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秘める華
しおりを挟む兄の話はこうだ。
セティを侍従にすることで、侯爵家一員とする。不当にイェステ子爵家やその他の家からも家に帰ってこいなどと言われる事は無くなる。
更に、侯爵家に勤めたという箔が付く。セティの家柄と出自では侯爵家の中でもトップクラスの家柄であるレゲンデーア家に勤められることは本来なら有り得ない。
そしてセティにとって一番重要である、カッツェに迷惑をかけることもなくむしろカッツェの為に働ける。友人という枠は外れてしまうが、元々侯爵家のカッツェにこんなに砕けて話していることの方がおかしいのだから、むしろ関係性を見直すことが出来て良いかもしれない。
と、言うのだ。
「どうしよう…っ」
カッツェは今までになく焦っていた。
セティがレゲンデーア家に勤める。これはなんら問題ない。むしろ大手を振って歓迎することが出来る。
では何が問題か。
カッツェの侍従になったことだ。
「つまり…僕はセティの周辺状況が落ち着くまでここを出られない……」
セティはカッツェの侍従となる。よってカッツェがこの家を出たらセティの扱いは宙ぶらりんになってしまう。子爵家という部分はまだしも、踊り子の母を持つセティを雇おうという者はなかなか捕まらない。そのままレゲンデーア家に勤めても、きっとカッツェという盾が無くなった瞬間働きにくくなるはずだ。
じゃあ家を出てもそのままセティを連れていけばいいか?それは難しい。カッツェはしがない図書館の司書であり、お手伝いを一人雇う程度がやっとでまともにセティの給金を出してあげられるわけが無い。そもそもレゲンデーア家の力が及びにくくなる場所にセティを連れ出すことも出来ない。
「お兄様はどうして…」
ソファにみっともなく横になり、自室の天井を見上げる。
内装でもっともシンプルな天井は自身の心と交換して欲しいくらい無機質だ。
兄は何故こんなことをするのか。カッツェが家に居てメリットもあるだろうがデメリットの方が大きい。
メリットとしては、兄が不在時は僕が領主代行を務めることが出来る。そして、カッツェの知識を使って治水工事の不備があればすぐに対応出来る。
この二つはそもそも離れた所に住んでいたとしても呼び出してくれればなんら問題ない。カッツェにとって兄以上に優先させることなど何一つないので、呼ばれればすぐに飛んで来る。
デメリットはただ一つ。お嫁さんが嫁ぎにくくなる。こんな大きなコブがデカい顔で家を堂々と歩いていては兄のお嫁さんになる人にとっては邪魔でしかない。お嫁さんが来れないということは、跡継ぎができないということだ。
僕と兄の両親は早くに亡くなっているし、これまでは協力して二人で盛り立てていったけれど、今後はお嫁さんがそれを担うことになる。早くお嫁さんを貰うべきなのだ。
「そもそも…お兄様ってご令嬢と話されてるところ見たことないな……」
もちろん夜会など必要な場面ではあるけれど、プライベートでは一切見受けられない。
「仕事ばかりされているから興味が無いのかな」
「なんの話?」
「っ!」
独り言をブツブツ言っていたら急に話しかけられた。天井を見ていたはずの視界は、いつの間にか兄、レーヴェで埋め尽くされていた。
「……いつの間に入っていらしたんですか」
「ノックはしたよ?」
悪びれもせずにシレッと言う。
それでも許してしまうのは、やはり好きな人だからかもしれない。
身体を起こして兄を見上げる。
「お兄様、どうしてセティを従者にするのですか」
美しい顔は変わらず微笑みを携えていた。
「どうしてって、カッツェが一番分かっているだろう?」
「それは、そうですけど…」
「セティは凄く嬉しそうに返事をしたらしいよ。フレイが複雑な顔をする程には」
ニコニコとしながら兄は僕の頬に手を携え、するりと撫ぜる。心地好くて身を委ねてしまいそうになる。
「……っん……」
そのまま耳を擦られ、つい変な声を出してしまった。びっくりして兄を見上げると、思ったより顔が近くて驚いた。
「お、お兄様……? っ、え、や、な…ぁっ」
擦られた耳に兄の形の整った唇が近づく。ふっ、と息を吹きかけられ、ぞわりと得体の知れない何かが背を這いずる感覚がした。仰け反ってみようとするものの、反対の頬を手で押され付けられて逃げられない。兄の息遣いが至近距離から聞こえてドキドキする。
「カッツェ…、私の唯一」
小さく、けれどはっきりと聞こえてきた。それと同時にぴちゃぴちゃと厚く生温い舌で耳の中を嬲られた。
「っ、ん!やぁ!」
「嫌? そんなはずないよね」
耳を舐められているのにどうしてか身体全体が金縛りのように動けない。それどころか乾いていた大地に潤いを与える水のようにずっと欲していたものだと感じてしまった。
「これがお前がずっと望んできたことだ」
耳元で囁かれた言葉を最後に、そのまま暗転していった。
「…ッ!!」
目を覚まし、身体を思い切り起こした。急に動いたせいなのか、夢見が悪かったからなのか心臓がバクバクする。脂汗のようなものも流していて、とても恐ろしい夢だったように感じた。
「はぁっ、はぁ…っ!」
乱れる息を整えようと胸元を抑え、やがてゆっくりと呼吸をする。落ち着いた頃にサイドテーブルにあったコップの水を一気飲みして頭を冷やした。
あれは、夢だったのか。
兄がカッツェに向かって耳元で囁き、その耳を兄の舌で嬲られ、そして。
『これがお前がずっと望んできたことだ』
頭を振って脳に残ったソレを追い払う。
違う。違う。
自分は望んでなんかない。兄はこれから、兄に相応しい女性と結婚して家庭を持ち、子供を作って、
「それで…幸せに」
ぽつりと小さく落ちた言葉に上手く納得できない。それはどうしてなのか分からないけれど、腑に落ちない言葉はシーツを掴む手に落ちた。
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