マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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28.視聴覚教室で

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 四谷の口からため息が漏れた。
 視聴覚教室の前で、女子生徒が仁王立ちになっている。同じクラスの城野友香だった。
「君のクラスにはユニークな女子生徒が多いようだな」
 廊下で偶然顔を合わせ、視聴覚教室に一緒に向かっていた篠田圭吾が苦笑している。彼のいうユニークがどういう意味なのは計り知れないが、関本朱里といい城野友香といい、盲目的に突っ走る女子がクラスには多い。
 僕が対応しますという四谷を押しとどめ、篠田が前に出た。
 近づいてくる篠田に気づいて彼女が視線を向けた。彼女の目にさらに力がこもった。
「ええっと、僕に用なのかな?」
 篠田が穏やかに話しかけるが、彼女は上級生の篠田を睨みつけたまま、口を開こうとしない。向こうっ気が強い女だが、口はそれほど達者ではない。頭も回るほうではないだろう。
「良かったら、君も我々の意見交換会に参加してみないかい?」
 篠田からの想定外の誘いに、城野が戸惑った表情を見せた。
「クラスメートの四谷君もいるし、君と同級生の女の子も何人かいる。気を使うこともないよ。僕たちのやっていることを非難したいのなら、僕たちの集まりに参加して何をしているか知ってもいいんじゃないかい?」
「別に非難だなんて」
 なら、何をしたいんだ、この女は。そんな苛立ちが顔に出ないように、四谷も笑みを浮かべる。
「いいじゃないか、城野。少し顔を出して行けよ。今日は長い議論じゃない。三十分ほどで終わると思うよ」
 四谷の言葉に、城野がどのように返答するか迷っている。
 篠田が教室のドアを開けた。来いよ。四谷が誘うと、城野友香は黙って教室に入ってきた。
 教室にいたのは六名。男子二人に女子四人。二人の同級生の女が、友香を見て固まった。先日、この教室の前で騒いだ女子の一人だということに気づいたのだ。
 丸山理佳は表情も変えず、友香を見ている。
「これだけ?」
 友香が四谷に責めるような視線を向けた。
「いつもこんなもんだよ。前回は東屋信一が出演するテレビを皆で見ようって企画だったからたくさん集まったんだ」
「じゃあ、始めましょう」
 丸山理佳の一声で、みんな席に着いた。友香も一番後ろの席に一人で座った。
 先日メールを送ってきた女子中学生のことが分かったと、篠田が同志たちに報告した。中学三年の女子生徒らしい。彼女はクラスで無視されたり、クラスの連絡事項を独りだけ知らされなかったり、クラスでの嫌な仕事を押し付けられたり上靴を隠されたりする嫌がらせを受けているらしい。よくある典型的ないじめだった。
 親にも教師にも相談できず旭光学園支部に匿名でメールを送ってきたが、粘り強く説得してやっと会う気になってくれたのだ。
「女の子をいじめた生徒に抗議に行くべきだが、その前に事情を聴かないとな。事情聴取は丸山さんにお願いしたい。あと、君たちも同行してもらっていいかな?」 四谷の同級生二人の女子が頷いた。
「この近くなんだ。タクシーで行けばいい」
「やっぱり、活動してるじゃないですか」
 友香が篠田の言葉を遮った。
「べラマチュアの会は、校内での活動を禁止されているはずです」
「これはべラマチュア尊師を崇拝する会の活動じゃないよ。東屋信一の思想を校内で広めているわけじゃないからね。僕たちがやっているのはいじめをなくすための正当な活動なんだ。いじめを受けている子たちからも話を聞いて、きちんといじめの有無を確認したうえでいじめの当事者に抗議しているんだ」
「いじめの有無の確認なんて、簡単にできるんですか? 学校の先生でもいじめを把握するのが難しいんですよ。部外者がいきなり押しかけて被害妄想いっぱいの女の子の偏った話を聞いて何が判断できるっていうんですか?」
「君の言う通り、いじめの把握はとても難しい。今日三人の同志がその女の子に会っても、事実がどれだけわかるかわからない」
「そんないい加減な情報に基づいて、悪くないかもしれない人の元に大勢で押しかけて大声で怒鳴るんですか。これって言葉の暴力ですよね。一方的に非難して人を傷つけてあとは知らんふりなんて、マスコミよりひどいです」
「マスコミよりひどいか。君はいい感性を持っている」
 篠田が満足そうに頷いた。彼女にしては珍しく、理路整然と筋の通ったことを話している。
「君が知っているように、いじめってのは表面化しにくい。いじめられる子供たちは一概に大人しく口下手で、いじめられてもじっと我慢してしまう。そして、親に知られると恥ずかしいとか心配させたくないとかの理由で、いじめの事実を他人に相談しない。それが証拠に、僕たちに送られてくるメールのほとんどが匿名なんだよ。僕たちは糸が切れないように慎重に言葉を選んでメールに返信し、助けを求めてきた人たちに信用してもらって、ようやく会って話を聞くことができるんだ」
 城野友香が黙って睨むように篠田を見ている。うまく反論できないようだ。
「いじめる側の気分一つでいじめの標的にされてしまう。これって、とても理不尽な話だと思わないかい? 自分より強い立場にいる人間にできないことを、弱い立場の人間には平気でしてしまう。それが人間なんだ。強い弱い、いけてるいけてないなんて関係なく、お互いを一人の人間として認め合うのが人権意識なんだ。そんな人権意識が欠けていると、いじめも生まれやすい」
「で、ここにいるみんなで押しかけていくんですか? それっておかしいですよ。だって、みんなその女の子と関係ないじゃないですか」
「君は、学校でのいじめは担任の先生が解決するべき問題だと言いたいのかい?」
「まずは先生に相談する。それが順序ってもんですよね」
「いじめは、教師の目の届かないところで教師にばれないように行なわれるんだ。クラス全員を観察していじめを見抜くのは、教師には難しい。休み時間や放課後、トイレや校舎、体育館の裏で起こっていることを把握するなんて不可能だからね。いつか先生が気付いてくれるって望みがかなうことは、ほぼないんだ。いじめは大人から隠れて行われるもんだから、バレないような方法でいじめるんだ。だから、せっかく勇気を振り絞って先生に報告しても、本当なのか、何かの間違いじゃないのか、勘違いじゃないのかと疑われてしまう。また、教師に伝えることで、ますます陰でいじめがエスカレートするかもしれない。最近の教師は頼りないから、解決を先延ばしにしていじめを悪化させる場合も多いんだ。中にはいじめの事実を知ってもなおいじめを隠そうとする先生もいるからね。だから、誰にも言えずに悩んでいる子はとても多い。大人は頼りにならない。頼れるなら、とっくにいじめはこの世からなくなっているはずだ」
 城野友香がまた沈黙した。
「親や教師に相談できない子に、どうしたらいいと君は教えてあげられるかな。そんな子供たちが求めているのは、一緒に戦ってくれる仲間なんだよ」
「私が言いたいのは、何も悪くない女の子が友達の前で大勢に囲まれて大声で怒鳴られて傷ついたということです。友達があなたたちのような人のために、中学の時すごく傷ついたんですよ。それなのに何も責任を取らない。いじめをなくすのは賛成です。でも、何も悪くない女の子がみんなの前で怒鳴られて恥ずかしい思いをするのは構わないというのはおかしいです。それとも、そのくらいの犠牲は仕方ないというんですか」
「その女の子というのは、関本さんのことなのかな?」
「そうです」
「だとしたら、悪いのは僕だ」
「朱里がひどい目にあわされたのは中二の時だったから、篠田さんはまだこの学校にはいなかったはずですよ」
「でも、今、そのことで責任を取るべきは僕だよ。このグループの今のリーダーだからね。その時の責任者がいなくなったから責任が取れないなんて、どこかの情けない団体が言うようなことは言わないよ」
 篠田がまっすぐに城野友香を見ている。彼の眼力に気圧され、彼女がそわそわし出した。
「僕が彼女に謝るべきだ。ぜひとも謝罪したい」
「今さらそんなこと言われたって……」
「城野さんだったね。君が間に入ってくれないかい? 関本さんの希望に応じて、どんな謝罪でもするよ。彼女の考えを聞いておいてくれないかな?」
「そ、それは……」
「でも、これだけはわかってほしい。今の活動をやめるわけにはいかないんだ。誰にでも安心して学校に通う権利がある。本当は、親や教師がそんな子どもの権利を守る義務があるんだ。しかし、現状はそう優しくはない。僕たちができることだって限られている。でも、やれるだけのことは全力でやる。だから、続けなくてはならないんだ」
 城野友香が頬を赤く染めて、篠田を見つめていた。

 突然、城野友香が丸山たち三人に同行したいと言い出した。
 篠田の言っていることが本当なのか確かめるためだと彼女は言っていたが、本心はわからない。だが、篠田はにっこり笑って丸山理佳のほうを見ただけだった。丸山理佳も頷いただけだ。
 十分後に門の前に集合となり、友香が食堂でジュースを飲もうと二人の同級生と共に視聴覚室を出て行った。
 今までろくにしゃべったこともない同級生とさっそく仲良くやっている。四谷は女子のコミュニケーション能力をうらやましいと思った。
 教室には篠田と彼の同級生の男子二人、丸山、そして四谷が残った。
 豊島商業高校の江木が自殺したと、篠田が残った四人に報告した。
「豊商まで抗議にいったときひと悶着あってね。それが原因で自殺したんじゃないかといって、同志が警察に事情を聴かれたらしい。しかし、あんなことが原因であの江木ってやつが首を括ったとは思えないな。ふてぶてしいというか、僕たちに囲まれて抗議を受けている間、ずっとにやにや笑っていたんだから。あれは相当のワルだったよ」
 篠田が丸山を見た。
「君はスカルに所属していた中学の先輩に絡まれていたらしいじゃないか。どうして僕たちに黙っていたんだい?」
 丸山が驚いて篠田を見た。
「自殺したんだってな、その加藤って人。加藤が自殺したことで、警察に事情を聴かれたそうじゃないか」
「どうしてそのことを?」
「僕の家にも刑事が来たんだよ。君のことで事情を聞きにね」
「篠田君の家に刑事が?」
「警察は、我々のことを知っているようだったよ。東屋信一の信奉者はマークされているってことかな。特に旭光学園支部の活動は目立っているからね」
 会員達が驚いた顔をした。四谷も驚いた。いじめが原因の報復殺人事件が全国で問題になっているが、まさか高校生が警察の監視対象になっていたとは。
 丸山が暗い顔のまま俯いた。
「僕のことが、そんなに頼りなかったのかい?」
 篠田の声が沈んでいる。ショックを受けているのがわかる。
 丸山が首を横に振った。
「いじめをなくすことには賛成よ。でも、人を殺すのは嫌だわ」
「それは尊師の教えに反している。消し去らなくてはならない命ってのはあるんだよ」
 篠田の同級生が反論しようとしたが、篠田が彼を抑えた。
「もちろん、僕も人殺しには反対だ。君は、加藤が自殺じゃなくって殺されたと思ってるのかい?」
 いい勘をしている。
「加藤さんは自殺するような人じゃなかった。それに、さっきの江木って人も、自殺ではなく殺されたんじゃないかな」
「自殺に見せかけて殺されたっていうのかい? 人の悩みなんて、他人にはわからないもんだよ」
「でも、何となくだけど、自殺じゃないって思う。ただの勘だけど」
「まさか、ここの誰かが関与していると疑ってるのかい?」
 四谷がドキリとして丸山を見た。しかし彼女は、床から視線を上げようとしなかった。
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