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その後の話
ペシミスティックな月の裏②
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それから5日、アルは俺しかいないところで色々言ってきた。
「ローマンド家?グウェン兄様と釣り合ってない」
「魔力がないって聞いたけど、貴族やめたら?」
「男じゃグウェン兄様の子供産めないでしょ」
など、俺が王女に言われて気にしていたことも含めて、影で言ってきた。俺はどうしていいか分からなかった。
影で言うし、話し合おうとしても避けられる。
けれども、本人に言うだけマシだと思うのだ。王女もそうだったが、俺は何か言いやすい雰囲気があるのか。前世でも襲われたのはイジメと言っても過言ではないし、そういう星の下に生まれてきたのだろうか。
まだ子供だし、怒るのも何となくできなかった。
しかし子供の割に隠れてこういうことをするのが上手い。アイリスやスイレン、他の使用人たち、グウェンの誰も気づいていない。俺も顔に出さないようにしている。
たかだか1ヶ月であるし、グウェンの親戚と波風立てるのは避けたい。そしてグウェンにチクることもあまりしたくない。
グウェンを信じていない訳では無い。ただ、俺の気が引ける。グウェンに言うことで、例え本当の事であっても、子供に対して悪口を言うような気がしてしまった。
という訳で、多少胃がキリキリしながらアルの言葉の槍を受け続けるしかなかった。
そして、嫌われている俺は、まさかアルがアトリエに乱入してくるとは思っていなかったのだ。
入ってきて早々にアルは、刺繍をしていた俺に向かって言う。
「ノアさんさぁ、ここまで言われて気づかない? ライオット家に歓迎されてないの」
「へ…」
ライオット家に歓迎されていない、というのは義父や義母ではなく、親戚一同のことだろうか。
突然の事で気の抜けた返事をしたことで癇に障ったようで、アルは続けた。
「魔力なし、公爵家に子爵家が嫁ぐ、男で子供も産めない、しかも顔も大したことないし、貴族の勉強もできない、唯一の取り柄が刺繍?」
王女ぶりにハッキリ言われた。それも7歳の子供に。ポカン、と口を開けて放心してしまった。
「なんでここにいるの?」
そう言われて、ただ1つその言葉を俺は言うしか無かった。
「なんでって…グウェンが好きだからだよ」
俺にはこれしかない。グウェンが俺といる為に茨の道を進んでいることは重々承知しているし、それこそ今更である。アルに言われたことで身を引くなら、もうとっくにそうしている。
しかし、アルには納得がいかなかったようだった。
「家族みんな反対してたんだよ。刺繍しか取り柄のない男を選ぶなんて、ってグウェン兄様は言われてたんだよ」
「……そう」
「なにその気の抜けた返事、なんか言い返せば?」
本当にこの子は7歳なのか。前世があるのでは、なんてトリップしかけるが、それをしたら目の前の男の子はブチ切れそうだったので思考を戻した。
「本当のことだし、言い返せないよ。俺はグウェンが好きでここに居るんだ。グウェン自身に出てけと言われない限り、ここにいるよ」
「なにそれ、厚顔無恥もいい所だね」
「そうかもね。でも、グウェンが俺の事を嫌いになるまでは居るよ」
俺はグウェンを嫌いになることなんてない。絶対に言いきれる。
でも、レイが嫌いなネガティブなことを言うならば、グウェンは俺を嫌いになってもおかしくない。何度も違う男に襲われて、身体はおよそ綺麗とは言い難い。そして後はアルが言った通りだ。子爵家で、魔力なし、男で、妊娠は出来ない。
グウェンは、前に俺に捨てられるかもしれないとレイに言われた、と落ち込んでいたらしい。しかし、俺からしてみればそんなのちゃんちゃらおかしい。
その逆で、俺がいつ捨てられてもおかしくないのだ。
「ふぅん…じゃあ、グウェン兄様が出てけって言ったら出てくんだね」
「? まぁ…そうなるね」
「みっともなく縋りついたりしないでね!」
そう言い放って、アルはアトリエから出ていった。
結婚期間が短くたって、好きな人に少しくらい縋り付く権利は貰ってもいいと思う。と見当違いなことを考えた。
今日は呑みたい気分だ。アイリスかスイレンに頼んでルークに連絡を取ってもらおうと決めた。
場末のバーにしては雰囲気のいいお店だった。まだ俺とルークが隣人同士だった頃によく飲みに行っていたバーだ。
俺は店に入ると、カウンターに座った二枚目の顔をした茶髪の騎士を見つけた。こうしてみると、しなやかな筋肉で手足はスラリとしているし、前世でいうモデルのような人物だなと思う。
ルークは既に呑み始めていた。グラスから考えてウイスキーのロックの様に見えた。俺はルークの隣に座った。
「マスター、これと同じの」
カウンター越しに頼むと、マスターは頷き、作り始めた。
「よぉ。今日はどうしたんだよ、久しぶりだな」
「どうもこうも…呑みたい気分だっただけだ」
ルークはふぅん、と言ってウイスキーの入ったグラスを傾ける。カラン、という音が小気味よい。
「それじゃ、家で呑めばいいだろ。そっちの方がよっぽど良い酒呑めるだろ」
「家で呑みたくないんだよ。今子供がいるんだ」
「は? 子供?」
「グウェンの甥っ子が来てるんだ」
俺の目の前にウイスキーが音も立てずに置かれる。 俺は礼を言ってそれを受け取り、ほんの少しだけ口に含んだ。
「甥っ子? ああ、跡取りか」
「そ。だから外で呑んでんの」
「……なんかあったな?」
ルークは首を突っ込む。面倒見のよく、その実面倒臭がりなこの男は存外面白いことが大好きなのだ。男の目にはワクワクと言う瞳の色が宿っているのが見て取れる。
俺はルークなら別に本邸であったことを話しても平気だろうと思ったから、この男を選んだのだ。
面白いことが好きな割には、その状況を打破しようとしたりはしてこない。ただ聞くだけの都合いい話し相手になってくれることを知っている。
俺は本邸であったことを全て話した。
「うっわ。本当に7歳か?口だけはテオよりも上手そうだな」
「子供だからムキになって言い返せないしねぇ。自分の武器をよく分かってるよ」
「それ、本当にお前しか知らねぇの?」
ルークは、メイドや他の使用人、グウェンが気づいていないことに疑問を感じているようだった。
特にメイドの2人は聡いところがある。俺の態度がおかしければすぐに気づくし、実際どうしたのか、と何回か声をかけられている。
「まぁ気づいてないだろうね。俺が全部適当に流してるから」
「お前が人に嫌われてるとこ、操られてたソフィア殿下以外見たことないから驚いたわ」
「変なやつに好意は持たれても、こんなに嫌われてるのは初めてだ」
そう。これが俺が1番心にきている理由だ。生まれてこの方、ここまでの敵意を向けられたのは初めてのことで、正直戸惑っている。いや、戸惑いと言うよりは面倒だと思っている。
元より別に子供好きな訳でもないし、聖人君子でもない。自分の身の回りさえ良ければそれで良しという考えしかない。だから子供に敵意を向けられても、自分にしか害はないし、放っておいて問題はない。
しかし、ストレスは溜まるもので、ルークにこうやって来てもらっているわけだ。
「言えば?グウェン様に。何とかするだろあの人なら」
「やだよ。子供にいじめられてますーなんて、カッコ悪い」
「ええ……カッコ悪いからなのかよ」
それこそ言いたくない。子供にいじめられてグウェンに助けを求めるのは、もうすぐ二十歳を迎える自分には耐え難い。それもたかだか7歳にだ。
「子供はすぐムキになるからな。お前がそうやってスカしてんのが気に食わないんだろ」
「子供がそれに気づいてるって?ンなわけない」
「いやー、子供は意外によく見てるもんだ。グウェン様は置いといても、あのメイドの2人すら本性に気づいてないんだし、聡明だと思うけどな」
ペラペラとよく口が回る子供だ。頭が良いのは間違いない。性格は置いておくと、本当に小さいグウェンを見ているようなのだ。
騎士を目指しているようで剣術もグウェンが見てやっていた。筋が良いとグウェンも少し嬉しそうだった。また、勉強もきちんとやっているようで、執務自体には関わらせていないが、どういうことをやっているのか教えればきちんと吸収するようだ。
グウェンは思ったよりも自分の甥が跡継ぎに相応しい事に喜んでいるようだったのだ。
「グウェンはそこを気に入ってるんだ。後は剣術も頑張ってるらしい」
「ほー、じゃあ跡取りは問題ないわけだ。お前以外」
「使用人すら可愛がってたからね。朝食やら夕食を食いっぱぐれるようなやつよりはニコニコと食べてくれる人の方が良いだろうしね」
俺は特に料理人にはよく思われていないだろうなと感じている。グウェンと致すとすぐに食を忘れる癖があるのだ。多分それは料理人として1番やって欲しくないことだろう。
いつ食べてくれるか分からないやつよりは、ニコニコと美味しく食べてくれる子供の方が良いのは当たり前のことだ。
「でも俺だってムカついたからさ、ちょっと言い返したんだよ」
「え、ああ。グウェン様に嫌われたら出ていくってやつ?」
「そうそう。出てけって言われれば出てってやるよって」
「絶対言わないだろ……それ」
果たしてそうだろうか。
確かに今のグウェンは言わないだろう。俺の為に庭園を作るくらいには好いてくれている。2人のメイドからしてみれば、愛が重いとまで言われた代物だ。
でもそんな愛が重いのも、自分が若い今だけだとも思っている。美人だ何だと言われることが多い俺は、それは若いうちだけの特権だということを理解している。グウェンにとって得のない結婚で唯一の取り柄は刺繍ではなく、たまたまグウェンの好みの顔だったと思う。
「いつかは言うと思うけどね」
「は?お前それマジで言ってんの?」
「大マジだけど。騎士団長で、顔も体格も良くて、公爵家で、金持ちで、ちょっと変態だけどまぁ愛嬌だと思えば…誰だって選び放題でしょ。自分で言うのもなんだけど、グウェンが俺を選ぶ理由は顔だけだし。年取ったら飽きると思うけどね」
「うわ。それ絶対グウェン様に言うなよな…」
変態と言った部分だろうか。公言する理由もない。けれど前に、俺が暴走して怒鳴ってくれと頼み込んだ時は、騎士団員達に変態夫婦だと言われたようだった。
「言わないよ。変態なんて」
「そこじゃなくて…、あー。お前は本当にネガティブだな」
「レイがポジティブだからちょうど良くない?」
「開き直るなよ。テオにも面倒臭いって言われたんだろ」
グウェンからもらった屋敷に、引きこもっていた時に、テオが愚痴りに来たことがあった。その時に、グウェンの気持ちが分からなくなって、ジメジメしていたらテオは面倒臭いと無遠慮に言ってきた。
けれどもそれがきっかけで、本邸に戻る勇気をもらった。テオには本当に頭が上がらない。
「だからといって治るものでもないよ」
「お前はそういうやつだしな、てかそろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」
「今日はグウェン遅いって聞いてるから、平気じゃない?」
「そういう事じゃなくて、お前、呑みすぎだ」
話の合間にちょびちょび呑んでいたウイスキーはいつの間にか空になっている。久しぶりに呑んだからなのか、酔いも回っている気がする。
しかし、1杯で終わらすなどここまで来た意味が無い。呑み足りない。
「マスター、同じの」
「おいおい…こりゃ重症だな」
ルークは頭を抱え始めた。俺がこうなると止まらないのを知っているのだ。溜息をついて、付き合うことに覚悟を決めたようだった。
「程々にしてくれよ」
「はーい、酔ったら馬車呼んでね」
「酔いつぶれるつもりかよ…」
ルークはもう一度溜息をついて、自身のグラスを傾けていた。
「ローマンド家?グウェン兄様と釣り合ってない」
「魔力がないって聞いたけど、貴族やめたら?」
「男じゃグウェン兄様の子供産めないでしょ」
など、俺が王女に言われて気にしていたことも含めて、影で言ってきた。俺はどうしていいか分からなかった。
影で言うし、話し合おうとしても避けられる。
けれども、本人に言うだけマシだと思うのだ。王女もそうだったが、俺は何か言いやすい雰囲気があるのか。前世でも襲われたのはイジメと言っても過言ではないし、そういう星の下に生まれてきたのだろうか。
まだ子供だし、怒るのも何となくできなかった。
しかし子供の割に隠れてこういうことをするのが上手い。アイリスやスイレン、他の使用人たち、グウェンの誰も気づいていない。俺も顔に出さないようにしている。
たかだか1ヶ月であるし、グウェンの親戚と波風立てるのは避けたい。そしてグウェンにチクることもあまりしたくない。
グウェンを信じていない訳では無い。ただ、俺の気が引ける。グウェンに言うことで、例え本当の事であっても、子供に対して悪口を言うような気がしてしまった。
という訳で、多少胃がキリキリしながらアルの言葉の槍を受け続けるしかなかった。
そして、嫌われている俺は、まさかアルがアトリエに乱入してくるとは思っていなかったのだ。
入ってきて早々にアルは、刺繍をしていた俺に向かって言う。
「ノアさんさぁ、ここまで言われて気づかない? ライオット家に歓迎されてないの」
「へ…」
ライオット家に歓迎されていない、というのは義父や義母ではなく、親戚一同のことだろうか。
突然の事で気の抜けた返事をしたことで癇に障ったようで、アルは続けた。
「魔力なし、公爵家に子爵家が嫁ぐ、男で子供も産めない、しかも顔も大したことないし、貴族の勉強もできない、唯一の取り柄が刺繍?」
王女ぶりにハッキリ言われた。それも7歳の子供に。ポカン、と口を開けて放心してしまった。
「なんでここにいるの?」
そう言われて、ただ1つその言葉を俺は言うしか無かった。
「なんでって…グウェンが好きだからだよ」
俺にはこれしかない。グウェンが俺といる為に茨の道を進んでいることは重々承知しているし、それこそ今更である。アルに言われたことで身を引くなら、もうとっくにそうしている。
しかし、アルには納得がいかなかったようだった。
「家族みんな反対してたんだよ。刺繍しか取り柄のない男を選ぶなんて、ってグウェン兄様は言われてたんだよ」
「……そう」
「なにその気の抜けた返事、なんか言い返せば?」
本当にこの子は7歳なのか。前世があるのでは、なんてトリップしかけるが、それをしたら目の前の男の子はブチ切れそうだったので思考を戻した。
「本当のことだし、言い返せないよ。俺はグウェンが好きでここに居るんだ。グウェン自身に出てけと言われない限り、ここにいるよ」
「なにそれ、厚顔無恥もいい所だね」
「そうかもね。でも、グウェンが俺の事を嫌いになるまでは居るよ」
俺はグウェンを嫌いになることなんてない。絶対に言いきれる。
でも、レイが嫌いなネガティブなことを言うならば、グウェンは俺を嫌いになってもおかしくない。何度も違う男に襲われて、身体はおよそ綺麗とは言い難い。そして後はアルが言った通りだ。子爵家で、魔力なし、男で、妊娠は出来ない。
グウェンは、前に俺に捨てられるかもしれないとレイに言われた、と落ち込んでいたらしい。しかし、俺からしてみればそんなのちゃんちゃらおかしい。
その逆で、俺がいつ捨てられてもおかしくないのだ。
「ふぅん…じゃあ、グウェン兄様が出てけって言ったら出てくんだね」
「? まぁ…そうなるね」
「みっともなく縋りついたりしないでね!」
そう言い放って、アルはアトリエから出ていった。
結婚期間が短くたって、好きな人に少しくらい縋り付く権利は貰ってもいいと思う。と見当違いなことを考えた。
今日は呑みたい気分だ。アイリスかスイレンに頼んでルークに連絡を取ってもらおうと決めた。
場末のバーにしては雰囲気のいいお店だった。まだ俺とルークが隣人同士だった頃によく飲みに行っていたバーだ。
俺は店に入ると、カウンターに座った二枚目の顔をした茶髪の騎士を見つけた。こうしてみると、しなやかな筋肉で手足はスラリとしているし、前世でいうモデルのような人物だなと思う。
ルークは既に呑み始めていた。グラスから考えてウイスキーのロックの様に見えた。俺はルークの隣に座った。
「マスター、これと同じの」
カウンター越しに頼むと、マスターは頷き、作り始めた。
「よぉ。今日はどうしたんだよ、久しぶりだな」
「どうもこうも…呑みたい気分だっただけだ」
ルークはふぅん、と言ってウイスキーの入ったグラスを傾ける。カラン、という音が小気味よい。
「それじゃ、家で呑めばいいだろ。そっちの方がよっぽど良い酒呑めるだろ」
「家で呑みたくないんだよ。今子供がいるんだ」
「は? 子供?」
「グウェンの甥っ子が来てるんだ」
俺の目の前にウイスキーが音も立てずに置かれる。 俺は礼を言ってそれを受け取り、ほんの少しだけ口に含んだ。
「甥っ子? ああ、跡取りか」
「そ。だから外で呑んでんの」
「……なんかあったな?」
ルークは首を突っ込む。面倒見のよく、その実面倒臭がりなこの男は存外面白いことが大好きなのだ。男の目にはワクワクと言う瞳の色が宿っているのが見て取れる。
俺はルークなら別に本邸であったことを話しても平気だろうと思ったから、この男を選んだのだ。
面白いことが好きな割には、その状況を打破しようとしたりはしてこない。ただ聞くだけの都合いい話し相手になってくれることを知っている。
俺は本邸であったことを全て話した。
「うっわ。本当に7歳か?口だけはテオよりも上手そうだな」
「子供だからムキになって言い返せないしねぇ。自分の武器をよく分かってるよ」
「それ、本当にお前しか知らねぇの?」
ルークは、メイドや他の使用人、グウェンが気づいていないことに疑問を感じているようだった。
特にメイドの2人は聡いところがある。俺の態度がおかしければすぐに気づくし、実際どうしたのか、と何回か声をかけられている。
「まぁ気づいてないだろうね。俺が全部適当に流してるから」
「お前が人に嫌われてるとこ、操られてたソフィア殿下以外見たことないから驚いたわ」
「変なやつに好意は持たれても、こんなに嫌われてるのは初めてだ」
そう。これが俺が1番心にきている理由だ。生まれてこの方、ここまでの敵意を向けられたのは初めてのことで、正直戸惑っている。いや、戸惑いと言うよりは面倒だと思っている。
元より別に子供好きな訳でもないし、聖人君子でもない。自分の身の回りさえ良ければそれで良しという考えしかない。だから子供に敵意を向けられても、自分にしか害はないし、放っておいて問題はない。
しかし、ストレスは溜まるもので、ルークにこうやって来てもらっているわけだ。
「言えば?グウェン様に。何とかするだろあの人なら」
「やだよ。子供にいじめられてますーなんて、カッコ悪い」
「ええ……カッコ悪いからなのかよ」
それこそ言いたくない。子供にいじめられてグウェンに助けを求めるのは、もうすぐ二十歳を迎える自分には耐え難い。それもたかだか7歳にだ。
「子供はすぐムキになるからな。お前がそうやってスカしてんのが気に食わないんだろ」
「子供がそれに気づいてるって?ンなわけない」
「いやー、子供は意外によく見てるもんだ。グウェン様は置いといても、あのメイドの2人すら本性に気づいてないんだし、聡明だと思うけどな」
ペラペラとよく口が回る子供だ。頭が良いのは間違いない。性格は置いておくと、本当に小さいグウェンを見ているようなのだ。
騎士を目指しているようで剣術もグウェンが見てやっていた。筋が良いとグウェンも少し嬉しそうだった。また、勉強もきちんとやっているようで、執務自体には関わらせていないが、どういうことをやっているのか教えればきちんと吸収するようだ。
グウェンは思ったよりも自分の甥が跡継ぎに相応しい事に喜んでいるようだったのだ。
「グウェンはそこを気に入ってるんだ。後は剣術も頑張ってるらしい」
「ほー、じゃあ跡取りは問題ないわけだ。お前以外」
「使用人すら可愛がってたからね。朝食やら夕食を食いっぱぐれるようなやつよりはニコニコと食べてくれる人の方が良いだろうしね」
俺は特に料理人にはよく思われていないだろうなと感じている。グウェンと致すとすぐに食を忘れる癖があるのだ。多分それは料理人として1番やって欲しくないことだろう。
いつ食べてくれるか分からないやつよりは、ニコニコと美味しく食べてくれる子供の方が良いのは当たり前のことだ。
「でも俺だってムカついたからさ、ちょっと言い返したんだよ」
「え、ああ。グウェン様に嫌われたら出ていくってやつ?」
「そうそう。出てけって言われれば出てってやるよって」
「絶対言わないだろ……それ」
果たしてそうだろうか。
確かに今のグウェンは言わないだろう。俺の為に庭園を作るくらいには好いてくれている。2人のメイドからしてみれば、愛が重いとまで言われた代物だ。
でもそんな愛が重いのも、自分が若い今だけだとも思っている。美人だ何だと言われることが多い俺は、それは若いうちだけの特権だということを理解している。グウェンにとって得のない結婚で唯一の取り柄は刺繍ではなく、たまたまグウェンの好みの顔だったと思う。
「いつかは言うと思うけどね」
「は?お前それマジで言ってんの?」
「大マジだけど。騎士団長で、顔も体格も良くて、公爵家で、金持ちで、ちょっと変態だけどまぁ愛嬌だと思えば…誰だって選び放題でしょ。自分で言うのもなんだけど、グウェンが俺を選ぶ理由は顔だけだし。年取ったら飽きると思うけどね」
「うわ。それ絶対グウェン様に言うなよな…」
変態と言った部分だろうか。公言する理由もない。けれど前に、俺が暴走して怒鳴ってくれと頼み込んだ時は、騎士団員達に変態夫婦だと言われたようだった。
「言わないよ。変態なんて」
「そこじゃなくて…、あー。お前は本当にネガティブだな」
「レイがポジティブだからちょうど良くない?」
「開き直るなよ。テオにも面倒臭いって言われたんだろ」
グウェンからもらった屋敷に、引きこもっていた時に、テオが愚痴りに来たことがあった。その時に、グウェンの気持ちが分からなくなって、ジメジメしていたらテオは面倒臭いと無遠慮に言ってきた。
けれどもそれがきっかけで、本邸に戻る勇気をもらった。テオには本当に頭が上がらない。
「だからといって治るものでもないよ」
「お前はそういうやつだしな、てかそろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」
「今日はグウェン遅いって聞いてるから、平気じゃない?」
「そういう事じゃなくて、お前、呑みすぎだ」
話の合間にちょびちょび呑んでいたウイスキーはいつの間にか空になっている。久しぶりに呑んだからなのか、酔いも回っている気がする。
しかし、1杯で終わらすなどここまで来た意味が無い。呑み足りない。
「マスター、同じの」
「おいおい…こりゃ重症だな」
ルークは頭を抱え始めた。俺がこうなると止まらないのを知っているのだ。溜息をついて、付き合うことに覚悟を決めたようだった。
「程々にしてくれよ」
「はーい、酔ったら馬車呼んでね」
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