バージン・クライシス

アーケロン

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 ゲートには警備員らしき人間はいなかった。ふたりは難なくゲートを抜けて、コンテナが積んである港に入っていった。恭平は公衆電話ボックスの後ろに隠れて周りの様子を窺った。たしかに、港の中にはまだ多くの作業員が働いていた。あの中に武藤がいるかもしれない。
 恭平はゲートを過ぎて、他に入り口がないか探した。
「この先かしら?」
 受話器から、時折二人が話す声が聞こえてくる。
 恭平はフェンスをよじ登って中に入った。街灯の柱に掲げられた番号を確認しながら、約束の13B区域に向かって歩いていく。どうやら奥の方の南から二番目の区画のようだ。
 突然、受話器から愛美の悲鳴が聞こえた。恭平は立ち止まって受話器を耳に押し当てた。誰かに腕を掴まれたらしい。美里が愛美の手を離すように叫んだ。
 奥の方にある13B区画に二人がこんなに早く着いたとは思えない。途中で武藤が待ち伏せていたのだ。
「この中に入れ」
 手に持った携帯電話から低い声が流れてきた。武藤の声だ。

 武藤は、港湾作業員と同じ作業服を着ていた。愛美と美里をコンテナの中に押し込むと扉を閉めた。中はがらんとしていて薄暗く、木の匂いがした。目が慣れてくるに従い、隅に木箱がいくつも積まれているのが見えた。
 恐怖の余り、息ができないほど愛美の身体か強張っていた。しかし、恭平はきっと助けに来てくれる。ここは冷静にならなければならない。
「雪菜! どこにいるの!」美里が叫んだ。
「お姉ちゃん……」
 コンテナの隅から微かな声が聞こえてきた。美里がコンテナの隅に駆け寄った。
「雪菜!」
 美里が雪菜を抱きかかえた。
「よかった……よかった……怪我していない?」
 雪菜が美里の腕の中で頷いた。後ろから武藤が近づき、いきなり美里の髪を掴んで引き倒すと、顔面を殴った。愛美が悲鳴を上げた。雪菜が驚いて大声で泣き出す。
「おめえのことは前から気に入らなかったんだ」
 そう言って、蹲る美里の顎を掴んだ。生まれて初めて経験する、命の危険すら感じる恐怖の場面に出くわし、愛美は声を上げることすらできなかった。
「黒崎の兄貴を摩耶埠頭の倉庫におびき出して殺した。誠も殺った。次はお前を殺してやる。思いっきり犯した後でな」
 武藤はもう一度美里を殴ると、今度は愛美のほうに近寄って行った。足がすくみ、恐怖で震える愛美の身体を、武藤が服の上からまさぐった。
「いい値で売ってやるぜ」
 愛美は目を閉じて震えることしか出来なかった。
 武藤がコンテナの扉が開けた。外からひんやりした空気がコンテナの中に流れ込んできた。武藤は黙ってコンテナから出ると、扉を閉めた。愛美が慌ててコンテナの扉を開けようとしたが、びくともしなかった。
「桐生さん、閉じ込められちゃったよ」

 コンテナの外に出た武藤は、港の隅に止めてあったワゴン車から何かを持ち出しコンテナのところに戻ってきた。手に持っているのは、小刀とロープのようだった。どうやら中に閉じ込めた愛美と美里を縛るらしい。
 武藤がコンテナの鍵を開けた。姿勢を低くしたまま飛び出す。
「ぐあっ!」
 いきなり体当たりされて武藤が低い悲鳴をあげて地面に倒れた。恭平は大急ぎでコンテナの扉を開けた。
「出ろっ! コンテナからできるだけ離れるんだ!」
 中にいた三人が恭平の言葉とともに飛び出してきた。武藤が立ち上がり、恭平を睨んだ。三人が一斉に走って逃げた。
「女物のハンカチが落ちていた」
 恭平がポケットからハンカチを出した。自分たちの押し込まれたコンテナがどれなのかを恭平に教えるため、咄嗟の判断で美里が置いたものだった。
「ドアを開けようとしたけれど、鍵が掛かっていたから、お前が帰って来るのを待っていたんだ」
「ガキが!」
 武藤が小刀を持って飛び掛ってきた。
 恭平が手刀でそれを叩き落した。武藤の左パンチを顔面に食らう。続けさま、右と左のパンチを顔面と腹に交互に食らった。恭平は足を使って逃げたが、武藤のフットワークは完璧だった。あっという間にコンテナの壁に追い詰められ、立て続けにパンチを食らった。顔から鼻血が吹き出る。口の中を大きく切って、血の味が口の中を覆った。
 武藤の腕を取ろうと隙を窺ったが、武藤にはまったく隙がなかった。
「埠頭ではコケにしてくれたよな」
 摩耶埠頭での取っ組み合いで恭平に痛い目にあわされた武藤は、腕を取られることをひどく警戒していた。恭平との絶妙な間合いを取って、一撃を食らわせては、距離を取る戦法を繰り返した。恭平の顔が血に染まり、みるみる腫れていった。
 強烈な拳を顔面に喰らい、恭平が後ろに倒れた。そのとき、遠くで愛美の悲鳴が聞こえた。
 武藤が背中を向けてゲートのほうを見た。武藤の背中越しに、二人の男が愛美を車に連れ込もうとしているのが見えた。
「くそ! またあいつらか!」
 武藤は落ちているナイフを拾って走りだした。


 櫻井愛美がこちらに向かって走ってくる。後ろから桐生美里が小さい女の子の手を引いてついてきていた。どうやら妹の救出には成功したようだ。今度は櫻井だけを車に押し込み、桐生は置いていく。後に残されたふたりが武藤にどんな目に合わされるか考えると少しかわいそうな気もするが、仕方が無い。
 三人の後ろを武藤が追いかけてきた。
 佐藤が飛びかかって櫻井愛美に抱きついた。愛美の悲鳴が響く。可愛い顔をしているのに、叫ぶ声は驚くほど大きい。
 桐生美里はこちらの様子を見ているだけで、今度は寄ってこようとしなかった。妹が一緒なので、巻き込むまいと躊躇しているのだ。
 彼女の腕を掴んで引っ張ろうとするが、必死になって抵抗を始めた。佐藤はサバイバルナイフを取り出して愛美の鼻先に突き付けた。彼女の抵抗が止む。後ろから音原が愛美の髪を掴んだ。
「ふざけんな、お前ら!」
 ふたりで愛美を車まで引きずろうとしたとき、叫びながら走ってくる武藤が目に入った。手にナイフのようなものを持っている。
「あの野郎だ」
 音原がスタンガンを構えた。武藤がステップを踏む。音原が距離をとって腰をかがめた。そして、踏み込んできた武藤の足を狙って腕を振った。
「うわっ!」スタンガンの電極が武藤の足に触れたようだ。武藤が足を抱えて地面を転がった。
 佐藤は音原とふたりで抵抗する愛美を車の後部座席に押し込み、佐藤が彼女と一緒に後部座席に乗りこんだ。音原が運転席のドアを開けるのと、武藤が音原に当て身を食らわすのが同時だった。
 佐藤はサバイバルナイフを持って後部座席から飛び出していた。そして、ナイフで音原の腹をえぐっている武藤の背中にサバイバルナイフを突き立てた。
 刃が肉を割いて食いこむ感覚が、ナイフの柄を通じて伝わってきた。佐藤は武藤の身体に差し込まれた刃をえぐるように回した。
 悶絶しながら武藤が地面に倒れた。そばで妹の身体を抱きかかえながら、桐生美里が怯えた目でその様子を見ていた。
「下手打っちまった」地面に倒れたまま、音原が喘ぎながら言った。出血が酷く、一目で助からないとわかった。
「寒い?」
 佐藤は、寒い寒いといって死んでいった暴走族の男の姿を思い出した。ダムで待ち伏せてスタンガンで気絶させて誘拐し、山奥に連れていって首をかき切った男だ。
「ああ。でも、直に何も感じなくなるさ……」
 やがて、音原の目から静かに魂が抜けていった。
 武藤は既に絶命して道路に倒れていた。ほぼ即死状態だった。
 港湾係員が大声を上げながら走ってきた。いつの間にか鵜飼もコンテナに寄りかかってこちらを呆然と見ていた。
 佐藤は助手席のドアを開けて、そこにおいてあったボストンバッグに手を伸ばした。中には女装グッズが入っている。返り血を浴びた服をどこかで着替えなくてはならない。バッグを手に持つと、後部座席で震えている愛美をチラッと見てから、踵を返してその場から走り去った。
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