錆びた十字架

アーケロン

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 エリカへの取材準備をしている時に桃香から会いたいと連絡が入った。田島仁志の取材予定が詰まっていて今
 エリカへの取材準備をしている時に桃香から会いたいと連絡が入った。田島仁志の取材予定が詰まっていて今はそれどころではなかったのだが、無碍にもできないので、十分の約束で出版社の傍の喫茶店で会うことにした。
 店に入ると、桃花が既に席に座っていた。彼女の前に腰を降ろして五分経つが、雑談するばかりで彼女はまだ用件を切りださない。
「それで、私に話があるって言ってたけど、どんな話? いいネタを仕入れたの?」
「ごめん、今日はそんなんじゃないの。奈緒美ちゃんに聞きたいことがあって。今奈緒美ちゃんが調べている事件のことなんだけど」
「私の取材してることって?」
「無実の罪で処刑された男のこと」
 組んだ掌の上に顎を乗せたまま、桃香が尋ねてきた。嫌な感覚が奈緒美の背中を走った。田島の取材をしていることは、桃香に話していない。
「まだ話せるようなことは何も分かっていないの」
「嘘。街で女の子たちにいろいろ話を聞いていたじゃない。それに、今日これからエリカちゃんと会うんでしょ?」
「どうして桃香ちゃんがそんなこと知ってるの?」
 とたんに、桃香が口を噤んだ。
「誰かに聞き出すように言われたの?」
 桃香が目を剥いた。彼女の血走った眼に、一瞬ぞっとしてしまった。
「奈緒美ちゃん、酷い。私、ずっと取材に協力してきたのに、奈緒美ちゃんの知りたい情報をあげてきたのに、自分の知ってること話さないなんてずるい」
 やくざがこの件で動いている。一輝の言葉を思い出す。桃香は薬と引き換えに事件についての情報を仕入れてくるようにヤクザに言われたのだろう。今の桃香は薬のためなら何でもやる。いや、ジャンキーなら誰でもそうだ。
「ねえ、誰が怪しいと思っているの? 真犯人の目星、ついているんでしょ?」
「全然。警察だって見当はつけていないと思うわ」
「でも、殺された女の子たちの友達に話、聞いたんでしょ? 真犯人につながるような情報を教えてよ」
 目を見開き、額に汗を浮かべながら、必死に情報を聞き出すとしている。薬を手に入れるために、我を失いかけているのが分かる。
「五十歳過ぎのおじさん。がっちりした筋肉質の身体。お金は持っているけど、もしかしたらあれが勃たないかもしれない。わかっているのはそれだけ」
 桃香が唾を呑んだ。この程度の情報で男を特定するのはまだ無理だろう。桃香がこの情報をヤクザに持っていって薬を手に入れることができるかどうか疑問だが、仕方がない。
 それに、やくざがどこまで情報を掴んでいるかは不明だ。彼らに搾取されている娼婦たちもやすやすと情報は出さないだろう。金と引き替えに情報を売った娼婦もいるかもしれないが。
「わかっているのはまだそれだけよ」
「他に何か分かったら、私に知らせてくれる?」
 テーブルに身を乗り出して哀願してくる。彼女の額を流れ落ちた汗が、顎からテーブルの上に落ちた。あれからまだ日数は経っていない。最後の一回がまだ残っているはずだ。
「わかったわ」
 テーブルの伝票を手に取ると、ほっとした顔でこちらを見つめている桃香を残して店を出た。

 いつものスタバ。客の入りは半分ほどだった。
 エリカがストローでアイスカフェオレを吸い込む。幼い舌足らずな声と童顔でよく高校生と間違われるらしいが、今年で二十三歳。中学の時からこの街で身体を売っている筋金入りの娼婦だった。
 七年前に避妊具なしで男に抱かれて欲しいと頼まれた女を誰か知らないかと、街に出て知り合いの風俗嬢や立ちんぼうに声をかけてまわった。種をまき、あとは芽が出るのを待つだけだった。そして喫茶店で一息ついているとき、知り合いの風俗嬢から連絡が入り、エリカをこの店に呼び出してもらったのだ。
「七年前っていうと、高一のときかな。まだ学校はやめてなかったな。中出しさせてくれる若い女を探してるっていわれたの。十万出すって。その人を相手にするのかと思ったら別の男だって言われて。正直、ちょっと迷ったけど、病気持ちだったら嫌だなって思って断ったの」
「どんな男だったの?」
「四十後半か五十過ぎの男。結構いい身体してたよ。胸を怪我していたのか、大きな絆創膏を張っていたわ」
 胸に怪我。この男が事件の重要なカギを握っているのは間違いない。
「そんな依頼を受けることってあるの?」
「ないない。ホテルにいった時になしでもいいかって聞かれるのが普通だけど、他の男とやってくれなんて頼まれたことはないわね。田舎の村で息子の筆おろしを頼む母親じゃあるまいし」
「他に同じようなことを頼まれた女の子、周りにいないかな」
「私の周りにはいないと思うけど、友達に聞いておいてあげるよ。そんな変なこと頼まれていたら、絶対誰かに喋ってるって。あたしらみたいな女は、身を守るために変な男の情報は交換しあっているから」
 彼女の言うとおり、娼婦たちの横のつながりはかなり強固だ。社会の底辺に生きる街の娼婦たちは常に搾取の対象なので、街の情報をもたらすネットワークは彼女たちの生命線なのだ。
 何かわかったら知らせてほしいといって、エリカに名刺を渡した。
「他に何か手がかりになりそうなこと、覚えてない?」
「もう七年も前の話だから、詳しいことは忘れちゃった。でも、手が汚かったかな。機械油で汚れているみたいな。あれで触られるの、嫌だなって思ったから」
「それだけ?」
「会っているとき、携帯に電話がかかってきた。それはキャブレターが悪いんだと言っていた。そんな古いアメ車はあそこでしか扱えないからと言っていたよ。それから、ヤマにいけば何とかなるって。自動車関係の仕事じゃなかったのかしら」
 ヤマ! 斉藤カイも殺された小木尚子からヤマという言葉を聞いていた。
「ヤマって何のことなの?」
「さあ、知らない」
 古いアメ車。手が機械オイルで汚れていた。自動車の整備関係の仕事をしているのか。
「そいつ、別の男とやってくれとまで頼んどきながら、結局あたしとやらなかったのよ。高い金払ってホテルにまでいったのに」
 思わず掌を握りしめていた。ホテルに部屋に入っても身体を求めてこなかった五十くらいの中年男。先日前田朋子から聞いた、小木尚子と関係を持った男だ。
「その男、不能者だったの?」
「インポだったってこと? さあ、そうかもしれない」
「殺された宮崎恵美と小木尚子は、その男に頼まれて田島に抱かれたと思う?」
「間違いないよ。ただで男に中出しさせる子なんていないから。それで二人を殺して田島って男に罪をかぶせたのよ」
 田島仁志とのセックスを終えた後、彼女たちは殺された。だが、現場周辺で五十過ぎの男は目撃されていない。目撃されていたのは、ひどく痩せた若い男だったと聞いている。
「ヤクザもその男のこと、探しているみたいだね」
「あなたも、何か聞かれたの?」
 エリカが首を振った。「仕事仲間から情報が入ったの。あたしのこともどこかで聞き出してくるでしょうけど、聞かれても覚えていないっていうだけ。あいつらに関わると碌なことないから」
 彼女がテーブルに置いていたスマートフォンを手に持って操作しはじめた。出会い系サイトの書き込みを確認しているのだろう。
「仕事、入っちゃった」
「何かわかったら連絡して」
 エリカはにっこり微笑んで席を立つと、ごちそうさまといって、パタパタと店を出て行った。
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