マネージャーの苦悩

みのりみの

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朝一で代理店に聞いた。

「安藤が、もし結婚したら、例のアイスメーカーのCMは受けられますか?大丈夫ですか?」

『ええ?ひろこちゃん結婚するんですか!?』

電話の声がめちゃくちゃ大きくて耳がおかしくなるかと思った。

『春くん、今日スタジオで12時にはいますから、行ってあげてください。』

秋元さんからメールが来た。あの後、2人で何を話したのだろうと思ったけど分からないままだった。

「遊井さん、お弁当あんまり欲しくない」

「どうした?」

楽屋で弁当を配られたのに、ひろこは食べない。

「なんか、お腹いっぱい」

「朝そんなに食べたのか?」

年末仕事は体力ついてないと痩せる。俺は少しでもいいから食べなさいと促した。

「・・妊娠、してないよな?」

「してないわよ!」

いつもの膨れっ面で俺をキッと睨んだ。でもどこかひろこは幸せそうに、スマホをいじっていた。

「・・・」

ひろこと結婚したいと春くんは言った。明日でも、明後日でも。
とにかくすぐなんだ。
多分、彼の中でもう抑えきれないんだろう。
ひろこがいなきゃ、きっと歌えなくなるくらいの感情があるのは手に取るように分かった。
社長に、アイスのCMを引き合いにだして交渉しようかと考えていた。
社長がどうでるかは分からない。
ひろこを結婚させたくないからアイスのCMをバラしてもいいと言うかもしれない。

あとは、自分だった。


「それは辛いですね。遊井さん」

夜中の麻布十番商店街を歩きながら白部くんと昨日話した。
彼はビックリしてたけど、淡々と前をしっかり向きながら話していた。
その姿がどこか、正論を唱えている人のようにまっすぐ前を見ながら歩いていた。

「親でもない、彼氏でもない、じゃあ何?ってかんじですよね。」

「考えても、自分の立場なんてないんだけどね。仕事上で面倒見てるだけで。」

「でもスカウトして見つけて来たのは遊井さんでしょ?それはひろこちゃんも感謝してるでしょ。」

気持ちの整理がつかない。

そんなところだった。
ひろこを春くんに渡したくない訳ではない。
かと言ってまた別れてはほしくない。 
結婚するなら春くんがいい。そうは思っていた。
でも今すぐ結婚までなると言葉が出ない自分がいた。

ひろこを送ったのは12時過ぎていた。

「ひろこ!着いたぞ。起きろ!」
「うん」

助手席で態勢を崩して思いっきり眠っていた。

「ほら!起きろ」
「分かってるー」

俺はひろこの顔を見つめていた。よく見る寝顔も、なんだか遠くに離れていくような気持ちになった。
助手席のドアをあけて荷物を持ち、眠気まなこなフラフラのひろこを連れて部屋まで送った。

「早く寝ろよ。明日9時な」
「はいはい。」

俺は一息ついてから車に乗った。携帯を見ると白部くんからメールが来ていた。

『完パケ、送ったのでご確認お願いします』 

ぼんやりと画面を見て携帯をしまったらまたメールが来た。

『ひろこちゃんが結婚しても遊井さんは一緒にいれるから。うらやま。』

「・・・」

俺はそのまま山手通りを通って昨日のスタジオへ向かった。

スタジオの入口を開ける前からギターの音が聞こえていた。
小さな窓から覗くと、春くんが1人ギターを弾いていた。

俺は深呼吸をして扉を開けた。
その瞬間、春くんが歌を歌っていた。

「遊井さん」

ハッとして歌うのをやめて立ち上がってこっちを見ていた。

昨日の今日で何か、決定的な事を言うみたいで俺は一瞬緊張してるのが分かった。ただ春くんが弾き語りをしてたっていうのが聞いてみたくなって多分少し笑っていた。

「春くん、何歌ってたの?作詞作曲はしないんだよね?聖司くんだもんね。」
「・・俺の作った歌、聞きます?恥ずかしいんだけど。」
「聞かせてよ!聞かせてよ!」
「いやー恥ずかしい。」
「俺、SOULのファンだからさ。春くんの声、聞きたいよ。」

すると椅子に座り出し少し深呼吸した。

「遊井さん相手には歌いたくないんですけどー歌います!」

するとギターをボロンボロンと鳴らした後音楽が始まった。

「けっこん、けっこん、しようよ絶対、けっこん、絶対、僕としようよ絶対けーっこん、ぜーったい、ぜーったい、けーっこん!」

俺は一瞬吹き出してしまった。どこかコミックバンドの歌みたいだったからだ。

「僕のすべて、君にあげる、永遠の愛を誓ってくれるなら、、この枯れ果てた声でずっと歌いつづけるから、」

ギターの音が間奏に入ると笑えなくなった。
かすれた声がどのSOULの曲より、ピュアで心に刺さった。

「その潤んだ瞳で、その麗しいくちびるも全部僕に預けて、いつまでも笑っていて」

ギターの音とメロディが奏でて、俺は拍手をするのも忘れていた。

「遊井さん?」

気がついたら涙が出ていた。

「遊井さん、すいません。泣かせるつもりなかったんですけど」

俺はメガネをとって袖で涙を拭いた。

「うん、春くん、その歌、すっごいいいじゃない。アルバムに入れてよ。」
「聖司もプロデューサーもダメっていいますよ。」

ギターを首から外して横に置いている姿を見て、俺はもう迷いはなかった。

「ひろこが春くんにどんないい顔してるか分からないけど、めんどくさい女なんだよ。でも、でもね、すっごいいい女なんだよ。すっごいかわいい子なんだよ。」

「それは遊井さんが1番分かってるから」

春くんは笑っていた。その顔がなんだかすごく頼りになるような男の顔をしていた。

「ひろこ、大切にしてあげてよ。」


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