バージン・クライシス

アーケロン

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「夜二人でカラオケに行って、最初はほんとにただ歌ってるだけだったんだけど、なんとなくお互いくっついちゃってさ」
 滝井優希が手に持ったアイスティを飲むのを忘れて、身を乗り出して佐々木玲の話しに聞き入っている。櫻井愛美は優希の横で顔を赤くしながらこの下話の行方を耳で追っていた。
「それから、キスされて押し倒されたの……」
 そこまでいうと、玲は言葉を止めてストローに口をつけコーラを飲んだ。
「で、どうなったの?」
 優希の声に、店内にいた同じ高校に通う女子生徒が何人か振り向いた。
「ちょっと、優希、声大きいよ」
「ごめん……」
「それからね……彼が、今からここでしたいって言い出して」
「えええっ?」
「でも、カラオケボックスって、外から見られるでしょ? だから、迫ってくる彼を押しとめて私の部屋まで連れていったの。法事で昨日の夜は誰も家にいなかったから」
 佐々木玲はそこまで話すと、一息ついてストローからコーラを飲んだ。
「もう、そんな話止めようよ」
 愛美はふたりの間に割って入り、抗議するように真っ赤な顔で口を尖らせた。今日は中間テストの対策を練るためにここに来たのだ。
「あんたも聞いておきなさいって。今後の参考になるかもしれないしね」
 優希が愛美をたしなめてから、玲に先を話すように目で合図した。愛美は拗ねたような表情でポテトを口に運んだ。
「で、裸で抱き合ってるときに親が帰ってきちゃってさ」
「えええっ!」
 優希がまた大声を出したので、玲は人差し指を自分の唇に当てた。
「でも、男の子って、途中でやめられないでしょ? 彼、早く終わろうとして急に激しくなっちゃってさ。玄関のドアの鍵が開いたときと同時だったの」
 玲は俯いたままの愛美に顔を近づけ、初心な反応を楽しむように意地悪く微笑むと囁くように言った。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。玲の生々しい話に、さすがの優希も顔を赤く染めていた。
「で、あいつをクローゼットに押し込んで、大急ぎでトレーナーの上をかぶってベッドに潜り込んだときに部屋のドアが開いてさ。あれ、いたの? とかいわれて。冷や汗もんだったよ」
 そういって、玲はコーラをもう一口飲んだ。
「ばれなかったの?」
「うん、もしものために靴は部屋に持って上がってたんだ。それで、リビングに下りてテレビの音大きくしてお父さんとお母さんの気を引いているうちに窓から逃がしたの」
「やばかったね」
「でも、あいつも慌ててて、窓から飛び降りて足をひねっちゃったんだ」
「それで、今日足を引きずっていたんだ」
 愛美は激しい胸の鼓動に気が遠くなりそうになった。そのとき、店員のいらっしゃいませという声が耳に入り、玲のほうを見ないようにして視線だけを動かした。
「あっ」
 愛美の小さい声にふたりが店の入り口を見た。制服姿の恭平と真司がカウンターでメニューを選んでいた。たしかに、脚を引きずるようにして真司が歩いている。
「ちょっと、愛美、鵜飼君よ」
 優希が愛美の肩を叩いた。
「へえ、愛美、鵜飼君のことが好きなんだ」
 玲が悪戯っぽい笑みを浮かべながら愛美の顔を覗きこんだ。
「別にそんなんじゃ……」
「援護射撃してあげようか?」と玲がポテトを口に咥えたまま、にやけて言う。
「私なんかじゃ無理よ。鵜飼君、女子に凄く人気あるから」
 愛美はコーラのストローに口をつけると、俯きながら吸い上げた。横に座っている優希が顔を寄せて耳元でくすっと笑う。
「それなんだけどね、鵜飼君があんたのことどう思ってるか、池澤くんが聞いてくれることになってるの」
 優希の言葉に愛美が目を見開いて顔を上げた。顔が次第に熱くなっていく。
「こら、人の彼氏を勝手に使うな」
 玲も笑っている。
「な、なによ、それ! どうしてそんな勝手なことするの!」
 愛美が泣きそうな顔で優希を見た。
「そうよ、優希。もし鵜飼君に他に好きな人がいるってわかったらどうするのよ? 愛美、試験勉強どころじゃなくなるでしょ?」
 玲の言葉に、今度は愛美の顔から赤みが次第に失せていった。カメレオンのように変わる愛美の顔色を見て、優希が笑った。
「あんたって、ほんとにわかりやすいよね。大丈夫よ、池澤君が言ってたもの。今の鵜飼君につきあっている人はいないって」
 優希が愛美の肩を叩いて慰めた。
「安心した?」
「別に」
 愛美は少し拗ねたような顔をして、視線を上げてカウンターの前に立っている恭平を見た。
 一年の夏休みが終わったころ、駅前の映画館から女子寮へ一人で帰っている途中のことだった。翌日は最後の休日。ロマンチックな映画を見て、友人と少しリッチな食事をした。開放的な気分で道を歩いていると、目に入ってきた道路の向こうに広がる原色の街がやけに気になった。
 友人から聞いていた、自分には無縁の危険地帯。
 自分ももう高校生。少しくらい怪しいところを覗いたってどうってことはない。危ない目に合いそうになったら、大声を出して逃げればいい。好奇心に押し切られ、愛美は原色のネオン街に足を踏み入れた。そして、大通りから脇の路地に入ったところで、いきなり四人組の男たちに声をかけられた。
「ねえ、飲みに行こうよ」
 擦り切れたジーンズに鋲の入った半袖のジージャン。四人とも髪を金色に染め、両耳にピアスをいくつもつけていた。煙たそうな顔をして口の端にタバコを咥えた、鋭い目をした危なそうな男たち。
 いざという場面に出くわした時、大声なんて簡単に出せないことに初めて気づいた。やっぱり来なければよかった。そう後悔しても遅かった。なんといってよいかわからずにその場に立ちすくんでいると、男が一人割り込んできて腕をつかまれた。
 大人っぽいジャケットを羽織った、見覚えのある美少年。それが、同じクラスの男子生徒だとわかるのに少し時間がかかった。
 鵜飼恭平。スポーツ万能で成績も学年トップの美男子だった。同じクラスだが、口をきいたことはなかった。学生服を着た礼儀正しそうな少年と、盛り場であった、目の前の垢抜けた男が同一人物だとは信じられなかった。
「すんません。こいつ、俺の彼女なんで」
 そういって、恭平が自分の腕を掴んだまま引っ張っていった。
 四人が追いかけてくるんじゃないかと思い恐る恐る振り向いたが、男たちは忌々しそうにこちらを見ているだけだった。
「お前でも、こんなところをうろつくこと、あるんだな」
 恭平の顔を間近で見るのはこの時が初めてだった。
「う、鵜飼君の方こそ、こんな時間にこんなところにいて、不良みたい」
 恭平の顔をまともに見ることができなかった。酔っぱらいが店から出てきて、好奇の目でふたりを見た。あまりに場違いな場所にいることが、愛美にはやたら心細く感じた。
「そう。実は、俺はワルなんだ。知ってた?」
 にこりと笑って、「気をつけて帰れよ」と言い残して去っていった、盛り場に不似合いなさわやかな笑顔が印象的だった。高まった胸の鼓動が治まらなかった。
「どうしたの、ぼおっとして」
 ルームメイトの優希に声をかけられて、初めて女子寮の玄関にいることに気づいた。頭の中が恭平のことでいっぱいで、どうやって寮に戻ったのか覚えていなかった。
 恭平のことを考えながら悶々と過ごしたした日曜日の夜、明日、学校で礼を言おうと思った。が、その翌日、勇気を振り絞ることもできず、教室で目を合わすこともできなかった。廊下を歩く恭平の姿を見つけたが、近くの女子トイレに急いで隠れてしまった。
 その翌日の火曜日、親友の佐々木玲と音楽室に移動しているとき、廊下で玲の恋人の池澤真司とあった。玲と真司が話しこんでいるとき、真司に声をかけて来た男子生徒の顔を見て、感電したように全身に電気が走った。
「よう」
 目が合った恭平がふっと笑った。以来、玲と真司が話しているのを見つけると、そっとそばに近寄って、玲を待っているような素振りをした。真司に声をかけてくる恭平と顔を合わす機会が増えた。恭平の横顔をどきどきしながら盗み見した。廊下で顔を合わせれば挨拶するようになり、やがて、普通に話ができる関係になった。


「痛たたた」
「大丈夫か?」
 恭平が痛そうに足を引きずる真司の肩を叩いた。
「まったくついてないや。ちょうど部活が試験休みでよかったよ」
「女の部屋の窓から逃げるとは、とんだ間男ぶりだな。いっそのこと、裸のまま佐々木の親に挨拶すりゃよかったんだ。俺たちはもう他人じゃありませんって」
「馬鹿いえ、他人事だと思いやがって」
 ポテトが出来上がるまでの間、暇そうに店内を見回していた真司が、恭平の耳元で囁いた。
「おい、櫻井もいるぞ」
 店内に視線を移すと、愛美と目があった。彼女が慌てて視線を逸らした。彼女の横で滝井優希が手を振っている。
「お前、余計なこと言うなよ」
「お前がえっちな女子大生と付き合っているってことをか?」
「そうだ」
 ようやく出揃ったハンバーガーセットを載せたトレーを持って、恭平が空いている席を探した。愛美たちの前でタバコを吸うわけにはいかないので、禁煙席のコーナーを探すと、丁度隅に席が一つ空いていた。
「よう」
 眼が合った優希と玲に声をかけた。二人ともにっこり笑った。愛美は顔を上げると腿に置いていた右手をあげて遠慮がちに振った。そして再び俯いてテーブルの上を見つめたまま動かなくなった。恭平は愛美たちの席の横を通って、奥の空いている席に着いた。
「池澤君、聞いてくれた?」
 横を通り過ぎようとした真司を優希が呼び止めた。
「恭平の奴、櫻井のこと、真面目で純真で可愛くて、好きなタイプの女の子だって言ってたぜ」
 真司が囁くように三人に言うのが微かに聞こえてきた。愛美が身体を強張らせているのが、後ろから見ていてもよくわかった。「愛美、よかったね」といって、ふたりが愛美を冷やかす声が聞こえてくる。
「お前、言葉は正確に伝えろよ」
 急に騒がしくなった前の席を見ながら、ようやく席に着いた真司に恭平が舌打ちした。
「正確に伝えただろ? 昨日、お前が部屋で言った通りに」
 恭平はストローを銜えてアイスコーヒーを飲んだ。視線が合った玲が手を振ってきた。彼女の正面に座っていた愛美が振り向いたが、恭平と目が会った瞬間、慌てて前に向き直った。
「櫻井って、いい女だと思うぜ。ちょっと地味だけど、可愛くて真面目で清純で。そりゃ、早紀さんと比べればかなり子供だけどさ」
 恭平はじろっと真司の顔を見た。
「悪い」
「別に。気にしちゃいないさ。お前の言ったことも、早紀と別れたことも」
 恭平が窓の外を見下ろした。歩道の脇にある花壇の横に車が止まって、中から男が三人降りてきた。
「おい、誠だ」
 真司が言った。髪を赤く染めた、少し小太りの男が、威嚇するような視線を周りに巡らせると道路に唾を吐いた。それを見ていたOL風の女性が、怯えたように視線を逸らせて歩き去っていった。
「なに気取ってんだ、あの馬鹿」
 真司が窓の下の誠を見て笑いながらコーラを飲んだ。
「あいつ、このあたりには来るなっていったのに」
 恭平が舌打ちして顔をしかめた。誠はクラブ・ピンクプッシーに出入りしていた、マリファナの売人だ。
 誠の横に、長髪にサングラスをかけた、ロックミュージシャンのような成りをした男と、髪の毛を金色に染めた目の鋭い男が立っていた。
「あいつら、駅前で高校生にトルエンを売りまくってるやつらだ。以前、ピンクプッシーで見かけたことがある。どこかのヤクザの下っ端だって噂だ」
 真司が窓の外を見おろして言った。
 三人は、恭平たちのいるファーストフード店に続く階段を上がってきた。金髪の男がカウンターに肘を突き、大きく柄の悪い言葉でドリンクを注文した。
「あんな連中もこんなところでハンバーガーを食うんだな」
 真司が鼻で笑いながら三人の様子を見ていた。店の客の何人かが、カウンターの方を盗み見した。前の席に座っている愛美たち三人も不安そうに男たちを見ていた。やがて三人の男たちは喫煙席のほうに消えていった。
「それより、これからのことだけどな」
 真司が恭平に顔を寄せてきた。
「クラブ・ダイナマイトでパー券捌くことにしないか? プッシーよりやや健全志向だけど、プッシーが潰れちまって、今までの客もダイナマイトに流れてるみたいなんだ」
 恭平たちがパーティーチケットを捌くために通っていたクラブ・ピンクプッシーは、地元でも有名なクラブだった。そこでは、多くの若者が明日のことも考えずに踊りまくり飲みまくり、乱れまくっていた。黒人たちが麻薬を流している場所としても有名だった。一目見てシャブ中だとわかる若者も出入りしていたが、警察の摘発を受けて、先週閉鎖されたばかりだった。
 うかない顔で恭平がハンバーガーをかじった。
「なんだよ。あまり乗り気じゃなさそうだな」
「ダイナマイトには行きたくないんだ」
「どうして?」
「早紀があのクラブで働いている」
 真司がため息をついた。
「しかし、この近くにはもうダイナマイトしかないぜ、チケット捌けそうなところは」
 クラブで築いた人脈で仲間を頼って、運送業者の跡取り息子と知り合ったのは半年前のことだった。儲け話を持ち出すと、その跡取り息子は目を輝かせた。彼は月に一度だけ、自分の親が管理している倉庫をただで借りることに成功した。土日は誰もいなくなるし、警備員も来ない。おあつらえ向きの場所だ。
 恭平と真司は、仲間とともに月に一回、その倉庫でパーティーを開いている。メンバーがクラブで券を売り、客を呼ぶ。でも、学校の友達は誘わない。真司も恋人の玲にも内緒にしている。
「今夜のチケットは何とか完売し……」
 話を続けようとした真司の腕を恭平が強くつかんだ。
「ねえ、鵜飼君」
 真司の横に玲が立っていた。真司は慌てて口を噤んだ。
「今度のテストのヤマ、教えてよ」そういって、玲は自分たちの席に来るよう恭平を手招きした。
「……だってさ」
 真司が立ち上がり、同じように恭平を手招きしながら玲たちのいる席に行った。玲と真司が何か企んでいるようだ。恭平はため息をついて立ち上がった。真司がすかさず、玲の横に座った。
「お前はあっち」
 真司は愛美の横の席を指差した。恭平が座った横で、愛美が身体を硬くするのがわかった。優希がすかさずカバンから数学のテキストを取り出す。
 神戸愛和高校の数学教師井上は厳しく、試験も難しくて有名だった。生徒は勉強時間の多くを数学に裂いていた。単位を落としてあとのない生徒の前にはこの数学が大きく立ちはだかっている。恭平はテキストの例題に丸をつけながら、学内のネットワークで仕入れた情報を三人に教えた。
「井上のテストにはパターンがあるんだ。テキストのどこをテストに出すか、三年周期で決まっているらしい」
「誰から仕入れた情報なの?」優希が身を乗り出して聞いてきた。
「四組の佐藤」
「ナンバーツーの白もやしか」
「でも、あいつは数学だけはいつも学年トップなんだよ」
「ライバルのお前にそんなおいしい情報流すわけないだろ」
「浅ましい考えね。あんた、他人は誰もが自分と同じと考えてない?」
 玲が口を尖らせて真司の肩を指でつついた。
「まあ、佐藤にとっちゃ、試験の成績なんてどうでもいいんだよ」
 恭平の言葉に三人の女子生徒は納得したように頷いた。佐藤は有名な自作映画マニアで、趣味以外のことに関心を示さない、いわゆるオタクという人種だった。
 恭平は昨晩真司に教えたとおり、テキストの例題に丸をつけて、各例題のポイントについて説明していった。学年トップクラスの恭平の説明は、皆の頭にしみこんでいくようでわかりやすかった。初めは恭平の横で緊張していた愛美も、恭平のわかりやすい説明に時折質問を入れるくらいに、いつの間にかリラックスしていた。玲がお礼に奢ってあげるといって、皆の分も含めてコーヒーと紅茶を買ってきた。五人はしばらく雑談をかわした。緊張しながらも、愛美がぽつりぽつりと、横に座っている恭平に話しかけてきた。
 喫煙席のほうから、先ほどの金髪の男が歩いてきた。恭平は注意深く男の動きを追った。男は恭平の視線には気づかずにトイレに入っていった。
 五人が楽しそうに話していると、金髪の男がトイレから出てきた。
「なに男と女で楽しそうにしゃべくってやがんだよぉ」
 金髪男が鋭い目つきで睨みながら近寄ってきた。ピアスを右耳に二つ付けていた。唇を開くと、黒くぼろぼろになった前歯が覗いた。シンナーをやってるらしい。やっかいなことになりそうだ。恭平はうんざりした気持ちで静かに男の顔を見た。
「お前ら、愛和だろ? 俺、あの学校の奴ら、大嫌いなんだよなぁ。名門か何かは知らねえけど、なんか、偉そうな奴ばっかでよぉ。頭に来るんだよなぁ」
 危なそうな男が口汚く罵る姿を見て、三人の女子生徒が恐怖で身体を硬くして震えている。真司が立ち上がろうとするのを、横にいた玲が腕をつかんで止めた。
「お前、何見てんだよぉ」
 冷たい視線で自分を見ていた恭平の胸倉を男がいきなりつかんだ。横にいた愛美が悲鳴を上げた。恭平はすかさず男の手を取ると、あっという間に逆手にねじりあげた。金髪男の悲鳴が店内に響いた。
 店内の客が騒ぎ出した。騒ぎを聞いて喫煙席からサングラスをかけた男がやってくる。どうやらこいつがリーダー格らしい。後ろから売人の吉村誠もついてきていた。
 誠は恭平の顔を見ると驚いて目を丸くした。誠はリーダー格の男に何か耳打ちをすると、恭平を睨みつけながら近寄ってきた。
「その手を離せよ、こらぁ」
 誠が凄んで見せた。恭平の目の前で、真司が笑いを堪えていた。恭平が金髪男の腕を放した。
「この野郎!」
 殴りかかろうとする金髪男を、後ろからリーダー格の男が止めた。
「いくぞ」
 そういって、ふたりは店を出ていった。店内に残っていた誠も続いて店を出て行こうとした。
「このあたりには来るなと言っただろ」
 恭平が誠を睨みながら言った。
「お前の指図は受けねえよ」
 誠が睨み返した。その様子を女子たちがこわごわと見ていた。
「だれだ、あのグラサン」
「武藤さんだ。止めてもらってありがたいと思えよ。あの人は強えんだ。それにバックにはヤクザがついている。金髪の人は佐川さんっていって、街で危ねえやつらとつるんでる。あのふたりには街であっても逆らうなよ」
「さっき、あいつになんていったんだ?」
 真司が誠に聞いた。
「店員が電話していたって、いったんだ」
「実際、この辺の住民は不審者を見るとすぐに警察を呼ぶんだ。職質されてヤバいもんでも出てきたらどうする」
 恭平が誠を睨んだ。
「そんなへまはしねえよ」
「まあまあ、いいじゃねえか」
 真司が間に割って入って、二人をなだめた。
「今夜よろしくな、誠」
 真司がそういって、誠の肩を叩いた。誠は不満そうに舌打ちすると、外に出て行った。窓から見ると、さっきの二人が車の前で誠を待っていた。武藤がサングラスをはずして上を見上げた。恭平と目が合った。ぞっとするような嫌な目をしている。
「さっきの赤い髪のヤバそうな人、知り合いなの?」
 玲が疑心に満ちた目で真司に詰め寄ってきた。
「あ、ああ、ちょっとな」
「どうせ、大蔵寮がらみの知り合いなんでしょ? あんたたち、あの寮出なさいよ。変な友達ばっかできるんだから」
 そう言ってから、玲がまだ震えている愛美の横に座って、彼女を落ち着かせようと背中を擦った。

 自宅通いの玲と店の前で別れると、四人は女子寮に向かって歩きだした。愛美と優希はまだ恐怖心が癒えずに無言のまま俯いて歩いていた。静かな通りに街路樹の影が落ちている。人影のまばらな静まりかえった通りが、二人の恐怖心をさらに煽っていた。
「心配するなよ。誰か怖い奴が来ても俺たちが守ってやるから」
 真司はそう言って二人の女子を向いておどけたが、ふたりの顔から硬さは消えなかった。
「あ、あれ、佐藤君よね」
 顔を上げた優希が通りの向こうを指差した。学年ナンバーツーの佐藤浩太が、派手なシャツを胸の前ではだけさせたパンチパーマの男に肩を叩かれていた。目つきの鋭い、見るからにガラの悪そうな男だった。少なくとも学校一真面目な男子生徒の友人には見えない。二人の様子を見て愛美が恭平の腕を掴んだ。
「大丈夫だよ」
 恭平はなだめるように愛美の腕を解くと、通りを渡って佐藤の方に歩いて行った。
「どうした、佐藤」
 恭平が乗り込んでくるのを見て、男がぎらっとした目を向けたが、すぐに背を向けて反対方向に去って行った。恭平を見た佐藤は最初驚いたような目をしたが、すぐに安堵した表情に変わった。
「ありがとう、鵜飼。あいつにお金を出せって脅されていたんだ」
 佐藤がほっとした表情で声を震わせた。虚弱体質の痩せた身体。金をせびりたくなる誘惑にワルたちを掻きたてる、女のように気弱そうな童顔が微笑んだ。
「大丈夫か、佐藤」
 真司が二人の女子を連れて通りの向こうからこちらにやってきた。
「この辺りにもガラの悪い奴らが来るようになったな」
 パンチパーマの男が立ち去った方向を見ながら、恭平が呟いた。
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