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19、痛みには耐性がありません
ラスティム殿下に両親のことを相談した次の日の事だった。
未だ慣れないふかふかのベッドから起き上がろうとしたのだが、いつもより強い眠気と腰のだるさを不思議に思った。
けれど、今日も詰め込まれたスケジュールをこなさなくてはならないため、怠い身体を起こそうとした時だった。
自分のあらぬ所から、どろり、と何かが漏れ出る感覚が襲ってきた。
この歳になってまさか漏らしてしまったのか、と思って慌てて布団から這い出て、トイレに駆け込んだ。
駆け込んだトイレで、夜着のズボンを下ろし、下着を下ろした時に恐怖した。
恐怖で、叫びそうになった。
が、なんとか抑えてとりあえず出てきた所を確認しようとおそるおそる手を当ててみた。
ぬるり、とした感触が恐ろしかった。怖々触った手を見ると、鮮血に染まっていた。
「ひ、いいいい……」
恐怖に襲われた頭は、キャパオーバーを起こし、僕は暗転した。
□■□
「フロウ! 倒れたんだって?!」
扉を思い切り開けて現れたのは、もう聞き慣れるほどにいつも通り心地よい声の主であるラスティム殿下であった。
僕は新しいシーツが引かれたベッドで横になっていた。
「あ……ご、ごめんなさい……びっくりしてしまって、つい」
子宮生成の秘術を受ける時に、少しだけ話は聞いていた。母親からも多少レクチャーはあった。
しかし、いざ自分にその時がやってくると、血塗れになる下着と股の間に得体の知れない恐怖が襲ってきたのだ。
何かの病気かもしれないと思ってしまった。
「もう大丈夫なの? どこで倒れたの?どうして?」
トイレで、血塗れの自分に恐怖したなどととてもじゃないが恥ずかしくて言えなかった。
その代わり、僕を見つけ出し介抱してくれたモニカがラスティム殿下に耳打ちした。
ラスティム殿下はそれを聞いて真っ青にしていた顔色が戻っていく。
「……初めてだったの……?でもこれでフロウはもういつでも赤ちゃんが産めるようになったんだね」
「あああああ赤ちゃん……」
そんな風にあからさまに言われると恥ずかしくて仕方ない。
真っ赤になっているだろう顔を布団で隠すしか逃れる方法がなかった。
ちら、と少しだけ布団からラスティム殿下を覗くと、いつものニコニコとした顔よりも更に機嫌良さそうにしている様子がありありと伝わってくる。
子宮生成秘術を受けて、初めての月のものであった。
「大丈夫? つらくない?」
「だ、大丈夫です…少し腰が怠いだけで……痛くないですし」
「そっか、ごめんね。私はちょっと今日はどうしても外せない仕事だから。また夜に来るね」
「す、すみません。ありがとうございます…」
本当に名残惜しそうに僕の額にキスを落として、モニカと少し話をしてから部屋を出ていった。
モニカは部屋の扉を閉じて、僕が寝ている横に歩いてきた。
「さあフロウ様、初めてのことですし本日はお休みになってください。朝食もここで食べれるように致しますので、お待ちくださいね」
「あ、でも午後からなら…」
「今日明日はお休みです。先程殿下からもお許しを頂きました」
「で、でもせめて明日なら」
「フロウ様、明日も絶対お休みです。良いですね?」
モニカの威圧を初めて受けた僕は、「はいぃ……」と情けない声を出すしかなかった。
翌日、モニカがどうして2日間も休みをもぎ取ったのか理由を知るところになる。
□■□
「い、痛いいい……」
腰が痛い。お腹が内側からガリガリ削られているかのように痛い。
朝早く、目が覚めて暫くは大丈夫だった。水でも飲もうと起き上がり、歩いている時に違和感がした。
気のせいかと思ってソファに座ってゆっくりしていた時に、痛みがゆっくり顔を出してきた。
とにかく、腰が重い、痛い。
そして、腹が痛い。さっきも言ったが内側がガリガリと削られる痛みが襲ってくる。
モニカがあと少しでやってくるはず、ともう僕はソファの上で蹲る事しか出来なかった。
控えめに、ノックの音が響いてくる。
(助かった…モニカだ)
そう思って開くドアの方を見ていると、見えた姿は女性のシルエットではなく、凛々しくも気品溢れる男性の、見慣れた姿だった。
「ら、ラスティ様……」
「フロウ? そんな所でどうしたの?」
「痛くて…動けなくなっちゃって」
「それは良くない。ベッドに戻ろうか」
ラスティム殿下はそう言うと、僕を軽々ふわり、と横抱きに持ち上げた。ベッドにそっと下ろされ、ベットの中に入った。
殿下の手が僕の額に触れ、昨日と同じようにキスを落とす。
「何か取ろうとして起きたの?」
「あ……いえ、大したことでは」
「フロウ?」
「う……み、水を飲もうと…」
遠慮したのがバレ、ニコッと圧をかけたような微笑みにたじろいで答えた。
殿下はくるりとテーブルの方へ行き、コップに水を汲んで戻ってきた。僕をベッドから上半身だけ起こさせ、背中を支えてくれ、殿下から水の入ったコップを受け取って少しだけ飲んだ。
「すみません、甘えてしまって」
「良いんだよ。何かして欲しいことはない?」
それ以上は、特にない。そういえば良いのに、何となく痛さと怠さで甘えたい気持ちがムクムクと育ってくる。
水を取ってもらうのも烏滸がましいと思ったのに、殿下なら甘えても良いかもなんて思わせられてしまう。
少しだけ考えた後、僕はやっぱり言い出せなかった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……そう。ゆっくり休んでねフロウが眠るまでここにいるから」
「そんな……申し訳ないです」
「良いんだよ。ほら、お休み」
殿下にベッドの中にまた入るように促され、横になる。ゆっくりと優しく撫でる手が心地よくて僕はまた微睡みの中に入っていった。
どのくらい眠っていたかは分からないが、何となく右腕が重い気がして目が覚めた。
既に外は、赤らんでいてかなりの時間眠っていたことが分かる。
なんだろうと思って、動かない右手を上半身だけ身体を起こして見ると、ラスティム殿下が僕の右手を握ってベッドに突っ伏して眠っていた。
「え、まさか…ずっと」
ずっと、こうしてくれていたのだろうか。
僕が痛いとか怠いとか言ってたから、こうやってくれていたのだろうか。
何となく魔力の行使の跡を感じる。殿下は手を伝ってヒールをかけてくれていたようだった。
「……そんな」
アーサーも優しかった。
荷物を持ってくれたり、高いところからものを取ってくれたり、いつもドキッとさせられていた。ずっと見ていたい、隣にいたいとすら感じてはいた。
でも決して甘えたいとか、縋りたくなるようなそんな強い感情は持ってなかった。
好きだった。それこそ、死ぬほどの痛みに耐え抜くくらいには大好きな人だった。
他の女の人に奪われて、捨てられたと分かっていてもなかなか自分の心の中から消えてくれなくて、本当は辛かった。
けれど、今の自分に1番困惑している。
どこまでも優しいこの人に、甘えすぎている。なのに、心が浮き足立ってふわふわしている。
甘えすぎてはダメだと思っても、この人に縋りたくなる。顔の火照りを感じながら困惑している。
アーサーの時とは、全然違う。
こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば触れられるのに、触れていることが怖くて胸が苦しくなる。
ずっと見ていたいのに、見ているのがつらくて目を逸らしたくなる。
自分では、何一つ感情をコントロール出来ない。
なぜこんなにも、今自分はこの人を見て泣きたくなってしまうのか分からない。
「ラスティ様……」
名を呼ぶだけでも痛む胸が、答えを教えてくれることはなかった。
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