バージン・クライシス

アーケロン

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 チャイムがまどろんだ安息の時間を止めた。若い女性教諭が澄んだ声で授業の終わりを告げる。
 音楽の授業は貴重な息抜きの時間だ。この学校では受験科目の授業は厳しく、宿題や課題も多い。体育、音楽、美術といった受験に関係のない授業は、生徒たちの貴重な息抜きの時間なのだ。
「さあ、今日も終わった」
 授業中爆睡していた真司が伸びをした。周りの生徒たちがあれほど大声で歌っているのに、よく眠れるものだと感心する。
「部活、かったるいな。昼間体力使ったから余計にだるいよ」
 のろのろと重い腰を上げると、真司が恭平を見て苦笑いした。
「体力使ったって、何やったんだ? そう言えば、昼休み、見かけなかったな」
 恭平が尋ねると真司がにやりと笑った。
「昼飯食ってから体育館の倉庫で玲と嵌まってたんだ」
「はあ、バカップルが。学校終わるまで我慢しろよ」
「だってよぉ、今日は玲と会えないだろ。テスト前だって言うのに、授業が終われば練習があるんだ。寮に帰るの八時前になるしな。最近、溜まってたし」
「誰かに見つかるぜ。お前はともかく、そんなことになれば佐々木が可哀相だろ」
 真司は罰が悪そうに苦笑いした。
 音楽室から人の影が消えた。真司がそっと囁くように話し始めた。
「この前、義純さんから聞いたんだけどさ、女子高生さらって風俗に売り飛ばすグループがいるんだってよ、この辺りに。この前、ハンバーガー屋で会ったグラサンのロンゲ野郎が絡んでいるらしい。噂だけどな。そいつら、女の子をシャブ中にして、連中で輪姦してから風俗に売り渡すんだとよ。あいつらに売り飛ばされた女の子が逃げ出してさ、このあたりでやくざにとっ捕まってひどいリンチを受けたんだ。あのグラサン野郎、危ないぜ。それに連れの金髪男も。お前、あいつとこの前揉めただろ。街歩くとき、気をつけないとな」
「大丈夫だよ」
「それに、誠の奴、多分シャブ中だと思う。最近、目が据わってるし」
「ありえるね。俺たちも早いとこ、あいつと手を切った方がいいかもな」
 ホームルームの時間が迫っていたので音楽室を出た。
「鵜飼君」
 教室に戻る途中、廊下で愛美に出くわした。奈良の実家から戻ってきて愛美と顔を合わすのは、このときが初めてだった。
「じゃあ」と言って、真司が気を利かすように先に教室に戻って行った。
「あの、この前は楽しかった。それに、ペンダントありがとう。休み明けにお礼言おうと思っていたんだけど、会えなかったから」
 胸にイルカのペンダントが光っている。はにかみながら恥ずかしそうに話しかけてくる愛美を見て、恭平は心が和むのを感じた。
「気に入ってもらえてよかったよ」
 恭平がそういうと、愛美がうれしそうに笑った。そして、ホームルームに遅れるからといって、早足で自分の教室に戻っていった。
 ホームルームが終わると同時に、真司が教室を飛び出して道場に向かった。今日は真司の練習日なので、街に出る予定もない。一人で街を歩いてあの金髪野郎に出くわすのも面倒だ。寮の連中とマージャンでもするか。
 恭平が下足場に向かっていると、階段の隅で佐藤と英語教師の西田清子が一緒にいるのを見つけた。西田清子は三十前の、学園一厳しい教師だ。
 西田清子は恭平の顔をじろっと見ると、佐藤から離れて校舎の奥に消えた。
「どうした、優等生。先生に分からないところを聞くふりして点数稼ぎか?」
 恭平の言葉に佐藤が笑った。
「学年トップのお前に優等生呼ばわりされたくないよ」
「俺は優等生なんかじゃないよ。人よりちょっと要領がいいだけだ。それに、優等生は品行方正じゃなくっちゃ」
「僕ってそんなに真面目に見えるのかい?」
「見える見える。お釈迦様でもお前の前じゃ、ビッチに見える」
 佐藤が女のような優しい顔に柔らかい笑みを浮かべた。この笑顔に心を奪われている女子生徒も多いと、先日滝井に聞いたばかりだった。女のように線の細い男だが、意外ともてるのかもしれない。
「点数稼ぎじゃないよ。例の女子浴室での盗撮事件のことだよ。西田先生、女子の浴室の火元責任者だろ。絶対盗撮犯人を捜すんだって躍起になってるんだ」
「で、なんでお前が尋問されてたんだ?」
「尋問か。たしかに。僕、ネット情報に詳しいだろ。何か犯人を探す糸口を見つけられないか相談を受けていたんだ。でも、もしかしたら、先生に疑われているかもな」
 佐藤が肩をすくめた。
「でも、犯人を捕まえるなんて無理だよね。犯人は去年の卒業生だって話だし。少なくとも、当時一年生の僕たちの中にはいないよ。高校生になったばかりなのに、そんな大それたことできる奴なんていないだろうし」
「そうだな」
「それより鵜飼、この前貸したDVD はどうだった?」
 先日パンチパーマの男に絡まれている佐藤を助けた時、お礼だといって借りたDVDだ。普通の社会生活を送っていればまず目にすることができないグロ映像だといっていた。マニアの感覚はどこか一般人のそれと乖離している。
「ああ、見たよ。グロすぎるぜ、あれ」
 佐藤から借りたDVDは、女が愛憎のもつれから男を殺して、井戸に捨てる話だった。確かに大学生の映研だけあって演技もうまかったし、井戸の中で男の死体が腐っていく映像もリアルだった。
「鵜飼にだけ教えてやるよ」
 そう言って、佐藤が囁いた。
「あの映像に出ていた男の死体は、本物だって噂なんだ」
「まさか」
「演じていたのは大学の映研の連中なんだけど、死体が腐っていく映像はホンモノなんだって。誰かがこの映研の作品に勝手に死体が腐る場面をくっつけて闇DVDの市場に流したんだよ」
「それが本当なら、世も末だな」
「歪んだ欲望を満たすために、僕たちの常識をはるかに超えた酷いことをする変態が、世の中にはいっぱいいるんだ。女子風呂の盗撮で騒ぐなんて可愛いもんだよ」
「今の言葉、校長の前で絶対口にするんじゃねえぞ」
 恭平の言葉に、佐藤がまたあの柔らかい笑みを顔に浮かべた。
「佐藤」
 彼の女子生徒のようなほっそりした背中に声をかけた。
「面白いDVDを貸してくれたお礼だ。今度、寮の連中と一緒に、街で知り合った女の子たちを呼んでパーティーをやるんだ。お前も来いよ」
「パーティー?」
「楽しいぜ。たまには羽目外して騒ぐのも必要だ」
「でも、パーティーなんて誘われたことないから」
「まるで初めてパーティーに誘われる女の子みたいだな。映画作ってんなら、自分と縁のない世界も覗いとくもんだぜ」
 絶対に来いよ。佐藤の肩を叩いて恭平は背中を向けた。
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