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《第一話c》あの日(終わり)

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気がついたら僕は隣人の田中さんに抱かれていて外は明るくなっていた。どうやら僕は気を失っていたらしい。迷惑をかけまいと起き上がろうとすると田中さんがそれに気が付き手助けしてくれた。すると周りにはたくさんの人がいた。困惑する僕に田中さんは懇切丁寧に僕が気を失った後の出来事を教えてくれた。

話は長かったのでこちらで要約すると僕が母の死体を発見したちょうどその時田中さんは家で夕飯を作っていたらしい。田中さんは隣人で僕の家の花壇の手入れを母の代わりに(その昔僕が生まれる前に母は花を育てたいと勢いよく種を買ってきたものの育てるための手腕はないに等しく、その夢の実現は壊滅的だったところに田中さんが快くその仕事を引き受けてくれたため)やってくれている。その途中突然隣から悲鳴のような大声が聞こえ慌てて外に出たところ(カーテンをしめていなかったので)光が煌々と照る部屋の真ん中で気を失う僕を目撃したらしい。急いで110番に通報し、救急車や警察、消防車などが到着し今に至るのだそうだ。

その後数人の医者を同伴した警察官に母の死亡を改めて伝えられた。

田中さんは事情聴取に呼ばれてしまったため僕は昨日のことを思い出しながらただただ呆然とソファーに座っていた。すると新米なのだろうか、若い女性の警察官が膝をついて僕と目線を合わせて話しかけてきた。

「お名前を聞いてもいいかな」

顔を上げて答えた。

富野永治とのえいじ、です」

出てきた声は予想外にもボソボソで僕の今の心境がよく現れていた。

「ありがとう」

彼女はメモを取っていたので僕にも事情聴取が行わるだろうと思ったけれど彼女はノートを懐に仕舞った。すると、「お腹空いてないかな、せっかく買ったんだもの、これ食べない?」と昨日夕ご飯として食べる予定で買ってきていたコンビニのご飯を差し出してきた。

「え、食べて、いいんですか。」

「永治君が買ったものだからね、」

「、、、」

「あー、でもここ、人の行き交いが激しいからもしよかったら外の簡易ベンチで食べる?」

そう言いながら窓の外を指さした。向くと確かに家の庭に警察のロゴが刻まれた簡易ベンチが置いてあった。

「ここにいる人たちの休憩用にあるんだけど大抵は忙しくて時間がないから使われてないの。あそこの、丁度きれいな紅葉の葉が生い茂っている木の下まで運んで、そこでお昼にしよっか。」

「、、、はい」

すると若い警察官は「そうと決まれば」とテキパキと動き始め、細腕で大きなベンチを動かし、「昼食スペース」のようなものが出来上がった。

「よし!」

手を腰に当ててそう元気よく言った彼女は大きなひと仕事を終えたかのような面持おももちで、どことなく自慢げにしていた。そこを同僚に「大したことしてないだろ」と突っ込まれていた。

「どうぞ」と手でうながしながらこちらを向くのでとりあえず座った。秋にしては暑い日で、家の周りをせわしなく動く人たちのひたいには汗がにじみ出ていた。この女性警察官も暑そうだった。そういえば、確か冷蔵庫に冷えた麦茶があった気がする。

「あの、ちょっと待っててください」

「え、あ、うん!」

何をしに行くのか聞きたそうにしていたがそんな彼女をおいて僕は家の冷蔵庫に向かった。戸棚からコップを出して麦茶を注ぎ、とりあえず二人分作って警察官に持っていった。

「あの、もし良かったらどうぞ。麦茶です」

驚いたような顔をした彼女は満面の笑みで「ありがとう」と言いながら受け取った。

そこからしばらく僕たちは何も会話をしなかった。ただただ人が家の中を出入りするのを、通りかかる人が興味津々にしているところを見ていた。
ふと、ここで食べようと持ってきていたコンビニのお弁当のことを思い出し取り出して食べようとする。お箸がないことに気が付きわたわたしているとどこから出してきたのか女性警察官が割り箸をくれた。

「永治君、これ使う?」

「あ、ありがとうございます、、、」

永治君と呼んでくれた声が好き通っていて聞き心地がとても良かった。そういえば彼女はなんという名前なのだろうか。

「あ、あの、警察官さんのお名前をお聞きしても、、、?」

「あ、そういえば言ってなかったよね、ごめんね。私は早苗、兎木早苗うぎさなえっていう名前よ。」

「兎木、早苗さん、、、」

お箸のことを思い出して、感謝を言う。

「兎木さん、お箸ありがとうございます、」

すると、兎木さんは眉間にしわを寄せて顔を近づけた。

「兎木さんですって?よそよそしいのは良くないですよ!気軽に早苗って呼んでくれると嬉しいな。」

急に接近されて驚きつつ要望に答えることにした。

「さ、早苗さん、、、」

「よろしい!」

満足気に鼻をフンフンしている彼女を見て僕は「とても陽気な人なのだな」と思った。

しばらく木のしたで涼んでいると遠くから一人の男性の警察官が歩み寄ってきた。

「こんにちは~!なんだか良さそうなことしてるっすね~」

「あれ?仕事は終わったの?」

聞き返す早苗さんの口調はどこか親しみ深さを出していて同僚か近しい人なのだろうと思った。上司、、、ではないだろう。

「君、名前は」

物思いにふけっていたので突然の質問に慌ててしまった。

「え、あ、えと、富野永治、、、です」

「へえ~、かっこいい名前だな~!男の子らしくていいっすね~」

この人も陽気だな、、

「俺なんて名前茅久沙ちぐさっすよ!?ちーぐーさぁっ!女の子かっつうのっ!」

たしかに、、、女の子だ、、、というかクラスメイトに同名の子がいたな、、、女の子の。

「そんなこと喚いたってどうにもならないでしょう。子供の前でみっともない。永治君を見習ってよ。こんなに落ち着いてるのよ!?」

「そんなに年変わらないと思うっすけど、、」

「どこに冷静さを置いて、いや落としてきたんだか。」

早苗さんは深くため息をついて僕に向き、こう言った。

「こうなってはダメよ!悪い例ってやつ。」

「それ本人の前で言うっすかぁ?」


その後数分間に渡って言い合いが続いた。茅久沙さん曰く一旦仕事が一段落したので消防隊と救急車は帰ることになったのだそうだ。警察の人たちはというと、これからが本領発揮なのだそうで茅久沙さんはそのことにため息をつきながら「俺はまだあがれないっす」と言っていた。身元引受人が祖父母に決まった僕はお迎えが来るまで兎木さんと共に待つことになった。

木の下は風がかすかに吹いていて秋にしては暑い日の火照った体を冷ましてくれた。

ブオーンという音とともに車が家の前で止まって、焦った顔で祖父母が僕のところに駆け寄ってきて勢いよく抱きしめてくれた。

言葉はなかったけれど、僕はその二人のぬくもりにこれまで我慢してきていた涙がほろりとこぼれ落ち、そして止められなくなってしまった。


泣き止んだのはそれからしばらくしてだった。落ち着いた僕はその間もその場に居てくれた早苗さんに向かって、ありがとうと言った。声はしゃがれてしまっていて正しく聞こえたかはわからなかったけれどどうやら聞き取れたらしく、「気にしないで」と透き通る声で答えてくれた。

その後他の警察の方々に許可を頂いて部屋から必要最低限の荷物をスーツケースに詰め込み、祖父母の車に乗った。家を離れるとき、早苗さんにお別れを言おうと窓を開けると側まで来てくれた。

「忘れ物はない?といってもあまり持ち出せないと思うけど、、、」

「はい。母のネックレスも持ち出し許可が降りたのであとは自分の部屋にある教科書とか学校関連のものと最低限の服だけ、その他は後ほど送られてくるそうですから。」

「そうだね、ごめんね事件後はその時のままにしておくのが規則でね。」

「いえ、」

すると、そういえばというような顔をして、

「教科書ってことは学校はそのままなのかな。」

「あ、はい。祖父母の家のほうが学校に近いんです。隣の県なんですけど電車通学なので」

「そっか。じゃあ、普段通りに戻れそうなのね。良かった。」

早苗さんはほっとした顔をしていた。

「あ、あの、今日はありがとうございました。」

「いえいえ、当然のことをしたまでよ。」

すると突然茅久沙さんが現れて、

「お前なんもしてねぇだろ。」

と突っ込んでいた。それに対して、

「うるさいわねー。」

怒り気味に返した早苗さんはコホンと喉を鳴らして祖父母に向き「お引き止めしてすみませんでした」と一言残して最後に僕に向き直し「元気でいるのよ」と頭を撫でてくれた。

少し照れくさくて目を逸らすと「それじゃ」と手を振ってくれた。

そして車は動き出し、僕は祖父母の家へと向かった。
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