バージン・クライシス

アーケロン

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「そんなことは警察に頼めよ。あいつらプロなんだから。俺たちみたいな高校生風情が乗り込むよりずっとうまくやってくれるよ」
 麻雀牌をかき混ぜる音がうるさくて、恭平は携帯電話を持ってケンジの部屋を出た。
「そんなことより、あんな目にあわされてまだ桐生に会っているのか。すぐに寮に戻れ!」
 恭平は愛美が黙って美里に会っていることが許せなくて、電話の向こうにいる愛美に怒鳴った。
「そんなことはどうでもいいの。そんなことより、雪菜ちゃんのことよ。家の人は雪菜ちゃんがいなくなったって警察に連絡したみたいなんだけど、美里が武藤って人がからんでいることをお母さんに言わないの。自分でなんとかするって」
「じゃあ、すぐに警察に連絡するように桐生にいえ」
 電話の向こうでふたりがやり取りしている様子が伝わってきた。
「もしもし」
 美里が電話に出た。
「だめよ、警察にはいえないわ」
 恭平はため息をついた。
「正体がばれてるのに、連れ去った子供を殺したりしないさ。そんなことしたらすぐに捕まって死刑になっちまうんだ。あいつ、そんな馬鹿じゃないんだろ?」
「殺されなくても、妹がひどい目に合わされるかもしれないわ。一生残るような傷を負わされるかも……。あの子には、私と同じ思いはさせたくないの」
 そう言って、美里が泣き出した。電話から聞こえてくる美里の激しい嗚咽に恭平は戸惑った。
 受話器をから伝わってくる美里の泣き声を聞いて、芝居臭い、と恭平は思った。美里が考えていることはわかっている。

「手伝う条件は、今後、櫻井に近づかないこと」
 美里に約束を取り付けると、恭平は美里の指示通りタクシーで美里の家の近所まで行った。そこで立っていた二人をタクシーに乗せ、ポートアイランドに向かった。
 美里は車内でずっと泣いていた。タクシーの運転手がルームミラーで不審そうに後部座席の三人をちらちら見ている。愛美もどう慰めたらよいのかわからない様子で、美里の背中や肩を擦っていた。
 神戸大橋を渡り、北埠頭のコンテナセンターについたのは夜の七時過ぎだった。約束の時間より三十分早い。コンテナの並ぶ埠頭の手前で三人はタクシーを降りた。空には神戸空港に着陸しようとする飛行機が上空を旋回している。
 泣きじゃくる美里をどうしていいかわからず、愛美が相変わらず彼女の背中を擦り続けている。
 警察にまかせれば苦もなく片が付く。自分たちが出向くより警察に任せたほうが確実に解決する。おそらく、美里にもそれくらいのことはわかっているはずだ。だが、警察には言えない。彼女が妹の身を案じているのは間違いないだろうが、それだけではない。武藤が警察に捕まると自分もただでは済まない。武藤が取調室で何もかもぶちまけてしまえば、人身売買に加担していた美里も少年院か少年刑務所行きは免れることはできないだろう。妹だけをうまく助けて武藤は逃がす。そうしたいのが桐生美里の本音だ。泣きじゃくっているのは、半分は演技かも知れない。俺は利用されているのだ。
「それでもいいさ」
 恭平は小さく呟いた。恭平の声が届いたのか、愛美が顔を上げて怪訝な表情を向けた。
 それでもいい。桐生美里が警察に捕まることを、俺も望んじゃいない。
「どうしたらいい?」愛美に抱かれながら、美里が不安そうに訊いてきた。
「埠頭のコンテナ置き場か。あの男は頭いいな。平日の今頃は港湾労働者がまだ働いている時間だ。もし警察が動いていれば、作業者の動きが不自然になるからわかりやすい。武藤はおそらく作業員に化けて、俺たちを待ち伏せているだろうな。それで、俺たちみんなをコンテナに押し込めて、隙を見て盗んだトラックでコンテナを牽引してこっそり港を抜け出す。他のトラックに紛れてな。通関書さえもっていればゲートを通るのは簡単だ。警察が動いているのに気づいたときは、そのまま従業員の振りして外に出て行く」
「妹はどうなってるかしら」
「おそらく無事だろう。あくまでお前たちをさらうのが目的だ。幼い妹にそこまでする気はないだろう。どこかのコンテナに隠している。人目のある港の中を連れまわすことなんてできないからな。何かあった時に迅速に対応できるよう、目の届くところにおいているはずだ。武藤の前に立って目の動きを見ていれば、どのコンテナかすぐにわかるだろう」
「でも、鵜飼君は離れたところから様子を覗うんでしょ? 相手の目の動きなんてわからないわ」愛美が不安そうに訊いた。
「お前たちがやれ」
「無理よ」
「無理でもやれ。いざとなれば勘に頼ればいいさ。勘は時として目に見える情報より役に立つ」
「もしあいつに他に仲間がいれば……」と美里。
「相手は一人だ。共犯がいたとしても、おまえたちと落ち合う場所にはひとりで来る」
「どうしてわかるの?」
「児童誘拐なんて大それた犯罪はよっぽど信用できる奴とじゃないと組みたくないだろ? その場で誰か一人が捕まれば、そいつがしゃべっちまって一網打尽だ。気が弱ければ別だが、度胸の据わってる武藤なら一人でくる」
 自分で彼女たちに説明しているうちに、なんとなく作戦がイメージできてきた。
「うまくいくさ」
 恭平は二人を見た。泣いていたために目は真っ赤だが、美里はいつもの抑制の効いた顔に戻っていた。愛美の顔つきも意外と落ち着いている。これならいけそうだ。
「俺は少し離れて付いていくから、携帯電話を俺につなげた状態にしておけ。バッテリーは大丈夫か?」
 美里が頷いた。横で愛美が震えていた。
「櫻井、大丈夫か?」
「鵜飼君、絶対助けてくれるんでしょ?」
 愛美が真っ青な顔で恭平を見た。
「ああ、まかしとけ」
 恭平が愛美の震える肩を叩いた。愛美が微笑む。
「ごめんね……」
 美里が愛美に謝り、涙を流した。
「よし、いこう」
 二人が先を行き、恭平は少し離れて二人を追いかけた。おびえていた愛美も覚悟を決めたのか、しっかりした足取りで歩いている。後ろから見ていると、仲のいい女友達同士が散歩しているように見える。
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