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パッチワーク・4
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「それにしても、困ったものね」
溜息を吐いたのはこの中で一番身分が高い、公爵家令嬢のジョゼフィーヌだ。他の令嬢たちも、揃って彼女の言葉を拝聴する態勢に入る。
「……リカルドのことでしょうか?」
主催者であるアンリエッタが問うと、ジョゼフィーヌは苦笑を浮かべた。
「いいえ。……リリィ・フィールズ嬢のことなのだけれど……どうしたものかしら」
あちこちの子息に媚びを売りまくるリリィだが、引っかかっている者はそれほど多くない。ジョゼフィーヌの婚約者である王子殿下はもちろん、他の高位貴族の息子たちもちょっと引いているのが正直なところだ。
リリィは、自分のことを「誰からも愛される人気者」と認識しているらしいが、どちらかと言えば状況が読めず知性に問題のある珍獣、というのが一般の見方だ。
仮にも貴族令嬢の端くれとして、序列を無視し自分より遥かに高位の令嬢から礼儀を注意されても聞く耳持たず、やはり身分の高い異性につきまとい迷惑をかけている彼女は大方の令嬢令息には同じ立ち位置と認められていない。同じ子爵令嬢たちの間でも距離を置かれていた。
ただ引っかかって熱をあげている者も皆無ではない辺りが、煩わしい。そしてそういう引っかかる者は、それ以前に問題がある者であることが多い。実際、彼女に入れあげる型の令息はと言えば、やはり周囲の状況が読めない、些か頭の働きも回りを見る目も鈍い者ばかり。
「……殿下の方からは何か、お言葉はございませんのでしょうか」
「ええ。……ご自身はもう興味がないようで……」
良いことではないのだが、王太子は多忙だ。既に公務にも関わる彼は、学友たちのもめ事にあまり時間をかけられない。その辺りは彼の側近たちも弁えていて、そして王太子の代理人になり得るのは婚約者であり将来の国母として期待される、ジョゼフィーヌである。
もちろん彼女自身も普通の貴族令嬢より遙かに多忙だ。だがこうした裏での情報共有や根回しは将来に向けての実習とも言える。そして彼女の友人たちもそれはよくわかっている、いわば協力者たちだ。
「……ご実家の方へは、お話はいっておりませんの……?」
おずおず尋ねてきたのは、その中では身分が低い子爵令嬢フランシスカだった。実家の爵位は低いものの、最近領地で希少な鉱脈が発見されて今後に期待がもてそうだという。
「そちらも問題がありますのよ。……フィールズ家のお話をご存じの方はいらっしゃるかしら」
立場上、彼女たちも国内貴族の情報はそれなりに有している。にも関わらず、リリィが学園でやらかすまでその実家は全くノーマークだった。
「確かに、フィールズ家というのは聞かない名前ですわね」
「領地はどちらになりますの?」
「……私が聞いた話では」
首を傾げる一同の中で、ぽつりとフランシスカが口にする。
「フィールズ家は、最近領地を手放して使用人も皆解雇した、ということでした。私たちのまだ小さい頃、七・八年ほど前のことかと」
「……領地を手放して、どうやって成り立たせているんだろう」
それにレイチェルが眉を顰める。
この国では基本、貴族は大なり小なりの領地を持つ。例え町一つ村一つであっても領地は領地、逆に言えば領地のない貴族というのは、考えにくい存在だ。
領地自体は小さくとも、フランシスカの実家のように有用な鉱脈や特産物でもって貴族としての体面を保っているところならいくらでもある。ただ全く領地がない、手放すほど困窮するくらいなら爵位を返上する方が一般的だ。
「聞いた話では、ある商会が援助しているとか。……大きな商会ですと、あちこちの土地を借り受けたり店や工房で人を雇っていますでしょう?」
フランシスカはそう説明するが、如何にも据わりが悪そうだ。この国の貴族として生まれ育ってきた彼女としては、そうして爵位のない者に援助を受ける、というのは納得できる行為とは言いがたい。
「その、ですから……身分のある方に嫁いで、実家を盛りたてようと思ってらっしゃるのかと。そう思っておりましたの」
フランシスカの言い分はもっともだし、それならまだ他の令嬢たちも理解できない話ではない。のだが。
「ですが、その商会……何と言いましたか、名前は失念しましたが。……将来は、お嬢さんを嫁にもらうのだと、そうおっしゃっているとか」
続けられた言葉に令嬢たちは顔を見合わせる。
商会側の理屈はそれならまだわかる。金を出す代わり、将来貴族令嬢を娶って箔をつけるということだ。しかしそれならば、今のリリィの振る舞いはどういうことなのか。
「……どうも、やることなすことちぐはぐですこと」
アンリエッタが溜息交じりに呟くと、ジョゼフィーヌも深々と溜息をついて返す。
「だからこそ、思惑が読めませんの。……困ったことですわ」
溜息を吐いたのはこの中で一番身分が高い、公爵家令嬢のジョゼフィーヌだ。他の令嬢たちも、揃って彼女の言葉を拝聴する態勢に入る。
「……リカルドのことでしょうか?」
主催者であるアンリエッタが問うと、ジョゼフィーヌは苦笑を浮かべた。
「いいえ。……リリィ・フィールズ嬢のことなのだけれど……どうしたものかしら」
あちこちの子息に媚びを売りまくるリリィだが、引っかかっている者はそれほど多くない。ジョゼフィーヌの婚約者である王子殿下はもちろん、他の高位貴族の息子たちもちょっと引いているのが正直なところだ。
リリィは、自分のことを「誰からも愛される人気者」と認識しているらしいが、どちらかと言えば状況が読めず知性に問題のある珍獣、というのが一般の見方だ。
仮にも貴族令嬢の端くれとして、序列を無視し自分より遥かに高位の令嬢から礼儀を注意されても聞く耳持たず、やはり身分の高い異性につきまとい迷惑をかけている彼女は大方の令嬢令息には同じ立ち位置と認められていない。同じ子爵令嬢たちの間でも距離を置かれていた。
ただ引っかかって熱をあげている者も皆無ではない辺りが、煩わしい。そしてそういう引っかかる者は、それ以前に問題がある者であることが多い。実際、彼女に入れあげる型の令息はと言えば、やはり周囲の状況が読めない、些か頭の働きも回りを見る目も鈍い者ばかり。
「……殿下の方からは何か、お言葉はございませんのでしょうか」
「ええ。……ご自身はもう興味がないようで……」
良いことではないのだが、王太子は多忙だ。既に公務にも関わる彼は、学友たちのもめ事にあまり時間をかけられない。その辺りは彼の側近たちも弁えていて、そして王太子の代理人になり得るのは婚約者であり将来の国母として期待される、ジョゼフィーヌである。
もちろん彼女自身も普通の貴族令嬢より遙かに多忙だ。だがこうした裏での情報共有や根回しは将来に向けての実習とも言える。そして彼女の友人たちもそれはよくわかっている、いわば協力者たちだ。
「……ご実家の方へは、お話はいっておりませんの……?」
おずおず尋ねてきたのは、その中では身分が低い子爵令嬢フランシスカだった。実家の爵位は低いものの、最近領地で希少な鉱脈が発見されて今後に期待がもてそうだという。
「そちらも問題がありますのよ。……フィールズ家のお話をご存じの方はいらっしゃるかしら」
立場上、彼女たちも国内貴族の情報はそれなりに有している。にも関わらず、リリィが学園でやらかすまでその実家は全くノーマークだった。
「確かに、フィールズ家というのは聞かない名前ですわね」
「領地はどちらになりますの?」
「……私が聞いた話では」
首を傾げる一同の中で、ぽつりとフランシスカが口にする。
「フィールズ家は、最近領地を手放して使用人も皆解雇した、ということでした。私たちのまだ小さい頃、七・八年ほど前のことかと」
「……領地を手放して、どうやって成り立たせているんだろう」
それにレイチェルが眉を顰める。
この国では基本、貴族は大なり小なりの領地を持つ。例え町一つ村一つであっても領地は領地、逆に言えば領地のない貴族というのは、考えにくい存在だ。
領地自体は小さくとも、フランシスカの実家のように有用な鉱脈や特産物でもって貴族としての体面を保っているところならいくらでもある。ただ全く領地がない、手放すほど困窮するくらいなら爵位を返上する方が一般的だ。
「聞いた話では、ある商会が援助しているとか。……大きな商会ですと、あちこちの土地を借り受けたり店や工房で人を雇っていますでしょう?」
フランシスカはそう説明するが、如何にも据わりが悪そうだ。この国の貴族として生まれ育ってきた彼女としては、そうして爵位のない者に援助を受ける、というのは納得できる行為とは言いがたい。
「その、ですから……身分のある方に嫁いで、実家を盛りたてようと思ってらっしゃるのかと。そう思っておりましたの」
フランシスカの言い分はもっともだし、それならまだ他の令嬢たちも理解できない話ではない。のだが。
「ですが、その商会……何と言いましたか、名前は失念しましたが。……将来は、お嬢さんを嫁にもらうのだと、そうおっしゃっているとか」
続けられた言葉に令嬢たちは顔を見合わせる。
商会側の理屈はそれならまだわかる。金を出す代わり、将来貴族令嬢を娶って箔をつけるということだ。しかしそれならば、今のリリィの振る舞いはどういうことなのか。
「……どうも、やることなすことちぐはぐですこと」
アンリエッタが溜息交じりに呟くと、ジョゼフィーヌも深々と溜息をついて返す。
「だからこそ、思惑が読めませんの。……困ったことですわ」
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