マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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37.悪い奴等は赦さない

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 気晴らしにハンバーガー店にいこうといって、奈緒が朱里を誘ってきた。ポテトの半額券があるらしい。奈緒と二人きりで遊びに行くのも久しぶりだ。
「いいね、いこいこ」
「なんか、すごいことになってきたね」
「ほんとよね」
 少女売春組織に、少女への拷問が趣味の変態野郎。
 食堂で聞いた話は衝撃的なものだった。
 そんなことに自分が接点を持つなど、思いもしなかった。しかも、スカルに誘拐されかけた。もう少しで、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それに、菜々美も心に大きな傷を負ってしまった。
 そんな連中が今ものうのうとしているなんて、絶対に許せない。
 正門のそばで、突然、友香に呼び止められた。彼女が今にも泣きそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「ごめんなさい、朱里。前から言おうと思っていたんだけど」
 突然、泣きながら朱里に頭を下げた。
「何よ、どうしたの?」
 訳がわからなかった。友香は混乱すると支離滅裂な行動をとることがある。奈緒も何と言っていいかわからず、友香を見守っている。
 彼女は泣き腫らした目で朱里を見つめるだけで、何もしゃべろうとしない。
「ごめん、奈緒。また今度でいい?」
 気にしないでと言って学食に戻っていく奈緒の背中を見送ると、下校する生徒たちからの好奇な視線を避けるため、彼女の手を引いて校舎に戻り、空いている教室に連れ込んだ。
「何?」友香を問い詰めると、彼女がようやく重い口を開けた。
「好きになっちゃったかも」
「え?」
「篠田さんのこと」
 彼女が両手で顔を覆った。ベラマチュア尊師を崇拝する会の本性を暴こうと彼らの集会に潜り込んだらしいが、気が付けば会長の篠田のことを好きになっていたという。今は会員と共に、放課後一緒に行動しているらしい。
 ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこのことだ。
「へえ……」
「ごめん、ごめんね」
「別に、謝らなくていいわよ」
「でも……怒ってないの?」
「別に怒ってないよ」
「でも、あの会のことや篠田さんのことを恨んでいたんじゃないの?」
「別に。私を取り囲んで罵声を浴びせた張本人じゃないし」
 今はもう、ベラマチュア尊師を崇拝する会など、どうでもよくなっていた。
 一緒に帰ろうと友香を誘ったが、用があると恥ずかしそうに言って、本館の方に戻っていった。新しくできた仲間と行動するためなのか、朱里にいろいろ聞かれるのが嫌だったのか。
 今日は一人か。じゃあ、やる気になっているうちに行ってみるか。
 一度帰宅して着替えた後、路線バスに乗って、最寄のバス停で降りた。
 慈愛寮の前まで来て、足が止まった。
 薄暗くなり始めた路地。どこかで犬が鳴いている。朱里が周囲を見た。人気のない路地がどこか不気味だった。また誰かが自分を攫いに来たらと思うと、背筋がぞっとした。
 負けるものか。
 門をくぐろうかどうしようか、ここまで来て迷ってしまう自分が嫌だった
 携帯電話を取り出す。ツーコールで、彼女が出た。
「朱里?」
 菜々美の柔らかい声。
 これから、あの佐藤って女の子を問い詰めに行くと、菜々美に言った。菜々美の声に勇気をもらいたかった。
「やめたほうがいいよ。彼女、無関係かもしれないし。疑ったら可哀そうよ」
 人を疑うことを知らない菜々美は、あんな目に遭ってもまだ佐藤英理子のことを信じている。
「あの子しかいないのよ」
「でも……。それに、もし朱里のいうようにスカルって不良グループと彼女が関係あったら、危ないよ」
「大丈夫。今度目の前に現れたらぶん殴ってやるから」
 威勢のいいことを言っても、この前は難なく拉致されかけた。菜々美のことも守ってやれなかったかもしれない。
 このままでは腹の虫がおさまらない。
 それに、気持ちは軽かった。奈緒や蛇尾沙耶、それに小島和哉。同じ志を持った仲間が増えたような気分だった。
 後で結果を報告するねと言って通話を切り、スマートフォンをポケットに入れた。
「よし!」
 朱里は施設の鉄扉を押し開けた。
 先日のバーベキューの時とは異なり、施設の中は誰もいないかのように静まり返っていた。
 この施設が少女売春の舞台となっているのかもしれない。そう思うとまた背筋がぞっとした。
 玄関で中に呼びかけると、バーベキューの時に言葉を交わした小学生の女の子が階段を降りてきた。
 朱里を見た彼女の表情がパッとした笑顔に変わり、傍に寄ってきた。
「私のこと、覚えてる?」
 朱里が問いかけると、少女が微笑みながら頷いた。
「佐藤英理子ちゃん、いるかな? いたら呼んできてくれる?」
 少女は壁にかかっているネームプレートの方を振り向き、そして首を縦に振って建物の奥に走っていった。まだ小学生くらいの年頃だろうが、あの少女もここにいれば、そのうち巻き込まれることになるのかもしれないのだ。何とかしなくてはならない。
 しばらくすると、佐藤英理子が降りてきた。
「あ、朱里ちゃん」目をしきりに擦っている。どうやら眠っていたようだ。
「昨日、むっちゃ危ない目に遭ったけど、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、あれしきのことで。スカルのヘタレどもになんか負けないわ」
 英理子の他人事のような口調にムッと来て、思わず言葉に力がこもった。英理子の表情は変わらない。
「それでね、この前のことなんだけど、どうなったのかなって思って」
「なにが?」
「あのスカルのヘタレたちよ。私と菜々美を攫おうとして事故ったドジな四人組。みんな重症だったみたいだけど、まだ生きてるの?」
 英理子の顔から表情が消えた。
「そんなの、知らないわ」
「でも、英理子ちゃんの知り合いなんでしょ?」
「私が?」
 英理子が笑う。どのみち、簡単に口を割るとは思えない。
「この施設、売春に関わってるんでしょ?」
「そんなウソ、誰が言ってるの?」
 英理子の顔から、薄ら笑いが消えていた。
「施設長の太田、海に落ちて死んだって聞いたけど、石田組に殺されたみたいね」
 英理子の口が、微かに震えている。怯えているのだ。
「私ね、あいつがこの施設の女の子を中年男の車に乗せるの、見たの。金曜の夜の八時ごろだった。どの女の子が連れていかれたかも知ってるわ。警察でこのことを訴えたら、ここにも警察がいっぱい来るかも。売春に関わった女の子も警察で事情を聴かれるわね。子供が警察の厳しい追及をかわすのは難しいわよ」
「変な言いがかりはやめてよ」
「スカルの連中が来て私を攫っても無駄よ。仲間は他にもいるから」
 朱里が強い目で英理子を睨んだ。
「私の大切な友達にあんなひどいことして……絶対に許さないから」
 英理子の顔から血の気がすっかり引いている。間違いない。この女はスカルや少女売春にどっぷりと関わっているのだ。
 奥の部屋のドアが開く音が聞こえた。英理子が感電したかのように全身を硬直させた。
 男の和やかな話し声が聞こえてきた。先日会った理事長の北山だった。来客があったのか、男を連れている。
 北山を見た英理子が踵を返し、上の階に駆け上がっていった。
「やあ、先日の子だね。確か、榛原さんの友人の、関本さんだったね」
 朱里が北山に頭を下げる。北山が連れている男と目があった。四十くらいの、こけた頬と薄い目がどこか病的だった。
 どこかで見たことのある顔だった。
 客の男は朱里に目もくれずに、黙って玄関を出て行った。そして玄関の外で車に乗って、去っていった。
「理事長はどうしてここに?」
「太田君が事故で亡くなったので、次の施設長が決まるまで私が代行で詰めることになったんだ。しかし、施設の責任者は大変だね。私は病院の経営に忙しくて太田君に頼りっぱなしだったから、ここの仕事のことはよく知らないんだよ。あ、先日太田君が少女売春に関わっているかもって話していたけど、結局、わからなかったよ。すまないねえ」
「いえ、そんな……」
 そういいかけ、朱里は思わず声を上げそうになった。知っている。さっきの男を知っている。
「あの、さっきの人って、空手連盟の役員の方じゃないですか?」
「おや、関本さん、知ってるの?」
「私、中学の時、空手をしていたので」
「へえ、すごいねえ。じゃあ、知ってるかもね。試合の審判とか世話役とかやってる人だから」
 思い出した。試合の時、道場の前の長テーブルに座り、いつも不愛想な顔で腕を組んで試合を見ていた男だ。
 石田組の幹部。女の子を拷問するのが趣味の変態野郎。
 小島和哉の言葉を思い出し、足が震えてきた。
「あの人は何をしている人なんですか?」
「確か、土木事務所の経営者だけど、どうして?」
「理事長、お話があります」
 北山が怪訝な目を向けた。
「変に思わないで聞いてください。あの男は石田組の幹部で、少女売春に関わっているんです。もしかしたら、太田さんに指示を出していたのは、さっきの男かもしれません。太田さんを殺したのもあの男かも」
 北山が息を飲んだ。
「警察に届けるべきです」
「しかし、あの人がそんなことをするなんて思えないなあ」
「間違いありません!」
 北山が困惑した顔を向けてきた。
「私は君の思い過ごしだと思うけど、そこまで言うなら、これから一緒に警察に行って、事情を説明してみるかい?」
「本当ですか?」
「車のキーを持ってくるから、ここで待っていてくれないかい」
 朱里は思わず頭を下げていた。
 北山は速足で奥の部屋に戻っていった。
 やった。見つけた。私が見つけた。
 絶対に逃がさない。悪い奴をうんと懲らしめてやる。
「待たせてすまないねえ」北山はすぐに戻ってきた。
「いえ」
 玄関を出て、北山が停めてあった黒い車のドアを開けた。車には詳しくないが、かなりの高級車だ。
「少し遅くなるかもしれないので、家に連絡しておいたほうがいいんじゃないかい?」
「大丈夫です」
 助手席に乗ってドアを閉めた。北山が滑らかに車を発進させた。
 大通りに出て、警察署の向かって真っすぐに進んでいく。五分ほど走ると、警察署が見えてきた。
 車が署の前を通り過ぎた。
「あの……警察署はそこじゃ……」
「裏に回るんだよ」
 車が細い路地に入った。人通りのない、暗い道だった。
 朱里ははっとして北山を見た。
 もしかしたら、この男も、仲間かもしれない。
「あ、あの、私、ここで降ります」
「ここで?」
「車を停めてください!」
 北山が車を停めた。彼に背を向け、ドアノブに手を伸ばした。
 背中に何かを押し当てられた。
 全身に衝撃が走る。と同時に、視界が真っ白になった。
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