マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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17.学生食堂での大騒動

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 朝から、奈緒は元気がなかった。
 いつもは和哉の顔を見ると軽口を叩いてくるのに、話しかけてくるなオーラを全身から出しまくっていた。昼休みにもいつものランチメンバーの中にいなかった。昼食を抜いたのだろう。
「放課後、学食に来いよ」
 昼休みが終わり、教室に生徒たちが戻り始めている頃、席についていた奈緒に声をかけた。
「今後の対策について検討しようぜ」
「もう、いいの」
「でも、本心ではそう思っていないんだろ?」
 奈緒がすがるような目を向けてきた。
「対策って、何よ。何かいいアイデアでもあるの?」
「わからん。とにかく、塞いでいたって始まらんだろ。二人で知恵を絞り合えば、何かいい考えが浮かんでくるさ」
「うん」
 この声掛けが彼女の気分を幾分か軽くしたのだろう。午後からは少し元気になったように感じた。
 終業のホームルームのあと、奈緒より先に学食に向かった。二人同時に教室を出るとクラスメートに変に勘繰られてしまう。
 先日と同じ自販機の前のテーブルに、蛇尾沙耶がひとりで座っていた。これから面接試験を受ける受験生のように、しゃんと背筋を伸ばしている。
 沙耶と目が合った。
「なんでおまえがいるんだよ」
「あなたからの誘いで対策会議をするんだって、榛原さんから聞いたわ」
 どうやら奈緒が声をかけたらしい。
「何かいいアイデアでもあるのかしら」
「ねえよ。奈緒がふさぎ込んでいたからそう切り出しただけなんだ。おまえは何か思いつかないか」
「思いつかないわね」
 冷たい返事が返ってきた。どのみち、期待していたわけではないが。
「昨日、スカルのメンバーが二人、殺されたみたいね」
「そうだな」
 スカルのメンバーの少年が二人、絞殺されているのが発見された。二人とも拷問の跡があったらしい。対立している石田組の仕業だろう。
「あんな連中と今後、関わることになるかもね」
「ああ」
 しばらくして、奈緒がやってきた。
 昨日調査した結果から導き出した推測。塚崎美登里は何かやばい組織と関係していて、何かトラブルに巻き込まれている。
「これ以上彼女に関わらないというオプションもあるんだがな」
「そんなこと、できない」
 奈緒が和哉を睨んだ。さっきは投げやりに、もういいとか言っていなかったか。まあ、今のほうが奈緒らしい。
「やくざやスカルが絡んでいるから他人のふりをしようだなんて、卑怯だわ。いかにも小島君が言い出しそうなことね」
 沙耶にもなじられる。
「わかったよ。じゃあ、引き続き彼女の捜索を続けるってことで、オーケー?」
 奈緒が力強く頷く。沙耶も目だけで肯定した。
「でも、どこを探せばいいの?」
「佐藤さんだったかしら? 彼女が美登里って子のこと、スカルのリーダーの女だって言ってたわ。とりあえず、連中のたまり場のダイナマイトってクラブに行ってみるのはどうかしら」
「でも、不良の巣窟なんでしょ?」奈緒の声が震えている。
「やめとけ」
 ふたりが和哉を見た。
「ダイナマイトのことは聞いたことがある。あそこは危険で有名な場所だ。特に女の子にとってはな。どうしようもない人間のクズ達の吹き溜まりで、おまえたちみたいなのが顔を出すと、すぐに寄ってきて身ぐるみ剥がしちまうらしいぞ。その場でひどい目に合わされるか、へたすりゃ、そのままどこかにさらわれて行方知れずになっちまうんだ」
 奈緒の表情が強張った。沙耶の表情は変わらないが、顔色で彼女が緊張しているのがわかる。
「どうして小島君がそんなことを知ってるの?」
「ヤバイ話に詳しい男子は多いんだよ。街のデンジャラススポットの情報くらい、黙っていても入ってくる。だから、お前達も絶対あそこには近づくなよ」
 これだけ脅しておけばいいだろう。
「じゃあ、どうやって捜せばいいのかしら?」沙耶が、責めるような目を向けてきた。
「施設の職員を説得して、美登里の住んでいる場所を聞きだすしかない」
「でも、職員の人に連絡していなかったら……」手に持った美登里のポーチに触れながら、奈緒が言った。
「施設の子にも聞けばいい。美登里が仲良くしていたのは佐藤恵理子って子だけじゃなかったんだろ? 美登里と今もつながりのある子を探すんだ。これまでの人間関係をすぱっと断ち切るなんてそう簡単にできるもんじゃない。現に、施設を出た後も美登里はお前と会っていたんだ。彼女はお前との関係を断ちたくなかったんだよ」
「うん……。そうだと嬉しいな……」
「そうに決まってるさ。佐藤恵理子にはあのマンションの場所を教えていた。もしかしたら、別の子には自分の部屋を教えているかもしれない」
「小島君もごくたまにはいいこと言うのね」
「ごくは余計だ」
「あの……。さっき気づいたんだけど」
 奈緒がそういって、美登里が残していったポーチをテーブルの上にのせた。化粧品が入っていただけで、手掛かりになるようなものはなかったはずだが。
「これって、やっぱり膨らみ過ぎてない?」
「そういうデザインじゃないのか?」
「でも、膨らましているせいで中に物が入れられないって、本末転倒よ」
 沙耶がポーチを取り上げた。
「特に異常はないわね」ポーチの中を確認しながら、沙耶がつぶやいた。
「どれどれ」沙耶からポーチを受け取り、中を調べた。内張りはしっかりと留められていたが、つかんで引っ張っているうちに外れるような感触が伝わってきた。
「破っちまったか?」
「強く引っ張り過ぎよ」
「いや、破くというよりは、外れるって感じだったぜ」
 内張りにボンドのようなもので補修した形跡があった。できた隙間に指を突っ込んでかき回す。指先にビニールの感触が伝わってくる。
「何か入ってるぞ」
 ポーチをひっくり返し、揺すってみた。
 何も出てこない。さらに強く揺すると、小さなビニールの破片がテーブルの上に一気にこぼれ落ちてきた。
 ビニールの包みの中に、白い粉が入っていた。それを見た三人の間の空気が、一気に凍りついた。
 おいおいおいおい……。
 これって……テレビの刑事ドラマでおなじみのやつじゃないか……。
 奈緒が大きく目を見開いている。
「ねえ、これってもしかして覚せいざ……」
「馬鹿! 何言ってんだ! そんなものが学校にあるわけねえだろ! これはきっと……粉だ!」
「粉なのは見ればわかるわよ。何の粉なの?」
「そんなことはどうでもいいだろ! これ以上突っ込むんじゃない!」
「でも、粉というより、結晶ね。綺麗なガンコロだわ」沙耶が手を伸ばしてビニールのパケをつまみ上げた。それを慌てて取り上げる。
「ガンコロだなんて柄の悪い言葉を使うんじゃねえ! これは……そうだ、塩だ! 塩に決まってる! 塩の結晶を小さな袋に入れて身に着けていると幸運が訪れるんだ。お守りだよ、お守り! 若い女の子の間で流行ってんだぞ」
「そんなの、初耳よ」
「何言ってんだよ、蛇尾。流行に疎いと田舎者扱いされちまうぞ。これは、あれだ、ええっと……」
「きっと、北朝鮮のマブネタね」
「マブネタってなんだよ! 禁止ワード使うんじゃねえよ!」
「でも、最近は台湾やメキシコからも入ってきてるらしいわ」
「だから、禁止ワードだって言ってるだろ!」
「私、気分が悪くなって来たわ」沙耶が席を立った。「生理になったばかりで今日は重い日なの、先に帰るわね」
 席から離れようとした沙耶の腕を、奈緒と和哉が同時につかんだ。
「ひとりだけ逃げるなんて狡い」と奈緒。
「そうだ、逃がさねえぞ」
「だから、いってるでしょ。私は生理、生理なの」
「生理といえば男子なら誰でも腰が引けると思ったら大間違いだ。ここまで来たら俺たちはもう運命共同体なんだよ」
 和哉が椅子を強く指さした。沙耶が諦めて席に着いた。小島君に手を掴まれちゃった。気持ち悪いわ、鳥肌が立ってきたわ。早く消毒しないと手が腐っちゃう。手遅れになっちゃうわ。独り言のようにぶつぶつと言っている。
「そもそも、こんなものをポーチから出した小島君が悪いんじゃない」
「そうよ、カズが一番悪いのよ。何とかしなさいよ」
「はあ?」女二人に睨まれ、言葉が出ない。
「じゃあ、ポーチに戻せばいいんだろ」
 テーブルに散らばっていたパケを掌で寄せ集める。まったく、とんでもないことになってきた。
「何話してるの?」
 反射的に体が動いた。寄せ集めたパケの上に体を覆い被せる。少し遅れて沙耶の手が伸びてきて、和哉の髪を掴んでテーブルに引き倒した。
 鼻を強打した。
 目だけを上げる。三人の様子に驚いたのか、椿野菜々美が両手で口を覆っている。その横で、関本朱里が眉を潜めて立っていた。
 昨日に続いて、今日もこの二人は食堂で密会か?
「あ……朱里に、椿野さん……」
 奈緒、ここはうまくごまかしてくれ。
「声をかけちゃ、いけなかったかしら?」椿野菜々美が申し訳なさそうに聞いてくる。
「ううん、そんなことないわ」
「何してんのよ、奈緒」関本朱里の疑り深い目が、三人を睥睨している。
「これは、その……」
「こっくりさんよ」と沙耶。
 馬鹿! おまえは口を出すんじゃない!
「今、私たちに声をかけると憑りつかれるわよ」
 関本朱里が、わざとらしく大きなため息をついた。
「奈緒、悪いこと言わないから、その二人から離れたほうがいいわよ」
 関本朱里が椿野菜々美の手を引いて離れていった。
「痛ってえ!」
 和哉が上体を起こした。テーブルの上に血が点々と落ちる。
「血、血だあ!」指で触ると鼻血が出ていた。
「それくらいたいしたこと無いわ。今日の私なんて下半身血だらけなのよ」
「お前のは生理現象だろ! 俺はお前のせいで怪我したんだよ! ケ、ガ!」
「でも、うまく誤魔化せたわ」
 沙耶が満足そうに長い髪をかき上げた。
「どこがうまくだよ。あの二人、完全に呆れてたぞ」
 再び散らばったパケを慌ててテーブルの中央に集める。
「朱里が私のこと軽蔑したぁ!」
 奈緒が泣きそうな顔で和哉を見ている。
「そんなことねえよ。あいつはいつもあんなふうだろ?」
「そうよ、あんな友達、さっさと縁を切ったほうがいいわ」
「おまえは余計なことをいうな」
 パケを摘みあげ、ポーチの内張の中に戻していく。
「テーブルの下も確認してくれ。一枚でも残しちまったら学校中大騒ぎになっちまうぞ」
 三人でテーブルの下も念入りに確認した。
 指を突っ込みパケをポーチの奥のほうに押し込んでいると、指先に固いものが触れた。小さなプラスチックのようだった。指先だけで慎重に掻き出してみた。
 USBメモリーだった。
「とにかく、すぐにこの場を離れよう」
 ポーチの内張りの奥にパケを押し込みながら、和哉は周囲をみた。学食にいるのは関本と椿野だけだった。
 二人が、楽しそうに笑顔で言葉を交わしていた。
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