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理人×雅
side理人
しおりを挟む田中さんはあの後家族と共に退院して行った。紫桃、いや、雅と最後泣きながらお別れの挨拶をしていた。俺も一応手術担当だったから挨拶を交わしたけれど、感謝こそされたが涙を流すほどの感動は無かった。主治医の加藤は居なかった。現れなかった訳ではなく、単純に外来だったから来れなかっただけだ。
そしてそれからしばらくして、雅と俺は正式に付き合うことになった。流されて付き合ってくれているのかも、なんて疑ったりしたけれど、雅は付き合うとひっつき虫のようになった。
家にいる間、トイレ以外はピトリとくっついてくるのだ。
猫が懐くとこんなに可愛いのかと悶えたくなる。堪らなくなって抱き潰してしまうこともしばしば。多少雅の機嫌は悪くなるものの嫌がってる様子はなく、キスをすると直ぐに許される。こちらが心配になるほどちょろい。
そんなこんなで幸せを享受していたが、雅の最近の様子はどこかおかしい。
気づくといつもため息をつき、疲れた様子が多々見受けられた。理由を聞いても「仕事で疲れてるだけ」とはぐらかされてしまう。
無理に聞き出すことも出来なくはないけれど、あまり追い詰めるようなことはしたくない。
「なので、聞きに来ました」
「あー…紫桃くんねぇ……」
仲のいいベテラン看護師にスタッフステーションのカウンター越しに尋ねる。
思い当たるのか顎に手を当ててはぁ、とため息をついた。
「もーいい加減にして欲しいくらいですよ。田中さんも退院して、終わったことなのに」
「何?どーいうこと?」
「……見てれば分かりますよ」
そう言って、看護師はスタッフステーションの奥を指さした。そこには本日の調整役のリーダー看護師がいる。リーダーは医師や他のスタッフ達からの伝言を看護師や他のスタッフに伝えて調整する係なのだが、そのリーダーは明らかにイライラして電話を切っていた。
「紫桃くん! また薬変わるって!」
「あ…」
「もー! 今日も三回目! 昨日も五回くらいあったよね?!」
またか、と周囲の看護師も呆れたように冷ややかな視線を送っている。雅はそれを受け、「すみません……」と居づらそうに俯いた。
リーダーもまだ雅にイライラをぶつけながら変更された指示を伝えているようだった。
「……は? なに、あれ?」
「紫桃くんイビリですよ。 加藤先生の」
「へぇ…」
「リーダーもまだ不慣れな子だから、色んな指示受けてる中でぐちゃぐちゃに変えられてイライラしちゃうんです」
コソコソと説明され、把握する。最近思い詰めたように瞳を伏せる理由はこれか。
「紫桃くん、加藤先生に謝ったんですよ? ちゃんとみんなの前で。けど、コレですからね」
「なるほどね。ありがと」
「……頼みますよ、恋人でしょ?」
「あ、気づいた?」
「気づきますよ。紫桃くんはちゃんとプライベート分けてますけど、春永先生の方がめちゃくちゃ浮かれてますし」
ちゃんと守って辞めさせないでくださいね。あと、他の看護師にバレないようにして下さい。と言われ、ヒラヒラと手を振って了解を示した。
「あー、そうそう。 うん。 その注射変えて。は? 必要だから言ってんだよ。変えろよ」
外来ブースに行くと、ニヤニヤと笑いながらPHSをかけている男の姿が見えた。
電子カルテをいじり、今まさに指示を変えようとしているようだった。
「じゃ、よろしくー」
「何がよろしく?」
「…っ!!」
ガタタッと慌てて背もたれに寄りかかっていた身体を直し、男は振り返った。
「は、春永先生……なんだ、驚かさないでくださいよ」
「ごめんごめん。なんかあった?」
「い、いえ……なにも」
「でもそれさぁ。朝、俺が指示した内容と違くない?」
その患者は俺の手術担当の患者だった。と言っても主治医は加藤先生だったため俺は指示しているだけで直接診ているわけではなかった。
だから、気づいてあげれなかった。
「あ、あー……いや、その」
「へぇ。こっちは入院予約を取り消してるの? 入院するよね? ベッドが足りなくなって困るのは……ああ、紫桃か。部屋が紫桃の見てる部屋だ」
「……」
流石に黙り始めてしまう。 ただ冷や汗をかいて顔を真っ青にしていることから悪いことをしている自覚はあったようだ。
けどそれで許すほど、俺は人間できていない。
「ところで加藤先生。士郎が最近、出向する奴を探してるんだよねぇ」
「え……!」
出向は悪い話ではない。勉強になることが多々ある。ただ今回の出向先の病院はあまりいい噂を聞かない。キツい、ツラい、看護師が怖いと評判だった。
俺はにっこりと加藤先生の肩を叩いて耳元で囁いた。
「俺が推薦しとくから。頑張って」
加藤先生から離れ、そのまま部屋を出る。出る間際、加藤先生が椅子からずるりと落ちていくのが目の端に写った。
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