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しおりを挟む「凄く楽しそうだと思わない?」
昼食時に学校の食堂で二人を誘ってきたのは、いつものごとく玲だった。
「でも、高校生は出入り禁止なんでしょ? そんなお店」
優希は咥えていたイチゴオーレのストローを口から離して聞き返した。
「大丈夫。身分証のチェックとかないし、他の学校の子とかもいっぱいいるんだって。バイオリン教室で一緒の子が言ってたもん」
優希と玲の会話を聞きながら、玲のいつもの怖いもの見たさだと、愛美は思った。これまでは、彼女の好奇心のおかげで楽しい思いもしたし、わくわくする出来事にも出くわしてきた。しかし、今回は少々危険な場所だ。恭平に助けてもらったが、先日、あの近辺で怖い目にもあっている。
「お酒飲んだりするところでしょ? 学校にばれたらどうするのよ。停学になっちゃうよ」
優希が興味なさそうに言うが、内心はもっと玲が強引に誘ってくれないかうずうずしているに違いない。優希の顔を見て愛美はそう確信していた。
「じゃあ、来ないの?」
玲がそう聞くと、優希が少し考える仕草をして、「まあ、いいか。ねっ!」と笑って、愛美の肩を叩いた。
「えっ? 私も?」
八時を過ぎたころからクラブ・ダイナマイトの客も増えてきた。自分にはあまりにも場違いな場所に、愛美の足が震えてきた。結局、ふたりに押し切られて付いて来てしまったのだ。
優希も玲もどう振舞ったらいいのかわからない様子で、テーブル席に座って、フロアの方を向いて店内をきょろきょろ見回していた。
「な、何か買ってこようか」
玲がふたりを連れてきた責任感からなのか、戸惑う二人を気遣って震える声で言った。
「買うって、何をどうやって買えばいいの?」
そう言って、愛美がカウンターの方を見た。二人の男女がカウンターの中を忙しそうに歩き回ってきた。そのうちの一人の女性と視線が合った。意志の強そうな瞳をした、鼻梁がシュッと通った美人で、明るい茶色に染めたレイヤードをさらさら揺らしながらカウンターの中を動き回っていた。
「ねえ、やっぱり、帰ろうよ」
愛美が気弱な視線を玲に向けた。
「たいしたことないって。捕って食われるわけじゃあるまいし」
冷静さを装いながらも、玲もどこか不安げだった。
「ねえ、あのテーブルの三人連れ、さっきからこっちを見てるんだけど」
優希がフロアの向こう側のテーブルを怖々と指差した。金髪の毛を逆立てた男と、赤い髪をしたずんぐりした男が、こちらを見ていた。どこかで見たことがある気がしたが、思い出せない。その横でタバコを吸っている、長髪で鋭い目をした男と目が合い、愛美が慌てて視線をそらせた。
「おあっ?」
玲の奇妙な叫び声にふたりが肩をびくっと震わせた。玲が窓際の席を指差していた。
「何よ、びっくりするじゃない」そう言って、玲の指の先を見た優希が「あら?」と気の抜けた声を出した。
見間違いかと思ったが、間違いない。恭平と真司が、テーブルに向かい合って腰掛けている。
玲と優希が席を立った。状況を飲み込めなかった愛美も二人に続いて席を立ち、フロアを横切った。二人がこちらに気づいて驚いた顔をした。
「何やってんだよ、お前ら」
真司が驚いた顔を向けた。
「あんたたちこそ。それ、ビールでしょ?」
真司の持っている缶ビールを指差して玲が睨んだ。優希が恭平の前においてあったグラスを手にとって匂いをかいだ。
「これウィスキーじゃない!」
観念したように苦笑いを浮かべた恭平が、優希と愛美を交互に見る。テーブルの上の灰皿には、二人が吸ったとみられるタバコの吸殻が捨てられていた。
愛美はため息をついた。この辺りの盛り場で遊んでいる恭平のことだから、ある程度のことは予想していたので、現行犯で取り押さえてみても驚くことはなかった。
「時々、ちょっとタバコ臭いなって思うときあったんだけど、やっぱり」
愛美が、ばつが悪そうに作り笑顔を浮かべて身を竦めている恭平を睨んだ。
「なんだよ。櫻井、やっぱり恭平とキスしていたのか」
「ち、違うの! すれ違いざまタバコの匂いがしただけ!」
真司にからかわれ、いつものように愛美がむきになった。
「あんたたち、いつもこんなところで遊んでるの?」
玲が真司に聞く。たまにな、と真司が恭平を見て言った。
「こんなところでナンパとかしてないでしょうね!」
玲が浮気を勘繰るような鋭い目で真司を睨んだ。
「そ、そんなのしてねえよ、な、恭平」
「どうかな」
「あれ? お前、そんな事いっていいの?」
恭平と真司のやり取りを見て、「ふたりとも怪しい」と玲が言う。
フロアで踊る客がさらに増えてきた。優希はフロアで踊る客の姿を見てそわそわし出した。頼もしい男友達も一緒だと思うと、さっきまでの不安も消し飛んでしまったようだ。
「ねえ、踊りにいこうよ」
真司を睨みつける玲の手を取って、優希が言った。そうしろ、そうしろ、と、真司が玲の背中を押した。
「愛美も行こうよ」
優希の誘いを「踊れないから」と言って断った。
優希と玲がフロアの中央で楽しそうに踊り始める。
「あんなとこに放っておいていいのか? あれじゃ、ライオンの檻に入れられた羊だぜ」
「これもあいつらの社会勉強だよ」
恭平の言葉をクールに返して、真司がビールを飲んだ。
「鵜飼君、こんなところで遊ぶの、慣れていそうね」
横のテーブルに腰を下ろした愛美が拗ねた顔で恭平を見ると、恭平が困惑した顔で頭を掻いた。いつもクールな恭平もこんな顔をするときがあるのだと思うと、愛美は何となく楽しい気持ちになった。
「慣れるも何も、たいしたところじゃないよ。ハンバーガ屋とそんなに違わないって」
どこか誤魔化されているようなニュアンスに、愛美はわざと不機嫌そうな顔で恭平を見た。
「そんな目で見ないでくれよ」
恭平の懇願するような気弱な視線に、愛美は思わずくすっと笑った。
「なんだよ」
「別に。鵜飼君の困っていそうな顔が面白かっただけ」
「お前、意外と悪趣味だな」
愛美はまたくすっと笑ってフロアを見た。踊る二人の後ろのカウンターから女が出てきて、テーブルの上に置かれたままになってる空きグラスを集め始めた。さっき目が合った綺麗な女だった。女はグラスを集めながら、時折顔を上げてこちらのほうをちらちら見ていた。恭平と自分を交互に見ているようにも感じられた。
やがて女が空のグラスで一杯になった籠を持ってそばにやってきた。女が恭平を見た。
「可愛い子ね。引っ掛けたの?」
女が恭平に話しかけた。
「学校の子だよ」
女に向けた恭平のはき捨てるような言葉が、妙になれなれしいように感じた。
「彼女?」
女の言葉に、愛美がびくっとした。
「お前には関係ない」
恭平がそっけなくそういうと、女が冷たい視線を恭平に送ってカウンターのほうに戻っていった。
「誰なの?」
女の態度は明らかに客に対する態度ではなかった。恭平は黙ってウィスキーのグラスを空けた。
「あんまり、お酒飲まないほうがいいよ」
「そうだな。これでやめておくよ」
恭平がいつのも笑顔で答えた。しかし、目の前にいる恭平が自分の知っているいつもの恭平ではないように思えてならなかった。
フロアをみると、優希と玲がたちの悪そうな男に声をかけられているのが目に入った。ふたりとも困っているようだった。真司が腰を上げようとしたとき、恭平が真司の肩を押さえて制した。
「俺が行ってくるよ」
恭平はテーブルを離れて二人の元に歩いていく。愛美には恭平がその場から逃げ出したような気がした。
「池澤くん」
愛美が真司を見た。
「さっき来た女の人、鵜飼くんの知り合い?」
「あ、ああ。時々ドリンク買うときに喋ったりするくらいだけどな」
そんなはずはない。ふたりはかなり知り合った仲のはずだ。どこか落ち着きのない真司の様子も気になった。
フロアで恭平が男たちの間に割って入り、玲と優希の肩を押しながら自分たちのほうに戻ってきた。
「あんた、どうして助けに来ないのよ!」
玲が真司に噛み付いた。席に戻った恭平に話しかけようとしたとき、愛美はフロアの向こうの少女と目が合った。
「桐生さん?」
愛美の言葉に四人が一斉にフロアを見た。愛美に気づいた美里が、こちらを見て手を振った。
「一組の桐生さんじゃない。彼女もここの常連なの?」
玲が真司に訊いた。
「そうだ。あいつ、結構なワルかも」
そういって、真司が笑った。美里は肩の大きく出た赤いタンクトップのシャツに、黒いレザーのタイトスカートを履いていた。短いスカートから伸びた細くて長い脚が、薄暗い店内でひときわ目立っていた。
「あの子、すごく色っぽい格好してるわね。男もいっぱい知ってるって噂だけど」
優希が愛美の耳元で囁いた。
「そんな変なこと言うもんじゃないわ」
愛美は優希のおでこを人差し指で小突いた。もし彼女がここの常連なら知っているかもしれない。そう思って愛美は美里を見た。
愛美が学校の同級生たちとダイナマイトにいるのを見て美里は驚いた。あの品行方正で初心な女がこんなところに来るなどと予想していなかったからだ。愛美と一緒にいるのは、彼女と同じ二組の佐々木玲。もうひとりはいつも彼女たちと一緒にいる滝井優希だ。彼女たちの横に座っている鵜飼恭平と池澤真司との繋がりも気になった。
とにかく、この連中と一緒にいるところを見られて、愛美にへたに警戒されてしまうのもつまらないことだ。美里は横にいる武藤たちから静かに離れた。
フロアの隅を通って愛美がこちらにやってきた。
「あなたとこんなところで会うなんて、思いもよらなかったわ」
美里が近くにきた愛美に声をかけた。
「うん……滝井さんや佐々木さんに誘われて来たの」
そう言って、向こうのテーブルにいる恭平たちを見た。
「鵜飼君や池澤君のこと、知ってる?」
愛美が美里に聞いた。
「知ってるわ。うちの学校の問題児でしょ?」
美里の言葉に愛美が笑った。
「あなた、あの二人と仲がいいの?」
美里が恭平と真司のことを訊くと、愛美が頷いた。
「鵜飼君や池澤君とはここでよく会うの?」
今度は、愛美が美里に訊いた。
「ええ、何度か」
「鵜飼君って、あのカウンターの中の女の人と仲がよさそうなんだけど、あの人とどういう関係か、桐生さん、知ってる?」
美里はカウンターの中で働く女を見た。いつも恭平と言葉を交わしているが、仲がいいようには見えなかった。美里は黙って愛美の横顔を見た。愛美は不安げな瞳でカウンターの中の女を見ていた。その様子を見て、美里は愛美の恭平に対する気持ちに気づいた、
「櫻井さん、あの人のこと気になるんだ」
「気になるってわけじゃないんだけど……」
恥ずかしそうに俯く愛美に、美里が容赦なく言った。
「あの人、鵜飼君の恋人なの」
愛美の顔が一瞬にして固まった。愛美の視線が定まらず宙をさまようのを見て、美里はほくそ笑んだ。
「この前、そこのフロアで抱き合ってキスしていたわ。結構、深い仲なんじゃないかしら」
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