バージン・クライシス

アーケロン

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「武藤です。あのバージンを捕まえました」
 武藤は、美里の携帯の電源が切れていることを確認してから黒崎に電話した。今、摩耶埠頭の倉庫に連れ込んで佐川が見張っているから、すぐに来て欲しいというと、黒崎が興奮した口調で、すぐに行くから今度は絶対に逃がすなと叫んだ。
 武藤は倉庫に入った。薄暗い倉庫内を奥に進んで事務室のドアを開けると、部屋の隅の暗がりに佐川と誠が蹲っていた。二人が手に持つサバイバルナイフの先が震えていた。武藤はポケットからタバコを出して咥えた。ライターの炎に照らし出された武藤の不気味な顔を見て、誠の手の震えが更にひどくなった。
「びびるんじゃねえ。シャブ喰っとけ。度胸が出るぜ」
 武藤が事務机に座ると、佐川が立ち上がって、ポケットから三人分のパケを出し、机の上に並べた。武藤がパケを開けて中身をスプーンの上に出し、慣れた手つきで水に溶かして腕に打った。
「あの野郎も今日で最期だ。ぶっ殺してやる」
 武藤が覚せい剤の快感に身を震わせながら、にやりと笑い、注射器を佐川に渡した。佐川の後に誠もシャブを打った。
「どうだ、誠、元気になったか?」
「不安なんて吹き飛びましたよ。あの野郎、絶対ぶっ殺しましょう」
 ハイになった誠が口元からよだれを垂らしながら武藤を見て笑った。
 三十分ほどで黒崎が登場した。予想に反し一人ではなかった。車の後部座席に中年の男が大事そうに大きなバッグを抱えて座っていた。客の男だ。こいつは飛んだボーナスが転がり込んできた。武藤がにんまり微笑んだ。
「こっちです」
 暗がりの中を武藤が先頭に立って二人を案内する。歩きながら、武藤は後ろの二人に気づかれないようそっと腰のベルトを外した。
「ここです」
 武藤が事務所のドアを開けて脇によけた。黒崎が先に部屋に入った。
「暗いな。電気をつけろ」
 暗闇に目がまだ慣れていない黒崎が、部屋の中央で立ち止まった。
 客の中年男が続いて事務室に入ろうとしたとき、武藤はいきなり後ろからその中年男の首にベルトをかけ、力任せに締め上げた。
「何しやがる!」
 黒崎が気づいて武藤に飛びかかってきた。黒崎が背中を見せるのを見て、サバイバルナイフを腰に構えた誠と佐川が暗闇から飛び出して、黒崎に当て身を食らわせた。
 黒崎は悲鳴をあげて倒れた。背中から血が流れて床を赤く染めた。佐川が、転げて仰向けになった黒崎に馬乗りになり、腹にナイフをつきたてた。
「この野郎!」
 黒崎が腰に差した短刀を取り出して佐川の脇腹に刺し込んだ。佐川が悲鳴をあげて倒れ、床を転げまわる。
「誠、しとめろ!」
 中年男の首を絞めながら、恐怖で立ちすくんでいた誠に向かって武藤が叫んだ。誠は、立ち上がれずに床にひざをついている黒崎を蹴って倒すと、馬乗りになり、狂ったようにナイフを突き立てた。やがて、黒崎は身体を痙攣させながら絶命した。
 武藤に首を絞められていた中年男は、一言も発することなく、失禁して絶命した。
武藤は男を床に投げ出し、男の持っていたバッグを開けた。
「見ろよ、四千万だ」
 武藤は誠を見てにたりと笑った。誠は床に尻をつけて、足を前に投げ出して呆然となって座っていた。服が血まみれになり、足が震えている。
 武藤は、床に転がったまま動かない佐川に近寄った。あたり一面を血に染め、その血の海の中で佐川が絶命していた。
「運がなかったな、お前は」
 武藤は佐川の遺体に向かってポツリと呟いた。そして、誠に一緒に来るように言った。
 金の入ったかばんを持つと、百万円の束を二つ取り出し、黒崎の遺体の上着のポケットに押し込んだ。
「どうして、そんなことするんです?」
 真っ青な顔で問いかける誠を無視して、武藤は出口に向かった。誠が慌てて追いかける。ふたりは倉庫から出てシャッターを下ろすと、黒崎が乗ってきたベンツをその場に残し、乗ってきたカローラでその場を離れた。
「佐川さんをあのままにしとくんですか?」
 走り出したカローラの中で、誠が武藤を見て恐る恐る聞いた。
「あいつには悪いが、そのほうが好都合だからな」
「好都合?」
 誠が何を言っているのかわからないという顔をしたので、武藤がじれったくなった。
「わかんねえのかよ。あの状況じゃ、兄貴とケンがやりあったってことになるんだよ。あのスケベ親父から金を奪おうと画策して、あの倉庫に連れ込み殺した。その後、どちらかが金を独り占めしようとして、二人が殺しあったって筋書きだ。何のために兄貴の服に金を残してきたと思ってたんだ?」
 武藤は得意そうにまくし立てた。
「そうか!」
「へへ、ざまあ見ろ。あとは、なんとしてでもあのバージンを探し出して、俺のルートで売り捌いてやる。この奪った金とバージン売り飛ばした金で、しばらくのんびりできらぁな」

 やがて、武藤と誠は、ネオンに輝く神戸の町に着いた。
「誠、美里に電話して呼び出せ。この時間なら携帯の電源を入れているだろう。バージンの居場所を聞き出すんだ」
 武藤の指示で、誠が携帯で美里に連絡をした。
「小便してくる」
 武藤が車を止めて外に出た。それと同時に美里とつながった。
「オイ、美里、やったぜ」
 誠は得意げだった。
「やったって、なに?」
 相変わらず美里の対応はそっけなかった。
「あいつを殺した。黒崎の兄貴さ。俺がやったんだ」
 電話の向こうで美里が息を呑むのがわかった。
「実を言うと、ケンと二人でやろうとしたんだが、ケンの奴、兄貴にやられっちまったんだ」
 自分の手柄を大きく見せようとして、あえて武藤の名前は出さなかった。武藤も入れた三人でやったというと、逆に根性無しだと軽蔑されると思ったからだ。
「約束、覚えてるよな?」
「約束?」
 誠がじれったくなって、声をあげた。
「兄貴を殺したらやらせてくれるって、いったろ?」
 あっと小さく叫ぶ美里の声が聞こえた。
「約束通り、やらせろよ」
 誠は語気を荒げた。ここで気弱になっては負けなのだ。
「いいわ……」
 美里は小さくつぶやくように言った。
「ダイナマイトで待っていて。今すぐ行くわ」
 そういって、美里は電話を切った。

 そうか、黒崎は死んだのか。
「それにしても、本当に馬鹿な男ね」
 誠からの電話を切り、美里はほくそ笑んだ。そして、黒崎と佐川と誠の顔を交互に思い浮かべた。
 美里は引き出しを開けて、黒い手帳を取り出した。昨年まで黒崎が使っていた手帳だった。何かに使えるかと思い、黒埼がごみ箱に放り込んだ古い手帳をこっそり取っておいたのだ。美里は、黒崎の仲間に電話をかけようと、手帳に記載してある電話番号を押した。
 吾妻という男はすぐに出た。
「誰だ、お前。なんでこの番号を知っている」
 電話の向こうから、獣が唸るような低く響く湿った声がした。
「私、黒崎の知り合いよ。彼ね、さっき殺されたの。摩耶埠頭の倉庫で。たぶん、そちらの組関係者が使っている倉庫だと思う」
「本当か? 殺った奴はわかってんのか?」
「彼が今まで顎で使ってた、吉川誠って男。その男、もうすぐ三宮のクラブ・ダイナマイトに顔を出すと思うわ」
 そういって、電話を切った。そして、これから殺される若い男のことを思い浮かべた。
「お姉ちゃん」
 ドアを開けて雪菜が飛び込んできた。
「今日、お姉ちゃんと一緒に寝てもいい?」
「いいわよ」
 潤む瞳で自分を見つめる妹の小さい身体を抱きしめた。そして、雪菜のおでこにキスをした。

 誠ははやる気持ちを抑えながら小走りでダイナマイトに向かっていた。女を買ってくるといって、新開地の武藤のアパートを抜け出してきた。これから起こることを想像すると、股間が固くなって歩きにくくなった。
 ダイナマイトの前まで来て、誠は咄嗟に電柱の陰に身を隠した。見覚えのあるやくざが入り口付近に立って、出入りする客の顔をチェックしていた。
 まさか……。
 ばれているわけはない。
 しかし、どこか危険な匂いがする。やばい橋を渡り始めてから、いつの間にかそういったことに対し、嗅覚が鋭くなっていた。
 危険を感じる。来た道を戻ってビルの影に入ると、誠はダイナマイトにいる仲間に電話した。
「おまえ、なにやったんだ?」
 連絡のついた仲間が、好奇心を漲らせた口調で聞いてきた。
「やくざがお前のことを探しているぜ。隠すとドラム缶に詰めて海に沈めるぞって、さっき脅されたよ。かなり気合入っていたから、お前、やばいかもよ」
 誠は電話を切った。間違いなくばれている。誠は盛り場の人混みを掻き分けて武藤の待つ新開地のアパートに向かった。それっぽい男が歩いてくると、慌てて横道に身を隠れた。辺りを用心しながら、ようやくアパートにたどり着いた。
 武藤は上機嫌で、高校生風の女と酒を飲んでいた。シャブを喰わせてセックスした後らしく、女は裸でまだ意識が朦朧としているようだった。テーブルの上には奪った札束が積まれていた。
 誠は、武藤の耳元で、黒崎を殺した件が組にばれていると報告した。
「あいつら、もうすぐここにもやって来るな。こうなったら、上等きって来る奴は全員ぶち殺してやる!」
 武藤はテーブルの上の金をバッグに放り込むと、誠をつれてアパートを出た。

「どう落とし前をつけるんだ?」
 武藤の携帯に黒崎の兄弟分の吾妻から電話が入ったのは、中国自動車道の三田インターに入ろうとしていたときだった。
「俺は本物じゃありません」
「なくったって、俺たちとつるんでいる以上、俺たちのルールに従うのは、しかたねえことだろ」
 誠は車の中から外で話す武藤を不安そうに見ていた。
「三人の死体は俺たちが片付けておいた。警察沙汰にはしねえ。あの倉庫をじっくり調べられるとやばいからな。組に黙って勝手なことをやっていた黒崎にも落ち度はあるが、組のもん殺されて黙ってるほど、俺たちはお人よしじゃないんだ」
「じゃあ、どうすればいいんです?」
「吉川は神戸港に沈んでもらう。お前はエンコ飛ばせ。吉川はお前の舎弟だろ? てことは、お前がけじめをつけなきゃ、ならねんだぜ」
「嫌ですよ。第一、誠は俺の舎弟じゃなく、死んだ佐川の舎弟ですよ」武藤は咄嗟に死んだ佐川に責任をなすりつけた。
「そんな言い訳が通ると思ってんのか!」
 電話の向こうで吾妻が怒鳴った。
 どうやら自分は容疑者から外されているようだ。しかも、死体はもう出てこない。誠が死ねば、誰も武藤が絡んでいたとはわからないだろう。
「じゃあ、俺が誠を探し出して殺ります。これでどうですか?」
 武藤が吾妻に言った。しばらくの沈黙の後、吾妻が口を開いた。
「いいだろう」
 吾妻が電話を切ろうとしたとき、武藤が話しかけた。
「吉川誠をきっちり始末できたら、俺を組に入れてくれますか?」
 吾妻はしばらく考えた後、「考えておく」といって、電話を切った。
 武藤が車に戻ると、誠が不安を顔に漲らせて武藤を見た。
「俺たちが兄貴をやったってことがあいつらにばれてる」
「くそ! 美里が密告したんだ」
 そういって、誠は慌てて口を閉じた。
「美里に言ったのか?」
 誠が頷くと、武藤はその頬を殴った。
「すんません!」
 誠は目に涙を浮かべて必死で謝った。
 自分が容疑者に入っていないところを見ると、誠は美里に自分のことは言ってないようだ。しかし、いつ綻びが広がるかわからない。美里も始末して後の憂いを断っておいたほうがいいだろう。とにかく、誠を殺せば正式にヤクザになれる。そうなれば、生意気な女子高生の一人を消すことなど造作もないことだ。
「誠、心配すんな。きっと逃げ切ってやる」
 そういって、武藤は誠の肩を叩くと、車を走らせた。

 二人は三田の真っ暗な山道を走った。車の中でシャブを打った二人は眠気も吹き飛び、上機嫌だった。
「なあ、誠、女とやりたくねえか」
「俺はいつでもビンビンっすよ」
 誠がそういうと、二人で笑った。
「この辺りの民家、一軒一軒覗きながら、若い女のいる家探そうぜ。それから親をぶっ殺して娘を犯すんだ」
「いいっすねぇ」
 シャブで気が大きくなっている誠が機嫌よさそうに笑った。
「あの家はどうだ?」
 畑の真ん中に民家が一軒立っていた。一階の窓に明かりが点っていた。
「隣近所に他に家はないし、こんな暗がりじゃ、誰にも見つからねえや」
 武藤は離れたところに車を止めた。
「お前はシャブが効き過ぎてる。俺が行って見てきてやるぜ」
 武藤が車を飛び出した。そして、しばらくすると戻ってきて、興奮気味に言った。
「乳のでかい女子高生みたいなのがいるぜ。それに、家にはじいさんとばあさんしかいねえ」
「それって、チャンスっすよね」
 誠が車から降りた。二人はゆっくり民家に忍び寄っていった。武藤が納屋を指差した。そこに隠れてチャンスを待とうといった。
 二人は納屋に入って扉を閉じた。
「楽しみっすね。どんな女か見てきていいっすか?」
 そういって、振り向いた誠の首に納屋にあったロープを巻きつけると、武藤は力任せに締め上げた。誠が苦しみながらもがき、暴れた。失禁して床に尿をこぼす。やがてぐったりとした誠の身体を地面に倒すと、武藤は静かに納屋から出ていった。
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