マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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12.荒らされた部屋

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 通りに立っている派手な女が口から煙を吐き出し、煙たそうな目をこちらに向けた。真っ赤なルージュを引いた唇が艶かしい。
 奈緒が、さっと視線を地面に向ける。
 女が和哉を見て、妖しく微笑んだ。女連れの高校生に色目を使ったところで商売にならないことはわかっているはずなのに。男を見て媚を売るのは彼女たちの職業病なのだろう。
「ねえ、あのお店って、何するところ?」
 沙耶が看板を指差した。和哉が慌ててその指を下げさせる。韓国風マッサージ。さっきの女が立っていた店だ。
「さ、さあ……マッサージじゃねえの?」
「ただのマッサージじゃないみたい。韓国風マッサージってどんなことするの?」
「知らねえよ」
「チゲ風ってことかしら」
 なんだよ、チゲ風のマッサージって。
「さっきの女の人が施術してくれるのかしら? 韓国人には見えなかったけど」
 おまえは日本人と韓国人の区別がつくのか。
 美登里が不良グループのスカルと関わっていたと知って、児童養護施設を出てから奈緒の口数がめっきり減ってしまっている。
 奈緒みたいないい奴にこんな思いをさせるなんて。美登里に対し、次第に腹が立ってきた。
 その場から早く立ち去りたいのか、奈緒が足を速めた。沙耶は好奇心を隠そうともせず、通りの両脇に並ぶ店を、首を忙しげに左右に振りながら眺めている。
 いかがわしい店が並ぶ通りを抜け、ようやく目的のマンションの前に出た。白い壁がくすんでいる四階建てのワンルームマンション。築三十年といったところか。
 奈緒と同じ歳ということは、美登里も十七歳。つまりここは、身元保証人なしで借りられる、訳あり女ご愛用のマンションというわけだ。
 世間から身を隠したいのか、マンションの玄関の郵便受けにはどれも表札が出ていない。郵便物に部屋番号が書いてあれば不都合はないのだろうが、書いてなければ郵便配達人が困りそうだ。
 階段で四階にあがり、四〇一号室の前に立った。周囲は静まり返っている。午後五時前。住人たちは仕事中なのだろう。
「ここか?」
「らしいわね」と沙耶。奈緒は相変わらず塞ぎこんでいる。
 奈緒が顔を上げようとしないので、和哉が代わりにインターフォンを鳴らした。中から応答はない。立て続けにベルを鳴らしたが、やはり反応はなかった。
「しばらく待ってみるか」
「ここで? いつ帰ってくるかわかんないわよ」奈緒が俯きながらため息をついた。どこか投げやりな態度。かなり参っている。
「じゃあ、出直すか」
「もう、来たくない」
 奈緒が口を尖らせた。
「開いたわ」
 沙耶の声で振り向いた。ドアが開いていた。鍵をかけていなかったのか。
「無用心だなぁ。ただでさえ治安のよくなさそうな場所なのに」
 ふと気づいて、鍵穴を覗いた。周辺に細かい引っかき傷がいくつもついている。誰かが道具を使って鍵を開けたのだ。
 和哉の様子に、二人も気づいた。
「なんか、やばそう」奈緒の声が震えている。
「いったん引き上げようか」といって振り返ると、沙耶が部屋の中に入っていくところだった。
「おい、蛇尾」
 止める間もなかった。靴を脱いだ沙耶が、さっさと部屋の奥へと進んでいく。思わず舌打ちした。和哉も靴を脱いで玄関を上がる。奈緒が、玄関で固まったまま中を見ていた。
「死体はないわ」奥から沙耶の声が聞こえてきた。
「だってさ。おまえも入って来いよ。そんなとこに突っ立ってると、隣人から変に思われるぞ」
 奈緒が恐る恐る中に入り、ドアを閉めた。
 室内は酷く荒らされていた。床には足の踏み場もないほど、バッグやら衣類やら小物類やら雑誌が散らかっている。引き出しの中のものもぶちまけられていて、注意して歩かないと突起物で足を怪我しそうだった。
 六畳ワンルームの洋室。部屋にはクローゼットとテーブルが置いてあるだけで、テレビもベッドもない。
 キッチンにある小型の冷蔵庫を開けた。コーラと焼酎の瓶と缶ビールが入っているだけで、他には何もなかった。食材になるものや調味料もない。シンクには吸殻の入った灰皿がひとつとグラスが四つ置いているだけで、周りを見ても食器類は置いていない。
 十七歳の女の子の部屋じゃない。
 浴室のドアを開けた。中は綺麗に掃除されていた。というより、あまり使用していないようにも見える。ボディーソープとシャンプーもだいぶ残っている。
 養護施設を出て一か月。これから物をそろえていくつもりだったのか。それにしては、食器や日用品がない割りに、ずいぶんな衣装持ちだ。
「ずいぶん散らかってるわね」沙耶が部屋を見回している。「気の毒ね。きっと片づけられない病気なのよ。ADHDだったかしら。たしか正式には多動性症候群って」
「家捜しされてんだよ」と、突っ込んでみる。
「美登里、大丈夫かしら」奈緒が今にも泣き出しそうな顔をしている。
「誰かが鍵を開けて入ったってことは、中にいなかったってことだろうな。うまく逃げ出したんじゃないのか」
「あるいは、そのまま連れさられたか」
 和哉が沙耶を睨んだ。
「彼女に何があったのかしら?」奈緒の声が震えている。
「わからん。だが、やくざも絡んでいるみたいだし、かなりやばい状況にあるのは確かだな」
 沙耶が散らかされた部屋の中をかき回し始めた。
「他人の部屋を勝手にあさるなよ」
「彼女の居場所につながる手がかりが見つかるかも。バッグはブランド物ばかりね。これ、フェンディよ。五十万はするかしら。それに、洋服も高級なものばかり」
「五十万のバッグだって?」
 沙耶が手に持ったバッグを和哉に手渡した。五十万のバッグになど、触ったこともない。和哉には、別にどうってことのない普通のショルダーバッグに見えるが。
「ずいぶんお金持ちだったのね、彼女。悪いことでもしていそう」
「美登里はそんな子じゃない!」奈緒がヒステリックに叫ぶ。
「でも、十七歳の女の子がこんなもの買おうとすれば、身体を売るか泥棒するしかないんじゃない?」
 奈緒の目が、今にも決壊しそうだ。
「ここに普段から住んでいるんじゃないな。物置か、友達と遊ぶ場所か。施設の仲のいい友達にこの部屋のことを教えているくらいだから、秘密の隠れ家じゃないだろう」
 服を拾い上げていく。
「サイズが微妙に違う。本人の持ち物じゃないかもしれない」
 それに、どの衣服も新品のようだ。
「これなんてどうかしら」
 沙耶が白い布のようなものを手に持っている。受け取って広げてみた。
 こ、こ、これは!
 同年代の女の子の……ぱ、パ、パンティーなのか?
 広げて見入っていると、奈緒が睨んできた。
「変なもの渡すな」
「意外と地味な下着を履いているのね、彼女。これ、洗濯しているのかしら」
 もしかして、使用済みパンティー?
「カズ」
 奈緒の不愉快そうな声で、手に持ったものを凝視している自分に気づいた。
「とにかく、高級品が部屋に残されたままになっている。部屋に入ったのは物取りじゃないことは確かだ」
 手に持った布を丸めてポケットに押し込もうとした。
「こらっ!」
 奈緒の鋭い声が響く。和哉は後ろ髪を惹かれる思いで、その白い布の塊をテーブルの上に置いた。

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