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兄の決断
しおりを挟む次の日も次の日も、執務の合間を縫って三人で話し合いをしたが平行線のままだった。
セティはカッツェとレーヴェ、使用人の人達に迷惑をかけたくないからフレイの家に行きたい。
カッツェとフレイはこのままレゲンデーア邸に居てくれた方が何かあった時にすぐ対応できるし、フレイも安心して仕事をすることが出来る。つまりは兄、レーヴェの身も安心して任せることが出来るので僕も安心する。
二対一で話し合っている割に、セティはとにかく強情だった。
「……埒が開きません。いったん話し合いをやめましょう」
「じゃあ」
「セティはお兄様が帰ってくるまでこの家で待機です」
「!」
パッと明るい顔になったと思ったら僕の言葉でまた曇る。
「フレイ。お兄様が来るまでにどんな手を使っても構いませんので説得して下さい」
「は、はい」
「説得出来なかった場合はフレイは解雇もやむなしとしますからね。良いですか。お兄様が帰ってくるまでフレイは休暇です」
静かに燃え上がる怒りに任せて言えば、あまりの迫力に『ぴ』と小さく悲鳴をあげたセティは涙目で、フレイもすぐさま返事を返すのみだった。
それから一週間後。
セティとフレイがどんな話し合いを行っているかは分からないが、なんと結果が出たという。
セスから執務室に来て欲しいと連絡を受けてドアをノックすると、中から聞きたくて待ち焦がれていた男の声で返事が聞こえてきた。
「お兄様、いつご帰宅なさったのですか…?」
「ただいまカッツェ。ついさっきだよ」
その割に執務室の書類が昨日よりも片付いている。もしかして少し前にはこの部屋に来ていたのではと思った。
そして兄の斜め後ろにはフレイが立っていた。どうやらカッツェよりもフレイの方が兄の帰宅を先に知らされていた様だった。心の中で少しだけ傷つく。
カッツェよりも先にフレイに会うなんて。いや、フレイは仕事だから合流しただけで…カッツェはそういうことで優先されるべきでは無いから仕方ないと心の中でため息をついた。
なんでもかんでも兄にとっての一番になるなど烏滸がましい。
「そう、なんですね。お疲れ様でした。おかえりなさい」
「留守の間、領主代行の仕事をしていてくれて助かったよ。ありがとう」
「いいえ…僕は出来ることをしたまでで」
「どうやら大変だったみたいだね」
フッと小さく微笑む兄は机の上で肘を立てて少し行儀悪い。けれどそんな兄も絵になるな、なんて思う反面、セティとのやり取りを労う言葉をかけられて苦笑する。
「セティがあまりに強情で…困りました」
「うんうん。けどどうやらフレイは一週間色々やった割にセティに泣き落としされて負けたらしいんだ」
「……フレイ?」
「…た、大変申し訳ありません……」
ニッコリと暗く微笑んで見せるとフレイはダラダラと汗をかいて謝罪した。
カッツェが怒っているのもあるが解雇されるかもと怯えてるのもあるようだった。けれど本当はカッツェに雇用の口出し権限は殆ど無いに等しい。
「まあまあ、落ち着きなさい。フレイはかなり頑張ったようなんだ。色々とね、色々」
「はぁ」
「まぁだけどね。フレイも諦めた訳では無いんだよ」
「ではどうするおつもりですか…?」
兄、レーヴェはこの上なく神の如き輝きを放ち微笑んだ。
「セティは君の従者にすることにした」
時が止まるとはこの事だ。
「…………は?」
いつも兄に対しては丁寧に接するカッツェでも、さすがに突拍子もない単語に意識が飛びそうになる。
従者。侍従ということか。
兄だってセティは良き友人であり、良き相談相手であり、弟のように思ってきた。そんなセティを従者にするなど考えたことは塵のひとつもない。
「ちょ……っと、待ってください。どうしてそうなるのですか」
「これはとてもいい話だと思うのだけれど」
「いやいやいや、説明になってません」
ニコニコとは微笑む兄はやはり美の化身である。斜め後ろのフレイは複雑な面持ちでいる。
「セティは非常に我儘で困ったよ」
全く困った様子がないのは気のせいだろうか。兄にとってまるでこれが予定調和とでも言わんばかりの鼻歌でも歌い出しそうなほどに機嫌が良さそうである。
「私としては別に今まで通り、友人としてここに居てくれて大いに結構だったんだけれども。あまりにもカッツェ、カッツェと言うものだから」
「……」
「だからね。セティにこう言ったんだ。『カッツェの従者になれば、レゲンデーア侯爵家の一員であり、イェステ子爵家でも手出しは出来ない。フレイにも会えるしカッツェにも毎日会える』と言ったら目を輝かせて嬉しそうに承諾したよ」
カッツェはだらしなく開いた口が塞がらなかった。
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