バージン・クライシス

アーケロン

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 白い天井に雨漏りのような染みが広がっていた。ベッドに縛り付けられたことはぼんやりと覚えている。埠頭で男たちに襲われそうになった。それから、恭平にベッドに縛り付けられ、その時、恭平を怒鳴りつけた。所々の記憶がはっきりしているものの、なぜそんなことになったのか、時間を追って正確に思い出せない。
 美味しそうな匂いが漂ってきたが、腹は空いていなかった。そういえば、昨日の昼から何も食べてない。
「目が覚めた?」
 レイヤードカットのほっそりした綺麗な女。愛美は自分を覗き込む女に見覚えがあった。恭平の恋人だ。
「縄を解いてください」
 愛美は女を睨んだ。理由はわからないが、こんな姿をさせられるのは余りにも理不尽だと思った。
「ごめんね。もう少し我慢して」
「どうしてこんなことをするんですか?」
「はっきりしたことはいえないけど。あなた、変な薬を飲まされたの。だから、その薬が抜けるまで、身体を拘束しておく必要があるの。あなたは大丈夫そうだけど、その薬を飲むと、拘束を解いたとたんに暴れ出す人も多いから」
「じゃあ、トイレに行かせてください」
 愛美は女を睨んだまま言った。
「オムツをしているから、その中にして」
 オムツと聞いて、顔が熱くなった。この女が自分にオムツを履かせたのかと思うと、恥ずかしさのあまり、急に女の顔をまともに見ることができなくなった。
「気にしないでいいの。私、こんなこと、しょっちゅうやってるから。夕方には自由にしてあげるから、それまで我慢して」
 女は愛美の身体に布団をかけ、立ち上がるとキッチンに向かった。
「大きいのもそこでしていいから」
 愛美のほうを振り向いて女が悪戯っぽく笑った。
「そんなの、できません!」
 愛美は耳まで真っ赤にして叫んだ。昨日から何も食べてなくてよかったと思った。
 尿意が急に激しくなってきた。我慢の限界だったが、ベッドの上でオムツの中に出すなんて恥ずかしすぎる。
 女がミネラルウォーターのペットボトルを持ってそばにやってきた。
「のど渇いたでしょ?」
 女は愛美の首をそっと持ち上げ、口元にペットボトルの飲み口を近づけた。水は冷たくて美味しかった。
 強まる尿意を必死で我慢して、両方の太腿をぎゅっと閉じたり、ひざを頻繁に浮かせたり擦り付けたりして、尿意に抗った。
「おしっこしちゃいなさい。どうせ我慢できないんだから。膀胱炎になるわよ。むこうにいっててあげるから」
 女が立ち上がってその場を離れた。
 もう限界だった。堰を切ったように愛美はオムツの中に放尿した。排泄の快感に思わず身震いした。尿がオムツに吸収される感じが心地よかった。出し切ってしまうと、オムツの中が一気に蒸れてきて、下半身が不快感に包まれた。赤ん坊がオムツに放尿したとき、気持ち悪くて泣き出す気持ちがよくわかった。
「終わった?」
 キッチンから顔を出した女に向かって、愛美は恥ずかしそうに頷いた。女はウェットティッシュと替えのオムツを持って、ベッドにやってきた。
 下半身に掛けられていた布団をふわっと取り、女は愛美のオムツに手をかけて足から抜いた。恥ずかしさの余り、愛美は目を閉じた。女がウェットティッシュで尻と性器を拭いた。ひんやりとした感覚に、また身震いする。
 この美しい女に、今、自分の恥ずかしいところを見られ、拭われている。そう思うと、なぜか愛美の胸が高まってきた。
「さあ、終わったわ」
 新しく履かせたオムツをぽんっと叩いて、女が立ち上がった。玄関がガチャリと開く音がして、部屋の入り口から長身の若い男が顔を出した。ランニングでもしてきたのか、全身汗まみれで、まだ息が荒かった。
「いや……」
 愛美は顔を引きつらせ、身を捩ったが、オムツをつけた恥ずかしい姿を隠すことはできなかった。
「大丈夫。こう見えても、この子、女なの」
 そういって、その‘女’の後ろに回ると、トレパンを両手で掴んで、ショーツごと一気に引き降ろした。
「早紀!」
 彼女が叫んでその場にしゃがみ込んだ。
「ね、ついてないでしょ」
 確かに女だった。早紀という女はけらけら笑いながら、クローゼットからタオルと服の着替えを出して長身の女に渡した。女は赤い顔で早紀を睨みながら、足に絡まったトレパンを元の位置に引き上げ、着替えとタオルを受け取ると、「シャワーを浴びてくる」といって、部屋を出て行った。

 午後四時過ぎに、愛美の拘束がようやく解かれた。
 佳織と早紀がテーブルの上に料理を盛った皿をキッチンから持ってきて並べていったが、愛美は恥ずかしさのあまり、部屋の隅で足を抱え、黙って蹲っていた。
「さあ、一緒に食べよ。少し早い夕食だけど、私たち、これから仕事なの」
 早紀に呼ばれ、愛美は恥ずかしそうに立ち上がってテーブルについた。佳織が小皿に料理を適当に取り分けて愛美の前に置いた、愛美は黙って皿に盛った料理を箸でつまみ、一口齧った。
「あ、おいしい……」
 思わずつぶやき、赤面して二人を見る。
「美味しいでしょ? 私と佳織で作ったのよ。この子、意外と料理上手なの」
「意外とは何だよ」そういって、佳織が早紀の頭を小突いた。
 その様子を見て、愛美はくすりと笑った。愛美は佳織の顔をそっと盗み見た。宝塚の男役のような、長身のすっきりした美人だと思った。
「素敵な人……」
 愛美は佳織を見て小さい声で言った。そして、また顔を熱くして俯いた。
「ありがとう」
 佳織がにっこり微笑んだ。
 早紀と佳織が楽しく雑談しながら、仲睦まじくご飯を食べさせ合うのを見て、愛美も次第に楽しい気分になってきた。しかし、時折、愛美の存在など無視するかのように、佳織が冗談で早紀の胸の隙間に手を入れたり、キスしたりするので、その度にドキッとして視線を逸らせた。
「おふたりは本当に仲が良いんですね」
 早紀と佳織が他人の目も憚らず仲睦まじくするのを見て、愛美が微笑んだ。
「私たちって、そういう関係なのよ」
 初め、愛美には早紀の言葉の意味がわからなかったが、はっと気づいて言葉を詰まらせた。
「でも、早紀さんって、鵜飼君の恋人なんじゃないんですか?」
「彼とは別れたわ」
 愛美を見て早紀が笑った。
「どうしてですか?」
「あいつは私とは合わないの。人種が違うのよ。お互い好き同志でもどうにもならないことってあるのよ」
 早紀が愛美の髪をすっと撫でた。
「でも、彼、あなたとならうまくいくかもね」
 早紀にそう言われ、愛美は顔を曇らせた。うっすらと膜が張ったように瞳が潤んできた。
「私、彼に酷い事言っちゃった。それに、自分の醜い姿も見せてしまったわ。私と桐生さんがどういう関係になってしまったのかも知られたし。もう、鵜飼君と顔を合わすことなんてできない」
 そう言って、愛美は俯いて静かに泣き出した。
「大丈夫。彼、そんなこと、なんとも思ってないわ。それに、お昼に彼から連絡あったの。心配そうにしていたわ。あなたのことを大事に思ってるのよ」
 早紀はビールを飲んだ。
「でも、鵜飼君、私なんかよりずっと大人で……。私、彼と何をしゃべっていいのかわからないの。何をしてあげたら嬉しいと思ってくれるのか、どんなことをしてあげたら喜んでくれるのか、わかんなくって……」
「そんなこと、気にすることないわ。男なんて皆同じ。単純でえっちでわかりやすいんだから。今から、あなたに男とは何かということをレクチャーしてあげるわ」
 横で佳織が噴き出すのを見て早紀も笑った。愛美もくすくす笑った。
「もう、あの桐生って子に近寄っちゃだめよ。これは約束よ。あなたと私たち、それと、彼のためにもね」
 早紀の言葉に愛美が大きく頷いた。
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