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恋する乙女、フィーエ
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最後の患者に治癒を完了させ、リーシャは額の汗を袖で拭った。
「お疲れ様でした、リーシャ様」
「お疲れ様です。フィーエさん」
フィーエは侍祭二人に対して村が派遣してくれたお手伝いの女性である。明らかに忙しそうにしていたボドワールとリーシャを村長たち村の重鎮が不憫に思ってくれたようで、その時に村長の娘であるフィーエが手を挙げてくれたことがこの教会を手伝うことになった経緯だ。
フィーエはリーシャの三つ下だ。十九歳になったリーシャは、十六の頃の自分と比べてフィーエの手際が良すぎて少しだけ落ち込みそうになる。
「フィーエさん、後は僕の方で片付けるので、フィーエさんは帰宅して大丈夫ですよ」
フィーエに伝えるが、逆に治療に使った用具たちを持ち上げて片付けようと率先し始めた。
「いえいえ! 大丈夫です、最後まで私も手伝いますよ!」
「で、ですが……」
「大丈夫ですって!」
押し切られ、またしても負ける。
リーシャには、フィーエをなるべく早く帰したい理由がある。
「リーシャ、帰るぞ」
「あ……」
「レオナルド様! お疲れ様ですー!」
きゃいきゃいと、疲れの感じさせない中にも女性特有の柔らかな口調に、労いの言葉。フィーエは村一番の美人で騎士団の中でも人気を博している。そんなフィーエは絶対にレオナルドを狙っているようだった。
レオナルドは居るのが分かっていたのか、「お疲れ」と素っ気なくフィーエに言って、後は存在してないかのようにリーシャに向き直った。お互い、あからさますぎてリーシャの胃がキリキリしそうなのだ。ずももももと、フィーエの傷付けられた乙女心が黒いオーラを纏ってリーシャを見ている。仕事をしている時は頼れる相棒のフィーエもレオナルドがいる時は恋する乙女である。とても怖い。
「あー……あの女鬱陶しいな、流石に」
「そんなこと言わず…フィーエさんはもう大変貴重な戦力なんですから」
「へー? 俺があの女と楽しそうに笑って話してても平気?」
「…へ、いき……じゃない、です」
レオナルドとフィーエが楽しそうに話す姿を想像して俯いた。リーシャよりもフィーエがレオナルドの隣に歩く方が、絵になる。今はリーシャだけに興味を持っているレオナルドの気が代わるのが恐ろしいとすら思ってしまう。
リーシャももう、この気持ちの名前がなんなのか少しづつだが時間をかけて理解している。ここまで体を重ねて不快感もなく、一緒にいて離れがたく、レオナルドの優しさと甘やかしに心が絆されない訳がなかった。
そんなリーシャの心の変わりように、レオナルドが気づくのは必然であり、こうやって試すように言ってくるのは日常茶飯事だった。答えが分かっている問いかけが面白いのかと疑問に思うが、レオナルドはリーシャが答える度に満足そうに微笑む。
リーシャもレオナルドも、どちらも決定的な言葉を交わしてない。身体だけは異様な頻度で交わっているのに、恋人だとか、付き合っているとか、そういう言葉で縛り付けたりはしなかった。不健全だとは思っている。思っているけれど、リーシャはもう自らレオナルドから離れたいとは思ってない。
「はーぁ、メシ食ったらヤるかー」
「!? ちょ、な、え!ここ、往来です…!」
レオナルドの声量はそこそこあって、周囲の人間に聞こえてないかワタワタと慌て始める。そんなリーシャを見て楽しそうにしている男を睨んでも、レオナルドはビクともせずにニヤニヤとするばかりだ。
レオナルドの家に帰れば抱かれる。心も体もグズグズのドロドロになるほど。リーシャはそんな自分を想像して、顔が熱く火照るのでパタパタと手で扇いだ。
レオナルドを見れば絶対に愉快そうに笑っていると分かっているので見ないようにそっぽを向くと、リーシャの心の内を覗いたようにクスクスと笑う声が斜め上から聞こえてくる。
そんな音が心地好くて、隣を歩く男の肩が少し触れるのが暖かくて、早く家に帰りたいとリーシャは思いながら夕食へ向かった。
「お疲れ様でした、リーシャ様」
「お疲れ様です。フィーエさん」
フィーエは侍祭二人に対して村が派遣してくれたお手伝いの女性である。明らかに忙しそうにしていたボドワールとリーシャを村長たち村の重鎮が不憫に思ってくれたようで、その時に村長の娘であるフィーエが手を挙げてくれたことがこの教会を手伝うことになった経緯だ。
フィーエはリーシャの三つ下だ。十九歳になったリーシャは、十六の頃の自分と比べてフィーエの手際が良すぎて少しだけ落ち込みそうになる。
「フィーエさん、後は僕の方で片付けるので、フィーエさんは帰宅して大丈夫ですよ」
フィーエに伝えるが、逆に治療に使った用具たちを持ち上げて片付けようと率先し始めた。
「いえいえ! 大丈夫です、最後まで私も手伝いますよ!」
「で、ですが……」
「大丈夫ですって!」
押し切られ、またしても負ける。
リーシャには、フィーエをなるべく早く帰したい理由がある。
「リーシャ、帰るぞ」
「あ……」
「レオナルド様! お疲れ様ですー!」
きゃいきゃいと、疲れの感じさせない中にも女性特有の柔らかな口調に、労いの言葉。フィーエは村一番の美人で騎士団の中でも人気を博している。そんなフィーエは絶対にレオナルドを狙っているようだった。
レオナルドは居るのが分かっていたのか、「お疲れ」と素っ気なくフィーエに言って、後は存在してないかのようにリーシャに向き直った。お互い、あからさますぎてリーシャの胃がキリキリしそうなのだ。ずももももと、フィーエの傷付けられた乙女心が黒いオーラを纏ってリーシャを見ている。仕事をしている時は頼れる相棒のフィーエもレオナルドがいる時は恋する乙女である。とても怖い。
「あー……あの女鬱陶しいな、流石に」
「そんなこと言わず…フィーエさんはもう大変貴重な戦力なんですから」
「へー? 俺があの女と楽しそうに笑って話してても平気?」
「…へ、いき……じゃない、です」
レオナルドとフィーエが楽しそうに話す姿を想像して俯いた。リーシャよりもフィーエがレオナルドの隣に歩く方が、絵になる。今はリーシャだけに興味を持っているレオナルドの気が代わるのが恐ろしいとすら思ってしまう。
リーシャももう、この気持ちの名前がなんなのか少しづつだが時間をかけて理解している。ここまで体を重ねて不快感もなく、一緒にいて離れがたく、レオナルドの優しさと甘やかしに心が絆されない訳がなかった。
そんなリーシャの心の変わりように、レオナルドが気づくのは必然であり、こうやって試すように言ってくるのは日常茶飯事だった。答えが分かっている問いかけが面白いのかと疑問に思うが、レオナルドはリーシャが答える度に満足そうに微笑む。
リーシャもレオナルドも、どちらも決定的な言葉を交わしてない。身体だけは異様な頻度で交わっているのに、恋人だとか、付き合っているとか、そういう言葉で縛り付けたりはしなかった。不健全だとは思っている。思っているけれど、リーシャはもう自らレオナルドから離れたいとは思ってない。
「はーぁ、メシ食ったらヤるかー」
「!? ちょ、な、え!ここ、往来です…!」
レオナルドの声量はそこそこあって、周囲の人間に聞こえてないかワタワタと慌て始める。そんなリーシャを見て楽しそうにしている男を睨んでも、レオナルドはビクともせずにニヤニヤとするばかりだ。
レオナルドの家に帰れば抱かれる。心も体もグズグズのドロドロになるほど。リーシャはそんな自分を想像して、顔が熱く火照るのでパタパタと手で扇いだ。
レオナルドを見れば絶対に愉快そうに笑っていると分かっているので見ないようにそっぽを向くと、リーシャの心の内を覗いたようにクスクスと笑う声が斜め上から聞こえてくる。
そんな音が心地好くて、隣を歩く男の肩が少し触れるのが暖かくて、早く家に帰りたいとリーシャは思いながら夕食へ向かった。
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