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しおりを挟むホームルームが終わるとすぐに、愛美は美術室に向かった。ドアを開けると、綺麗な少女が壁にかけてある絵を眺めていた。そして、その少女が男子に人気のある隣のクラスの桐生美里だとすぐに気づいた。
愛美に気づいた美里が振り向き、ゆっくりと近づいてきた。
「あれ、あなたが描いたの?」
そう言って、美里が振り向いて愛美の絵を見た。体育の授業で一緒になるので美里のことは知っていたが、言葉を交わしたことはなかった。美里の顔をこんなに近くで見るのは初めてだった。確かにうわさどおり、綺麗な女の子だ。それにずいぶん大人びていて、自分より年上に見える。子供っぽい自分とは大違いだと思った。
「え、ええ。そうだけど」
美里の大人びた雰囲気に気圧されながら、愛美が答えた。
「凄く綺麗」
「あ、ありがとう」
「私、この絵を知ってるわ。学校新聞に載っていたわね。神戸市主催の絵画コンクールに入選したって」
「そ、そんな……まぐれよ……」
あまり親しくない謎の美少女に唐突に褒められて、愛美は複雑な心境になる。
「芸大目指しているんだって?」
「え、ええ……。よく知っているのね」
「国公立の芸大ってすごく難しいんでしょう?」
「うん。でも、チャレンジしてみたいって思ってるの。多分無理だと思うけど」
「大丈夫よ。こんなすばらしい絵がかけるんだもん」
そういって、艶のある目で愛美を見た。その吸い込まれそうな澄んだ瞳に愛美はドキッとして慌てて視線を逸らせた。同性に見つめられてこんなにどきどきするのは初めてだった。
「ねえ、時々ここにきてあなたの絵を見ていい?」
美里が澄んだ瞳を愛美に向けた。
「う、うん、こんな絵でよければ」
愛美は戸惑いながらぎこちない笑顔を向けた。どうして桐生美里がいきなりそんなことを言い出すのか愛美には理解できなかった。
「じゃあ」と言って、美里が美術室から出ていこうとした。「ねえ、部活、何時まで?」
「えっ? えっと……五時には終わるけど」
「私、あなたともっとお話がしたいわ。今日、部活の後、私の家にお招きしたいんだけど」
「え、でも……」
「ご予定は?」
「特に……」
「じゃあ、決まりね。正門を出たところで待ってるから」
愛美が何か言おうとしたが、その前に美里が美術室を出ていった。愛美は強引な誘いに弱かった。他人の誘いをどうやって断ったらいいか分からないのだ。乗り気じゃなかったが、美里の誘いを断ることができなかった。
約束の時間が来たので、愛美は部活を終え、愛美は他の部員に挨拶をして美術室を出た。あの時、美里が本気で自分を誘っていたのか半信半疑だった愛美は、それでも約束通り正門をくぐった。門の前に止まっていた高級車の後ろのドアが開いた。
「櫻井さん」
中から自分の名を呼ぶ声が聞こえたので、車の近くに寄って中を覗くと、美里が乗っていた。
「どうぞ」
眩いばかりに磨かれた高級車だった。戸惑っている愛美に、車に乗るよう美里が促した。美里の澄んだ声に誘われるように愛美が車に乗った。美里が運転手に指示を出し、車が動き出した。
広い車内に豪華な内装、そして左ハンドル。おそらくかなり高価な車なのだろう。この少女の家は大金持ちに違いない。そう思うと、愛美は一層緊張してきた。
「あの……急にお邪魔していいのかしら」
愛美が恐る恐る訊いた。
「いいのよ。私が誘ったんだから」
どうも妙なことになってきたと思って、愛美は美里の横顔を盗み見た。
色白で鼻筋が通っていて、くっきりとした二重瞼。それに身体全体から大人の色艶を漂わせている。同性の愛美でさえ見とれてしまいそうだった。
急に美里が愛美の方を見た。目があったので、愛美が恥ずかしそうに俯いた。それを見て美里がくすりと笑った。
車の中では二人はほとんど無言だった。車が美里の家の前に到着した。豪勢な門構えに愛美が驚いた。門の前で車が止まると、重厚な門が自動的に開いた。
車が邸宅の中に入る。中は広い庭になっており、中央に噴水まで設置されていた。
「すごい。桐生さんちってお金持なのね」
「たいしたことないわ」
大きな屋敷の前で戸惑う愛美を手招きして、美里が玄関をくぐった。愛美が天井を見上げた。豪勢なホールの上で、シャンデリアがさまざまな色の光を放ちながら輝いている。奥から家政婦が出てきて、「お帰りなさい」と頭を下げた。美里は部屋まで飲み物を持ってくるように家政婦に言うと、目の前にある階段を上がろうとした。
「あの、あなたのお母さんにご挨拶をしたいんだけど」
「そんなことしなくていい」
返ってきた美里の声が妙に冷たかったのが、愛美には気になった。
「あら、お友達?」
背中から女性の声がしたので、愛美が振り返った。
「珍しいわね。美里さんがお友達をこの家に呼ぶなんて」
「はじめまして。櫻井です」
愛美が挨拶すると、母らしき女性がにっこりと笑った。
「いくわよ」
美里がそっけなく言うと、階段を上がっていった。愛美は美里の冷たい態度を不審に思いながら、その背中を追って二階に上がった。
美里の自室は広く、シックな内装が部屋全体を落ち着いた雰囲気に作り上げていた。ベッドの横にソファーが置かれてある。美里はそこに座る様に愛美に言った。
何を話してよいか分からなかった愛美は頭の中で会話の糸口を探したが、共通の話題がなかなか見つからない。家政婦がドリンクを部屋のテーブルに置いて、部屋から出て行った。
「不思議に思ってるんでしょ? 今まで言葉も交わしたことのない同級生にいきなり家に招かれて」
「えっ、ええ……」
愛美が正直に答えると、美里が笑った。
「私ね、ずっと前からあなたとお友達になりたかったの。あなたの絵を見た時からよ。父の会社が入っているビルのロビーで展示されていた絵の作者が、神戸愛和の生徒だと聞かされてから、こんな絵を描くの、どんな子かなって思ってたの」
「お父さんの会社って、あのビルのこと?」
愛美は絵の展示会場となった広いロビーを思い出した。
「ふふっ、ビル全部が父のものじゃないわ。十階のフロアを借りているだけ」
「でも、大きな会社なんでしょ?」
「大したことないわ。ただの輸入雑貨販売業よ」
「雑貨屋さんか。いいな、そんな仕事あこがれちゃう。私、海外の雑貨もの大好きだから」
「じゃあ、今度、父の会社の倉庫に連れて行ってあげる。珍しいものや可愛いものがいっぱいあるよ。原価で手に入るからお得だし」
「楽しそう。ぜひ行きたいわ」
いつの間にか緊張も解けて、愛美の口も本来の滑らかさを取り戻し始めた。
本棚の上に女性の写真が飾ってあった。愛美の視線に気づいた美里が、「私の本当の母よ」と言った。
「さっきの女は継母。九年前に父が再婚したの、あの女と」
さっきの女性を母と呼ぼうとしない美里に、愛美はこの家族の複雑さを感じとった。
「なんとなくわかるでしょ。私、あの女、嫌いなの」
そう言って美里がジュースを一口飲み、口を噤む。
美里との会話がまた途切れがちになってきた。何のために自分がここにいるのか分からなくなってきた。そろそろおいとますると切りだそうとしたとき、部屋のドアが開いて、小学生くらいの女の子が入って来た。
「雪菜、お姉ちゃんの部屋に入る時はノックしてね」
そう言って、美里が膝にしがみつく女の子の頭を撫でた。
「私の妹。腹違いだけどね」
美里は愛美を見て笑った。その笑顔は今日見た美里の表情の中で、もっとも穏やかで優しいものに感じた。
「お姉ちゃんが帰ってくるのを待ってたの。一緒にゲームしよ」
美里は甘えた声でじゃれついてくる雪菜を膝に乗せて、自分のジュースを飲ませた。
「何年生?」
愛美が尋ねると、雪菜が恥ずかしそうに二年生と答えた。
「可愛いわね。私、一人っ子だから、弟か妹が欲しくって」
美里に促されて部屋を出ていく雪菜の後ろ姿を見て、愛美が言った。
「あの子だけなの」
「えっ?」
「嫌いな女から生まれた子供だけど、私の宝物。私の生きがいなの、雪菜は。私にはあの子しかないのよ」
遠い目で呟く美里を愛美は不思議そうに見ていた。
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