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9、始まる春⑨
しおりを挟む「もう…葵にあんなに正直に全部言わないでよ」
下校中、昼休みの出来事が恥ずかしくて僕は頬を膨らませて慊人に言った。
昼休み、葵に『まさかまだキスもしてないとは…アンタ本当に凄いわね番犬』と言われた慊人は何故かよく分からないけど誇らしげだった。
つい最近まで葵と慊人が犬猿の仲だったとはとても思えない。
「波瑠が可愛くてつい」
「か…っ、慊人、もうそれすぐ言うのやめて…」
頬が熱くなるのを感じる。
慊人は爽やかにキラキラと微笑んでいた。
慊人は付き合うようになってから、スキンシップは激しくなったし、可愛いとかをすぐ言うようになった。
僕は恥ずかしくてすぐに頬が熱くなるんだけど、慊人はそれが面白いみたいで益々やってくる。
「揶揄ってるでしょ…」
「は?揶揄う訳ないだろ。何、ちゃんと伝わってない?何度も言ってやるよ。波瑠が可愛くて可愛くて仕方な」
「わ、わー!もういいよ!やめてやめて!」
人通りもある歩道で恥ずかしげもなく言う慊人の口を慌てて塞ぐ。
よく考えれば、その辺を歩いている他人には僕の名前が知られていないのだから焦らず聞き流せば良い。
けど慊人に言われるとどうしようもなく恥ずかしい。
クラスメイトに可愛いとか綺麗とかたまに言われることがある。
その時は苦笑しながら『そんなことないよ』と冷静に否定することができるのに。
慊人だと感情が上手く抑えられない。
「なんで慊人だと…こうなるのかな」
「そりゃ意識して言わないようにしてたからな」
「…どういうこと?」
「良い匂いとかそういう事は言ってきたけど、可愛いとか綺麗とかそういう事は普段口にしないようにしてた」
言われてみれば、慊人からは幼い頃から確かに言われた覚えがない。
「急にどうして…」
「俺は恋人にしかそういうことを言いたくない」
「なっ…!」
頬どころか頭まで沸騰しそうになるのを感じる。実際ボンッと蒸気が出た気がする。
βで幼馴染だけだった頃よりも、甘い空気を出す慊人を見られなくなって俯いてしまう。
「まぁ恋人にしたいのは波瑠だけだったから、別に言っても良かったんだけど」
「死んじゃいそうだからやめて…!」
「こういう反応だと、今まで言わないで我慢して正解だったみたいだな」
僕は慊人に遊ばれているようだった。
多分また遊んでるでしょ、と言ったら遊んでない、とムッとして可愛いとか言ってくるんだろうなと想像がついて言うのを堪えた。
「慊人はズルいよ…」
「…俺にしたら、波瑠の方がズルいけどな」
赤くなる頬を膨らませていじけると、慊人は困ったように笑う。
確かに慊人の言う通りだ。
番にはならない、恋人になっても期限を設ける。
僕が出した条件のせいで、慊人に変な希望を持たせてしまっている。
慊人は我慢してくれている。
本当なら、αとしてすぐにでも番にしたいはずだ。なんとなくそれは伝わってくる。
たまに、本当一瞬だけ。目の色がギラつく。
きっと、僕のためにその衝動を抑えてくれている。
申し訳ない気持ちと、それでも慊人に僕の気持ちを分かってほしい気持ちが鬩ぎ合う。
「…ごめん」
「いや、悪かった。謝らせたい訳じゃないんだ」
「でも」
「やっぱり恋人やめるとか言うな。絶対に俺は波瑠と一緒に居る」
病院で、僕に向かって『俺と番になろう』と言った時と、同じ瞳で真っ直ぐ言ってくれる。
「…慊人は、いつも…キラキラしてるね」
「そうか?なら波瑠は藤の花みたいだよな」
「藤の花?どうして?」
慊人は、ふ、と優しく柔らかに微笑んだ。
「藤の花は香りが強くて、そんでもって、可愛い花だろ?」
「う、うん…」
自分に例えられているのに肯定するのも恥ずかしいけど、一応頷く。
「藤は松と一緒に植えられることが多いんだと。藤は女性、松は男性に例えられることが多くて藤は…松に巻きつくように成長する」
「…ちょっと、それ…」
「捕らえられたら離れられない感じが、波瑠っぽい」
僕のことをとんでもない悪女のように言ってくる慊人の肩をど突いても、僕のせいじゃないと思う。
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