バージン・クライシス

アーケロン

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 中間試験直前の連休に祖母の誕生会を催すことになった。一族一同が実家に集まるらしい。試験勉強で忙しいという恭平に、いいから帰ってこいと父親がいった。
「いつくたばるかわかったもんじゃないんだ。会えるうちに顔を見ておいたほうがいいぞ」
 保証証付きの健康体。あの婆がそう簡単にくたばるとは思えないのだが、久しぶりに実家に顔を出すことにした。
 授業が終わるとすぐに寮に戻って着替えを済ませ、駅に向かった。JR三宮駅のホームに上がったとき、見覚えのある横顔が目に入った。
「あれ、櫻井じゃねえか」
 恭平の声に、ホームに立っていた愛美が目を丸くした。淡いピンクのブラウスに白いスカート。彼女らしい清楚な雰囲気の漂う服装だった。
「おまえも、もしかしてこの時期に実家に帰るのか?」
「うん、明日お母さんの誕生日だから顔を出してあげようと思って」
「ずいぶん余裕なんだな」
「鵜飼君のほうこそ」
 風で長い髪が舞い、彼女が手で押さえる。一瞬、そのしぐさに胸がドキッとした。地味な女だが、よく見ればかなりの美人だ。磨けば光る原石。真司の言うとおりだ。
「実家は和歌山だったよな。駅の傍なのか?」
「少し離れているけど、駅までお父さんが向かいに来てくれるの。鵜飼君の御実家は奈良の王寺だったね」
 御実家とは、いかにも愛美らしい上品な言い方である。
「じゃあ、途中まで一緒に帰るか」
「う、うん」
 彼女の顔に少し緊張が走るのを感じる。いまどきの女子高生にしては珍しいくらい初心な女だ。
 新快速がホームについた。窓際の席に愛美を座らせると、その横に並んで座る。愛美がぴくっと身体を震わせた。彼女の緊張している様子が、春の陽ざしとともに横に座っている恭平にまで伝わってくる。
「顔の怪我、大丈夫?」
「ああ、寮で喧嘩があってね。仲裁しようと割って入ったらこのざまだよ」
 恭平は笑いながら顎を押さえた。盛り場で佐川と揉めた時の痣がまだ顔に残っている。
 あの夜、寮に戻ると真司が先に帰っていた。いつものように合図して窓を開けてもらい、真司の部屋から寮に入った。恭平の顔の怪我を見て真司が目を剥いた。
「あの金髪野郎と揉めたんだ」
 そういうと、真司が明日ケンジたちを連れて仕返しに行こうと息巻いたが、こちらもだいぶダメージを与えたし、泥沼化すると商売に響く。鼻息荒い真司をなだめ、二人で酒を飲んだ。
 新快速は二十分たらずで大阪駅に着いた。
「紀州路快速って何時なんだ」
 そういって、駅の電光掲示板を見上げた。
「俺、大阪に出るのは久しぶりだし、ちょっとぶらぶらしていくよ。お前はどうする?」
 愛美は戸惑った表情で恭平を見た。
「私も、別に急いでないし」
 そう言って、恥ずかしそうに恭平を見る。恭平に誘われるのを待っているようだった。
「じゃあ、一緒にぶらぶらするか」
 恭平に誘われ、愛美は一瞬表情を明るくした。二人は途中下車して、ウィンドウに並ぶ商品を見ながら地下街を歩いた。愛美は黙って恭平の後をついてきた。何を話していいか分からず戸惑っているようだった。
 新しくできたアウトレット・モールに着いた。無機質な白い大理石に囲まれた荘厳なホールと、ガラス張りの高級感漂うブティックが並んだセレブな雰囲気に、愛美は明らかに戸惑っている。
「私には場違いなところかな」
「そんなことはないよ」
 そう言って恭平が先を歩きだすと、愛美が慌てて後ろからついてきた。
 こんな雰囲気の店には早紀とよく来た。大人っぽく見せようと、背伸びして高い服を買って、そのあと酒を飲んだ。胸が締め付けられるような感覚に、思わず舌打ちした。
 アクセサリー店の前で展示商品にふと目が止まった。「幸運を呼ぶイルカのネックレス」と書いてある。イルカのペンダントトップをつけた銀のネックレスだ。先日の占い師の言葉を思い出した。
「ここに入るぞ」
 アクセサリー店へ入る恭平を見て、愛美も慌てて後に続いて店内に入った。
 あのイルカのネックレスが欲しいといって、カウンターの中にいた女の店員に店先のショーウィンドウを指差した。店員がネックレスを持ってカウンターに戻ってきた。そして、愛美のほうをチラッと見て微笑んだ。
 店員に商品を包んでもらっている間、店内を見渡した。愛美は店に陳列された商品を見ようともせず、黙ったまま店の隅に立っていた。恭平と目が合うと視線をそらせ、曇った表情で寂しそうに俯いた。
 商品を受け取り、店を出た。愛美が暗い顔で俯きながらついてきた。
「これ、お前にプレゼントだよ」
 愛美の目の前に包んでもらったばかりの箱を差し出した。
「えっ?」
 彼女が俯いていた顔を上げて目を丸くした。
「どうして私に?」
「この前、真司と一緒に占い師に見てもらったんだ。女友達に何かプレゼントすると運が開くって言われてね。知ってるか? 駅前の噴水広場の占い師」
「知ってる。よく当たるって」
「誰に渡そうかと思ってたんだ。佐々木に渡すわけにはいかないし、滝井に渡すと、あちこちに言いふらして大騒ぎになるだろ。お前にならと思ってね。他に親しい女はいないし。気にいらなけりゃ、他当たるけど」
「貰っていいの?」
 恭平は頷いた。
「高かったでしょ?」
 愛美はそういって、店のショーウィンドウをチラッと見た。
「たいしたことないよ」
 愛美は包みを受け取った。さっきまでの暗い陰が嘘のように消えうせ、幸せそうな明るい表情に変わっていた。わかりやすい女だと思った。嬉しそうな愛美を、恭平は軽い罪悪感を胸に抱きながら見ていた。そして、早紀にまだ未練がある自分に心底嫌気がさした。

 紀州和歌山行きの快速は、乗客で満員だった。恭平は何とか一人分の席を確保して愛美を座らせた。そんな恭平の態度が愛美をさらに喜ばせた。
 途中の西九条駅で、USJ帰りの若者の群れが電車に乗り込んできた。あっという間に満員になった車内に、饐えた体臭や香水の匂いが充満して、まるでガス室のようになる。満員電車に乗るのに慣れていない恭平は、不愉快な気分を我慢して窓の外を見た。
「気分悪いの?」
 座席に座っている愛美が心配そうに話しかけてきた。
「大丈夫だ」
「ペンダントありがとう」
 襟に人差し指を引っ掛け、愛美が胸元を少し広げた。銀のペンダントトップが光っているのが見えた。ホームに上がる前にトイレでつけたのだろう。
「鵜飼君に運が開けるといいね」
 そう言って笑う愛美を見て、恭平はバツが悪そうに笑った。それから、天王寺駅に着くまでの間、愛美は上機嫌によく喋った。
 電車が天王寺駅に到着した。
「じゃあ、また来週」
 そのまま和歌山まで向かう愛美に手を振り、恭平は電車を降りた。構内はどこも人で溢れていた。人の波をかき分けて奈良行のホームを目指す。
 さっきまでの愛美の幸せそうな笑顔が脳裏に浮かんで、胸の奥が鈍く疼いた。どうしてあんなことをする気になったのか。三宮駅のホームでみた愛美の可憐な姿に心を動かされ、妙な下心が芽生えたからなのか。だとしたら、なんと下劣なことをしたのだろう。
 いったい、俺は何をしたいんだ。
 また舌打ちが出た。前を歩いていた女が振り向いて、恭平に怪訝な目を向けた。
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