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34.ミッションコンプリート!
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玄関を出て周囲を確認する。辺りは暗くなり始めていた。通りに人影はない。午後六時を十五分ほど過ぎている。平日なら学校や勤め帰りの人たちの姿をちらほら見る時間だが、土日のこの時間、住宅地の住人はあまり外をうろつかない。
和哉の様子を見て、沙耶が顔を緊張させた。同じように右と左を見る。
「いないわね」
「ああ」
奈緒を連れ去る気なら車が近くに待機していてもよさそうだが、怪しい車の姿はなかった。
「小島くんの気のせいよ」沙耶が長い髪を掻き揚げた。
「かもしれないな」
美登里が奈緒を外に誘いだして車で攫う。スカルのメンバーならそうする。拷問クラブのことを知っているかも知れない奈緒をそのままにしておくはずはないと思っていたのだが。
奈緒の家の玄関の前に立った。ドアに阻まれてふたりの声が聞こえてこない。今、何を話しているのだろうか。
奈緒の家のドアノブに手を触れる。
「鍵は?」
「かかってない」
ドアをゆっくり開けた。
奥のリビングから二人の声が聞こえてくる。半分泣き声になっている奈緒の声。こみあげてくる怒りをぐっとこらえた。
沙耶が和哉の脇を足早に通り過ぎて、リビングのドアを勢いよく開けた。
美登里が感電したように振り向いた。闖入者の訪問に驚いたのかと思ったが、沙耶と和哉を見て彼女はなぜか表情を緩めた。
「覚せい剤は捨てたわ、全部」
不意打ちのつもりだったのだろう。しかし、沙耶の言葉にも美登里の表情は変わらなかった。そんなことは端から予測していたと言いた気な感じだ。
美登里のさっきの態度から、誰かがこの部屋にやってくることを彼女は予想していたとわかった。沙耶と和哉は、予想していた人物とは違ったということだ。
和哉が美登里に近寄って、彼女がポケットに突っ込んでいた手を掴んで引き抜いた。手にスマートフォンが握られていた。
「相手は柏葉真治か?」
「そうよ」彼女が淀みなく言う。
取り上げて耳にあてたが、電話は切れていた。
「奈緒を攫う気でいたのか?」奈緒が息を呑む気配が伝わってきた。美登里は何も応えない。
「どうなんだよ」
「シンジには逆らえないの」
柏葉の命令だったのか。和哉と沙耶を見たときの彼女の表情の変化。奈緒を攫うことは、彼女の本意ではなかったのだろう。柏葉が奈緒を攫いにきたら、この女はどんな態度をとっただろうか。
「唐突に言うけど、君は代議士の少女買春の証拠を盗み出すよう、誰かに唆されたんだろ? 川淵って代議士、もしかして君の客だったんじゃなかったのかい?」
美登里の表情が変わった。
「君は川淵のことが大嫌いだったんじゃなかったのかい? 少女買春に関わっていることを暴露して痛い目にあわせようって、そいつに言われたんじゃなかったのかい?」
美登里が黙ったまま、和哉を見つめていた。
「君は川淵の買春の証拠を盗みだし、そいつに渡した。その動画で川淵を脅すのかと思っていたが、そいつは世間に暴露してしまった。それで、石田組がスカルを攻撃し、柏葉を追うことになった」
「さあね」
「そいつは田中って奴じゃなかったのかい?」
美登里の目が一瞬、大きく見開いた。
「知らないわ」
そういって、視線を逸らせた。奈緒は両手を胸に当て、唇を真一文字に結んでいる。
「柏葉はこないのか?」
「そうみたいね。逃げたのかしら。それとも……」
外から、警察車両のサイレンが聞こえてきた。さっきから外が騒がしい。
「ちょっと、見てくる」
奈緒の家に入ってずっと黙っていた沙耶が、手に持っていた黒のポーチを奈緒に預け、踵を返してリビングを出て行った。
「君は利用されたんだよ、その田中って奴に」
「わかってるわよ」
「俺も奈緒も今出て行った女も、誰も警察に届ける気なんてないよ。ただし、条件がある。奈緒に手を出すな。もう、関わるんじゃない」
「もし、手を出したら?」
「警察に届ける。あのUSBを持ってな」
「別にいいわよ。警察にちくられても痛くも痒くもないし」
「警察だけじゃないぜ。スカルの連中にもな。おまえから拷問クラブのことを警察に喋るように頼まれたってデマを流してやる。スカルと石田組はさらに気合を入れておまえを追うだろう。探し出されてドールにされちまうだろうな。柏葉真治にもそう伝えておけ。あんなものが公になったら、それこそ石田組は許してくれない」
美登里が睨みつけてきた。奈緒や沙耶や関本朱里に睨まれるより、はるかに凄みと迫力があった。
「あんた、シンジに殺されるわ」
「俺を殺しても無駄だよ。手はまわしてある。おまえたちの辿る結果は同じだ」
人の気配に振り向いた。沙耶が戻ってきていた。
「すぐそこで人が死んでいるらしいわ」
沙耶が部屋にいるみんなに手招きして、先導するように外に出て行った。
一ブロック先の路上に、警察車両が殺到していた。多くの赤色灯の明かりが、周囲を忙しそうに駆け回っている。
停車しているのはシボレーカマロ。かなり前のタイプだ。周囲に規制線が張られ、現場を囲むように人だかりができている。
車の傍で、人が死んでいるらしい。
「シンジよ」
傍に立っていた美登里がぽつりと言った。三人が驚いて美登里を見た。心の読めない表情をしていた。
「誰が殺したんだ?」
「さあ、石田組なんじゃないかしら?」
「違うな。石田組なら柏葉だけじゃなく、君にも用があったはずだ。もしかして、田中が殺ったのかい?」
美登里は何も言わない。ただ、規制線の向こうで動き回る捜査官たちをじっと見ていた。
「自分の男が殺されて、君は平気なのかい?」
美登里が和哉を見た。そして、奈緒を見た。
「清々したわ」
彼女は奈緒が持っていた黒のポーチに手を伸ばした。
「もう、会うこともないわね」
奈緒の目が、完全に決壊していた。美登里は奈緒に背を向けると、小走りにその場を離れていった。
和哉が、警官たちが忙しく動き回る殺人現場に目を向けた。
和哉の様子を見て、沙耶が顔を緊張させた。同じように右と左を見る。
「いないわね」
「ああ」
奈緒を連れ去る気なら車が近くに待機していてもよさそうだが、怪しい車の姿はなかった。
「小島くんの気のせいよ」沙耶が長い髪を掻き揚げた。
「かもしれないな」
美登里が奈緒を外に誘いだして車で攫う。スカルのメンバーならそうする。拷問クラブのことを知っているかも知れない奈緒をそのままにしておくはずはないと思っていたのだが。
奈緒の家の玄関の前に立った。ドアに阻まれてふたりの声が聞こえてこない。今、何を話しているのだろうか。
奈緒の家のドアノブに手を触れる。
「鍵は?」
「かかってない」
ドアをゆっくり開けた。
奥のリビングから二人の声が聞こえてくる。半分泣き声になっている奈緒の声。こみあげてくる怒りをぐっとこらえた。
沙耶が和哉の脇を足早に通り過ぎて、リビングのドアを勢いよく開けた。
美登里が感電したように振り向いた。闖入者の訪問に驚いたのかと思ったが、沙耶と和哉を見て彼女はなぜか表情を緩めた。
「覚せい剤は捨てたわ、全部」
不意打ちのつもりだったのだろう。しかし、沙耶の言葉にも美登里の表情は変わらなかった。そんなことは端から予測していたと言いた気な感じだ。
美登里のさっきの態度から、誰かがこの部屋にやってくることを彼女は予想していたとわかった。沙耶と和哉は、予想していた人物とは違ったということだ。
和哉が美登里に近寄って、彼女がポケットに突っ込んでいた手を掴んで引き抜いた。手にスマートフォンが握られていた。
「相手は柏葉真治か?」
「そうよ」彼女が淀みなく言う。
取り上げて耳にあてたが、電話は切れていた。
「奈緒を攫う気でいたのか?」奈緒が息を呑む気配が伝わってきた。美登里は何も応えない。
「どうなんだよ」
「シンジには逆らえないの」
柏葉の命令だったのか。和哉と沙耶を見たときの彼女の表情の変化。奈緒を攫うことは、彼女の本意ではなかったのだろう。柏葉が奈緒を攫いにきたら、この女はどんな態度をとっただろうか。
「唐突に言うけど、君は代議士の少女買春の証拠を盗み出すよう、誰かに唆されたんだろ? 川淵って代議士、もしかして君の客だったんじゃなかったのかい?」
美登里の表情が変わった。
「君は川淵のことが大嫌いだったんじゃなかったのかい? 少女買春に関わっていることを暴露して痛い目にあわせようって、そいつに言われたんじゃなかったのかい?」
美登里が黙ったまま、和哉を見つめていた。
「君は川淵の買春の証拠を盗みだし、そいつに渡した。その動画で川淵を脅すのかと思っていたが、そいつは世間に暴露してしまった。それで、石田組がスカルを攻撃し、柏葉を追うことになった」
「さあね」
「そいつは田中って奴じゃなかったのかい?」
美登里の目が一瞬、大きく見開いた。
「知らないわ」
そういって、視線を逸らせた。奈緒は両手を胸に当て、唇を真一文字に結んでいる。
「柏葉はこないのか?」
「そうみたいね。逃げたのかしら。それとも……」
外から、警察車両のサイレンが聞こえてきた。さっきから外が騒がしい。
「ちょっと、見てくる」
奈緒の家に入ってずっと黙っていた沙耶が、手に持っていた黒のポーチを奈緒に預け、踵を返してリビングを出て行った。
「君は利用されたんだよ、その田中って奴に」
「わかってるわよ」
「俺も奈緒も今出て行った女も、誰も警察に届ける気なんてないよ。ただし、条件がある。奈緒に手を出すな。もう、関わるんじゃない」
「もし、手を出したら?」
「警察に届ける。あのUSBを持ってな」
「別にいいわよ。警察にちくられても痛くも痒くもないし」
「警察だけじゃないぜ。スカルの連中にもな。おまえから拷問クラブのことを警察に喋るように頼まれたってデマを流してやる。スカルと石田組はさらに気合を入れておまえを追うだろう。探し出されてドールにされちまうだろうな。柏葉真治にもそう伝えておけ。あんなものが公になったら、それこそ石田組は許してくれない」
美登里が睨みつけてきた。奈緒や沙耶や関本朱里に睨まれるより、はるかに凄みと迫力があった。
「あんた、シンジに殺されるわ」
「俺を殺しても無駄だよ。手はまわしてある。おまえたちの辿る結果は同じだ」
人の気配に振り向いた。沙耶が戻ってきていた。
「すぐそこで人が死んでいるらしいわ」
沙耶が部屋にいるみんなに手招きして、先導するように外に出て行った。
一ブロック先の路上に、警察車両が殺到していた。多くの赤色灯の明かりが、周囲を忙しそうに駆け回っている。
停車しているのはシボレーカマロ。かなり前のタイプだ。周囲に規制線が張られ、現場を囲むように人だかりができている。
車の傍で、人が死んでいるらしい。
「シンジよ」
傍に立っていた美登里がぽつりと言った。三人が驚いて美登里を見た。心の読めない表情をしていた。
「誰が殺したんだ?」
「さあ、石田組なんじゃないかしら?」
「違うな。石田組なら柏葉だけじゃなく、君にも用があったはずだ。もしかして、田中が殺ったのかい?」
美登里は何も言わない。ただ、規制線の向こうで動き回る捜査官たちをじっと見ていた。
「自分の男が殺されて、君は平気なのかい?」
美登里が和哉を見た。そして、奈緒を見た。
「清々したわ」
彼女は奈緒が持っていた黒のポーチに手を伸ばした。
「もう、会うこともないわね」
奈緒の目が、完全に決壊していた。美登里は奈緒に背を向けると、小走りにその場を離れていった。
和哉が、警官たちが忙しく動き回る殺人現場に目を向けた。
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