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日曜の夜、ふらりと部屋に戻ってきた愛美を、優希は泣きながら抱きしめた。前日の恭平の慌てぶりから、愛美の身に何かとんでもないことが起こっているのだと察して優希も必死で行方を探した。その日の夜、恭平から愛美は無事だとの連絡を受けてひとまず安心はしていたものの、不安な夜を過ごしたのだった。
「心配かけてごめんね」
愛美は、自分の身体を離そうとしない優希の頬の上を流れ落ちる涙を拭った。そして、泣き止んだ優希をベッドに座らせると、新しい友達ができたと嬉しそうに報告した。
翌朝、いつもより食欲旺盛の愛美を優希が呆れ顔で見ていた。
午後一番の授業は化学の実験だった。理科準備室に向かっているとき、前から美里が歩いてきた。愛美はびくっとして足を止めた。
「どう? 元気になった?」
まるで他人事のように話す美里の顔を、愛美は不快感を露にして睨みつけた。二人の不穏な雰囲気に、廊下を歩く生徒が視線を向けてくる。
「もう、あなたとは話したくない。私に近づかないで」
そういって、美里の脇をすり抜けようとした。美里が愛美の腕を掴んだ。
「離してよ」
「あなた、忘れたの? あんなに愛し合った仲じゃない」
そう耳元で囁いて、妖しい瞳で愛美を見つめた。愛美は動揺してその場で固まった。周りを歩く生徒たちの視線が気になる。
「今日、うちに来て」
「い、いや……」
美里の柔らかい手の感触。細くて長い指。あの指に触れられて、何度も蕩けてしまった。いつの間にか胸が高まり、額に汗をかいていた。
「じゃあ、いつもの時間に。正門で待ってるから……」
そういって、美里は去っていった。
美里は愛美の絹のようなきめの細かい肌を思い出していた。あのしっとりとした綺麗な身体にもう一度触りたい。男に穢させるなんてもったいない。同性とはこれまで何人も関係を持ってきたが、そんな気持ちになったのは初めてだった。
元々黒崎の命令で始めたバージン狩りだった。金が目当てだったのに、いつの間にか手放すことを惜しいと感じていた。もう、黒崎はいないのだ。愛美をどうしようと自分の自由だ。
美里には、愛美を再び自分の元に戻ってこさせる自信があった。その自信がなければ、鵜飼恭平を呼んで愛美を助けさせようなんて手段には出なかった。
覚せい剤の誘惑には誰にも抗えない。特に愛美は最高の快感を覚えてしまっている。美里は自分の指を見た。今頃、この指に弄られたことを思い出しながら、あの美しい処女は身体を疼かせているだろう。放課後が楽しみだ。
しかし、気になるのはあの場に現れた二人組の男たちだ。かなり手慣れた連中だった。
彼らは明らかに愛美を連れ去ろうとしていた。どうして愛美のことを知ったのか。
ここ一週間ほど、陰から自分に向けられる不快な視線を感じていた。男どものもの欲しそうな視線には慣れているが、そんなものとは全く違っていた。射抜くように冷めたく危険な視線だった。そしてその視線は、学内だけでなく、学校の外に出てからも、そして家出少女を薬に漬けるために使っている古アパートの中にいても全身にまとわりついてきた。
その視線を感じるたびに辺りを見回したが、怪しい影は見あたらなかった。最近は自分の部屋に居てもどこかから見られているようで落ち着かない。
誰かに監視されている。それも、かなり手慣れた連中に。おそらくあの二人組が監視していて、金になるバージンの存在を嗅ぎつけたのだ。
その鋭い視線は昨日から消えていた。しかし、油断のならない連中だ。用心したほうがいい。
「今日の新聞見たぜ」
電話に出るなり、吾妻は武藤にいった。三田市の山中にある民家の納屋で吉川誠の絞殺死体が見つかったことは、翌日の夕刊に掲載された。
「今からうちに来いよ。親父に紹介するから」
組に入れてやるという吾妻の言葉を武藤が遮った。
「その前に、もうひとつ、落とし前をつけなきゃならねえ奴がいるんで」
元はと言えばあのバージンを美里が隠したことから起こった騒動だ。なのに、美里だけ安全なところで足を組んで事の成り行きを澄まし顔で見物している。あの女はいつもそうだ。
これまでの美里の態度を思い出し、いらついた気分で武藤はタバコを吸った。黒崎に暴力を振るわれたり、皆の前で陵辱されたりする美里の姿は痛々しく、同情したときもあった。しかし、兄貴分の女だからというだけで、まるで見下すような眼でいつも武藤たちを見ていた。今頃旨い飯食って男に抱かれてぬくぬくと過ごしていやがるんだ。あの女はふざけている。世の中をなめるんじゃねえ。
以前、黒崎の命令で美里を家まで送ったことがあるので、家がどこなのかは知っていた。武藤は美里の実家の前にカローラを止めた。そのとき、門が開き、中から高級外車が出てきた。悠然とした門構えの大邸宅。自分とあまりに違う生活をしている美里に、武藤は怒りを覚えた。
どうやって美里をおびき出すか思案していると、一輪車に乗った小学生くらいの少女が門から出てきた。
武藤は車を走らせ、少女の先に出ると、車を降りて少女に声をかけた。
「ねえ、そこの家の子?」
少女は別に警戒する様子もなく、武藤の顔を見た。周りには誰もいなかった。
「桐生美里さんって知ってる?」
「お姉ちゃん」
武藤は目の前の少女が美里の妹だとわかり、ほくそ笑んだ。
「お姉ちゃんがね、すぐに来て欲しいって言ってるんだけど、どうする?」
姉の名を聞き、嬉しそうに顔を緩めた美里の妹は、何の疑いも持たずにカローラの後部座席に乗り込んだ。
「また来てくれて嬉しいわ」
ソファーに座って俯く愛美を、美里は妖しい目でなめるように見た。固く閉じた愛美の小さい両膝が微かに震えていた。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない」
テーブルのドリンクを一口のみ、愛美の横に座った。
「寄って来ないで……」
「そんなこと言われたって、ここは私の部屋なのよ」
愛美は身動きせずに固い視線でテーブルの上を凝視していた。
あの快感を知ってしまった以上、誘惑に逆らうことなんて出来ない。学校の廊下であれほど拒んでいた愛美が待ち合わせ場所の正門にやってくるのを見たとき、美里はこの美しい女を再び自由に出来ると確信した。
愛美の長い髪を撫でた。
「さ、触らないで!」
愛美はそういうと、身体を強張らせた。
「どうしてそんなに邪険にするの? そんなに嫌なら、ここに来なけりゃよかったじゃない」
美里の意地の悪い言葉に何も反論できず、愛美は黙ったまま俯いていた。
「いくら誤魔化そうとしてもダメ。あなたがここに来たのは、私に抱かれたいからよ」
「そ、それは……違う……」
「違わないわ」
美里がぴしゃりというと、愛美は再び沈黙してしまった。
美里は妖しく微笑むと、ソファーから立ち上がって愛美の前の床に膝をついた。そして、愛美の足に手を伸ばした。
「桐生さん、何を?」
美里は愛美の小さな足から靴下を下ろすと、脚から引き抜いた。ムワッと足の蒸れた臭いが漂ってきた。それに気づいた愛美が足を引っ込めようとしたが、その細い足を美里が捕まえた。
裸足になった愛美の足は白くて細くて美しかった。あんなケダモノたちに渡さなくて正解だったと思った。
この娘は私のもの。
美里は愛美を見上げた。
「子供っぽくて可愛い顔をしているのに、靴下を脱いだばかりのあなたの足って臭うのね。普通の人と同じ」
「い、いや……」
「でも、私はあなたの足、汚いと思わないわ。とても綺麗よ」
美里は愛美の足を持ち上げて、ゆっくりと近付けた。そして、口を開けると、舌を出して、愛美の足指をペロンと舐め上げた。
「ああ……桐生さん、何をするの?」
すっぱくて苦い味が口に広がる。美里が再び舌を伸ばした。
「足の裏って意外と感じるでしょ?」
「あああ……ダメ……汚い……」
美里はペロペロと下から上へ舌腹を滑らせていく。舐めながらふと愛美の顔を見ると、顔を真っ赤にして瞳を潤ませていた。目に恥じらいとともに恍惚と悦びの光を浮かべて、犬のようにピチャピチャと足を舐めている美里の姿を見下ろしている。
「足……触るわよ」
美里はスカートから伸びる愛美の白い脚に触れた。美里の妖しい目に見つめられ、愛美は凍りついたように身体が動かなくなった。
触って欲しい……。
頭では拒否していても、身体が美里の刺激を欲していた。
「触らないで……」
ささやかな抵抗。声が震えていた。でも、心の中は触って欲しくて仕方なかった。
美里は愛美の顔をじっと見ていた。愛美は視線を逸らせた。ベッドサイドには、先日部屋に来たときに初めて見かけた置時計が置いてあった。文字盤に彼女の妹の雪菜の顔がプリントしてある。愛美のクラスの女の子からの贈り物だが、相手は誰だかわからないらしい。文字盤の中から雪菜に覗き見られているような気がして、愛美は眼を閉じた。
「綺麗な脚ね……」
美里が愛美の真っ直ぐに伸びた脚の上を撫でるように触れた。
そして、彼女の丁寧な指先が、静かにスカートの奥深くに潜りこんでくる。
美里の柔らかい指は愛美の熱く火照った太腿の上を、まるで羽毛で触れるかのように優しく滑り上がる。その、温かい指の感触に、愛美は身体を震わせた。
胸が高まる。頬が次第に熱を帯びてくるのを感じる。
下腹部の奥から、熱いものがこみ上げて来た。我慢しようとしても我慢できない。
美里の指が愛美の足の付け根に触れた。美里が愛美の顔を見上げた。視線が合うと、愛美は慌てて視線を逸らせた。
太腿をさすっていた美里の指がそっと愛美の中央に移動し、ショーツに触れた。
「あっ……」
愛美はかすかに声を漏らした。美里は中指で、ショーツの上から布地に触れるか触れないかぐらいのタッチで愛美の股間を撫でる。太腿がプルプル震えてきた。
「うふ、ここ、凄く熱いわよ」
美里の妖しい視線がさらに愛美を昂ぶらせた。
欲しくて、欲しくて、堪らない。
美里に愛撫されているときの、あのすさまじい快感を脳が思い出していた。
愛美の理性は限界を超えていた。愛美はゆっくりと目を閉じた。美里の細い指がショーツにかかると、愛美は自分から尻を浮かせた。
突然、ドアが激しく叩かれた。愛美は電気ショックを受けたようにびくりと身体を震わせて、慌ててスカートの前を押さえた。
「美里さん、美里さん!」
美里の継母が慌てた様子でドアの向こうから叫んでいる。美里は不快そうに舌打ちすると、立ち上がってドアの方に歩いて行った。愛美はスカートの乱れを急いで整えると、床に落ちている靴下を拾って尻の下に隠した。
「なに?」
ドアを開けて、美里は無愛想な返事をした。
「雪菜、お部屋にいる?」
「いないわ」
「雪菜がいないの。どこに行ったか知らない?」
上品で整った継母の顔が真っ青に変わっていて、汗まみれだった。
「知らないわよ」
「どうしましょう。さっきから探し回っているのに、屋敷の中にもいないの」
「外で一輪車に乗って遊んでるんじゃないの?」
「家政婦が家の周りや公園まで探しに行ったんだけど、どこにもいないのよ」
継母はもう一度外を見てくると言って、美里の部屋の前から離れた。
「まったく。あの女も、自分の子供のことはよっぽど可愛いみたいね」
振り向いて皮肉な口調で話す美里の顔にも、焦りと不安の色が滲んでいた。
「私も探してくるから、あなたはここにいて」
そう言って、愛美の髪を撫でた。
「なんなら、先に服を脱いでベッドで待ってくれていてもいいのよ」
「そんなこと……」
愛美がそっぽを向くと、美里はうふふと笑って部屋を出た。
しかし、三十分後に部屋に戻ってきた美里の顔からは、いつもの澄ました余裕は消え失せていた。顔は汗と埃にまみれ、焦りと不安と恐怖で醜く歪んでいた。
「いないのっ! 雪菜がどこにもいないの!」
目に涙を浮かべて、ソファーに座っていた愛美にすがりついた。
「どうしよう! どうしよう!」
美里は目から涙を流した。こんなに取り乱した美里を見るのは初めてだった。
テーブルの上に置いた携帯がなった。美里が慌てて携帯を取り上げ、液晶画面を開いた。非通知表示だった。
「美里か?」
武藤だった。
「今、取り込み中なの。また後でかけてきて」
そう言って、電話を切ろうとした。
「妹がいなくなったんだろう」
武藤の言葉を訊いた美里の顔が真っ青になった。
「あんたが……連れて行ったのね」
「可愛い妹だよな。この可愛いオマンコに無理やりねじ込んだら気持ちいいだろうな」
「やめて!」
美里が叫んで、そして泣き出した。
「なんでも言うとおりにするから……」
美里はその場に蹲って嗚咽を漏らした。横で愛美が立ち竦んでその様子を見ていた。
「あのバージンを連れて北埠頭のコンテナセンターに来い。お前が隠しているのはわかっているんだ。助っ人は頼むなよ。もちろん、警察もなしだ」
電話が切れた。美里は大声で泣き始めた。
「桐生さん?」
「あいつよ、武藤よ!」
「あいつって、この前港で私たちを連れ去ろうとした人? すぐに警察に言ったほうが……」
「だめよ、そんなことしたら、あいつ、雪菜に何するかわからない!」
美里は愛美にしがみ付いて泣き始めた。
「きたぞ!」音原の大きな声に、地面にマットを敷いて横になっていた佐藤が慌てて上体を起こした。
「あの男から電話だ。お前の言ったとおり、やっぱり諦めていなかった」
音原は二人を解放してからこの公園で桐生美里の部屋を盗聴し続けた。武藤がいつあの女に連絡するかは予想できない。情報を得られる可能性は低かったが、今の音原にはやることもないし、身を寄せる場所も無い。それに、連絡があるとすれば、一両日中であることは間違いない。音原はホームレス姿で公園のベンチに寝そべりながら、そばにある桐生邸から流れてくる電波に耳をそばだてていたのだ。
武藤はすぐにバージンを回収に来るだろう。奴はヤクザの片棒を担いでいる男だ。悠長にしている暇は無い。武藤にバージンが渡るのを妨害する必要がある。櫻井愛美をどうやって手に入れるか、じっくり考えるつもりだったが、時間はなさそうだ。武藤はハイエナのような男だ。決して諦めない。だとすれば、桐生が櫻井愛美を渡すときに、今度は確実に横からかっ攫ってやる。後日櫻井だけを呼び出してさらう手もあるが、向こうも用心している。それに、どこで疑われるかもわからない。武藤の仕業に見せて櫻井愛美を攫い、罪は奴に被ってもらう。
「武藤があの姉ちゃんの妹を誘拐したらしい。妹をダシにしてバージンを連れてこさせるつもりだ」
「でも、僕たちのことは警戒しているだろうね。武藤は僕たちをあの女の仲間だと思っているだろうから。かなり用心しているはずだよ」
「ポートアイランドで待ち合わせか。どこかで車を盗んでこないとな。またパチンコ屋で探すか」
「心配かけてごめんね」
愛美は、自分の身体を離そうとしない優希の頬の上を流れ落ちる涙を拭った。そして、泣き止んだ優希をベッドに座らせると、新しい友達ができたと嬉しそうに報告した。
翌朝、いつもより食欲旺盛の愛美を優希が呆れ顔で見ていた。
午後一番の授業は化学の実験だった。理科準備室に向かっているとき、前から美里が歩いてきた。愛美はびくっとして足を止めた。
「どう? 元気になった?」
まるで他人事のように話す美里の顔を、愛美は不快感を露にして睨みつけた。二人の不穏な雰囲気に、廊下を歩く生徒が視線を向けてくる。
「もう、あなたとは話したくない。私に近づかないで」
そういって、美里の脇をすり抜けようとした。美里が愛美の腕を掴んだ。
「離してよ」
「あなた、忘れたの? あんなに愛し合った仲じゃない」
そう耳元で囁いて、妖しい瞳で愛美を見つめた。愛美は動揺してその場で固まった。周りを歩く生徒たちの視線が気になる。
「今日、うちに来て」
「い、いや……」
美里の柔らかい手の感触。細くて長い指。あの指に触れられて、何度も蕩けてしまった。いつの間にか胸が高まり、額に汗をかいていた。
「じゃあ、いつもの時間に。正門で待ってるから……」
そういって、美里は去っていった。
美里は愛美の絹のようなきめの細かい肌を思い出していた。あのしっとりとした綺麗な身体にもう一度触りたい。男に穢させるなんてもったいない。同性とはこれまで何人も関係を持ってきたが、そんな気持ちになったのは初めてだった。
元々黒崎の命令で始めたバージン狩りだった。金が目当てだったのに、いつの間にか手放すことを惜しいと感じていた。もう、黒崎はいないのだ。愛美をどうしようと自分の自由だ。
美里には、愛美を再び自分の元に戻ってこさせる自信があった。その自信がなければ、鵜飼恭平を呼んで愛美を助けさせようなんて手段には出なかった。
覚せい剤の誘惑には誰にも抗えない。特に愛美は最高の快感を覚えてしまっている。美里は自分の指を見た。今頃、この指に弄られたことを思い出しながら、あの美しい処女は身体を疼かせているだろう。放課後が楽しみだ。
しかし、気になるのはあの場に現れた二人組の男たちだ。かなり手慣れた連中だった。
彼らは明らかに愛美を連れ去ろうとしていた。どうして愛美のことを知ったのか。
ここ一週間ほど、陰から自分に向けられる不快な視線を感じていた。男どものもの欲しそうな視線には慣れているが、そんなものとは全く違っていた。射抜くように冷めたく危険な視線だった。そしてその視線は、学内だけでなく、学校の外に出てからも、そして家出少女を薬に漬けるために使っている古アパートの中にいても全身にまとわりついてきた。
その視線を感じるたびに辺りを見回したが、怪しい影は見あたらなかった。最近は自分の部屋に居てもどこかから見られているようで落ち着かない。
誰かに監視されている。それも、かなり手慣れた連中に。おそらくあの二人組が監視していて、金になるバージンの存在を嗅ぎつけたのだ。
その鋭い視線は昨日から消えていた。しかし、油断のならない連中だ。用心したほうがいい。
「今日の新聞見たぜ」
電話に出るなり、吾妻は武藤にいった。三田市の山中にある民家の納屋で吉川誠の絞殺死体が見つかったことは、翌日の夕刊に掲載された。
「今からうちに来いよ。親父に紹介するから」
組に入れてやるという吾妻の言葉を武藤が遮った。
「その前に、もうひとつ、落とし前をつけなきゃならねえ奴がいるんで」
元はと言えばあのバージンを美里が隠したことから起こった騒動だ。なのに、美里だけ安全なところで足を組んで事の成り行きを澄まし顔で見物している。あの女はいつもそうだ。
これまでの美里の態度を思い出し、いらついた気分で武藤はタバコを吸った。黒崎に暴力を振るわれたり、皆の前で陵辱されたりする美里の姿は痛々しく、同情したときもあった。しかし、兄貴分の女だからというだけで、まるで見下すような眼でいつも武藤たちを見ていた。今頃旨い飯食って男に抱かれてぬくぬくと過ごしていやがるんだ。あの女はふざけている。世の中をなめるんじゃねえ。
以前、黒崎の命令で美里を家まで送ったことがあるので、家がどこなのかは知っていた。武藤は美里の実家の前にカローラを止めた。そのとき、門が開き、中から高級外車が出てきた。悠然とした門構えの大邸宅。自分とあまりに違う生活をしている美里に、武藤は怒りを覚えた。
どうやって美里をおびき出すか思案していると、一輪車に乗った小学生くらいの少女が門から出てきた。
武藤は車を走らせ、少女の先に出ると、車を降りて少女に声をかけた。
「ねえ、そこの家の子?」
少女は別に警戒する様子もなく、武藤の顔を見た。周りには誰もいなかった。
「桐生美里さんって知ってる?」
「お姉ちゃん」
武藤は目の前の少女が美里の妹だとわかり、ほくそ笑んだ。
「お姉ちゃんがね、すぐに来て欲しいって言ってるんだけど、どうする?」
姉の名を聞き、嬉しそうに顔を緩めた美里の妹は、何の疑いも持たずにカローラの後部座席に乗り込んだ。
「また来てくれて嬉しいわ」
ソファーに座って俯く愛美を、美里は妖しい目でなめるように見た。固く閉じた愛美の小さい両膝が微かに震えていた。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない」
テーブルのドリンクを一口のみ、愛美の横に座った。
「寄って来ないで……」
「そんなこと言われたって、ここは私の部屋なのよ」
愛美は身動きせずに固い視線でテーブルの上を凝視していた。
あの快感を知ってしまった以上、誘惑に逆らうことなんて出来ない。学校の廊下であれほど拒んでいた愛美が待ち合わせ場所の正門にやってくるのを見たとき、美里はこの美しい女を再び自由に出来ると確信した。
愛美の長い髪を撫でた。
「さ、触らないで!」
愛美はそういうと、身体を強張らせた。
「どうしてそんなに邪険にするの? そんなに嫌なら、ここに来なけりゃよかったじゃない」
美里の意地の悪い言葉に何も反論できず、愛美は黙ったまま俯いていた。
「いくら誤魔化そうとしてもダメ。あなたがここに来たのは、私に抱かれたいからよ」
「そ、それは……違う……」
「違わないわ」
美里がぴしゃりというと、愛美は再び沈黙してしまった。
美里は妖しく微笑むと、ソファーから立ち上がって愛美の前の床に膝をついた。そして、愛美の足に手を伸ばした。
「桐生さん、何を?」
美里は愛美の小さな足から靴下を下ろすと、脚から引き抜いた。ムワッと足の蒸れた臭いが漂ってきた。それに気づいた愛美が足を引っ込めようとしたが、その細い足を美里が捕まえた。
裸足になった愛美の足は白くて細くて美しかった。あんなケダモノたちに渡さなくて正解だったと思った。
この娘は私のもの。
美里は愛美を見上げた。
「子供っぽくて可愛い顔をしているのに、靴下を脱いだばかりのあなたの足って臭うのね。普通の人と同じ」
「い、いや……」
「でも、私はあなたの足、汚いと思わないわ。とても綺麗よ」
美里は愛美の足を持ち上げて、ゆっくりと近付けた。そして、口を開けると、舌を出して、愛美の足指をペロンと舐め上げた。
「ああ……桐生さん、何をするの?」
すっぱくて苦い味が口に広がる。美里が再び舌を伸ばした。
「足の裏って意外と感じるでしょ?」
「あああ……ダメ……汚い……」
美里はペロペロと下から上へ舌腹を滑らせていく。舐めながらふと愛美の顔を見ると、顔を真っ赤にして瞳を潤ませていた。目に恥じらいとともに恍惚と悦びの光を浮かべて、犬のようにピチャピチャと足を舐めている美里の姿を見下ろしている。
「足……触るわよ」
美里はスカートから伸びる愛美の白い脚に触れた。美里の妖しい目に見つめられ、愛美は凍りついたように身体が動かなくなった。
触って欲しい……。
頭では拒否していても、身体が美里の刺激を欲していた。
「触らないで……」
ささやかな抵抗。声が震えていた。でも、心の中は触って欲しくて仕方なかった。
美里は愛美の顔をじっと見ていた。愛美は視線を逸らせた。ベッドサイドには、先日部屋に来たときに初めて見かけた置時計が置いてあった。文字盤に彼女の妹の雪菜の顔がプリントしてある。愛美のクラスの女の子からの贈り物だが、相手は誰だかわからないらしい。文字盤の中から雪菜に覗き見られているような気がして、愛美は眼を閉じた。
「綺麗な脚ね……」
美里が愛美の真っ直ぐに伸びた脚の上を撫でるように触れた。
そして、彼女の丁寧な指先が、静かにスカートの奥深くに潜りこんでくる。
美里の柔らかい指は愛美の熱く火照った太腿の上を、まるで羽毛で触れるかのように優しく滑り上がる。その、温かい指の感触に、愛美は身体を震わせた。
胸が高まる。頬が次第に熱を帯びてくるのを感じる。
下腹部の奥から、熱いものがこみ上げて来た。我慢しようとしても我慢できない。
美里の指が愛美の足の付け根に触れた。美里が愛美の顔を見上げた。視線が合うと、愛美は慌てて視線を逸らせた。
太腿をさすっていた美里の指がそっと愛美の中央に移動し、ショーツに触れた。
「あっ……」
愛美はかすかに声を漏らした。美里は中指で、ショーツの上から布地に触れるか触れないかぐらいのタッチで愛美の股間を撫でる。太腿がプルプル震えてきた。
「うふ、ここ、凄く熱いわよ」
美里の妖しい視線がさらに愛美を昂ぶらせた。
欲しくて、欲しくて、堪らない。
美里に愛撫されているときの、あのすさまじい快感を脳が思い出していた。
愛美の理性は限界を超えていた。愛美はゆっくりと目を閉じた。美里の細い指がショーツにかかると、愛美は自分から尻を浮かせた。
突然、ドアが激しく叩かれた。愛美は電気ショックを受けたようにびくりと身体を震わせて、慌ててスカートの前を押さえた。
「美里さん、美里さん!」
美里の継母が慌てた様子でドアの向こうから叫んでいる。美里は不快そうに舌打ちすると、立ち上がってドアの方に歩いて行った。愛美はスカートの乱れを急いで整えると、床に落ちている靴下を拾って尻の下に隠した。
「なに?」
ドアを開けて、美里は無愛想な返事をした。
「雪菜、お部屋にいる?」
「いないわ」
「雪菜がいないの。どこに行ったか知らない?」
上品で整った継母の顔が真っ青に変わっていて、汗まみれだった。
「知らないわよ」
「どうしましょう。さっきから探し回っているのに、屋敷の中にもいないの」
「外で一輪車に乗って遊んでるんじゃないの?」
「家政婦が家の周りや公園まで探しに行ったんだけど、どこにもいないのよ」
継母はもう一度外を見てくると言って、美里の部屋の前から離れた。
「まったく。あの女も、自分の子供のことはよっぽど可愛いみたいね」
振り向いて皮肉な口調で話す美里の顔にも、焦りと不安の色が滲んでいた。
「私も探してくるから、あなたはここにいて」
そう言って、愛美の髪を撫でた。
「なんなら、先に服を脱いでベッドで待ってくれていてもいいのよ」
「そんなこと……」
愛美がそっぽを向くと、美里はうふふと笑って部屋を出た。
しかし、三十分後に部屋に戻ってきた美里の顔からは、いつもの澄ました余裕は消え失せていた。顔は汗と埃にまみれ、焦りと不安と恐怖で醜く歪んでいた。
「いないのっ! 雪菜がどこにもいないの!」
目に涙を浮かべて、ソファーに座っていた愛美にすがりついた。
「どうしよう! どうしよう!」
美里は目から涙を流した。こんなに取り乱した美里を見るのは初めてだった。
テーブルの上に置いた携帯がなった。美里が慌てて携帯を取り上げ、液晶画面を開いた。非通知表示だった。
「美里か?」
武藤だった。
「今、取り込み中なの。また後でかけてきて」
そう言って、電話を切ろうとした。
「妹がいなくなったんだろう」
武藤の言葉を訊いた美里の顔が真っ青になった。
「あんたが……連れて行ったのね」
「可愛い妹だよな。この可愛いオマンコに無理やりねじ込んだら気持ちいいだろうな」
「やめて!」
美里が叫んで、そして泣き出した。
「なんでも言うとおりにするから……」
美里はその場に蹲って嗚咽を漏らした。横で愛美が立ち竦んでその様子を見ていた。
「あのバージンを連れて北埠頭のコンテナセンターに来い。お前が隠しているのはわかっているんだ。助っ人は頼むなよ。もちろん、警察もなしだ」
電話が切れた。美里は大声で泣き始めた。
「桐生さん?」
「あいつよ、武藤よ!」
「あいつって、この前港で私たちを連れ去ろうとした人? すぐに警察に言ったほうが……」
「だめよ、そんなことしたら、あいつ、雪菜に何するかわからない!」
美里は愛美にしがみ付いて泣き始めた。
「きたぞ!」音原の大きな声に、地面にマットを敷いて横になっていた佐藤が慌てて上体を起こした。
「あの男から電話だ。お前の言ったとおり、やっぱり諦めていなかった」
音原は二人を解放してからこの公園で桐生美里の部屋を盗聴し続けた。武藤がいつあの女に連絡するかは予想できない。情報を得られる可能性は低かったが、今の音原にはやることもないし、身を寄せる場所も無い。それに、連絡があるとすれば、一両日中であることは間違いない。音原はホームレス姿で公園のベンチに寝そべりながら、そばにある桐生邸から流れてくる電波に耳をそばだてていたのだ。
武藤はすぐにバージンを回収に来るだろう。奴はヤクザの片棒を担いでいる男だ。悠長にしている暇は無い。武藤にバージンが渡るのを妨害する必要がある。櫻井愛美をどうやって手に入れるか、じっくり考えるつもりだったが、時間はなさそうだ。武藤はハイエナのような男だ。決して諦めない。だとすれば、桐生が櫻井愛美を渡すときに、今度は確実に横からかっ攫ってやる。後日櫻井だけを呼び出してさらう手もあるが、向こうも用心している。それに、どこで疑われるかもわからない。武藤の仕業に見せて櫻井愛美を攫い、罪は奴に被ってもらう。
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キムラエス
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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