずっと体調がすぐれないみたいで…実はこの料理もレシピはトゥルーのものなんだけど、違う人が作ったものなんだ」
彼の言葉に僕は驚いて目を開く。てっきり彼女のことだから、新しいレシピを作ったり、みんなに頼られて仕事が増えたりで多忙を極めているのかと思っていた。
メアは僕から受け取った盆を傍にあるワゴンに乗せ、目を伏せる。
「体調が悪いと言っても、どう悪いのか分からなくてね。だから精神的なものも考えて、何があったのか聞いてみたりもしたんだけど、答えてくれないんだ。オットーさんも試みたらしいんだけど、部屋にこもりきりで…」
トゥルーには別れ際にメアやオットーさんとの関係について、一人で思い悩んでいる話は聞いていた。それが要因なのかはまだ分からないが、メアの口ぶりではその話はどうやら他の誰にもしていないのかもしれなかった。
トゥルーは明るくて、集落にも多くの友人がいそうなイメージがあった。てっきり悩み事なら僕以外の誰かしらにしていてもおかしくないと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。
「他のトゥルーさんのお友達とかは?」
「誰も何も聞いていないようなんだ。だから、もしかしてアスカなら何か知っているんじゃないかと思ったんだけど…」
メアはそう言いながら僕の方をチラと見上げる。その瞳には期待と不安が入り混じっているのがよく読み取れた。
心当たりを彼に話すことは出来る。だけど、トゥルー本人が頑なに秘密にしていることを僕の口から話すのははばかられる。
僕は腕を組んで視線を逸らす。彼の目を見て話すのは少し怖かった。
「…残念ながら僕も何も」
少し悩んでから、僕は嘘を吐く。嘘はいつだって心苦しいが、時に必要な嘘もあるだろう。
僕の言葉にメアは肩を落とすと、ふうと深いため息を吐いて首を横に振る。
「そうだよね。ごめんね、せっかく帰って来てもらったのに、良い話ができなくて」
「いえいえ全然!むしろ、教えて頂いてありがとうございます。後で一応、ダメ元で顔は出してみようと思うので」
僕は慌てて両手を振る。言葉の通り、ダメ元で顔はどのみち出すつもりだった。前もって彼女の体調不良の情報を聞けたのは助かった。
机に散らかされたままの食器を片付けるメアの隣で、僕も彼の手伝いをする。仕事をしている人の隣でただ立ち話というのも申し訳ない。食器をまとめる僕に、メアは慌てて僕の手からそれらを受け取った。
「あーいいよ!大丈夫!これは僕らの仕事だし…」
「いえ、やりたくてやってるだけなんで!僕こそこの集落ではニートみたいなものですし、ちょっと手伝わせてもらっているくらいの方が」
「アスカも真面目だねえ」
苦笑いする僕にメアが笑った。
真面目、と言われる機会は現実で働いている時はよくあった。よくあったが、正直その評価は僕にはあまり見合っていないと思っている。
真面目なのではない。怠け者に見られるのが怖いだけなのだ。怠惰だ怠慢だと言われるのが怖い。僕の頭の隅にずっと住んでいる自分の父親と同じになってしまうのが嫌なだけ。それを罵る母親が恐ろしいだけ。
「こうしてる方が落ち着くんです」
僕の話を聞きながら、メアは静かにテーブルを拭く。少し困ったように微笑む彼は目を閉じて首を傾げた。
「…本当に真面目だよ。君もトゥルーと同じだ。働いていないと落ち込んでしまう。気持ちはよく分かるんだけどね」
「トゥルーも?」
食器をまとめ上げてワゴンに運びながら聞き返す。メアは鼻で小さく息を吐くと、肩を竦めた。
「トゥルーが体調を崩してから、仕事を休みがちになってしまったんだ。ずっとずっと真面目に働いてきた彼女を責める人なんか誰もいないのに、みんなが彼女にゆっくり休んで欲しいと言うのに、ちゃんと働けない自分を他ならぬ彼女が嫌悪するんだ。私はダメだって落ち込んでいって、そのまま動けなくなって、彼女はもっと自分を嫌いになる」
メアはそこまで言うと僕から食器を受け取り、眉根を寄せたままはにかんだ。
「自己嫌悪って恐ろしい病だと僕は思っていてね。風邪のように始まって、悪化すると癌のようにその人を蝕んで、動かない石像のようにしてしまったり、攻撃的な人間へと変えてしまうし、何度だって再発する。だから、彼女のその病が進行する前に僕が救えたらと思っていた。だけど…僕では力不足だったかもしれないね」
「力不足だなんてそんな…」
彼に何か励みになるような言葉をかけてあげたいのに、僕の口からはそれ以上が出てこない。
トゥルーの自己嫌悪は、もし僕の推測が正しければ皮肉なことにメア自身がきっかけとなってしまっている。現実に帰りたいメアと同じように現実を望めない自分と、イディオットの熱い信念に背いてしまう不義理に似たような感情。恐らく大元はそこなのではないかと思っている。
しかし、そんなことを彼に口が裂けても言えない。こんなにも想っていてくれる人がいるのに、その想いを受け取れないどころか悪化させているだなんて、そんな事実を知って誰が得するだろうか。
「僕は現実では大うつ病を患っていてね」
メアの言葉に僕は顔を上げる。にこにこと微笑む彼からは想像もつかない病名だった。
「物理的に脳から信号が足りなくなる病を大うつ病と呼ぶらしいんだ。でも、それを僕自身が受け入れられなくて、薬を切らすと理由もなく動けなくなる自分は怠け者だと思っていたよ。むしろ、薬に頼るなんて逃げや甘えじゃないかとすら思ってた。怠けてばかりのくせに動けなくなる自分が嫌で嫌で仕方なくて、それこそ今のトゥルーのように自己嫌悪でどんどん動けなくなっていくんだ。ちゃんと薬と上手く付き合えって話なんだけどさ」
「薬ってそんなに変わりますか?」
「変わる。僕は特に薬がよく効くタイプだったから、すっごく変わるよ。人格さえ変わるんだから、薬を作った人間って本当によく考えるよね」
僕の質問にメアは穏やかに笑う。こうやって話してみると、トゥルーとメアは似たもの同士なのが何となく分かる。二人とも穏やかで、思いやりがあって、そしてもの凄く真面目なのだろう。
「もちろん、うつ病の人が全員そうってわけじゃないし、感情の整理の仕方とかもあるんだけど、僕の場合はこの世界に来てみて自分が思っていた以上に動けることに気付いたんだ。思っているより世界は優しくて、明るくて…何よりトゥルーに出会えて、僕は生きる楽しさを知ったんだ」
そこまで言うと、彼はワゴンを押して歩き出す。僕もそれに続いた。
彼が現実より動けるというのは、こちらの世界の身体に障害がないからなのかもしれない。障害がなくなって、尚且つそんな彼の感情を穏やかに支えてくれる存在がいたから、今の彼がこうして元気に動けているのかもしれなかった。
「だからこそ、少しずつ動けなくなっていくトゥルーを見ているのは辛いよ。石像のようになってしまうんじゃないかって心配になる。僕は彼女にずっと支えられて生きてきたのに、僕が彼女を支えられないのは辛い」
メアはワゴンを見つめたまま目を伏せていたが、その表情は笑顔なのにどうにも切なく見えた。
トゥルーを一番に支えてあげられるのは、きっと彼のはず。だけど、きっとトゥルーは彼に負担をかけるのを良く思わないだろう。
僕はいつも誰かに負担をかけていると思う側だったから、正直なところトゥルーの気持ちの方が分かってしまう。誰かに自分の弱みを話すのも、泣き言を言うのも気が引ける。その人が一緒になって悩んでしまったり、自分をうっとうしく思われたくないし、親身になられすぎても申し訳ないのだ。こうやって思考に出してみるととても厄介な感情なのだろうが、自分が追い詰められていると究極的に自分が誰にとっても荷物にしか思えなくなる。
でも、こうやってメアの話を第三者の視点から聞いていて初めて分かることがある。頼られないことは寂しいことだ。特に近しい人間になればなるほど、自分で何か出来ることがあるならしてあげたいと思う。
トゥルーとメアを僕とミズキに置き換えれば、よりそう思える。もしミズキが悩んでいたなら、僕はそれを少しでも軽減させてあげられないかと、自分で何か身代わりになってあげられるものはないかと絶対に考えるはずだ。
「…僕、ちょっとトゥルーさんと話してみます」
立ち止まり、僕がそう言うとメアもワゴンを止めてこちらを振り返る。
「僕はメアさんじゃないから、きっと彼女を根本から支えてあげることは出来ないです。でも、メアさんを頼るように促すことくらいなら、出来るかもしれないから…」
話しながら、自分がお節介なのではないかと思えてきて声が小さくなっていく。そんな僕を見ながら、メアは反転した瞳を細めて柔和に微笑んだ。
「アスカは優しいね」
「優しいわけでは…僕は二人にいつもお世話になっているから、役に立てるなら喜んで立ちたいってだけなので…恩返しになればなあ、なんて…」
頭を掻きながら僕は笑う。
そうだ。僕は彼らにお世話になってばかりで、何の恩も返せていない。返さなくては申し訳が立たないだろう。
メアは目を閉じて、口元に笑みを称えたまま首をゆっくりと傾げた。
「返してもらうような恩はないと思うけど…それが君の負担にならないなら」
「ならないですよ!」
ならない。そうだ、負担なんかではない。誰かが僕の行動で喜んでくれて、笑ってくれるならそれでいい。メアのような人が何か少しでも楽になってくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい!仕事中にありがとうございました!」
メアに手を振り、僕はトゥルーの部屋へと走り出す。彼は僕の背中を立ち止まったまま見送る。
「アスカも決して無理しないでね」
背中に聞こえるメアの言葉に僕は首だけで振り返って再度手を振り、そのまま彼と道を別れた。
無理なんかしていない。無理なんかじゃない。この世界の僕は、ちゃんと僕の意思で動いているのだから。
「ちっとも優しくない」
ふと、母親の言葉が脳裏をよぎる。
アスカは優しいねと、この世界に来て何度言われただろう。人に優しい人間でありたい。苦しい想いをした人ほど優しくなれるのだと言う父親の笑顔。だとしたら、僕は優しくなれるはずなのだ。優しい人間であるのは、間違いなく僕の理想像のはずだ。
誰かの傀儡であることも、空っぽな自分も全部やめた。僕は、僕の足で歩きたいだけ。
ミズキに再会した時に、僕は立派にやってると言いたい。だから一緒に現実に帰ろうって言うんだ。だから、僕は歩き続けないといけないんだ。誰かに借りた恩の1つや2つ、自分1人でも返せるようにならないと、恥ずかしい。
光る鉱石が生える通路を足早に抜けて、トゥルーの部屋へと辿り着く。トゥルーの部屋には以前にもこうして何度か遊びに行ったことはあって、彼女はいつも寝る前以外は入口のカーテンを開いたまま過ごす人だった。それがカーテンは閉じられたまま、布の隙間から漏れるランタンの明かりだけがそこにはあった
「トゥルー?」
部屋の前で声をかけると、中から返事はない。しばらく僕はそこに立ったままカーテンを見つめる。
いないのだろうか?でも、メアは彼女が部屋に引きこもったまま出てこないと話していた。
「トゥルー、いる?アスカだよ」
再度声を掛けるが、やはり返事はない。どうしたものか決めあぐねていると、カーテンから漏れる光が動いた。
「…アスカ?」
酷く掠れた声だったが、それは間違いなくトゥルーの声だった。もしかしたら、声を出さな過ぎてしゃがれてしまっているのかもしれない。
「そうだよ!ただいま、昨日の夜に帰ってきたからトゥルーにも会いたくて」
「そうだったんだ…おかえり」
カーテンは開かない。短い挨拶だけが返ってきたまま、彼女は黙ってしまう。
どうしよう、なんて話を続けよう。まだ来て早々に、そんな弱音が僕の中で湧き上がる。
トゥルーは僕が思っていた以上に弱っていた。あんなに明るくて朗らかな彼女が、想像も着かないくらいに口数が少ない。開かないカーテンは明確な拒絶。僕はそのまま立ちすくむ。
本当に話しかけて良かったのか?迷惑になるだけじゃないのか?
「…よかったら、少し話さない?」
恐る恐る尋ねると、トゥルーはややしばらく間を置いてから口を開く。
「ダメなの。私、今はアスカに合わせる顔がないの。髪もボサボサだし、服も寝巻のままだし…」
「僕は気にしないけど…」
そこまで口にしながら、僕も分かっている。そんなこと、本人が一番気にするだろう。普通に元気な状態でも多少は気になるのに、気持ちが弱っている時にそんな姿を見せるなんて僕なら耐えられない。
何もかもサボっている気がしてしまうんだ。誰かに怠惰だと指摘されるのが怖い。容姿すら維持出来ないのかと笑われるのが怖い。だから、何も見せられない。
「ねえ、トゥルー。ここで話すのもどうかと思うんだけど…僕が集落から出て行く前に話していたことが原因なら、そんなに気にしなくていいんだよ」
どう切り出したらいいものか分からず、せめて要点だけでも伝えようと僕は周囲に聞かれても困らないように言葉を選んで話しかける。
「トゥルーが頑張り屋さんだってみんな知ってるし、誰もあなたの悩みを聞いたって怒ったりしないよ。メアもオットーさんも良い人だから」
「分かってる」
カーテンの奥でトゥルーが絞りだすように声を出す。
その声は震えていて、泣きそうにも、怒っているようにも聞こえる。激情を孕んだ、危ういほどに小さな声だった。
「分かってるの。みんな良い人だから、話せない。今の私、何も出来てない。ただの役立たずで、みんなが頑張って調達してきてくれているご飯だけを食べて生きているの。それなのに、外に出て行く勇気もないの」
「出て行けなんて誰も言わないよ」
「みんな優しいんだから、そんなこと思ってても言えるわけないじゃない!」
不意にトゥルーが声を張り上げる。今までに聞いたこともないような彼女の声に僕は思わず息を呑む。
「こんな脳なしに外に出てけなんて、死刑宣告するようなものでしょう?誰もそんなことしたがらないし、私もさせたくない。だけど、私には自ら外に出て行けるほどの強さも勇気もない。アスカは強いから、オットーさんと戦えるだけの勇気があるから、そんなことが言えるのよ…」
トゥルーの声がどんどんと小さくなっていく。小さくなる彼女の声に僕はただ押し黙ってしまう。
今、僕は彼女を傷つけただろう。これ以上は僕から何も言っても傷つけるだけだ。だから、僕は黙るしかない。
きっとそれは彼女も同じだ。僕を傷つけたと思って、彼女は沈黙を選んだのが分かった。
僕は強くなんかない。だけど、ミズキも同じことを言っていた。それだけ僕は周囲に強くみえているのかもしれない。そのギャップが荷重に感じる。
「…ごめん」
どんなに言葉を探しても、それしか僕の中からは出てこない。傷つけてしまってごめん。自己嫌悪させてしまってごめんね。そうやって謝罪することさえ、トゥルーを責めているように聞こえてしまうのではないかと、声を飲み込むだけだった。
メアの言葉の重みが今更のようにのしかかる。自己嫌悪という病がどれだけ恐ろしいものなのか、僕は身をもって知っていたはずなのに、他人を蝕むそれを僕が緩和させるだなんて到底不可能に近い。
相手が歩み寄ってくれたって、それが申し訳ないと自分が思う限り距離など縮まらないのだ。
僕はメアに無責任なことを言ってしまった。何故、僕なんかが役に立てると思ったのだろう。
「ごめんなさい…悪いのは私なの…本当にごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃなかったのに…」
見えないところでトゥルーが泣いている。カーテンは開かない。たった一枚の布なのに、それはどんな壁よりも分厚く感じられた。
彼女の謝罪が痛い。胸を抉るように、僕の耳から入り込んで身体に浸透していく。
「いいんだよ、気にしてない。声が聞けて嬉しかったよ」
「アスカは優しすぎるよ…」
精一杯明るい声で僕が答えると、トゥルーが涙で震える声でそう言った。
優しいという言葉が僕の胸をジクジクと痛める。化膿してしまった傷のように、身体の奥で疼くような痛み。
優しくなんてないんだ。僕はただ、恩を返したかっただけだ。誰かに後で「返せ」と怒られる前に、遡り請求から逃れたいがためだけに、僕はここまで来てしまった。
僕は俯いて拳を握る。僕は本当に愚かだ。自分のことしか考えていない。優しくなんてない。本当は自分がそれをよく分かっていたくせに、僕はずっとそんな自分を見て見ぬふりで貫いてきた。
立ち去ることも、何か言葉を続けることも出来ずにその場に立ち尽くしていると、不意に誰かに肩を叩かれて僕は顔を上げる。
「トゥルー、アスカを借りてもいいか?」
隣に立っていたのはイディオットだった。彼は僕の顔を見ると、眉間に深い皺を刻んだまま肩を竦める。
「明後日、俺とアスカはここを空ける。その相談をしたいんだ」
「…ええ、私なら全然」
トゥルーが一呼吸置いてから答える。その答えに僕は思わず安堵してしまう。
この空間から抜け出せるという事実を、僕は救いだと感じてしまったのだ。そんな自分が一瞬で恥ずかしくなる。自分から名乗りを上げておいて、何もせずに逃げ帰る。それも、イディオットの力を借りてだ。
「トゥルー、お邪魔してごめんね。また話してくれたら嬉しいな」
苦し紛れに出た言葉に返答はない。カーテンの向こうの光が揺らぐ。布の向こうにいる彼女は、僕と同じように安心したのだろうか。それとも、落胆したのだろうか。
「ありがとう。トゥルーもよく休んでくれ」
カーテン越しのトゥルーに声を掛けながら、ポンと軽くイディオットが僕の背中を叩いた。それに促されるように歩き出すと、その隣に並ぶようにイディオットも歩き出した。
「…お前は何にでも首を突っ込むな」
トゥルーの部屋が十分に離れてから、イディオットが深いため息を吐いた。
「すみません…」
「お前はなんでそうすぐ謝る…いや、今のは確かに責めているようにも聞こえるか。俺こそ言い方が悪かった」
彼は眉間の皺に手を当てると、首を横に振る。
「お前は人の傷に敏感すぎる。今のお前は抱えている問題が多すぎるんだから、無理に他人を癒そうとするな。医者の不養生とはよく言うだろ。誰かに何かしたいなら、まずは自分のコンディションが最優先だ。養生してから首を突っ込め」
現実のお医者さんに言われると説得力のある言葉だ。しかし、養生するほど僕は怪我や病もしていないし、気持ちも明るいつもりでいた。養生しろと言われても、ピンとは来なかった。
「養生と言われても、僕は別に疲れてなんかないですよ」
「自覚はないだろうが、疲れてるんだよ。横から見てる俺の方が分かる。多分、メアも分かってるぞ。無理をするなと言われたんだろ。メアも頼んだものの、やっぱり心配になったと言っていた。彼はまだ仕事は残っているから持ち場を離れられなくて困っていたそうだ。俺がお前を探してたタイミングだったから丁度よかったものの」
イディオットはフンと鼻を鳴らしながら、困ったように笑う。こんなタイミング良くイディオットが来たのが不思議だったが、メアから言われて来たのか。だとすれば、ほとほと僕は何の役にも立たなかった。その上、彼に来てもらうなんて手間を増やしただけで申し訳ないにも程がある。
頭の中を巡る自己嫌悪。ああ、そうか。これがずっとトゥルーを苦しめているんだ。僕の中にもずっといるこの感情を、僕も制御できていないというのに何をやっているんだろう。
黙って俯いている僕に、イディオットは言葉を続けた。
「この集落の人間がどう言おうと、お前は充分すぎるくらい働き者だと思うぞ。まあ…ここにいる人間も俺もお前自身ではないから、その認識も正しいかは確かに分からないが」
「だったら、やっぱり別に僕は何もしてないし…」
「何もかもしてるんだろ。お前の今の姿と、キャンプ地で集落に攻め入るでもなくダラついている怪物と、俺がまだ戦争に踏み切れない状況は誰が作ったと思ってるんだ。アスカがいるからだ。お前が動いていなかったら、この国はとっくに戦火の中だ」
呆れたように、それでもどこか優しい言葉でイディオットが言う。地面に向けていた顔を上げると、眼鏡越しの険しいイディオットの目が合った。
「今起きている事象は客観的に受け止めろ。受け止めた上で、他人よりもお前自身が一番に自分の身を案じてやれ。それさえ出来るなら、キャパオーバーもなくなる。他人の認識なんか、別に気にしなくていいのさ」
険しいその瞳が緩やかに弧を描いた。
「二日後には帽子屋を止めに行くんだろ。お前も自分が休まる場所でゆっくり休め。案外、この集落よりもキャンプ地でベビーシッターしてる方が休まるかもしれないぞ」
冗談まじりに喉を鳴らして笑う彼に、僕は苦笑いを返す。この集落よりもアマネの傍の方が休まるという可能性については、先ほど僕も考えていた通りだ。
「アマネの傍か…」
彼の言葉を復唱して僕は肩を竦めた。
アマネのことは勿論嫌いじゃないし、最近は結構好きなのだ。だけど、それでも、一番に休まる場所はきっとアマネの隣ではない。
ミズキがいない日々はそれとなく回っている。僕はつつがなく人々と過ごしていた。僕は思っていたよりも一人で歩けている。でも、ふと夜になるとやはりミズキを思い出すのだ。
彼女の隣が恋しかった。彼女がいないのが寂しくて、離れていればいるほど彼女が僕をどう思っているのか分からなくなって、どうにもならない虚しさがこみ上げる。彼女が提示した楽園から出るのを選んだのは僕なのに、今ミズキはどうしているんだろうと不意に思い出した瞬間にどうしようもなく悲しくなる。
こんな気持ちのまま、僕は彼女に再会していいのだろうか。立派にやっていると胸を張れない自分で会いに行って、彼女はそんな僕をどう思うんだろう。
洞窟に生えている鉱石が転々と道を照らす。薄暗くて、心もとない儚い光。薄暗闇はいつだって暖かくて、物寂しいものだ。
ミズキと過ごした自家製キャンプ地。空に広がるのは青い空。鳥が囀る声がする。そのど真ん中に設置されたベッドと、簡素な丸テーブルと椅子。ベッドに座ったアマネの正面で、僕は椅子に腰掛けていた。
「で、アマネに何しろってんだ?」
耳の輪舞を小指で掻きながら、ベッドに座ったアマネが僕を見もせずに言った。
「バカ兎に話してきたんだろお。倒せんのかあ、帽子屋。クソザコナメクジのくせに、アマネが負けた帽子屋を倒せるとか、アマネは信じない」
「それは正直わからないけど…僕らで出来るのは、アマネの父親が出てきた時に僕が盾になること。僕の母親が出てきたら、三月兎が盾になってくれる。三月兎が帽子屋に退対峙する時は、僕らが全力で彼を守ることじゃないかな」
まるで興味を持たない様子のアマネに僕は肩をすくめる。
イディオットの集落で一晩明け、起きてすぐに集落で支給されたご飯をお盆ごとアマネに持ってきた。アマネがいることを集落の人間には知らせていないので、大盛り1人前だが、半分こすればアマネも少しは腹が膨れるだろうと思ったのだ。
「そんなジャンケンみたいな戦い方でやれんのか」
ベッドに置いた飯の乗った盆を見つめながらアマネが言う。
確かに、イディオットと考えた先の作戦はジャンケンに近い。帽子屋は対峙する人間に合わせて、何かに変幻する。ならば、相性によって戦うメンバーを変えるしかない。
アマネの父親に帽子屋が姿を変えたなら、その暴力に耐えられるのは僕しかいない。だから、彼の父親に勝てるのは僕しかいない。
僕の母親に関しては未知数だが、物理面だけで言えばアマネは確実に勝てる。言葉だけならイディオットも大丈夫なはずだ。
イディオットは…まだ帽子屋に出会えていない。何が起きるかわからないが、何故かイディオットは勝ちを確信している。僕らの勝利はイディオットの肩に掛かっているに等しい。
「分からないけど、相性はあるよ。火が水に勝つって凄く難しい。難しいけど、風や木が手伝ってくれたら火が水に勝てることもあるだろう?みんなで協力しよう」
「気にいらねえ」
フンとアマネは鼻を鳴らし、盆に乗ったパンをちぎって口に乱暴に詰め込んだ。頬をぱんぱんに膨らませてパンを咀嚼しながら、彼は3分の2ほど残ったそれを僕に差し出す。
「ん」
もぐもぐと口を動かしながら、彼は僕を見る。半分にしては多すぎる量に僕は首を傾げた。
「え、それじゃアマネの分が少なくない?」
「んん!」
口いっぱいに頬張ったまま、アマネが不機嫌そうに唸る。いいから食えと言うことなのかもしれない。僕はおずおずとそれを受け取る。齧ると塩バターパンと同じような味がした。
「アマネは食べもん沢山あるからお前が食え」
ようやくパンを飲み込んだアマネはそう言うとポケットから大量のお菓子を出してベッドに並べる。
クッキー、チョコレート、キャンディー、グミ、マドレーヌ、マカロン、ジェリービーンズ、ドライフルーツ…コンビニや百貨店で手に入るようなお菓子がピンからキリまで揃っていた。しかし、どう考えてもポケットに入る量じゃない。
「四次元ポケットなの?」
「お前、知らねえのかあ?ポケットを叩くとお菓子は増えるんだぞ」
僕の疑問に、さも当然と言うようにアマネが答える。
ポケットの中にはビスケットが一つ、ポケットを叩くとビスケットが二つ…そんな童謡は確かに存在するが、そういうことじゃないような気がする。
「アスカにもやる」
そう言うと、アマネは乱暴にお菓子を袋ごと何個か投げて寄越す。僕はそれを胸で受け止め、自分の膝に並べた。
どれも美味しそうだ。華やかで、可愛らしくて、良い香りがした。
「アマネはどのお菓子が好き?」
それらを眺め、僕は何気なく尋ねる。
「マド…マドなんとかって言う黄色とか黒とかの。これが一番量があって美味い」
アマネがベッドに落ちていたマドレーヌの袋を開ける。
僕の膝の上にはグミやキャンディー、チョコレート。マドレーヌは自分のお気に入りだから、僕には分けてくれないのだろう。子供らしくて僕は笑った。
「アバズレがこれくれると、その日はお腹減らないんだ」
マドレーヌを口に含み、アマネが息を吐くように笑った。
アバズレなんて言葉を一体どこで覚えたのだろう。
それにしても、マドレーヌなんてまあまあ高価なお菓子だ。それを彼のような家庭環境で、買い与えてもらえる機会があったことに僕は驚いた。
「…アマネの現実のおうちって、電気たまに停まってるんだよね?」
「うん」
「家にはお父さんとお母さん、どっちがいる割合が多いの?」
思わず尋ねてから、僕はハッと口を噤む。自分ならイディオットに話すことを躊躇うような内容だ。嫌なことを聞いてしまったのではないかと思ったのだ。
しかし、アマネは特に気にした様子もなく、記憶を辿るように空を仰いだ。
「あー?どっちもあんまいない。アバズレはたまに帰ってきて、いっぱいお菓子置いてくんだ。置いてったら、またどっか行く。クズは夜たまにいる。アマネのこと殴るだけ殴って、酒飲んで、朝起きるとどっか行く」
そこまで話してから、アマネは首を傾げる。
「たまにアバズレとクズが一緒にいて、アマネはその時が一番楽。お菓子があって、殴られない」
「お父さんとお母さんは仲良いの…?」
恐る恐る話題を続けてみると、アマネは興味なさそうに身体ごと斜めに傾げた。
「知らねえ。なんかめちゃくちゃベタベタしてる時あるし、ベタベタしてる時は電気つく。調子いいと飯が出る。でも、たまにすっげークズ野郎がアバズレ殴ってんだ。アバズレのこと、アバズレって怒鳴り散らしてめちゃくちゃに殴る。アバズレもクズ野郎のこと、クズ野郎だってめっちゃキレる」
ここまでくるとなんとなく予想はついていたが、アバズレとかクズ野郎という言葉は両親から入荷しているようだ。そりゃお母さんとかお父さんって響きより、アバズレとかクズ野郎の方が身近にもなるだろう。
「2人が喧嘩すると2人ともしばらく帰って来なくなって、アバズレがいないから、大体先に帰ってくるクズ野郎がアマネのこと殴るんだ。だから、どうせなら2人一緒にいてくれた方がマシ」
目の前でDVを見るのも恐ろしいだろうに、彼の中ではその辺の感覚が麻痺してしまっているのかもしれなかった。話している本人は、自分が受けた体罰の話をする時より随分と穏やかに見えた。
麻痺させなきゃ、やってらんないんだろう。それはどうにも複雑だが、確かに麻痺しといた方が楽なのは、今の僕には何となく理解できた。
幸せな家庭で愛されて育ったのだと、母親や父親のことを温かい幻想で包み込んで忘れておいた方が…僕はきっと楽だった。アマネに比べれば、僕の家庭環境なんて随分と軽い不幸話だが。
「アスカも殴られんの?お前、帽子屋に言い返してた」
突然向いた話題の矛先に僕は顔をあげる。アマネが珍しく僕のことを真っ直ぐに見つめていた。
体罰はあったにはあったが、彼のような警察沙汰レベルの家庭環境を聞いた後に自分の話を引き合いに出すのは何だか恥ずかしい。僕は苦笑いする。
「いや、僕の家のことは聞いても何も楽しくないよ」
「はあ?アマネだけに聞いといて、お前話さねえのかよ。クソか」
僕の答えにアマネは片目だけ見開いて悪態を吐く。思っていた方向と別ベクトルからのお叱りだった。
でも、確かに彼から聞くだけ聞いて、相手から聞かれたら黙秘って凄くアンフェアかもしれない。
僕は苦笑いしながら、手元の残りのパンを齧った。
「…高校卒業間近くらいまでは叩かれてたよ」
「それくらいになったら、殴られないで済むのか?」
「いや~…どうだろう」
希望のない回答になってしまって申し訳ないが、そればかりは確証のある返答は出来ないので、僕は曖昧に笑う。そもそも、彼のようなケースは時間経過を待つのではなく、一刻も早く警察のお世話になるべきだ。
そんなことを考えていると、アマネはこれみよがしに盛大なため息を吐いた。
「やっぱりアマネが大人になったら殺すかあ」
「殺しちゃダメなんだよ。ゲームじゃないんだから」
完全に崩壊している彼の倫理観をたしなめる。僕の言葉にアマネはムッと口を曲げた。
「だっておかしいだろお。アイツばっかりアマネのこと殴って、なんでアマネは殴ったらダメなんだよ。なんでアスカはやり返さないんだよ」
「同じになりたくないからだよ」
僕は自分の手を握りしめ、呟くように答える。アマネが僕を見つめる。感情の読み取れない、限りなく黒に近い茶色の瞳と目が合った。
その目に映る僕は険しい顔で、ただ首を振る。その表現には怒りが滲んでいて、そんな自分の顔がとても醜く思えた。
ああ、だから怒りたくない。怒る僕はとても汚い。でも、それ以上はコントロールが効かなかった。
「僕は…僕は絶対、ああはならない。必要のない暴力も、愛情をくれと理不尽に恐喝することもしない。僕は、僕がなりたい人間になるんだ」
アマネがゆっくりと目を見開いた。彼が父親と対峙した時にまた黒に近づいてしまった彼の目が透明度を増す。
「…お前、強いんだな」
思ってもみなかった言葉をアマネが言った。こんな醜い僕を見て、彼は僕を強いと言った。小さな声だったが、それは確かに聞こえた。
「強くは…」
僕は口ごもる。強くなんてない。偉そうなだけだ。トラウマに立ち向かっている気で、母親を前にしただけで足が震える臆病者だ。恐ろしい父親を前に果敢に立ち向かったアマネの方が、僕よりも何倍も強い。
「強いだろ。アマネの腕、1人で切り落とせたのお前だけだ。アマネと同じで、自分より身体がデカい奴に殴られたことあんのに、お前は殴り返さない。アマネのことも、よく分かんねえけど…守ったんだろ?」
途中からアマネは自分が言っていることが分からなくなってきたのか、首を傾げるが、彼はまた僕を見つめて眉を顰めた。
「それとも、お前に腕を切り落とされたアマネが弱いって言いたいのかあ?ああ?」
「いや、そういうんじゃなくて」
もう後半は完全にヤンキーに恐喝されているみたいになっているが、でもそういう表現をされると、非常に否定しにくい。
僕は少し黙って考える。慎重に言葉を頭の中で選び、僕は口を開いた。
「僕が受けた暴力はアマネみたいに凄いやつじゃないんだ。灰皿にされたことはない」
「なくても、怖いだろ」
アマネがピシャリと僕の言葉を遮る。
「泣いて、助けてって、ごめんなさいしても殴るだろ。泣くなって怒鳴るだろ。逃げ場がなくて、誰も守ってくんなくて、いっそ殺してくれって思うだろ」
アマネの言葉に僕は何も返せなくなる。
そうだ。そうなんだ。彼の言っていることは何も間違いではなかった。暴力の度合いだけが違う。
黙る僕を見て、アマネは心底不思議そうに口をへの字に曲げた。
「お前んとこのママ、帽子屋がなったアレなんだろ?めちゃくちゃイライラする。アマネんとこのアバズレ、お菓子で痛いの我慢しろって意味分かんねえこと言うけど、あんなこと言わない。むしろ、アバズレいる方がアマネは楽だし…」
うーんと、アマネは珍しく唸ると、大きな溜息を吐いて自分の頭をガシガシとかいた。
「お前っていっつも難しいことばっか言うから、よく分かんねえけど、アマネは痛いのが自分だけじゃなくて、お前も痛いんだってのは分かったよ。痛いってカンストしたら、もう全部同じじゃねえ?」
「でも…」
「あー!!めんどくせえ!うるせえ!お前しつこい!」
それでも何故だか納得できずにいる僕を見て、アマネはイライラしたように声を上げると立ち上がる。
立ち上がった彼は突然、僕の持っていた傘を取り上げる。それを振り上げると、彼は自分の腕に叩きつけた。バシッと痛そうな音がした。
「何して…」
「痛いだろ」
そう言って、彼は今度は思い切り自分の腕を打ち据える。
バキンッと音がして傘が砕けた。それと同時にアマネの腕が折れ、曲がってはいけない場所が曲がる。
「なっ、何してんだよ!やめろよ!」
「痛いんだよ」
止めようと慌てて立ち上がると、彼は完全に崩壊した傘を僕に突き返す。ブラブラとおかしな方向にぶら下がっている自分の腕を僕に見せ、彼は息を漏らすように笑った。
「全部痛えんだよ!痛えって言ってんだから、それを認めてくれよ!度合いとか知るか!痛いと困るんだから、怖いんだから、それを分かってくれって言ってんだよ!!」
口元に薄ら笑みを浮かべながら、彼が叫ぶ。耳が痛くなりそうなその叫びに僕は呆然とする。
「お前なら分かってくれんだろお!痛いって!もうやだって!それがアイツらになんで伝わらねえんだって!お前だってムカついたから、帽子屋に言い返したんだろお!」
アマネはニヤリと笑って傘を僕に突き返す。その傘を手に取ると、受け取ったその傘は完全に折れていて、柄をつかんだら先端が地面に落ちた。
「でも、お前は現実に帰るって言った。わざわざ辛いとこに行って、戦うって言った。必要ない暴力なしで、殺さずに」
アマネの折れた腕がみるみる修復する。すっかり元通りになった腕の動作を確認するようにアマネは腕を曲げたり、開いたりしながら笑った。
「嘘つかないんだろ。守れよ、約束。お前が約束守るんなら、アマネも頑張るからさあ。人殺さないように気を付けるからさあ」
薄ら笑いを浮かべ、アマネは楽しそうに自分のポケットから棒付きキャンディを取り出す。バリバリと雑に袋を開けて口に入れ、転がした。
「ほら、お菓子食べる?食えるよな?」
いつかにやったみたいに、アマネが言う。もう一本取り出した棒付きキャンディを僕に差し出して。
その行為にどんな意味があるんだろうと、ずっと考えていた。疑問だった。殺したい相手に、ジャバウォックにずっと彼が差し出してくるお菓子。
彼の母親は、彼を守らずにお菓子だけを与えてきた。チープなものから、高価なものまで。
痛いのを我慢してと差し出されたそれで、アマネは理不尽だと思いながらもずっと食いつないで来た。
「分かってくれ」
キャンディを受け取った時、そう聞こえた気がした。顔を上げると、キャンディをくわえたアマネのニヤけ顔と目が合った。
ああ、何となく分かった。ずっとアマネの母親も苦しかったんだろう。苦しいから、助けたいけど助けられないから、これで分かってとお菓子を差し出されて来たんじゃないだろうか。
思い返せば、アマネはずっとずっと言い続けていた。自分の痛みを分かってくれと、お前なら、ジャバウォックなら分かってくれるんだろうって。
「…分かる、よ」
キャンディを受け取ったまま、僕は笑った。声が少しだけ震えた。
分かって。
分かってくれ。
僕も両親にずっと言い続けた。もう嫌だって、辛いって、痛いって。でも、伝わらないから伝えるのをやめたんだ。
アマネが笑った。歯を見せて笑った。びっくりするくらい子供みたいな笑顔だった。それが何故だか、自分が救われたような気分にさせる。
ずっと、僕より辛い目に遭っている人に気安く「分かる」と言うのは罪だと感じていた。
母親に言うと、決まって「アンタに私の辛さなんか分かるわけないでしょ」と言った。あなたはそれを体験したわけじゃないのに、何がわかるのと。分かってくれと、彼女から言うのに。
高校のクラスメイトの愚痴も、大学の子も、自分の方があなたの想像より辛い人生を歩んできたと満足気に笑うから、父親が無責任な共感はよせと言ったから、僕の周囲はずっと僕より過酷な人生を歩んでいるのだと。それなら、僕は自分を幸せな人にカテゴライズしなくてはならないと思って、自分の家庭は少し揉め事のある幸せな家族だったということにした。
僕には想像もつかないほど、辛い思いをしたんだね。辛かったね。そのテンプレートが一番、みんなが満足する答えだったから、そのテンプレートしか正解はないと思っていたのだ。
分かるなんて、誰かに僕が言うのはおこがましいと思っていたんだ。だけど、アマネのその笑顔を見ていると、分かると言えてよかったと初めて思えた。
「ジャバウォックなら分かってくれるって、本当だったんだな」
不意に耳に入ってきたアマネが言った言葉に僕は我に返る。
「…それって、誰が言ったの?」
そうだ、アマネは最初からジャバウォックなら分かってくれると、わざわざ配役を定めて襲いかかっていた。でも、そんな情報はアマネ以外から僕は聞いたことがない。
当初は勝手にシュラーフロージィがアマネにジャバウォックを始末させるために言ったのかと思っていたが、シュラーフロージィの傍には嘘発見器の双子がいる。もしジャバウォックを始末させるためだけの嘘なら、そんな邪悪な嘘を吐く人間など信用せずに離れていくだろう。
ジャバウォックが僕でなければ、必ずしもこうなったとは限らない。ジャバウォックなら分かるなんて話が嘘か誠かなど、配役されてみなければ分かりようがないのだ。
アマネは不思議そうに首を傾げると、耳を小指でかいた。
「ええ?誰だっけ…覚えてねえよ。すげー普通の大人。アマネが配置された時は村にいたけど、アスカと一緒に行った時は見掛けなかった。死んだんじゃねえの?」
投げやりに彼はそう答えると、思い出したようにベッド脇に置かれた自分の折れた大剣を僕に差し出した。
「それより、ヴォーパルの剣折れた。不良品。もっと上手に作れ」
「あ、ああ…」
帽子屋に折られたそれをすっかり忘れていた。僕は剣を受け取り、デザインを思い出しながら修繕する。
普通の村の人間がジャバウォックを殺すように仕向けたのか?シュラーフロージィはあの見た目だ、村人に紛れるなんて無理な話だろう。
その人間は何故、アマネをそう仕向けたんだ。アマネがまだ弱かった頃に、彼にわざわざ言う理由は?まるで、アマネがこれだけ強くなることを、強くなったら手当り次第にジャバウォックに襲いかかるようになると知っていたようじゃないか。
そもそも、配役ってどうやって決めるんだ?アリスであるミズキが決めているなら、ミズキが楽しく暮らせる都合の良い人間を配置するんじゃないのか?
「…あー、そう言えば」
剣を作り直していると、アマネが不意に声を出した。
「なんとかキャロルって名前だった。ニンジンみてえな色の髪の毛の女。楽しいお話を作ってるって」
そう言われて、僕は顔を上げる。
「ルイス・キャロル?」
「それだ、それ。男なのか女なのかよく分かんねえ名前のやつ」
聞き返すと、アマネは空を見たまま頷いた。
「アスカも会ったことあんの?」
「いや、ないよ。ないけど、名前は知ってる」
不思議の国のアリスと言えば、作者はルイス・キャロルだ。学校の授業でも見る名前だ。
作者がいるのか?いや、原作の不思議の国アリスを書いた作者のルイス・キャロルは男性のはずだ。それに、彼はとうの昔に死んでいる。
だとすれば、アマネが出会ったその人間は偽物…違う、正確には偽物じゃなく、この世界の作者に当たるのかもしれない。
確かに考えても見れば不自然だ。この世界を閉じたのはアリスだと誰もが口を揃えて言うのに、ミズキがそう言ったようには見えない。自らに不利益になるような情報を、あの引っ込み思案な彼女が吹聴して回るだろうか。
武器のような人を傷つける物を作れない彼女が、こんな戦争が起きそうな状態にするだろうか。もっと人数が少なくて、揉め事が小さいうちにこの世界をやめたりしないだろうか。
誰がこの世界をこんなに人同士が争うような仕組みにした?誰が帽子屋を作った?人員を唯一必要としない帽子屋の補充が何故、今になって行われるのだろうか。
楽しいお話って、誰にとって楽しいお話だ?
手に持っていたヴォーパルの剣が元の美しい状態に戻る。それを見たアマネが、僕が渡すより先に取り上げた。
「ピカピカだ」
アマネは薄ら笑いでそう言って宙を薙ぐ。それはブンッと重量を感じさせる音を立てた。
「次は絶対殺す。帽子屋だけは人間じゃないから、殺していいんだろお?」
「人間じゃないからって言うのもかなり語弊があるし、出来れば和解したいんだけど…」
「うるせえなあ」
苦笑いする僕の言葉をいつもの返しでアマネは一蹴する。
でも、帽子屋こそ倫理観が壊れている。むしろ、倫理というものが彼にあるのかすら分からない。前の戦いを思えば、その結末は有り得ない話ではなかった。
むしろ、僕の予想が当たっているならば、誰かが芝居のようにこの世界を荒らして面白がっているならば、帽子屋が誰かの悪意の塊である可能性だって捨てきれないのだ。
自分の壊れた傘も一緒に修繕し、アマネと一緒に朝食を終える。僕が集落に戻ると言うと、彼は不愉快そうにしていたが、聞き分けよく頷いた。
「明日も来いよ。絶対だぞ。飯も」
「明日どころか昼も夜もご飯持って来るよ」
「許す」
いつから許可制になったのか分からないが、アマネはそう言うとベッドに横になった。
彼に別れを告げて帰る道すがら、背後からは彼が詩っているのが聞こえた。いつものジャバウォックの詩だった。
「かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック。そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、怒めきずりつつもそこに迫り来たらん!一、二、一、二…」
ジャバウォックの詩はナンセンス抒情詩として有名だとジャッジは話していたが、こうして聞いてみると、何となく情景が浮かぶ。
「かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック…か」
思いに立ち止まった時に、両の眼を燃やすジャバウォックが攻めてくる、ということなのだろうか。ナンセンスなのだと作者が言うくらいなのだから、意味など本当にないのかもしれない。それなら、個人的に解釈していいのなら、今の僕にはその詩は激励のようにも聞こえた。
思いに立ち止まらず、強い意志をもってジャバウォックは攻め入るのだ。詩の結末にそれが敗北しようとも、詩のように僕はなるつもりはない。
森を抜けて集落へと戻る。集落の人々は今日もせわしなくそれぞれの仕事や訓練をこなしている。僕が集落の中へと入っていくのをチラチラと見ては何かをささやき合うような声が聞こえるが、あんな追放を経てこんな目立つ容姿になった僕を見て何も思わない方が無理があるだろう。
とは言え、居心地が良いものではない。僕もイディオットの準備が整うまで、アマネの場所で寝泊りした方が、もしかするとお互いに心安らかかもしれない。
アマネと食べ終えた食器と盆を持って広場にいる配膳係の人を探す。手に持ったそれらを返却しようと、片付けをしている彼らへと寄ると輪の中にいたメアがパッと顔を上げて僕に手を振った。
「アスカ!お盆片付けるよ!」
「ああ、メアさん!ありがとう…!」
このアウェイな環境下では正直、お盆を返そうにも声をかけずらいと思っていたのだが、メアから声をかけてくれて僕は内心安堵する。お言葉に甘えて彼に盆と食器を手渡すと、彼は白目と黒目が反転した瞳でにっこりと僕に微笑んだ。
「いえいえ、これは僕らの仕事なんだから気にしないで。口には合ったかい?」
「相変わらず美味しかったです。トゥルーさんの作るご飯はやっぱり美味しいですね」
旅をする中で様々なご飯を口にして来たが、やっぱり実家のような安心感のある見た目と味だった。もはや光るキノコのスープは僕の中ではお味噌汁に近い存在となっている。
「そういえば、まだトゥルーに挨拶できてないんですよね。彼女は厨房とかですか?」
笑いながらメアに尋ねると、彼は困ったように口元だけで微笑んだ。
「ああ…いや…。彼女はここ最近ずっと体調がすぐれないみたいで…実はこの料理もレシピはトゥルーのものなんだけど、違う人が作ったものなんだ」
彼の言葉に僕は驚いて目を開く。てっきり彼女のことだから、新しいレシピを作ったり、みんなに頼られて仕事が増えたりで多忙を極めているのかと思っていた。
メアは僕から受け取った盆を傍にあるワゴンに乗せ、目を伏せる。
「体調が悪いと言っても、どう悪いのか分からなくてね。だから精神的なものも考えて、何があったのか聞いてみたりもしたんだけど、答えてくれないんだ。オットーさんも試みたらしいんだけど、部屋にこもりきりで…」
トゥルーには別れ際にメアやオットーさんとの関係について、一人で思い悩んでいる話は聞いていた。それが要因なのかはまだ分からないが、メアの口ぶりではその話はどうやら他の誰にもしていないのかもしれなかった。
トゥルーは明るくて、集落にも多くの友人がいそうなイメージがあった。てっきり悩み事なら僕以外の誰かしらにしていてもおかしくないと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。
「他のトゥルーさんのお友達とかは?」
「誰も何も聞いていないようなんだ。だから、もしかしてアスカなら何か知っているんじゃないかと思ったんだけど…」
メアはそう言いながら僕の方をチラと見上げる。その瞳には期待と不安が入り混じっているのがよく読み取れた。
心当たりを彼に話すことは出来る。だけど、トゥルー本人が頑なに秘密にしていることを僕の口から話すのははばかられる。
僕は腕を組んで視線を逸らす。彼の目を見て話すのは少し怖かった。
「…残念ながら僕も何も」
少し悩んでから、僕は嘘を吐く。嘘はいつだって心苦しいが、時に必要な嘘もあるだろう。
僕の言葉にメアは肩を落とすと、ふうと深いため息を吐いて首を横に振る。
「そうだよね。ごめんね、せっかく帰って来てもらったのに、良い話ができなくて」
「いえいえ全然!むしろ、教えて頂いてありがとうございます。後で一応、ダメ元で顔は出してみようと思うので」
僕は慌てて両手を振る。言葉の通り、ダメ元で顔はどのみち出すつもりだった。前もって彼女の体調不良の情報を聞けたのは助かった。
机に散らかされたままの食器を片付けるメアの隣で、僕も彼の手伝いをする。仕事をしている人の隣でただ立ち話というのも申し訳ない。食器をまとめる僕に、メアは慌てて僕の手からそれらを受け取った。
「あーいいよ!大丈夫!これは僕らの仕事だし…」
「いえ、やりたくてやってるだけなんで!僕こそこの集落ではニートみたいなものですし、ちょっと手伝わせてもらっているくらいの方が」
「アスカも真面目だねえ」
苦笑いする僕にメアが笑った。
真面目、と言われる機会は現実で働いている時はよくあった。よくあったが、正直その評価は僕にはあまり見合っていないと思っている。
真面目なのではない。怠け者に見られるのが怖いだけなのだ。怠惰だ怠慢だと言われるのが怖い。僕の頭の隅にずっと住んでいる自分の父親と同じになってしまうのが嫌なだけ。それを罵る母親が恐ろしいだけ。
「こうしてる方が落ち着くんです」
僕の話を聞きながら、メアは静かにテーブルを拭く。少し困ったように微笑む彼は目を閉じて首を傾げた。
「…本当に真面目だよ。君もトゥルーと同じだ。働いていないと落ち込んでしまう。気持ちはよく分かるんだけどね」
「トゥルーも?」
食器をまとめ上げてワゴンに運びながら聞き返す。メアは鼻で小さく息を吐くと、肩を竦めた。
「トゥルーが体調を崩してから、仕事を休みがちになってしまったんだ。ずっとずっと真面目に働いてきた彼女を責める人なんか誰もいないのに、みんなが彼女にゆっくり休んで欲しいと言うのに、ちゃんと働けない自分を他ならぬ彼女が嫌悪するんだ。私はダメだって落ち込んでいって、そのまま動けなくなって、彼女はもっと自分を嫌いになる」
メアはそこまで言うと僕から食器を受け取り、眉根を寄せたままはにかんだ。
「自己嫌悪って恐ろしい病だと僕は思っていてね。風邪のように始まって、悪化すると癌のようにその人を蝕んで、動かない石像のようにしてしまったり、攻撃的な人間へと変えてしまうし、何度だって再発する。だから、彼女のその病が進行する前に僕が救えたらと思っていた。だけど…僕では力不足だったかもしれないね」
「力不足だなんてそんな…」
彼に何か励みになるような言葉をかけてあげたいのに、僕の口からはそれ以上が出てこない。
トゥルーの自己嫌悪は、もし僕の推測が正しければ皮肉なことにメア自身がきっかけとなってしまっている。現実に帰りたいメアと同じように現実を望めない自分と、イディオットの熱い信念に背いてしまう不義理に似たような感情。恐らく大元はそこなのではないかと思っている。
しかし、そんなことを彼に口が裂けても言えない。こんなにも想っていてくれる人がいるのに、その想いを受け取れないどころか悪化させているだなんて、そんな事実を知って誰が得するだろうか。
「僕は現実では大うつ病を患っていてね」
メアの言葉に僕は顔を上げる。にこにこと微笑む彼からは想像もつかない病名だった。
「物理的に脳から信号が足りなくなる病を大うつ病と呼ぶらしいんだ。でも、それを僕自身が受け入れられなくて、薬を切らすと理由もなく動けなくなる自分は怠け者だと思っていたよ。むしろ、薬に頼るなんて逃げや甘えじゃないかとすら思ってた。怠けてばかりのくせに動けなくなる自分が嫌で嫌で仕方なくて、それこそ今のトゥルーのように自己嫌悪でどんどん動けなくなっていくんだ。ちゃんと薬と上手く付き合えって話なんだけどさ」
「薬ってそんなに変わりますか?」
「変わる。僕は特に薬がよく効くタイプだったから、すっごく変わるよ。人格さえ変わるんだから、薬を作った人間って本当によく考えるよね」
僕の質問にメアは穏やかに笑う。こうやって話してみると、トゥルーとメアは似たもの同士なのが何となく分かる。二人とも穏やかで、思いやりがあって、そしてもの凄く真面目なのだろう。
「もちろん、うつ病の人が全員そうってわけじゃないし、感情の整理の仕方とかもあるんだけど、僕の場合はこの世界に来てみて自分が思っていた以上に動けることに気付いたんだ。思っているより世界は優しくて、明るくて…何よりトゥルーに出会えて、僕は生きる楽しさを知ったんだ」
そこまで言うと、彼はワゴンを押して歩き出す。僕もそれに続いた。
彼が現実より動けるというのは、こちらの世界の身体に障害がないからなのかもしれない。障害がなくなって、尚且つそんな彼の感情を穏やかに支えてくれる存在がいたから、今の彼がこうして元気に動けているのかもしれなかった。
「だからこそ、少しずつ動けなくなっていくトゥルーを見ているのは辛いよ。石像のようになってしまうんじゃないかって心配になる。僕は彼女にずっと支えられて生きてきたのに、僕が彼女を支えられないのは辛い」
メアはワゴンを見つめたまま目を伏せていたが、その表情は笑顔なのにどうにも切なく見えた。
トゥルーを一番に支えてあげられるのは、きっと彼のはず。だけど、きっとトゥルーは彼に負担をかけるのを良く思わないだろう。
僕はいつも誰かに負担をかけていると思う側だったから、正直なところトゥルーの気持ちの方が分かってしまう。誰かに自分の弱みを話すのも、泣き言を言うのも気が引ける。その人が一緒になって悩んでしまったり、自分をうっとうしく思われたくないし、親身になられすぎても申し訳ないのだ。こうやって思考に出してみるととても厄介な感情なのだろうが、自分が追い詰められていると究極的に自分が誰にとっても荷物にしか思えなくなる。
でも、こうやってメアの話を第三者の視点から聞いていて初めて分かることがある。頼られないことは寂しいことだ。特に近しい人間になればなるほど、自分で何か出来ることがあるならしてあげたいと思う。
トゥルーとメアを僕とミズキに置き換えれば、よりそう思える。もしミズキが悩んでいたなら、僕はそれを少しでも軽減させてあげられないかと、自分で何か身代わりになってあげられるものはないかと絶対に考えるはずだ。
「…僕、ちょっとトゥルーさんと話してみます」
立ち止まり、僕がそう言うとメアもワゴンを止めてこちらを振り返る。
「僕はメアさんじゃないから、きっと彼女を根本から支えてあげることは出来ないです。でも、メアさんを頼るように促すことくらいなら、出来るかもしれないから…」
話しながら、自分がお節介なのではないかと思えてきて声が小さくなっていく。そんな僕を見ながら、メアは反転した瞳を細めて柔和に微笑んだ。
「アスカは優しいね」
「優しいわけでは…僕は二人にいつもお世話になっているから、役に立てるなら喜んで立ちたいってだけなので…恩返しになればなあ、なんて…」
頭を掻きながら僕は笑う。
そうだ。僕は彼らにお世話になってばかりで、何の恩も返せていない。返さなくては申し訳が立たないだろう。
メアは目を閉じて、口元に笑みを称えたまま首をゆっくりと傾げた。
「返してもらうような恩はないと思うけど…それが君の負担にならないなら」
「ならないですよ!」
ならない。そうだ、負担なんかではない。誰かが僕の行動で喜んでくれて、笑ってくれるならそれでいい。メアのような人が何か少しでも楽になってくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい!仕事中にありがとうございました!」
メアに手を振り、僕はトゥルーの部屋へと走り出す。彼は僕の背中を立ち止まったまま見送る。
「アスカも決して無理しないでね」
背中に聞こえるメアの言葉に僕は首だけで振り返って再度手を振り、そのまま彼と道を別れた。
無理なんかしていない。無理なんかじゃない。この世界の僕は、ちゃんと僕の意思で動いているのだから。
「ちっとも優しくない」
ふと、母親の言葉が脳裏をよぎる。
アスカは優しいねと、この世界に来て何度言われただろう。人に優しい人間でありたい。苦しい想いをした人ほど優しくなれるのだと言う父親の笑顔。だとしたら、僕は優しくなれるはずなのだ。優しい人間であるのは、間違いなく僕の理想像のはずだ。
誰かの傀儡であることも、空っぽな自分も全部やめた。僕は、僕の足で歩きたいだけ。
ミズキに再会した時に、僕は立派にやってると言いたい。だから一緒に現実に帰ろうって言うんだ。だから、僕は歩き続けないといけないんだ。誰かに借りた恩の1つや2つ、自分1人でも返せるようにならないと、恥ずかしい。
光る鉱石が生える通路を足早に抜けて、トゥルーの部屋へと辿り着く。トゥルーの部屋には以前にもこうして何度か遊びに行ったことはあって、彼女はいつも寝る前以外は入口のカーテンを開いたまま過ごす人だった。それがカーテンは閉じられたまま、布の隙間から漏れるランタンの明かりだけがそこにはあった
「トゥルー?」
部屋の前で声をかけると、中から返事はない。しばらく僕はそこに立ったままカーテンを見つめる。
いないのだろうか?でも、メアは彼女が部屋に引きこもったまま出てこないと話していた。
「トゥルー、いる?アスカだよ」
再度声を掛けるが、やはり返事はない。どうしたものか決めあぐねていると、カーテンから漏れる光が動いた。
「…アスカ?」
酷く掠れた声だったが、それは間違いなくトゥルーの声だった。もしかしたら、声を出さな過ぎてしゃがれてしまっているのかもしれない。
「そうだよ!ただいま、昨日の夜に帰ってきたからトゥルーにも会いたくて」
「そうだったんだ…おかえり」
カーテンは開かない。短い挨拶だけが返ってきたまま、彼女は黙ってしまう。
どうしよう、なんて話を続けよう。まだ来て早々に、そんな弱音が僕の中で湧き上がる。
トゥルーは僕が思っていた以上に弱っていた。あんなに明るくて朗らかな彼女が、想像も着かないくらいに口数が少ない。開かないカーテンは明確な拒絶。僕はそのまま立ちすくむ。
本当に話しかけて良かったのか?迷惑になるだけじゃないのか?
「…よかったら、少し話さない?」
恐る恐る尋ねると、トゥルーはややしばらく間を置いてから口を開く。
「ダメなの。私、今はアスカに合わせる顔がないの。髪もボサボサだし、服も寝巻のままだし…」
「僕は気にしないけど…」
そこまで口にしながら、僕も分かっている。そんなこと、本人が一番気にするだろう。普通に元気な状態でも多少は気になるのに、気持ちが弱っている時にそんな姿を見せるなんて僕なら耐えられない。
何もかもサボっている気がしてしまうんだ。誰かに怠惰だと指摘されるのが怖い。容姿すら維持出来ないのかと笑われるのが怖い。だから、何も見せられない。
「ねえ、トゥルー。ここで話すのもどうかと思うんだけど…僕が集落から出て行く前に話していたことが原因なら、そんなに気にしなくていいんだよ」
どう切り出したらいいものか分からず、せめて要点だけでも伝えようと僕は周囲に聞かれても困らないように言葉を選んで話しかける。
「トゥルーが頑張り屋さんだってみんな知ってるし、誰もあなたの悩みを聞いたって怒ったりしないよ。メアもオットーさんも良い人だから」
「分かってる」
カーテンの奥でトゥルーが絞りだすように声を出す。
その声は震えていて、泣きそうにも、怒っているようにも聞こえる。激情を孕んだ、危ういほどに小さな声だった。
「分かってるの。みんな良い人だから、話せない。今の私、何も出来てない。ただの役立たずで、みんなが頑張って調達してきてくれているご飯だけを食べて生きているの。それなのに、外に出て行く勇気もないの」
「出て行けなんて誰も言わないよ」
「みんな優しいんだから、そんなこと思ってても言えるわけないじゃない!」
不意にトゥルーが声を張り上げる。今までに聞いたこともないような彼女の声に僕は思わず息を呑む。
「こんな脳なしに外に出てけなんて、死刑宣告するようなものでしょう?誰もそんなことしたがらないし、私もさせたくない。だけど、私には自ら外に出て行けるほどの強さも勇気もない。アスカは強いから、オットーさんと戦えるだけの勇気があるから、そんなことが言えるのよ…」
トゥルーの声がどんどんと小さくなっていく。小さくなる彼女の声に僕はただ押し黙ってしまう。
今、僕は彼女を傷つけただろう。これ以上は僕から何も言っても傷つけるだけだ。だから、僕は黙るしかない。
きっとそれは彼女も同じだ。僕を傷つけたと思って、彼女は沈黙を選んだのが分かった。
僕は強くなんかない。だけど、ミズキも同じことを言っていた。それだけ僕は周囲に強くみえているのかもしれない。そのギャップが荷重に感じる。
「…ごめん」
どんなに言葉を探しても、それしか僕の中からは出てこない。傷つけてしまってごめん。自己嫌悪させてしまってごめんね。そうやって謝罪することさえ、トゥルーを責めているように聞こえてしまうのではないかと、声を飲み込むだけだった。
メアの言葉の重みが今更のようにのしかかる。自己嫌悪という病がどれだけ恐ろしいものなのか、僕は身をもって知っていたはずなのに、他人を蝕むそれを僕が緩和させるだなんて到底不可能に近い。
相手が歩み寄ってくれたって、それが申し訳ないと自分が思う限り距離など縮まらないのだ。
僕はメアに無責任なことを言ってしまった。何故、僕なんかが役に立てると思ったのだろう。
「ごめんなさい…悪いのは私なの…本当にごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃなかったのに…」
見えないところでトゥルーが泣いている。カーテンは開かない。たった一枚の布なのに、それはどんな壁よりも分厚く感じられた。
彼女の謝罪が痛い。胸を抉るように、僕の耳から入り込んで身体に浸透していく。
「いいんだよ、気にしてない。声が聞けて嬉しかったよ」
「アスカは優しすぎるよ…」
精一杯明るい声で僕が答えると、トゥルーが涙で震える声でそう言った。
優しいという言葉が僕の胸をジクジクと痛める。化膿してしまった傷のように、身体の奥で疼くような痛み。
優しくなんてないんだ。僕はただ、恩を返したかっただけだ。誰かに後で「返せ」と怒られる前に、遡り請求から逃れたいがためだけに、僕はここまで来てしまった。
僕は俯いて拳を握る。僕は本当に愚かだ。自分のことしか考えていない。優しくなんてない。本当は自分がそれをよく分かっていたくせに、僕はずっとそんな自分を見て見ぬふりで貫いてきた。
立ち去ることも、何か言葉を続けることも出来ずにその場に立ち尽くしていると、不意に誰かに肩を叩かれて僕は顔を上げる。
「トゥルー、アスカを借りてもいいか?」
隣に立っていたのはイディオットだった。彼は僕の顔を見ると、眉間に深い皺を刻んだまま肩を竦める。
「明後日、俺とアスカはここを空ける。その相談をしたいんだ」
「…ええ、私なら全然」
トゥルーが一呼吸置いてから答える。その答えに僕は思わず安堵してしまう。
この空間から抜け出せるという事実を、僕は救いだと感じてしまったのだ。そんな自分が一瞬で恥ずかしくなる。自分から名乗りを上げておいて、何もせずに逃げ帰る。それも、イディオットの力を借りてだ。
「トゥルー、お邪魔してごめんね。また話してくれたら嬉しいな」
苦し紛れに出た言葉に返答はない。カーテンの向こうの光が揺らぐ。布の向こうにいる彼女は、僕と同じように安心したのだろうか。それとも、落胆したのだろうか。
「ありがとう。トゥルーもよく休んでくれ」
カーテン越しのトゥルーに声を掛けながら、ポンと軽くイディオットが僕の背中を叩いた。それに促されるように歩き出すと、その隣に並ぶようにイディオットも歩き出した。
「…お前は何にでも首を突っ込むな」
トゥルーの部屋が十分に離れてから、イディオットが深いため息を吐いた。
「すみません…」
「お前はなんでそうすぐ謝る…いや、今のは確かに責めているようにも聞こえるか。俺こそ言い方が悪かった」
彼は眉間の皺に手を当てると、首を横に振る。
「お前は人の傷に敏感すぎる。今のお前は抱えている問題が多すぎるんだから、無理に他人を癒そうとするな。医者の不養生とはよく言うだろ。誰かに何かしたいなら、まずは自分のコンディションが最優先だ。養生してから首を突っ込め」
現実のお医者さんに言われると説得力のある言葉だ。しかし、養生するほど僕は怪我や病もしていないし、気持ちも明るいつもりでいた。養生しろと言われても、ピンとは来なかった。
「養生と言われても、僕は別に疲れてなんかないですよ」
「自覚はないだろうが、疲れてるんだよ。横から見てる俺の方が分かる。多分、メアも分かってるぞ。無理をするなと言われたんだろ。メアも頼んだものの、やっぱり心配になったと言っていた。彼はまだ仕事は残っているから持ち場を離れられなくて困っていたそうだ。俺がお前を探してたタイミングだったから丁度よかったものの」
イディオットはフンと鼻を鳴らしながら、困ったように笑う。こんなタイミング良くイディオットが来たのが不思議だったが、メアから言われて来たのか。だとすれば、ほとほと僕は何の役にも立たなかった。その上、彼に来てもらうなんて手間を増やしただけで申し訳ないにも程がある。
頭の中を巡る自己嫌悪。ああ、そうか。これがずっとトゥルーを苦しめているんだ。僕の中にもずっといるこの感情を、僕も制御できていないというのに何をやっているんだろう。
黙って俯いている僕に、イディオットは言葉を続けた。
「この集落の人間がどう言おうと、お前は充分すぎるくらい働き者だと思うぞ。まあ…ここにいる人間も俺もお前自身ではないから、その認識も正しいかは確かに分からないが」
「だったら、やっぱり別に僕は何もしてないし…」
「何もかもしてるんだろ。お前の今の姿と、キャンプ地で集落に攻め入るでもなくダラついている怪物と、俺がまだ戦争に踏み切れない状況は誰が作ったと思ってるんだ。アスカがいるからだ。お前が動いていなかったら、この国はとっくに戦火の中だ」
呆れたように、それでもどこか優しい言葉でイディオットが言う。地面に向けていた顔を上げると、眼鏡越しの険しいイディオットの目が合った。
「今起きている事象は客観的に受け止めろ。受け止めた上で、他人よりもお前自身が一番に自分の身を案じてやれ。それさえ出来るなら、キャパオーバーもなくなる。他人の認識なんか、別に気にしなくていいのさ」
険しいその瞳が緩やかに弧を描いた。
「二日後には帽子屋を止めに行くんだろ。お前も自分が休まる場所でゆっくり休め。案外、この集落よりもキャンプ地でベビーシッターしてる方が休まるかもしれないぞ」
冗談まじりに喉を鳴らして笑う彼に、僕は苦笑いを返す。この集落よりもアマネの傍の方が休まるという可能性については、先ほど僕も考えていた通りだ。
「アマネの傍か…」
彼の言葉を復唱して僕は肩を竦めた。
アマネのことは勿論嫌いじゃないし、最近は結構好きなのだ。だけど、それでも、一番に休まる場所はきっとアマネの隣ではない。
ミズキがいない日々はそれとなく回っている。僕はつつがなく人々と過ごしていた。僕は思っていたよりも一人で歩けている。でも、ふと夜になるとやはりミズキを思い出すのだ。
彼女の隣が恋しかった。彼女がいないのが寂しくて、離れていればいるほど彼女が僕をどう思っているのか分からなくなって、どうにもならない虚しさがこみ上げる。彼女が提示した楽園から出るのを選んだのは僕なのに、今ミズキはどうしているんだろうと不意に思い出した瞬間にどうしようもなく悲しくなる。
こんな気持ちのまま、僕は彼女に再会していいのだろうか。立派にやっていると胸を張れない自分で会いに行って、彼女はそんな僕をどう思うんだろう。
洞窟に生えている鉱石が転々と道を照らす。薄暗くて、心もとない儚い光。薄暗闇はいつだって暖かくて、物寂しいものだ。
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