35 / 41
番外編
十二歳差 side レイリー
しおりを挟む
レイリー=スタームがラヴェル=アンデルベリから本気で口説かれたのは約1か月前ほどに遡る。
アンデルベリ公爵家は、王弟殿下が臣籍降下したことにより出来た公爵家である。
ラヴェルはそのアンデルベリ公爵閣下の長男である。
3年ほど前に、双子の兄妹が生まれたらしく、アンデルベリ公爵家は三人兄弟という訳だ。
ラヴェルは長男でありながら、小さい頃から体が弱く、レイリーがアンデルベリ公爵家に訪問治療を行い出したのは2年ほど前からである。
前任者から引き継ぎを受けた際は信じられなかった。まともな治療は施されておらず、病状は進み、ラヴェルの身体はどんな小さな風邪だろうと、感染を起こしたら一発で死に至るだろうという状況だった。
前任者も決して腕が悪かった訳では無い。しかし、ラヴェルの病気に対する知識がなかった。
病気に対し、無知は大敵である。
レイリーはラヴェルの病気をすぐさま理解し、2年かけて治療し、ようやくベッドから起き上がり本を読んだり、長時間話したりすることが出来るようになったのだ。
そこまで出来るようになって、アンデルベリ公爵家の公爵閣下、公爵夫人、果ては使用人までもがレイリーに泣きながら感謝した。
誰もがみな、死を覚悟していたらしく、レイリーは感謝されたことでラヴェルを救ったことを自覚し、決して驕っている訳では無いが仕事に対する成果を感じた。
そして、1か月前。
「今日の治療はこれで終了です、また3日後お伺いしますね。くれぐれも……」
「レイリーさん、忙しいのは分かっていますが…少しお話しませんか?」
珍しく、ラヴェルに引き止められた。
レイリーは治療が終えたら直ぐに治療院に戻る。次の患者が待っているし、カルテを記載する必要もある。
しかし、レイリーにとってラヴェルとは、とても可愛い弟のようだったのだ。
本当の弟のイヴも可愛いと甘やかしていたが、ラヴェルは甘やかすとそれを素直に受け取り、花が綻ぶように笑顔を見せてくれるのがたまらなく愛おしかった。
そもそもラヴェルは我儘をあまり言わない。公爵閣下や公爵夫人、使用人たちもそれを一様に口を揃えて言う。
そんなラヴェルの可愛らしいお願いならば、レイリーに叶えないという選択肢は存在しなかった。
「どうされましたか?」
「レイリーさん。僕の病気をいつも診て、治療を施してくださって本当にありがとうございます」
ベッドに長座したラヴェルが、真っ直ぐに、真剣な瞳でレイリーに伝える。
レイリーはこの時点で既に嬉しくて胸を抑えた。
2年前は息も絶え絶えで死にかけていたラヴェルがここまで元気になり、そしてレイリーに感謝の言葉を述べるほど治癒が進んだのだ。
仕事とはいえ、本気で嬉しく思っていた。
「……いえ、当たり前のことをしたまでですよ。ラヴェル様の自己回復力のおかげでもあります」
「レイリーさんがそう言うってことは、確かに僕の回復力もあったのかもしれません」
八歳にしては大人びている。まだまともな教育を受けてないであろう子供なのに立派なものである。
レイリーは、さすがスターム家、と言われるのを嫌う。しかしラヴェルを見ているとどうしても、さすがは王族の血を引く者だ、と思ってしまう。
なので口にするのだけはしないようにしている。
「ええ、そうですよ。ラヴェル様が諦めなかったことが1番の治療でした」
「僕は諦めかけてました。父上も母上もみんな。レイリーさんだけが諦めずに治療してくれました」
「…治るという確信がありました」
「それでも、僕は本当に嬉しく思っています」
小さな子に、裏表無い感情で感謝を述べられることほど嬉しいものはなかった。
レイリーは少し涙ぐみそうになりながら、必死に笑顔を作った。
「レイリーさんは、恋人や婚約者はおりますか?」
「え?」
突然の質問に、涙が全て引っ込んだ。
「おりませんが……」
「本当ですか! では好きな人は?」
「いえ……居ません。仕事一筋でしたので…」
レイリーは生まれてこの方、恋というものから程遠い人生を歩んできた。
言ってしまえば仕事が恋人のようなものである。
「良かったです…」
「良かったですとは……?」
恋人や婚約者がいない、好きな人もいないで喜ばれるのは一体どういう意味なのだろうか。
レイリーはこの時、全く気づいていなかった。
きっと、ラヴェルがレイリーにもう少し近い年齢だったならば、意識せざるえない言葉の数々だっただろう。
しかし、八歳という年齢は若すぎたのだ。
「レイリーさん、僕の治療はもうほとんど終わっていますよね」
「はぁ、まぁ、そうですね。あと1ヶ月くらいかと」
「そうですか。 ではレイリーさん、僕の婚約者になってくれませんか?」
時が止まった。
レイリーは常日頃、冷静であれと自分を制してきた。
それは焦っても患者のためにも他の治癒師のためにもならないからであり、心は情熱を抱いていても、頭はいつも冷静だった。
けれど、今その冷静な頭の中は、完全にパニックを起こして妖精のような何人ものレイリーか騒ぎ立てていた。
「僕はもう健康になりかかっていますし、今後は身体を鍛えようと思っています。 それに、この公爵家を継ぐように教育をすると父上が言っていました」
グレースピネルの瞳が、静かに輝いている。 八歳にしては落ち着いた色の輝きに、レイリーは目を奪われた。
「レイリーさんの将来は僕が支えたいんです。 父上も、レイリーさんならば、と言ってくれています」
既に、父親にまで話を通している。
今までも冗談のようには聞こえなかったのだが、更に本気度が増す言葉の重みを感じた。
「レイリーさん、僕の婚約者になってください」
レイリーは、十にも満たない男の子に、本気で口説かれ始める日々を送ることになったのだった。
アンデルベリ公爵家は、王弟殿下が臣籍降下したことにより出来た公爵家である。
ラヴェルはそのアンデルベリ公爵閣下の長男である。
3年ほど前に、双子の兄妹が生まれたらしく、アンデルベリ公爵家は三人兄弟という訳だ。
ラヴェルは長男でありながら、小さい頃から体が弱く、レイリーがアンデルベリ公爵家に訪問治療を行い出したのは2年ほど前からである。
前任者から引き継ぎを受けた際は信じられなかった。まともな治療は施されておらず、病状は進み、ラヴェルの身体はどんな小さな風邪だろうと、感染を起こしたら一発で死に至るだろうという状況だった。
前任者も決して腕が悪かった訳では無い。しかし、ラヴェルの病気に対する知識がなかった。
病気に対し、無知は大敵である。
レイリーはラヴェルの病気をすぐさま理解し、2年かけて治療し、ようやくベッドから起き上がり本を読んだり、長時間話したりすることが出来るようになったのだ。
そこまで出来るようになって、アンデルベリ公爵家の公爵閣下、公爵夫人、果ては使用人までもがレイリーに泣きながら感謝した。
誰もがみな、死を覚悟していたらしく、レイリーは感謝されたことでラヴェルを救ったことを自覚し、決して驕っている訳では無いが仕事に対する成果を感じた。
そして、1か月前。
「今日の治療はこれで終了です、また3日後お伺いしますね。くれぐれも……」
「レイリーさん、忙しいのは分かっていますが…少しお話しませんか?」
珍しく、ラヴェルに引き止められた。
レイリーは治療が終えたら直ぐに治療院に戻る。次の患者が待っているし、カルテを記載する必要もある。
しかし、レイリーにとってラヴェルとは、とても可愛い弟のようだったのだ。
本当の弟のイヴも可愛いと甘やかしていたが、ラヴェルは甘やかすとそれを素直に受け取り、花が綻ぶように笑顔を見せてくれるのがたまらなく愛おしかった。
そもそもラヴェルは我儘をあまり言わない。公爵閣下や公爵夫人、使用人たちもそれを一様に口を揃えて言う。
そんなラヴェルの可愛らしいお願いならば、レイリーに叶えないという選択肢は存在しなかった。
「どうされましたか?」
「レイリーさん。僕の病気をいつも診て、治療を施してくださって本当にありがとうございます」
ベッドに長座したラヴェルが、真っ直ぐに、真剣な瞳でレイリーに伝える。
レイリーはこの時点で既に嬉しくて胸を抑えた。
2年前は息も絶え絶えで死にかけていたラヴェルがここまで元気になり、そしてレイリーに感謝の言葉を述べるほど治癒が進んだのだ。
仕事とはいえ、本気で嬉しく思っていた。
「……いえ、当たり前のことをしたまでですよ。ラヴェル様の自己回復力のおかげでもあります」
「レイリーさんがそう言うってことは、確かに僕の回復力もあったのかもしれません」
八歳にしては大人びている。まだまともな教育を受けてないであろう子供なのに立派なものである。
レイリーは、さすがスターム家、と言われるのを嫌う。しかしラヴェルを見ているとどうしても、さすがは王族の血を引く者だ、と思ってしまう。
なので口にするのだけはしないようにしている。
「ええ、そうですよ。ラヴェル様が諦めなかったことが1番の治療でした」
「僕は諦めかけてました。父上も母上もみんな。レイリーさんだけが諦めずに治療してくれました」
「…治るという確信がありました」
「それでも、僕は本当に嬉しく思っています」
小さな子に、裏表無い感情で感謝を述べられることほど嬉しいものはなかった。
レイリーは少し涙ぐみそうになりながら、必死に笑顔を作った。
「レイリーさんは、恋人や婚約者はおりますか?」
「え?」
突然の質問に、涙が全て引っ込んだ。
「おりませんが……」
「本当ですか! では好きな人は?」
「いえ……居ません。仕事一筋でしたので…」
レイリーは生まれてこの方、恋というものから程遠い人生を歩んできた。
言ってしまえば仕事が恋人のようなものである。
「良かったです…」
「良かったですとは……?」
恋人や婚約者がいない、好きな人もいないで喜ばれるのは一体どういう意味なのだろうか。
レイリーはこの時、全く気づいていなかった。
きっと、ラヴェルがレイリーにもう少し近い年齢だったならば、意識せざるえない言葉の数々だっただろう。
しかし、八歳という年齢は若すぎたのだ。
「レイリーさん、僕の治療はもうほとんど終わっていますよね」
「はぁ、まぁ、そうですね。あと1ヶ月くらいかと」
「そうですか。 ではレイリーさん、僕の婚約者になってくれませんか?」
時が止まった。
レイリーは常日頃、冷静であれと自分を制してきた。
それは焦っても患者のためにも他の治癒師のためにもならないからであり、心は情熱を抱いていても、頭はいつも冷静だった。
けれど、今その冷静な頭の中は、完全にパニックを起こして妖精のような何人ものレイリーか騒ぎ立てていた。
「僕はもう健康になりかかっていますし、今後は身体を鍛えようと思っています。 それに、この公爵家を継ぐように教育をすると父上が言っていました」
グレースピネルの瞳が、静かに輝いている。 八歳にしては落ち着いた色の輝きに、レイリーは目を奪われた。
「レイリーさんの将来は僕が支えたいんです。 父上も、レイリーさんならば、と言ってくれています」
既に、父親にまで話を通している。
今までも冗談のようには聞こえなかったのだが、更に本気度が増す言葉の重みを感じた。
「レイリーさん、僕の婚約者になってください」
レイリーは、十にも満たない男の子に、本気で口説かれ始める日々を送ることになったのだった。
48
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
【8+2話完結】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜
キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。
そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。
近づきたいのに近づけない。
すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。
秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。
プロローグ+全8話+エピローグ
神楽
立樹
BL
谷川彰也は、大学でも美形で人の注目を集めている近松神楽にモーニングコールをしている。
ただ、モーニングコールをするだけの仲だった。ある日、コールをしていることがバレてしまった。
彰也も近松に言っていない秘密があって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる