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手紙
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「おーい」
声をかけられ振り向く。声をかけてきたのは老齢に差し掛かる侍祭のボドワールであった。
この小さな教会では、ボドワールとリーシャの二人で回している。リーシャが来るまでは、ボドワールが一人で辺境騎士団の皆を治癒していたというのだから尊敬ものである。二人に増えたはずなのにこんなてんてこ舞いなのだ、ボドワールが居ない時など考えたくない。
そんなボドワールが手に持ってこちらに向かって歩いてくる。不思議に思っていたが、ボドワールの手にある物を見て合点がいった。
それは少し厚みのある封筒だった。
「僕宛てですか?」
「いつものじゃい」
「レイディット様ですね、届けてくださってありがとうごさいます」
「いんや。少し休んでいいぞ。ちょうど途切れたじゃろ」
「うっそ! ジーさん!俺の姿見えてます?!」
「うるさいわい。どうせかすり傷のクセして。レオナルドが居なくなった途端、お前らリーシャに甘えすぎだわ」
リーシャは若手騎士の足の切り傷を治していた所だ。若手騎士はぐぬぬ、とボドワールを恨みがましく見るものの、それ以上文句は言えないようだった。
「ボドワール様。この方を治癒したら休ませて頂いても良いですか?」
「リーシャさん……!」
「それどころかそんな傷、舐めても治るからほっとけばええぞ」
「ひでぇジーさん!」
「あはは……」
若手騎士の泣きそうな顔に、大丈夫ですよ、と声を掛けて治癒を続けた。確かに朝から昼過ぎまでぶっ通しだったので、少し休ませてもらいたい。レオナルドからも口酸っぱく「昼休みはちゃんと取れ」と言われている。
区切りの良い所で終わらせて、後ろに並ぶ騎士たちはボドワールに任せることにした。失礼します、と言って部屋から出ると、ボドワールは「そんな擦り傷!帰れ帰れ!」と怒っているのが背中から聞こえてくるので苦笑するしかなかった。
休憩室に入って厚みのある便箋を封筒から取り出した。『リーシャへ』と始まるその内容は、いつも通りリーシャの身体を心配し、変わりないか。そしてレイディットの近況も綴られている。
レイディットは司祭から司教へと位が上がった。だから極秘事項の多い彼は近況といえど多くは語れない。侍祭である自分には雲の上に等しい存在になってしまったが、それでも変わらず慈しんでくれる彼に心が暖かくなるのを感じた。
そして、厚みのあった便箋の最後の一枚を読んだ時、リーシャは驚かされた。
『最近、実はルーシア騎士団長の退任の話が持ち上がっています。あの御仁ももう結構なお歳ですので。しかし王都の騎士団は強いとは言いきれず、ルーシア騎士団長のような求心力のある御仁の後継者は中々難しいという話です。
その上、こちらにあの憎き男が褒賞目当てに来るということですが……いや、まさかとは思っています。あまり神殿には騎士団の話は上がらないのでこれ以上知ることは出来ませんが。
リーシャ、大丈夫ですか?』
ぐわん、と頭の奥が回る感覚が襲ってきた。なのに椅子に座ってる感覚は無くなった。今自分が真っ直ぐ居られているのかも分からない。
副団長のディアスと話した言葉を走馬灯の様に思い出す。褒賞、英雄、女…そして結婚。
自分とレオナルドは同性愛であり、周囲から直接の反対意見は聞かれていないが実はこの辺境でもそこそこ疑問の声が聞こえてくる。
レオナルドにはもっと相応しい立場があるのでは、と。
その立場というのが、辺境騎士団長というものを指している訳では無いのはリーシャでも分かる。
レオナルドほどの人物であれば村長の娘どころか、領主の娘との縁談の話も持ち上がっていたし、それどころか領にやってきた貴族からの縁談もあったという。それはリーシャと恋人関係になってからも続いていた。
リーシャはいつだって気にしないようにしてきた。村長の娘も、領主の娘も、近隣の貴族の縁談も、全部だ。もしリーシャ以外が選ばれたとしても、レオナルドは辺境ヴァレンテインに居続ける。リーシャにとってそれが一番重要だった。
リーシャが祈る場所にレオナルドが居てくれれば、自分がどうなろうとも関係ない。
「でも……」
けれど、水の王都ルーシアに行くと言うならそれは違う。
リーシャの居場所は『レオナルドがいる辺境ヴァレンテイン』なのだ。それが、無くなるなんて考えたくなかった。
もちろんレイディットに頼めば水の王都の神殿に呼び戻してくれるだろう。しかし、辺境はまたボドワール一人が抱え込むことになる。ここの大変さを知った上で勝手に居なくなることなど、そんな不義理はリーシャにはとても出来ない。
それに、考えたことが無いわけではなかった。
「……レオナルド様が、結婚……」
男のリーシャでは子は成せない。
騎士団員達が裏で、『あれほどの剣と魔法と上に立つ才のある人物が跡継ぎを産まないなんて』。
村の女性達が『あんなカッコいい男が、男に取られたなんて』。
村の男性達が『可愛いかもしれねぇけど、やっぱありゃ男だろ。女に困らないのに勿体ない』。
そんな風に言っているのを一度と言わず、何度も何度も耳にしてきた。
けどそれら全て聞かなかったことにしていた。全て聞かず、心地よい温湯に浸かってレオナルドの耳障りの良い言葉だけ聞いてきた。そのツケが今やってきたのだ。
「はぁ……ん?」
大きくため息をついて机に突っ伏して落ち込もうとした時だった。最後の一枚と思っていた便箋の裏には更に小さなメッセージが添えられていた。
『追伸。私としては、リーシャの考えが手に取るように分かってしまうのでこの手紙のすぐ後に、もう一枚手紙を送りました。私情なんて入れてませんからね?仕事です、仕事』
「……仕事?」
レイディットの綴った手紙の謎は、次の日に理解することとなった。
声をかけられ振り向く。声をかけてきたのは老齢に差し掛かる侍祭のボドワールであった。
この小さな教会では、ボドワールとリーシャの二人で回している。リーシャが来るまでは、ボドワールが一人で辺境騎士団の皆を治癒していたというのだから尊敬ものである。二人に増えたはずなのにこんなてんてこ舞いなのだ、ボドワールが居ない時など考えたくない。
そんなボドワールが手に持ってこちらに向かって歩いてくる。不思議に思っていたが、ボドワールの手にある物を見て合点がいった。
それは少し厚みのある封筒だった。
「僕宛てですか?」
「いつものじゃい」
「レイディット様ですね、届けてくださってありがとうごさいます」
「いんや。少し休んでいいぞ。ちょうど途切れたじゃろ」
「うっそ! ジーさん!俺の姿見えてます?!」
「うるさいわい。どうせかすり傷のクセして。レオナルドが居なくなった途端、お前らリーシャに甘えすぎだわ」
リーシャは若手騎士の足の切り傷を治していた所だ。若手騎士はぐぬぬ、とボドワールを恨みがましく見るものの、それ以上文句は言えないようだった。
「ボドワール様。この方を治癒したら休ませて頂いても良いですか?」
「リーシャさん……!」
「それどころかそんな傷、舐めても治るからほっとけばええぞ」
「ひでぇジーさん!」
「あはは……」
若手騎士の泣きそうな顔に、大丈夫ですよ、と声を掛けて治癒を続けた。確かに朝から昼過ぎまでぶっ通しだったので、少し休ませてもらいたい。レオナルドからも口酸っぱく「昼休みはちゃんと取れ」と言われている。
区切りの良い所で終わらせて、後ろに並ぶ騎士たちはボドワールに任せることにした。失礼します、と言って部屋から出ると、ボドワールは「そんな擦り傷!帰れ帰れ!」と怒っているのが背中から聞こえてくるので苦笑するしかなかった。
休憩室に入って厚みのある便箋を封筒から取り出した。『リーシャへ』と始まるその内容は、いつも通りリーシャの身体を心配し、変わりないか。そしてレイディットの近況も綴られている。
レイディットは司祭から司教へと位が上がった。だから極秘事項の多い彼は近況といえど多くは語れない。侍祭である自分には雲の上に等しい存在になってしまったが、それでも変わらず慈しんでくれる彼に心が暖かくなるのを感じた。
そして、厚みのあった便箋の最後の一枚を読んだ時、リーシャは驚かされた。
『最近、実はルーシア騎士団長の退任の話が持ち上がっています。あの御仁ももう結構なお歳ですので。しかし王都の騎士団は強いとは言いきれず、ルーシア騎士団長のような求心力のある御仁の後継者は中々難しいという話です。
その上、こちらにあの憎き男が褒賞目当てに来るということですが……いや、まさかとは思っています。あまり神殿には騎士団の話は上がらないのでこれ以上知ることは出来ませんが。
リーシャ、大丈夫ですか?』
ぐわん、と頭の奥が回る感覚が襲ってきた。なのに椅子に座ってる感覚は無くなった。今自分が真っ直ぐ居られているのかも分からない。
副団長のディアスと話した言葉を走馬灯の様に思い出す。褒賞、英雄、女…そして結婚。
自分とレオナルドは同性愛であり、周囲から直接の反対意見は聞かれていないが実はこの辺境でもそこそこ疑問の声が聞こえてくる。
レオナルドにはもっと相応しい立場があるのでは、と。
その立場というのが、辺境騎士団長というものを指している訳では無いのはリーシャでも分かる。
レオナルドほどの人物であれば村長の娘どころか、領主の娘との縁談の話も持ち上がっていたし、それどころか領にやってきた貴族からの縁談もあったという。それはリーシャと恋人関係になってからも続いていた。
リーシャはいつだって気にしないようにしてきた。村長の娘も、領主の娘も、近隣の貴族の縁談も、全部だ。もしリーシャ以外が選ばれたとしても、レオナルドは辺境ヴァレンテインに居続ける。リーシャにとってそれが一番重要だった。
リーシャが祈る場所にレオナルドが居てくれれば、自分がどうなろうとも関係ない。
「でも……」
けれど、水の王都ルーシアに行くと言うならそれは違う。
リーシャの居場所は『レオナルドがいる辺境ヴァレンテイン』なのだ。それが、無くなるなんて考えたくなかった。
もちろんレイディットに頼めば水の王都の神殿に呼び戻してくれるだろう。しかし、辺境はまたボドワール一人が抱え込むことになる。ここの大変さを知った上で勝手に居なくなることなど、そんな不義理はリーシャにはとても出来ない。
それに、考えたことが無いわけではなかった。
「……レオナルド様が、結婚……」
男のリーシャでは子は成せない。
騎士団員達が裏で、『あれほどの剣と魔法と上に立つ才のある人物が跡継ぎを産まないなんて』。
村の女性達が『あんなカッコいい男が、男に取られたなんて』。
村の男性達が『可愛いかもしれねぇけど、やっぱありゃ男だろ。女に困らないのに勿体ない』。
そんな風に言っているのを一度と言わず、何度も何度も耳にしてきた。
けどそれら全て聞かなかったことにしていた。全て聞かず、心地よい温湯に浸かってレオナルドの耳障りの良い言葉だけ聞いてきた。そのツケが今やってきたのだ。
「はぁ……ん?」
大きくため息をついて机に突っ伏して落ち込もうとした時だった。最後の一枚と思っていた便箋の裏には更に小さなメッセージが添えられていた。
『追伸。私としては、リーシャの考えが手に取るように分かってしまうのでこの手紙のすぐ後に、もう一枚手紙を送りました。私情なんて入れてませんからね?仕事です、仕事』
「……仕事?」
レイディットの綴った手紙の謎は、次の日に理解することとなった。
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