【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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番外編

事件 side クラーク

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クラーク=アクセルソンは今日が人生で最も最悪な日だと思った。

クラークは、学園時代お付き合いしていたサシャ=ジルヴァールがアーヴィン=イブリックとキスの練習をしていて、裏切られたと知ったあの日が1番最悪な日だった、と心に刻みつけられていた。

サシャのことは本当に好きだった。

1つに縛った肩口に流れる艶やかな銀の髪も、煌めくアメジストの瞳も、整いすぎているほどの顔立ちも、所作も、恥ずかしそうに俯いてモジモジとする様も、控えめな笑顔も、サシャの全てが好きだった。

なのに、裏切られたと分かった瞬間、自分の中にここまでのドロドロとした仄暗い感情があったのかと驚くような言動をしてしまった。

直ぐに謝りたいと思った。けれど、謝ったところで、裏切られたこの自分の気持ちが取り返せるとは思えなかった。

それに、どちらかと言うとサシャが謝るべきだとも思った。確かにサシャにキスをせがんで困らせたのはクラークである。けれど、そんなに悩むならば一言相談すれば良いだけの話だ。
何故わざわざアーヴィンに相談したのか、あの騒動の時のクラークには理解出来なかった。

そして、アーヴィンと結婚をした、という一報をディランから聞かされた時に合点がいった。

サシャの心は既にあの時、恋人のクラークよりもアーヴィンの方に傾いていたからなのだ、と。
人生最悪の日は、キスをせがんだ日から始まっていたのだと気付かされた。

そんな風に落ち込んでいた時にディランから紹介されたのが、エメ=デュリュイだ。

エメは何もかもサシャとは正反対で、ディランは一体何を考えて紹介してきたんだと思った。

エメはサシャよりも小柄で、ほんの少し天然のパーマがある空色の髪でシトリンの黄色い瞳。そして何かホルモンでも打ったような玉のようなツルツルの肌に少年のような顔立ち。
そして何より、口も悪く所作も、見苦しい訳ではないものの、貴族として生まれ育ったクラークには褒められたものではなかった。

しかし、それでもだ。

エメは、クラークにとって口の悪さも所作も全てがどうでも良くなる程の人格の持ち主だった。

素直で隠し事もしない、故意でなくとも裏切らない一途な性格。そして何よりも、クラークの気持ちを1番に考えてくれる健気な姿に惚れないわけがなかった。

一体どういう風に育てばそんな性格になるのかと思えば、エメの家族に会った時に分かった。

エメの父親は既に他界していた。歳若いシングルマザーでエメやエメの兄弟を育てていた。
けれどエメの母親は、若くして亡くした夫を想い続けた。
シングルで育てるなど、平民の身分でなくとも大変なもので、心配した周囲からも再婚の話があったらしい。
けれども、エメの母親は全て断った。

「夫以外に伴侶は考えられない。それは今もこれからも変わらない。夫がこの世に居ないことはちゃんと分かってる。それでも、夫を裏切ることだけは絶対にしない」

そう周囲にキッパリと言った。当然周囲は、それは裏切り行為などではなく、これから大変になるのだから支えが必要だ、と説明した。
けれどエメの母親は曲げなかった。頑固だと言えば聞こえが悪い。エメを知っているクラークには、健気で一途な性格は血筋なのだと理解した。
そしてこの話を底抜けに明るく言う所も、エメと母親はそっくりだと思った。

クラークはその話を聞いて、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか悩んだ。

もし、クラークがエメよりも先に死んだ場合、母親そっくりのエメは、きっと同じことをする気がしたのだ。

それでも、クラークにとってエメは既に唯一無二の存在で、手放すことは出来なくなっていた。

「それで……クラーク、申し訳ないけど向こうが押しかけてきているのよ。クラークにはもうエメさんが居るって伝えたんだけど全然納得してくれなくて、追い出すことも出来なくて」

アクセルソン家で困り果てているのは、クラークの母、セリーヌであった。

セリーヌは頬に手を当てながら溜息をつく。クラークとしても塩でも撒いてしまおうかと思うくらいには苛立ちが湧いてきている。

そもそもこの件はもう終わった話だったはずなのだ。なのに面倒なことになった。これから来る予定のエメに急いで連絡しなければと思った。

「クラーク様、エメ様がもう到着なさっておりますが…」
「遅かったか。僕の部屋に通しておいて。はぁ……」

エメと勝手に来た来客を会わせる訳にはいかない。早く帰すためにクラーク自身が応接室へ向かって来客に対応することに決めた。

しかし、何故かクラークの部屋に向かわせていたはずのエメが応接室へ入っていくのを見て、慌てて後を追う。

エメがどうして応接室に。誰に行くように言われたのか。

そして、事件は起こる。

「お初にお目にかかります、カタリナ=ミルヴェーデンと申します。クラーク様の恋人でいらっしゃるとお伺いしておりますが?」
「……は、初めまして。エメ=デュリュイ、です?」
「本当に平民の方ですのね…、でもそうですね。クラーク様ほどの方ならきっと良い方をお選びになったのですね」
「は、はぁ……」

「エメ様。 お願いがあります。私と、正々堂々勝負してください」

そこでようやくクラークは部屋の中に到着する事が出来たが、時すでに遅し。
手で顔を覆いながら、悔やんだ。

クラークの元婚約者カタリナ=ミルヴェーデンと現恋人エメ=デュリュイが対面をしてしまったことは、クラークにとって人生で最も最悪な日を更新してしまったのだ。
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