バージン・クライシス

アーケロン

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 目の前がぼやけてきた。もう五時間ぶっ通しでパソコンの液晶画面を見つめている。背もたれに身体を預け、佐藤は目を閉じた。ぬるくなったパック入りコーヒー牛乳のストローを咥えた。甘ったるい味が口の中いっぱいに広がる。
 先週の撮影分の編集を終えるとすぐに次の編集に入る。稼げるときに稼いでおく。ホテル側もそのうち盗撮に気づくだろう。この仕事もいつまでも続けられない。
「少し休んだらどうだ?」
 音原が、アパートの前のファーストフード店で買ってきたハンバーガーとフライドポテトをテーブルに置いた。
 さっき、あの男から電話があった、とポテトを齧りながら音原が言った。
「あるオヤジと女子大生の密会現場を盗撮して欲しいんだと。百万の仕事だ」
「それって、ヤクザがらみ?」
「さあな。そこまでは聞いていないし、俺たちには関係ない」音原が缶ビールのプルトップを引いた。うまそうにビールを飲んで一息つくと、佐藤の横から画面を覗き込んだ。
「標的は不倫しているどこかの金持ちらしい。三流大の女子大生をマンションに囲っているんだとよ。ふたりの浮気がはっきり証明できる決定的瞬間を盗撮して欲しいとのことだ」
「探偵を雇えば、もっと安くつくよ」
「もちろん、興信所には依頼しているだろう。それでも決め手に欠けるので、俺たちにお鉢が回ってきたんだ。まあ、単なる浮気調査じゃないんだろうな」
「それって、そのマンションにいるときを狙えって事だろ。部屋での盗撮は難しいよ。ホテルでは照明を落とすだけだけど、自室では電気を消すだろうから。真っ暗になるし、高感度カメラを使ってもクリアな画像が取れない」
「女と男が浮気している決定的証拠が取れればいいんだ。鮮明な画像はいらないよ。マニアに売るわけじゃない」
 音原はハンバーグに齧りついた。
「男は毎週木曜日に女の部屋に来るらしい。今週やろう。空いているか?」
「うん、大丈夫」
 音原が横から画面を覗き込んだ。同じ様な映像ばかりだな。日本人は想像力が無さ過ぎる。そう言って、手に持ったハンバーグを口の中に押し込んだ。
「もっと変態チックなことする奴はいねえのかよ」
「平和な証拠だよ。アメリカ人みたいに過激な欲望に走ったら、今の日本、もっと酷いことになっているだろうね」
「お前は博愛主義者か」
 土日ともなると、発情したカップルが途切れることなく次々とラブホテルにやってくる。六つのパソコンを巧みに操作して六つの画面を器用に早送りさせていく。ホテルでのプレイといっても、半数は部屋を暗くするので商品にできない。
 ようやくまともな映像が出てきた。大学生のカップルらしい男女だった。カップルの情交映像が終わり、再び無人の部屋の映像になった。
 少し休憩しよう。佐藤はパソコンの前を離れ、テーブルの上においてあるハンバーガーに手を伸ばした。
「今ネットで女子高生のオークションが流行ってるらしいぜ」
 音原がそういって、ハンバーガーの最後の一切れを口に放り込んだ。
「中でもバージンのオークションが大人気らしい」
「バージンって?」
「まだ男とやったことのない女だよ」
「そんなことはわかってるよ。バージンのオークションって何?」
 佐藤はハンバーガーを手に持ったまま、齧るのも忘れて音原のほうを見た。
「バージンを対象にしたオークションサイトがあるんだ。完全な会員制で、金持ちたちが高い金払ってパスワードを買ってログインすると、日本のみならず海外のバージンの映像がアップされているらしい。それを見て金持ちたちが値段をつけていく。その辺りは通常のネットオークションと同じだな」
「その女の子たちって、つまり攫われてきた子?」
「まあな。中国語のサイトだから中国人の金持ちの変態相手のサイトなんだろうけど、日本人の変態親父たちも多数参加しているらしい。最近は暴力団が女子高生を攫ってきて売り飛ばしているって噂もある」
「今どき、女子高生のバージンなんて、いないよ」
「そんなこと、ないだろう」
「好みは人それぞれだろうけど、ブスじゃだめなんだろう? 売り物になるようなバージンなんていないよ」
「日本にはな。でも、インドや東南アジアには商品価値のある美少女バージンがわんさかいる。それを人身売買組織が誘拐してきてオークションにかけて売りさばいているんだ」
「酷い話だね」佐藤はようやくハンバーガーを一口齧った。
「でも、日本人の女子高生バージンは人気があるんだ。一種のブランドなんだろう。日本人の親父たちも憧れの女子高生バージンを捜し求めているんだが、それがなかなかオークションにあがってこない。お前の言うとおり、綺麗で可愛い女子高生のバージンなんて、いまどきいないからな。だから、オークションにあがってくると凄い値がつくらしい」
「そんなに高く売れるの?」
「数千万って値がつく場合も多いんだ。美少女バージンは男の永遠の夢だからな。クルーザーに高級外車に別荘をいくつも持っている、金と暇をもてあましているどうしようもない妄想親父たちの中に、熱烈なバージンマニアがそれほど多いってことだよ。連中は金に糸目をつけない。欲しいものは金を積んで強引に手に入れようとする。しかし、希少価値の高い絶品バージンはめったに手に入らない。絶滅危惧種だからな。それがさらに収集家魂に火をつけるんだよ」
「同じマニアとして、その気持ちはわかるけどね」
「連中は大金を払って買ったバージンをペットにするんだよ、犬や猫みたいに。まあ、風俗に売られるんじゃないから、大切にはしてもらえるんだろう。無理に犯したりはせずに、体中嘗め回して楽しむんだぜ、きっと」
 音原のおどけた表情に、佐藤が大笑いする。
「高い金払ってるから、女の子たちはバージンのまま置いておかれるんだ。飽きてくる頃には情が移っているから、妾にしてもらえるものもいれば、高い手切れ金をもらって解放されるものもいる。ひどい扱いは受けないよ。それで女が幸せになれるかどうかは別だけどな」
「僕が女なら絶対嫌だな。いくら大金持ちになれるとしても」
 しかし、佐藤は小躍りしたくなるような高揚した気分に浸っている自分に気づいた。金の匂いを感じているからじゃない。それはずっと昔、小さい頃に感じたことのある、未知の世界に対する憧憬に胸躍らせるときのときめきに似ていた。
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