錆びた十字架

アーケロン

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 午後五時。くすんだ白壁が不気味だった。周囲を行きかうのは男ばかり。飲み屋街を抜けたところにある、風俗店が密集しているエリアだった。男たちの好奇な視線が突き刺さってくる。奈緒美をどこかの店で働く風俗嬢だと思っているのだろう。
 ヘルスやピンサロなどの風俗店ばかりの入った雑居ビルの階段を下りる。地下一階にファッションヘルス「クラブルージュ」がある。
 受付を前に無表情の男が立っていた。週刊スカットの桐原だと言うと、愛想のいい笑顔に変わった。事前にサイトを確認して、店に取材の許可は取ってある。
「うちでも取ってるよ、お宅の雑誌。待合室に置いてあるんだ」
「ありがとうございます」
 奈緒美を受付に待たせたまま、男が店内に入った。しばらくして、黒のタキシードを着た三十過ぎの男を連れてきた。
「どうも、斎藤です」
 目つきの鋭い胡散臭そうな男だが、客商売をしているだけあって物腰は柔らかそうだった。
「十分でいいって話でしたけど。これから仕事帰りのサラリーマンが来る時間なので」
「ええ、すぐに終わります。お仕事の邪魔をしてすみません」
 十分程度ならということで、一階にあがり、ビルの横の喫煙所で話を聞くことになった。職業病なのか、喫煙所でタバコに火をつけた斎藤が、舐めまわすように前に立つ奈緒美の全身に視線を這わせる。女を品定めする男の眼は、いつも不快だ。
「殺された尚子のことを聞きたいってことですけど、なんで今頃?」
「犯人の田島という死刑囚のことはご存知ですよね」
「ああ、早く処刑しろとかいって、遺族が騒いでいる奴ね」
 斎藤がタバコの煙を吐いた。
「その件で関連あることをいろいろ調べているんです。小木尚子さんから、彼女が殺される少し前に知り合った気前のいい客について、何か聞いていないかと思って訪ねてきたんですけど」
「気前のいい男? ヤマなら手に入るとか言ってたやつか?」
「ヤマ?」
「俺も何の事かは知らないんだけどね。どこかの金持ちが山を買う話かって尚子に聞いたんだけど、その客から詳しい話を聞く前に殺されちまった」
 斉藤は三分の一ほど喫ったタバコを灰皿に放り込み、また新しいタバコに火をつけた。
「尚子が殺された事件とその男が関係あるのかい? その田島とかいうのが犯人なんだろ?」
 斎藤の口調が変わり、眼がぎらついた。
「その男が共犯とか?」
「誰か知ってるんですか?」
「知ってるわけ、ねえだろ」
 裸を見せるだけで金をくれる気前の良さに加え、山を手に入るなんて話を尚子から聞かされたのだ。相手は相当の金持ちだと思っただろう。この男ならその客を脅して金を取ろうと考えたかもしれない。
「その男性のこと、何か思い出したら連絡してくれないかしら。男の身元につながる情報なら、出版社から謝礼がもらえるかもしれないわ」
 奈緒美が名刺を差し出した。
「いくらくれるんだい?」
「ここでは言えないけど、いい情報は高く買うわ」
 射幸心を煽るように言ってやった。いくらか金になるのなら、この男なら情報を提供するかもしれない
「やっぱり、重要人物なのかい?」
「そうだといいんだけど、今は何も分かっていないの」
「まあ、尚子の客だったら、わけありの可能性、あるな」
「どういうこと?」
「尚子は客の依頼でなんでもやる風俗嬢だったんだ。俺に黙ってやばそうなこともやってた気配があったからな」
「恋人がそんなことやっていて、あなたは気にならなかったの?」
 斎藤が奈緒美を睨みつけた。いつの間にかチンピラの眼になっている。素性を隠すのはなかなか難しいものだ。
「女を縛るなんざ、俺の趣味じゃねえんだ」
 この男にとって、小木尚子は単なる現金引き出し機だったのだろう。こんな男に、今までどれくらい会ってきたか。
 斎藤が腕時計を見て、十分経ったといった。
「何か思い出したら連絡してね」
 奈緒美の言葉を無視して、斎藤がタバコの火を消した。
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