マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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26.バーベキュー大会

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 朱里は目の前の古い建物を見上げた。
 社会福祉法人安友学園、慈愛寮。理由があって親と一緒に住めないか、親がいない子供たちが住む児童養護施設。
 親と離れて暮らす子供達のための施設のはずなのに、無機質な、少しも温かみを感じない建物のように思えた。
 鉄柵の向こうが中庭になっていて、子供達の騒ぐ声が聞こえてくる。
 奈緒が柵を開けて中に入る。朱里と菜々美が後に続いて中庭に入った。中庭の奥にテントが三つ設置されていて、その中でボランティアの人たちがバーベキューの準備をしているところだった。
 見覚えのある優しそうな中年の女性が、こちらを見て笑っている。奈緒の母親だとわかった。去年、彼女の家に遊びに行ったとき、一度顔を合わせている。
 彼女に向かって慌てて頭を下げた。
「ごめんね、忙しいときに来てもらって」
「いえ、全然」
 奈緒が菜々美を母親に紹介している。奈緒の母親にしっかりと挨拶している菜々美を見て、感心してしまった。初対面の大人にきちんと挨拶できる菜々美が羨ましい。朱里は大人と対峙するのが苦手だった。奈緒の母親に初めて会ったときも、どのような言葉を使っていいのか戸惑い、しどろもどろになってしまった。知らない大人を突然紹介されたりすると、満足に挨拶もできない。
「じゃあ、厨房で材料を切ってきてくれる?」
 奈緒の母親に言われ、奈緒に連れられて建物の中に入った。厨房には女の人が三人いて、肉や野菜を切っているところだった。交代しますといって、奈緒が材料と調理器具を引き継いだ。
「さっさと済ませちゃおうか」
 奈緒が二人に割烹着を手渡した。割烹着なんて着るのは初めての経験だ。
 奈緒に手伝ってもらって割烹着を身に着けた。包丁を持ち、野菜を洗いざく切りにしていく。菜々美はソーセージに包丁で斜めに切り目を入れている。さすが、手際がいい。奈緒は焼きそば用の豚肉を細かく切っていた。
 無言で黙々と作業を進めていく。奈緒も菜々美も手慣れた手つきで包丁を使っている。家で母親の家事を手伝っているものとそうでないものとの差を見せつけられているようで、朱里は次第に窮屈さを感じるようになってきた。
「ごめんなさい、遅れちゃった」
 学校の制服を着た、自分達と同じ歳くらいの女の子が厨房に入ってきた。この施設で暮らす女の子のようだ。
「今始めたところだよ」
 奈緒と親しそうに話している。ふたりは仲がいいらしい。
 佐藤英理子さんだと、奈緒が彼女を紹介した。明るい女の子だが、髪は染めているようだ。ウェーブもかかっている。校則の緩い学校は髪を染めたりパーマをかけたりすることができるらしいが、旭光学園では禁止されている。
 彼女が制服の上から割烹着を着て手伝い始めた。人見知りもせずに話しかけてくる彼女に、いつのまにか気を許していた。四人で笑いながら作業を進める。女同志はすぐに仲が良くなるものだ。
 朱里も佐藤英理子といつの間にか気さくに話していた。菜々美も楽しそうだった。
悪いやつではなさそうだ。しかし、どこか世間慣れしている態度が気になった。
「ご苦労様」
 中年の男が厨房に入ってきた。
「榛原さんのお友達かい?」 
 男が朱里と菜々美を見て微笑んだ。奈緒が施設長の太田さんだと紹介した。
「学校の帰りに悪いねえ」
 大田が菜々美と話し始めた。彼の菜々美に向ける視線が気になった。菜々美に向けられる男の視線を気にしすぎなのだろうか。
 太田が厨房を出ていってから、切った材料を四人で中庭に運んだ。中庭で小学生くらいの子供たちがはしゃいでいる。それより大きな中学生くらいの子供たちは、料理の用意ができるのを庭の隅で黙って見ていた。
「普段は小さな子供たちと遊んでくれるんだけど、今日は知らない大人の人が多いから恥ずかしがっているのよ」
 朱里の視線の気づいた奈緒が言った。
「奈緒、すごいね。学校にいるときと別人みたい」
「何が?」
「別にどこがどうってわけじゃないけど、なんか頼りがいありそうに見える」
「いつもは頼りなさそうに見えてるんだ」
「そんなことないけど」
「まあ、いつも一緒にいる椿野さんがしっかり者だから、私なんて頼りなく見えちゃうのかもね」
「私なんて、こんなところにきたら一人じゃ何にもできないよ」
「そんなことないよぉ」
 奈緒が頭を撫でて慰めてくれる。
 材料を焼き網や鉄板に載せて調理し始めると、子供たちが一斉にテントの周りに集まってきた。焼きあがった野菜や肉、ソーセージ、焼きそばを、用意してあった紙皿に乗せて子供達に渡していく。
「たくさんあるから、おかわりしてね」と、ボランティアの人たちが声をかけている。
 朱里たちと同じ歳くらいの子供たちは、ボランティアの人たちを手伝っていた。佐藤英理子も初めは手伝っていたが、作業に飽きたのか、途中からテントの奥の椅子に座ってスマートフォンを弄り始めた。
 中学生くらいの女の子がテントに入ってきて、英理子の横に座った。化粧をしてるのか、派手に見える。ずいぶん大人びた少女だった。周囲の忙しさをよそに、二人でスマートフォンを見ながらはしゃいでいる。
「あなたたちも時々休憩してね」と奈緒の母親が気遣ってくれる。
「お母さん、もう帰っていいよ。旅行の準備あるじゃん」
「まだ大丈夫よ」
 奈緒の母親は週末に夫婦で一泊旅行に行くらしい。
 施設長の太田がやってきて、ボランティアの女性たちと親しそうに話している。
 太田が、また菜々美を見た。菜々美には周囲の男たちの視線を集める美しさがある。中には不愉快な目を向ける者も。太田の目は、そんな目だった。
「材料を取ってきて」と誰かが言った。菜々美が「はい」と言って、焼き網の前を離れて 建物の方に向かった。
 菜々美のあとを、太田がついていった。
「私も厨房に行ってきます」
 鉄板の前を離れ、朱里は二人のあとを追った。
 朱里が厨房に入った時、太田が菜々美に近づいていくところだった。
 二人が朱里に気づいて振り向いた。太田から向けられた目には、不快感が含まれていた。
「手伝いに来たよ」
 大田の視線を無視し、菜々美に近寄っていく。
「じゃあ、二人とも頑張ってね」
 そう言い残し、太田が厨房から出ていった。
「あの人、優しそうな人だね」
 菜々美が太田に感心している。太田のあの視線には気づかないといけない。菜々美には隙があり過ぎる。
 材料を切り終わり厨房を出た。中庭のあちこちで、子供達が談笑しながら食事をしている。混雑はひと段落していた。テントに戻ると、佐藤英理子がやってきて、菜々美と親しそうに話し始めた。さっきの中学生が、ひとりで暇そうにスマートフォンをいじっている。
施設で暮らす中学生がスマートフォンを持っていることに、奇妙な違和感を覚えた。朱里の通う旭光学園にもスマートフォンを持っていない生徒は多い。それとも、施設に暮らすものが窮屈な生活をしているという偏見を、自分は勝手に持ってしまっているのか。
 再び忙しくなってきた。奈緒と一緒に、朱里が焼き網に材料を乗せていく。菜々美がスマートフォンを取り出した。佐藤英理子とアドレスの交換をしているようだ。
「休んでくれてもいいのよ」
「じゃあ、すみません」
 奈緒の母親に言われ、朱里はコンロの前から離れた。
「何を話しているの?」
 二人が朱里を見た。
「ふふ、内緒」菜々美が何か言いだす前に、佐藤英理子がすかさず答えた。その態度が少し不愉快だった。
 近くの椅子に腰を降ろし、焼いたソーセージを齧った。小学校高学年くらいの女の子が、一人で料理を食べている。
「ねえ」
 朱里に話しかけられ、女の子が驚いた顔をした。人見知りするタイプのようだ。
「ここに塚崎美登里って女の子がいたんでしょ?」
 女の子が頷く。
 小島和哉や蛇尾沙耶たちと一緒に美登里という女の子を捜していると、奈緒から聞いた。彼女に元気がないのも、その美登里という女の子が原因らしい。
「会いたいんだけど、どこにいるか、知らないかな」
 女の子が首を横に振った。
「そっか」
 そう簡単に彼女の場所が分かれば、奈緒もこんなに苦労はしていない。
 女の子の皿を見ると、料理がなくなっていた。
「何かとってきてあげようか?」
 女の子が頷いたので、新しい紙皿に料理を適当に載せて持ってきて、女の子に渡した。紙皿を受け取った女の子が柔らかく笑ったので、朱里も微笑を返した。無口な子だが、笑うと可愛い。こんなに可愛くておとなしい少女が、本当に家庭で親から虐待を受けていたのだろうか。
「美登里ちゃん、時々施設に帰ってきてお小遣いをくれるの」
 突然、女の子が呟くように言った。
「ここに戻ってくるの?」と聞くと、女の子が頷いた。
「金曜日に。金曜日は遅くまで玄関のドアが開いているので、消灯前にこっそり入ってくるんだ。お部屋まで来て、お小遣いやお菓子をくれるの」
「先週も来たの?」女の子が頷いた。
「忙しかったね」奈緒が近寄ってきた。「ごめんね、私ばかり休んで」と菜々美も来た。佐藤英理子に話しかけられていて手伝えなかったことは、朱里にはわかっている。
「私も一緒に食べていい?」と佐藤英理子がやってきて、菜々美の横に座った。料理を取りにいっていて席を取られてしまったさっきの女の子が、ひとりでぽつんと立っていた。
「こっちにおいで」
 朱里が手招きしてやると、恥ずかしそうに寄ってきて朱里の横の椅子に腰を下ろした。朱里が自分の皿に載っていた料理を少女に分けてやった。
 五人で食事をした。
 さっきから、佐藤英理子が菜々美とべったりで、朱里が入っていく隙がない。
 こんなところに、来なけりゃ良かった。
 そうやって苛立っている自分が嫌だった。
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