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伯爵からの提案
しおりを挟むそれから5日後、ミラー伯爵の家にやってきた。
はっきり言ってセンスが良くない。どこもかしこもどうして金ピカなのか。こんなの家ではない。全く落ち着かない。
やはり緑豊かに彩られたガゼボのある庭が、カッツェには必要なのだと思った。
兄とはあれ以来…カッツェが意識を遠のかせて以来顔を合わせていない。兄もすぐに他領に向かってしまったのでちゃんと会うことが出来なかった。
けれどそれで良かったのかもしれない。兄に会えばきっと取り乱していつものように接することは出来なかっただろうし、何よりミラー伯爵に勝手に会いに行く事を悟られ、訝しがられていたかもしれない。
「カッツェ様、ようやくお会いすることができてとても嬉しい限りです」
「……何度もお誘いして頂いておりましたのに、申し訳ありません」
「いえいえ!良いのですよ! ささっ、これは我が領地で作っておりますティコというお茶でございます」
割腹の良いミラー伯爵はメイドに命じてお茶を差し出す。
是非、と勧められ口つけない訳には行かないので軽く口にした。
ちなみにセティは置いてきた。今頃慌てふためいているかもしれない。セティがもしミラー伯爵のお眼鏡に適ってしまったら庇うのが大変になるので抜け出すように出てきたのだ。
「やはりカッツェ様はとても所作が美しい」
「……貴族ならば普通のことでは」
「いやいやいや!カッツェ様、ご自身がどのように噂されているのかご存知ですか?」
「? いえ…あまり興味がなく」
カッツェが不思議に首を傾げると、ミラー伯爵はそうでしょうそうでしょう、と大袈裟にうなづいてみせた。
「良いですか?カッツェ様。貴方は芙蓉の精霊と呼ばれているのです」
「ふ、芙蓉の精霊、ですか? そんな……大袈裟な」
芙蓉というのは美しい人に使われる言葉では。自身にそんな噂が流れているとは露知らず。確かにあまり社交界にも積極的に参加してなかったし、兄の美形から想像を膨らませ、過大評価されてもおかしくない。
けど姿を出した時に勝手にガッカリされるのも何だか傷つくからやめて欲しいな、とは思う。
「大袈裟なことなど何一つありませんよ! カッツェ様が歩けば誰もが一度は必ず振り返り、本を読む姿に見蕩れ、食事する姿は見てはならない気になると言われているのです」
「どうして食事している所を見てはならないのですか?」
「男とは、そういうものです」
なんだか腑に落ちない回答だ。それ以前に自分自身も男なのだが。
「声も高すぎず低すぎない落ち着いた穏やかな澄んだ音、艶があるのにさらりとした金茶髪…何よりも美しいかんばせ! いやぁ、褒めない場所を探す方が大変です」
「……な、なんと返答すれば……えっ、と……そのように言って頂いて……光栄です……」
「鼻にかけない所も奥ゆかしく、素晴らしいのです」
もう返事をすることができなかった。何を言っても褒められるので、どう対応すれば良いのか困り果てる。一回りも年上だとこのように口が上手いのだろう。
「と、ところでミラー伯爵。今回は何かご用件でも?」
これ以上色々言われても居た堪れないだけなので話を切り返すと、ミラー伯爵は脂ぎった額をハンカチで拭いてから話し出した。
「実はですね。商談に近いお話なのです」
「はあ」
「レゲンデーア領での治水事業は見事なものでした。嵐も豪雨もなんのそので村人に被害は一切なく、多少農作物に影響はあるものの、食うに困らないどころか前年度よりも儲けていると伺っています」
「……その辺は兄のレーヴェが」
「いやいやいや!知っておりますよ!私の耳と目は誤魔化せません!影で活躍する参謀が提案したと、それがカッツェ様であると!」
そんな噂が流れているのか。確かに提案し、色々調整をしたのはカッツェであるが、実働は兄である。
ミラー伯の言う参謀は、実際に動いた兄の事を指すはずだ。それに代表者の名前は全てレーヴェにしているはずなのに何処から情報が漏れたのか。
「私は、何も……」
「いえいえ謙遜なさらないでください。それでですね、その治水事業に続いての提案なのですが、こちらは鉄鋼業が盛んでしてね」
「それは、存じております。いくつかこちらでも契約をさせて頂いておりますし」
「ご存知でしたか!さすがはカッツェ様!」
なんだか嫌な予感がする。そう思ったのは値踏みするような視線が上から下まで舐めるように感じたせいだ。さっきまでそんなことはなかったのに、どうして急に。
「その鉄と鋼ですが、お恥ずかしいお話なのですが、近年は中々取りずらくなってきておりまして材料の不足と加工職人の人材不足が懸念されております」
「えっ? そうなのですか?」
兄に提案した際にはきちんと下調べもしたはずだった。ミラー伯爵の領地での鉄鋼業には懸念点はあまり見受けられなかったので供給が途絶えることは無いと思っていたのに。
今、兄は他領にも治水事業の提案をしている。技術を伝えることと取引先の提案までしているのに、大切な鉄が入らなくなるのは兄の仕事が滞ってしまう。
「今の段階ではなんら問題ないのですよ。けれどもやはり、商売です。貴族らしからぬ言葉ではありますが、やはり私どもの強みが損なわれるのを黙って見てる訳にはいきません」
「それは、確かに……」
「そこで提案なのですが」
パンッと突然毛むくじゃらの手を合わせ、心配事を抱えた領主のように見えないニコニコとした顔でこちらを見てくる。
「カッツェ様。私と契約を致しましょう」
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