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8、始まる春⑧
しおりを挟むそれからの僕の日常は少し変わった。
「それで、恋人になった感想は?」
葵は前の席から僕の方を見て言わず、その後ろにいる人物、慊人に向かって言っていた。
「最高。超幸せ。波瑠を堂々と恋人って呼べるのヤバい」
「慊人……!」
「この間まで世界の終わりを背負ってた奴の言葉じゃないわね」
慊人は緩みきった顔で言っており、αとしての威厳は形無しである。
僕の事を膝に置いて後ろから抱きしめられるているのだが、恥ずかしいから下ろして欲しい。教室中から視線を感じる。
僕は真っ赤になって慊人の口を塞ごうとするが、上手く出来ずに失敗する。
そんな僕らを見て葵は苦笑するようにため息をついた。
「期限付きだってのに随分嬉しそうじゃない」
「期限については納得してない。これから口説き落とす」
「んっ、慊人……っ、ちょっと、くすぐったいってば……!」
肩に頭を乗せられてぐりぐりと額を擦り付けられる。いつもされている事なのに、恋人になってからは益々首の近くでやるのでくすぐったさが増している。
と言うよりも、いつも犬猿の仲だったこの慊人と葵が随分仲良くなっていることに不自然さを感じた。
「ど、どうして二人、仲良くなってるの……?」
「波瑠。妬かないでいいぞ、コイツとは何を間違ってもどうにもならない」
「そうじゃないよ…っ、いつも話してなかったのに、どうしてって言ってるの」
慊人はキリッとした表情をして僕に心配しないで平気、と言う。僕が聞きたいのはそこじゃない。
葵の方を見れば、なんでこんなやつと間違いを起こすなんて絶対嫌、という、とてつもなく嫌そうな顔をしている。
「…コイツは波瑠を狙ってたからな」
「あら。やっぱりバレてた?」
「っ、えええ?!」
ビックリしすぎてつい目を丸くして驚いてしまった。 教室に響き渡るように叫んでしまったので、なんだなんだとまた人の視線が増えていく。
慊人は葵に向かってフン、と鼻を鳴らす。
「まぁあんまり今の波瑠には言いたくないけど…、βならβ同士が自然なことだしね。この番犬が離れていけばイけるって思ってたのよ」
「波瑠がΩになったから変わったんだ」
「えええ……?」
「βの私じゃΩの波瑠が手に余るのは確実に見えてる。諦めたって言う感じかしら。番犬の執念に負けたわ」
葵は肩を竦める。
慊人がどうだ、と言わんばかりに鼻を鳴らし、涼しい顔をして受け流していた。
「全然知らなかった…」
「そりゃそうよ。言っても波瑠を困らせるだけだもの。ただでさえこの番犬の面倒が大変そうだったし」
「チッ」
憎々しげに葵を見るが、文句を言わないところを見るに渋々慊人は葵を認めたようだ。
慊人にとったら僕と付き合うことを勧めてくれた恩人でもあるようだった。
「恋人になってからそれらしい事はしたのかしら?」
「へあ!?」
僕は突然の葵の言葉に驚き素っ頓狂な声を出してしまった。
多分耳まで真っ赤だ。
そんな僕を見て慊人の機嫌は良くなった様でニコニコと微笑んでいる。
「まだこれからだ。なぁ、波瑠」
「うう……」
「へぇ。直ぐに手を出すと思ってたのに、意外」
「波瑠の全ての初めてはちゃんとした時にちゃんとしたところで貰う」
付き合うことを決めた後、慊人に『恋人ならキスもハグも当たり前でその先も当然あるからな』と言われた。
僕はとりあえず恥ずかしくなりながらも『うん……』と返事をした。
恋人になって手は出させないのは流石に酷すぎると思ったのもあったし、僕自身慊人と付き合えたことに喜びも感じてたから期待している所があった。
しかし、付き合い始めて早3週間。いつになっても慊人はハグまでしかしてこなかった。
僕は3週間ずっと『今日かもしれない』と毎日キスされることにドキドキしていた。
そしてそんな様子の僕に、慊人はものすごく嬉しそうにしていることに気がついた。
「キス待ちしてる波瑠が可愛くて可愛くて……我慢するのもツラいけど、波瑠が一生忘れられないようなファーストキスにするから我慢してる」
「ううう……ずっとこれ言ってくるんだよ。酷いよ……」
「……あんた達、楽しそうね」
葵の呆れたような声がすこし冷たかったのは気のせいじゃない。
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