バージン・クライシス

アーケロン

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 賑やかな商店街を脇にそれて細い路地を進む。店の前で緑色に怪しく光る看板が二人を迎えた。
「ここだよ」
 クアーズのドアを押すと、中から少女の嬌声とともにむっとした熱気が押し寄せてきた。店内の若い男女の視線が一斉にドアの前に立つふたりに降り注ぐ。
「あれ、佐藤じゃん」
 恭平の後ろに立つ佐藤を見つけた真司が、目を見開いた。
「あのグロかったDVDの礼に誘ったんだ」ドアの前に立ったまま店内を珍しそうに見ていた佐藤を、恭平が招きいれた。
「おう、あのDVDか。俺も見たぞ」
 大きなだみ声に驚いて、横に立っていた佐藤が店の奥を見た。悪友のケンジが派手な女と肩を組んで笑っている。先日ダイナマイトで引っ掛けてホテルに連れ込んだ女だった。恭平を見つけた女が小さく手を振った。隣のテーブルにはリョウタとヒデツグもいる。大蔵寮の極悪三人組だ。
「あれ、ひでえ映画だったな。本物の死体ってホントかよ」ケンジが鼻で笑うような声で言った。
「ホントだよ」そういって、三人組から最も遠いスツールに腰を下ろした。
「何なに、死体って」先日真司に抱かれたばかりのサヤカが好奇心みなぎる視線を佐藤に向けてきた。ただの張ったりだよといって、真司がサヤカの肩を抱いてテーブルに座らせた。
「この店は俺たちの溜まり場なんだ」
「ここって、お酒を飲むところだよね」
 佐藤が目の前の酒棚に落ち着きのない視線を泳がせていた。
「まあな。でも、昼間は喫茶店をやっててな。通っているうちにマスターと仲良くなったんだ。今日は定休日だから、火を使わなければ好きに使っていいって、マスターに言われてんだよ」
「池澤、ビール飲んでるよ」
 サヤカの腰を抱きながら、真司がコロナビールをラッパ飲みしている。
「この店はバーなんだ。酒くらい飲むさ」
 恭平に言葉に佐藤が苦く笑った。
「あの三人組、知ってるか?」
「スポーツ科の生徒だろ? 顔は見たことあるよ」
「真司と同じ柔道部だ」
「そうか、池澤、柔道部だったな。理数科の学生なのにスポーツ科と同じ部活で練習するなんて凄いよな」
「柔道は俺の生きがいなんだ」そういって真司がコロナビールのビンを高々と持ち上げた。
「インキン万歳!」
 ケンジが立ち上がって万歳をすると、残りの二人も立ち上がって真似をする。それを見ていた女の子たちが手を叩いた。
 ダイナマイトで声をかけて恭平がホテルに連れ込んだ女が、偶然サヤカと知り合いだった。パーティーの話を持ちかけると、サヤカに相談して二人の友人を連れてきた。四人の女の子たちにはすでに男たちが取り付いていた。
「女の子をもっと呼んだほうがいいな。男ふたりあぶれていてもしょうがない」
「僕は別にいいよ。お前の相手だけ呼べよ」
「まあ、いいか。そのうち誰か来るかもしれないし」
「佐々木さんや滝井さんは呼ばないのかい? いつも一緒にいるじゃないか」
「あいつらをこんなところに呼んだら、大騒ぎになるだろ」
「だろうね」そういって、佐藤が店にいる少女たちに視線を向ける。明らかに学校のクラスメートたちとは違う人種だということに、この男も気づいているはずだ。
「あれ、すげえ映画だったぜ。お前もいい趣味を持っているんだな」
 サヤカの腰を抱きながら真司が近寄ってきた。
「本当に本物の死体に見えたんだからな。蛆まで湧いてやがったし」
「何よ、それ」といって女がはしゃいだ。
「あれは本物なんだ。メイクであんな変化はつけられないよ」
 奥からリョウタとヒデツグが女を連れてやってきた。
「映画を撮ったやつ、殺人罪で捕まっちまうじゃねえか」
 リョウタが身を乗り出してきた。かなり出来上がっている。ふたりの女がカウンターに入って水割りを作り始めた。ケンジは奥の席に座ったまま、女の身体をなんとかまさぐろうと迫っている。
「警察には見つからないだろうね。死体の身元もわからないし、日本で撮影したんじゃないかもしれないし」
「私、知ってるぅ」
 サヤカが連れてきた少女の一人が口を突き出した。「お金出したら死体を用意してくれるマフィアみたいな裏組織が外国にあるんでしょ? 女の子をレイプしたいときも、お金出したら女の子を攫ってきてくれるんだって」
「マジぃ?」サヤカが甲高い声を上げて真司に抱きついた。
 ヒデツグが全員の水割りを持ってきて、一人一人手渡していった。
「よし、じゃあ、神戸愛和学園柔道部の将来を祝して乾杯だ」
 ケンジがグラスを上げた。俺たち関係ねえしと恭平が言うと、女たちが拍手をした。
「じゃあ、お前がなんか言えよ」ケンジが舌打ちした恭平を顎で指し示した。
「この街のバッドボーイズとバッドガールズに」そういってグラスを挙げると、全員が乾杯といってグラスを合わせた。
「面白いか?」
 戸惑いながら水割りを口にしようとしている佐藤の肩を叩いた。
「少し」そういって、水割りを飲み始める。
「お前も悪の仲間入りだな」
「こんなの、悪じゃないよ」
「言ってくれるねぇ」
「じゃあ、これは悪の極みだ」
 ケンジが手に持ったタバコを佐藤の前に突き出した。「特別なタバコだ」
 タバコとは違う甘い匂いが店内に漂う。
「マリファナだよね」
「よく知ってるじゃねえか。これは俺たちの儀式みたいなもんなんだ」
 そういってマリファナを差し出すケンジに苦笑いで返すと、佐藤がマリファナを指でつまんで口に咥えた。店にいた一同が「おおっ!」とどよめいた。煙を吸って息を止めた佐藤が噎せる。
「おお、やるじゃねえか」真司が寄ってきて佐藤の肩を叩く。たしかに吸い方がさまになっていた。
「頭がくらくらするよ」そういって佐藤が目頭を押さえた。
「これでお前も俺たちの仲間だ。いじめられたら言えよ。仇を取ってやるからな」
 リョウタが佐藤の肩を抱いた。
 それから全員がマリファナを吸い始めた。酒とマリファナでハイになった女の子が、上着とブラウスを脱いでブラジャー姿で踊りだした。それを見て佐藤も笑っている。
「お前、まだ童貞なんだろ?」
 すっかり出来上がっている真司が、佐藤の横に座った。
「ホントに? じゃあ、私が男にしてあげる」
 ブラジャー姿の女の子が佐藤に抱きついて騒ぐ。豊かな胸を腕に押し付けられ、佐藤は明らかに戸惑っていた。
「よし、今から二階で佐藤の筆おろしだ。ちょうど加齢臭のするマスターのベッドも空いているし」
 恭平がウイスキーのロックを空けた。みんなが手を叩く。佐藤が困った顔で抱きついている女の子を見ていた。
「まいったな。そういうのはちょっと苦手なんだ」
「誰もが通る通過点だ。お前も一生童貞でいる気じゃないんだろ」
 ケンジがはやし立てる。みんなが拍手する。
「じゃあ、何か面白い話をしてよ」佐藤の腕に抱きつく女の子がせがんだ。「その代わり、つまんない話するとみんなで二階に連れていって裸にひん剥いちゃうから。それから、ここにいる女の子全員でレイプしちゃうの」
「おおっ! じゃあ、俺をレイプしてくれ!」割り込んでくるリョウタを女の子が押し戻す。
「じゃあ……」
 マリファナでハイになった佐藤がみんなを見回した。
「僕は中学校のころ、いじめられていたんだ。持っていたパンとジュースを取り上げられて、お昼がなしのときも何度もあった。でも、僕は卑屈に笑っているしかなかった。
 俺のジュースを買ってきてくれ。金は後で渡すから。
 そう言って、お金が返ってきたことは無かったんだ。まあ、金額的にはしれていたけどね。だから我慢できた。
 ある日、あいつらに呼び出されたんだ。中学を卒業した二つ上の先輩とか言う奴がいて、金をもってこいと言って、ナイフをちらつかせたんだ。僕の同級生がその先輩に話したんだ、脅せば金を持ってくる奴がいるって。
 怖かったから、僕は貯金を少しずつ取り崩してその先輩に持っていったんだ。
 それから何度もその男に呼び出された。貯金がなくなると、親の財布からお金を取ったり、妹の小遣いを取ったりしてそいつに渡した。
 やがて親にばれて、凄く怒られたよ。親にあんなに怒られたのは初めてだった。
 僕は欝憤を晴らすため、虫を探しては殺した。それが蛙になって、猫になった。初めて猫を殺したときはぞくっとしたんだ。自分が凄く強くなったような気分になれたんだ。
 それから何匹も猫を殺した。
 ビデオに嵌まったのもその頃なんだ。猫を殺す場面を撮ったんだ。
 でも、そのうちつまらなくなってきて、次第に人間を殺したいと思うようになってきたんだ。
 小さな子供なら簡単に殺せる。でも、殺せなかった。かわいくて。子供に手を出すいかれた奴がいるけど、そんな奴らの気持ちがわからないよ。
 それから、僕は考えたんだ。どうせ殺すなら、悪い奴がいいにきまっているって。
 そして、まずは、いざと言うときに殺せるようにならないといけないと思ったんだ。
 DVDマニア仲間に元自衛官がいたので、その人にナイフの使い方を教えてもらった。それから、本を買ったりインターネットで調べたりして一人で自己流で練習したんだ。
 学校から帰ると、部屋で人を殺すことを想像しながらナイフを振る練習をしたよ。そのときが一番楽しかった。丸めた古い座布団を相手に練習をしたんだ。僕からお金を巻き上げた、あの憎い男の顔を思い浮かべてね。
 そんなとき、ダムにやってきたカップルを狙る暴走族の噂を知ったんだ。これしかないって思った。いてもたってもいられなくなって、わくわくしながら準備を整えたんだ。新しいナイフ、スタンガン、催涙スプレーまで揃えた。足がつかないように、連休を利用して東京の秋葉原まで買いにいったんだよ。まあ、ビデオ機材を買うついでだったんだけどね。
 車でダムの傍まで行って、闇に隠れて待ったんだ。車内に女物の服を置いてね。妹の下着をこっそり持ち出してきたんだよ。
 何日も待った。
 やっと暴走族がきた。ダムの入り口にバイクを停めて僕の車を覗くと、カップルがきていると勘違いしたのか、みんな奥に入っていったんだ。
 後を追おうとしたんだけど、一人、見張りに残ったんだ。ターゲットは決まった。僕は闇夜に乗じて近づき、隙を見てそいつにスタンガンを押し当てた。気を失った相手の身体を縛り、猿轡をして車のトランクに放り込んだときは、身体が震えたよ。汗で全身がびっしょりだった。
 車で深い山道に入ったんだ。そして、誰もいない山の中で、車から降ろした男の身体を、少しずつナイフで切り刻んだんだよ。
 最高だったよ。身体をプルプル震わせながら、そいつ、寒い、寒いっていいながら死んでいったんだ」
 いつの間にか、店内がしんと静まり返っていた。佐藤の目が完全にいっている。恭平は、背筋がこわばって身体を動かすことができなかった。
「それから、獲物を求めて夜の街をうろつくようになったんだ。でも、なかなかいい獲物が見つからなかった。次第に人を殺したいと思う願望を抑えきれなくなってきた。
 そんなある夜、DVD仲間の集まりがあって、帰りが遅くなったときがあったんだ。一人で盛り場を歩いていたら、あの男がバーから出てきたんだ。中学の時、僕からお金を取り上げていた先輩だよ。酔って大声をあげながら、道を歩いていたんだ。
 僕はナイフを持っていた。元自衛官って人に新しい技も教えてもらって身につけていた。
 男の後をつけたんだ。そっと後ろから近寄って声をかけた。あの男に間違いなかった。あいつの顔は忘れたことはなかったから。僕を覚えているかって訊いたんだ。誰だよ、お前は。そういって僕の胸倉をつかんできた。いっぱいお金をあげたのに、僕の顔を忘れていたんだ、その男は。本当に頭の悪い男だね。僕はその男を押し倒すと、ナイフを取り出して首を掻き切ってやったんだ。一言も発せずに身体を痙攣させながら、そいつは死んだよ。
 僕はやったんだ。ナイフをくいっと動かすだけで、あの憎かった奴をただの肉の塊に変えてやったんだ。あのときのナイフの感触は、今でも覚えているよ」
 佐藤はにやりと笑って一同を見回した。誰も声を出すことができなかった。
「もう、この辺でいいかな? 面白かった?」
「もしかして、はったりか?」真司が立ち上がった。
「この野郎! びびらすんじゃねえよ!」
 ヒデツグがテーブルを平手で叩いた。
「あれ? お前、びびってたの? 俺は嘘だと気づいていたぜ。第一、こいつ、車の運転なんてできねえし。高校生で免許も無いのに」
 リョウタの言葉に佐藤が笑った。
「そうだね。ちょっと、詰めが甘かったね」
 その言葉に場が一気に和んだ。
「佐藤っち、面白い!」
 ブラジャー姿のまま佐藤の横に座っていた女の子が手を叩いた。どこかで調べたり新聞で読んだりした事件を、自分がやったように話して聞かせたのだろう。
「はったりばかり言いやがって。でも、面白かったぜ。いい余興だった。こいつなんか、泣きそうになってたから」
 そういって、真司がサヤカを指差した。
「地味な奴だと思ってたけど、結構面白い奴だな」
 ケンジも佐藤のことを気に入ったようだった。
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