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第一章
第九話〜新人との出会い②〜
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「……最初から依頼を受けるんですか?それも素人なら泣き出しそうなレベルの採集依頼を?」
翌日、冒険院の受注窓口に朝から訪れていたアヤトであったが、アカネに要件を伝えると明らかな困り顔を浮かべられてしまった。仕事中、そして周りの目があるので敬語だが、言葉の端々に刺々しさが感じられる。
「教導方針に口を挟むつもりはありませんが、普通は基礎訓練から入るのでは?」
アカネの意見は何ら間違っていない。身体作りから始まり、技術を磨き、心を磨き、実力をつけてからようやく実戦に挑むのがセオリーだ。
実際に学園では一年間みっちり基礎を鍛え、二年生になってからようやく戦闘訓練に入る堅実なやり方を採用している。学園だけでなく冒険院の常識でもあり、だからこそアカネも驚いたのだ。
ただし、隠そうともしない不満の原因はそこではない。アヤトはあくまでも訓練校所属でありやり方が異なるのは理解しているが、確保していた訓練場の使用許可が無駄になることにあった。
当然、そのような裏事情などアヤトが知っているわけもなく、逆にアヤトはアヤトで自分の考えを告げる。
「基礎訓練ってのはつまらないだろ?同じことの繰り返しで途中で挫けるやつも出てくるんだよ。だからまずは目指すところを見つけてもらう。それが強くなるための第一歩だと思ってるんだ。それに街の外で一日中過ごすことの現実を見せとかなきゃいけないだろ」
「なるほど一理ありますね」
「とりあえず今日は顔合わせと準備ってことで行くのは明日だな。まぁ何にしても諦めるやつは出てくるだろうけど」
「危険な職業ですし諦めるなら早めが良いと思います。それに目標の設定がモチベーションの維持に繋がるのは間違いないでしょう。ただし……」
「どうした?」
「初めてでレウィス鋼の採集はいくらなんでも酷では?」
「あいつら登竜門みたいな扱いだし、そもそも新人に戦わせるわけじゃないんだから大丈夫だろ」
鋼の中でも軽く頑丈な事で有名なレウィス鋼は、武具の素材として重宝され非常に高い需要を持っている。そのため冒険院が常に求めており依頼が常設されているが、ある程度の実力と経験が必要となるため供給は少ない。
依頼の難易度を上げているのはレウィス鋼の正体が魔物の外殻だということにある。つまり、ただの採集依頼ではなく、場合によっては討伐の必要性もあるということだ。
自らの手で集めたレウィス鋼を使った武具で武装する事、それが冒険者として大成する為の一歩と言われている。
「ああそうだ、この依頼が終わったらアカネの組んでくれた流れで訓練するからよろしく。それと、たまに俺宛に指名依頼が入るよう手配してるんだけど、ある程度見通しがたったら生徒連れて行ってくるんで気にしないで放置しといてくれ」
昨日、やすらぎへ戻るまでにアヤトがマクリカと交渉したのは錬金術で使用する素材の採集を指名依頼して欲しいというものであった。
段階を踏んで徐々に難しい依頼を受けさせようと考えていたが、そうそう都合よく依頼が転がっているわけもない。そこでマクリカには遅くなることを了承してもらった上で、本当に必要とする素材の採集依頼を出してもらうことにした。
訓練の一環という面から報酬は最低限と打ち合わせている。マクリカにしてみれば安く済むのだから断る理由もない。得た報酬は生徒達へそのまま渡すつもりだ。
「そんなわけで手続き頼む。もうすぐ新人達も来る頃だろうし、忙しくなる時間だろ?」
冒険院に着いたのはまだ薄暗い早朝だったが、今はだいぶ日が昇り人の出入りも多くなってきた。つまり、これから多くの冒険者が受注窓口になだれ込むことになる。
それをわかっているからこそ好意で急かすアヤトであったが、アカネは首を横に振り呆れた様子で見てきた。
「窓口で担当がつくという意味をわかっていないようね」
「ははっ、喋り方崩れてるぞ」
「……そういうツッコミはいりません。いいですか、担当がついたということは冒険院にとってのアヤト様の評価は非常に高いということです。多くの案件で優遇され融通も効きますので、急ぐ必要はありません」
「へぇ、そりゃ知らなかった。もしかして一般常識だったりするのか?」
「一般常識とは言えませんが、冒険者として活動していれば自ずと知ることです。ただ……アヤト様が冒険者として活動したのは極短い期間だったので知らなかったのも仕方ないのかもしれませんね」
担当が早くついてほしい。そんな愚痴を溢す訓練生が何人もいたが、大して気にもとめていなかったアヤトはようやく言葉の意味を理解できた。
だが同時に疑問も浮かぶ。
「メリットはわかったけど、ならなんで俺の評価が高いんだ?訓練校に引き抜かれるまでに特別目立ってた訳でもないし、その後も似たようなもんだぞ」
「詳しくは私も存じ上げませんが守護者を育てあげたことが要員だと思います。ランクも暫定的にですが上級相応、それも権利のみを与えるとのことですし、破格の条件かと」
「あいつらのせいってことか」
「せいなんて言うんじゃないわよ。それと、支部長から目をつけられてるってこと忘れてないわよね?守護者から始まったのは間違い無いでしょうけど、決定的だったのはその後の貴方の行動よ。自業自得は言い過ぎかもしれないけど、自重しなきゃ国が囲い込みかねないわよ」
「充分自重してるつもりなんだけどな……」
真顔で注意されたアヤトであったが納得いかないものは納得いかない。駄々をこねたところで現状が変わるわけでもないが、上級の権利というのはありがたかった。
下から初級、中級、上級、特級、超級の順でランク分けされている冒険者だが、ランクごとに受注できる依頼に制限が設けられている。
新人には依頼に同行できる今のうちに様々な経験をさせてあげたかった為当初はアカネに無茶を通してもらうつもりであったが、ある程度の依頼を受注できる上級相応の権利が発行されたのであればその心配をする必要もない。
そして、依頼を通しての冒険院への貢献、即ち義務が免除されるのは非常にありがたい。
——たかだか六人相手にここまで高待遇ってことは王族に気を使ってるってことだよな。あくまでも補佐でしかない俺を上級待遇にしてまで何をさせようってんだ。あいつら並に鍛えろとか?……まぁいいや。
疑問は尽きないがかつての教え子達が関係しているとして頭を切り替えたアヤトは、新人が来る時間が迫っていることにはかわりないため依頼受注の手続きをアカネに進めてもらうこととした。
当然、依頼内容は当初の予定通りレウィス鋼の採集だ。
アヤトの教導方針について理解したからか、アカネの表情は先程までのような困り顔ではなく凛々しさが感じられる。文句ひとつ言わずに手慣れた様子で作業を進めていき、一つの用紙をアヤトへ渡した。
「こちらが最近確認されているソリッドタイプの出没地域です。教導で行くのは理解しましたが、どうせ行くならしっかりレウィス鋼の採集もお願いします」
「わかってるよ。最近持ち込んでくるやつが少ないんだろ?」
「よくご存知で。上は見向きもせず、下はまだ未熟で手に負えず、適切な方々はもっと実入りの良い依頼に目が行きソリッドタイプは放置され増えつつあります」
「増えつつあるって、もう結構な数になってんじゃねえか」
「それは否定できません」
レウィス鋼を外殻として纏っている魔物は一種類ではない。代表的な魔物であるゴブリンやスライム、オークやトレントなど多くの種族でその存在は確認され通称でソリッドタイプと呼ばれている。
種族の違いはあれど共通しているのは通常の個体が進化した先の上位個体の一種であることと、種そのものが強い魔物には確認されていないことだ。
弱きものが生き残るためのすべとして新たな進化を確立したのだとする学説と、複数の種で同様の進化が起きることが不自然だと唱え何者かによる介入があったとする学説とで対立し、正確なことはわかっていない。
ただ一つ間違いないのは上位個体と呼ぶに相応しい強さを得たことだろう。新人冒険者でも倒せないことはない最弱候補筆頭のスライムが、ソリッドスライムに進化すれば巨大な岩を軽々両断できる中級冒険者と対等に戦える程の力を得るといえばわかりやすい。
当然種族により強化の幅は様々であり、レウィス鋼の採集の際にソリッドタイプの見極めは必須となる。そこで際立つのが冒険院の、正確には受付嬢の情報収集能力だ。
受付嬢は給与こそ良いもののそれ相応の高い能力が求められ、誰でも就くことができるわけではない。
まずは依頼の発注において冒険者の要望や経験を考慮する必要があるため観察眼が必須となる。分相応の依頼ならば良いが明らかに能力が足りなければ断ることも珍しくない。冒険者の安全を守るためにも致し方ないことだ。
同じ理由で、情報収集も必須と言える。討伐、採集、護衛、中には解体作業や掃除まで様々な依頼が混在する中で、その成否に関わらず依頼遂行中にあった出来事を可能な限り聞き出し次に繋げるのだ。
魔物の目撃情報や不自然な生態系の変化など、危険に直結する可能性があるものを読み解きまとめ全窓口で共有。そんな地道な活動が結果として冒険院全体の安全性を高めているのだから、受付嬢の仕事の重要性が見えてくる。
アカネに渡された用紙にも彼女らのおかげで判明したソリッドタイプの分布図が種族ごとに詳細に記されていた。能力に見合った相手を選別できるように、それは同時に危険を回避できるようにしているというわけだ。
「一応、教導終わってから間引いておこうか?」
「ありがたい申し出ですが、あくまでもこれは冒険院の怠慢が原因ですのでこちらで解決致します。近々指名依頼をかけるようなので、それまでは危険地帯として未熟な方々へ注意喚起しているところです」
「なら、とりあえず見つけたやつらだけ始末しときますかね」
「その方針でお願いします。あぁ、忘れていましたこちらをどうぞ」
渡されたのはアヤトの名前が刻まれた金色のプレートであった。上級冒険者の証である本物の金で作られたゴールドプレートだ。
「今後は窓口での提示をお願いします」
「了解、無くさないように気をつけなきゃな」
「ものがものなので盗難もあり得ます。紛失の際もそうなのですが、届出が必要となりますので連絡をお忘れなきようお願い致します。ではいってらっしゃいませ」
「はいよ、行ってきます」
大きく頭を下げるアカネに見送られながらアヤトは受付窓口を後にした、わけではなくプレートを首にかけ上着の中へ隠すようにしまうと待合所のテーブルへと腰掛ける。
新人冒険者との集合場所がここなのだから仕方ないが、丁寧に見送られた側としてはさすがに居心地が悪い。
周りには同じように仲間と待ち合わせしていたり、窓口が空くのを待っていたり、依頼を探していたりと、だいぶ人も増えてきた。
残念ながらまだ新人達が来る様子はない為、何と無しにアカネに視線を向ければ既に別の冒険者を対応していた。受付嬢に恋をして張り切る輩も多く、冒険者間でアカネの人気は高いらしい。本人の預かり知らぬところでファンクラブまでできる始末だ。
——せめてそわそわしないでどんと構えてりゃ良いのに
今対応されている男も顔がにやけているのでその内の一人なのは間違い無い。肝心のアカネは好意を完全に無視して事務的に作った笑顔で仕事をこなしているのが悲しいところだ。
恋愛に疎いアヤトですら脈がないことは明らかだが、懸命にアピールする姿を笑うほど冷淡ではない。かといって応援するわけでもなく、せいぜいが邪魔をしないように配慮する程度だろう。
どんな形で色恋沙汰に巻き込まれるかわからないが、その時の面倒さと比べれば多少気を使うなど苦にもなりはしない。
もっとも既に手遅れの可能性も高く、複数人の男から視線が注がれている。普段見かけないアヤトが上級冒険者であることへの興味の視線もあるのだろうが、大半はアカネに好意を抱いている者達からの嫉妬によるものだ。妙な圧力がそれを予想ではなく事実なのだと思わせてくる。
舌打ちまで聞こえる辺り、もはや面倒事に片足突っ込んでいることに変わりない。それが自覚できているのがアヤトの辛いところだ。
「これからは集合場所考えないといけないかもな……」
喜ばしい事に新人達が集まったのはそのすぐ後の事。明らかに不慣れな様子で辺りを見回していたのですぐにわかった。だが不思議なことに六人ではなく三人のみ。
「何かあったのかねぇ」
初対面のアヤトに心当たりなどあるはずもない。なんにせよお互いに顔がわからないのだから教導側のこちらから動くべきだろう、とゆっくり重い腰をあげるのだった。
翌日、冒険院の受注窓口に朝から訪れていたアヤトであったが、アカネに要件を伝えると明らかな困り顔を浮かべられてしまった。仕事中、そして周りの目があるので敬語だが、言葉の端々に刺々しさが感じられる。
「教導方針に口を挟むつもりはありませんが、普通は基礎訓練から入るのでは?」
アカネの意見は何ら間違っていない。身体作りから始まり、技術を磨き、心を磨き、実力をつけてからようやく実戦に挑むのがセオリーだ。
実際に学園では一年間みっちり基礎を鍛え、二年生になってからようやく戦闘訓練に入る堅実なやり方を採用している。学園だけでなく冒険院の常識でもあり、だからこそアカネも驚いたのだ。
ただし、隠そうともしない不満の原因はそこではない。アヤトはあくまでも訓練校所属でありやり方が異なるのは理解しているが、確保していた訓練場の使用許可が無駄になることにあった。
当然、そのような裏事情などアヤトが知っているわけもなく、逆にアヤトはアヤトで自分の考えを告げる。
「基礎訓練ってのはつまらないだろ?同じことの繰り返しで途中で挫けるやつも出てくるんだよ。だからまずは目指すところを見つけてもらう。それが強くなるための第一歩だと思ってるんだ。それに街の外で一日中過ごすことの現実を見せとかなきゃいけないだろ」
「なるほど一理ありますね」
「とりあえず今日は顔合わせと準備ってことで行くのは明日だな。まぁ何にしても諦めるやつは出てくるだろうけど」
「危険な職業ですし諦めるなら早めが良いと思います。それに目標の設定がモチベーションの維持に繋がるのは間違いないでしょう。ただし……」
「どうした?」
「初めてでレウィス鋼の採集はいくらなんでも酷では?」
「あいつら登竜門みたいな扱いだし、そもそも新人に戦わせるわけじゃないんだから大丈夫だろ」
鋼の中でも軽く頑丈な事で有名なレウィス鋼は、武具の素材として重宝され非常に高い需要を持っている。そのため冒険院が常に求めており依頼が常設されているが、ある程度の実力と経験が必要となるため供給は少ない。
依頼の難易度を上げているのはレウィス鋼の正体が魔物の外殻だということにある。つまり、ただの採集依頼ではなく、場合によっては討伐の必要性もあるということだ。
自らの手で集めたレウィス鋼を使った武具で武装する事、それが冒険者として大成する為の一歩と言われている。
「ああそうだ、この依頼が終わったらアカネの組んでくれた流れで訓練するからよろしく。それと、たまに俺宛に指名依頼が入るよう手配してるんだけど、ある程度見通しがたったら生徒連れて行ってくるんで気にしないで放置しといてくれ」
昨日、やすらぎへ戻るまでにアヤトがマクリカと交渉したのは錬金術で使用する素材の採集を指名依頼して欲しいというものであった。
段階を踏んで徐々に難しい依頼を受けさせようと考えていたが、そうそう都合よく依頼が転がっているわけもない。そこでマクリカには遅くなることを了承してもらった上で、本当に必要とする素材の採集依頼を出してもらうことにした。
訓練の一環という面から報酬は最低限と打ち合わせている。マクリカにしてみれば安く済むのだから断る理由もない。得た報酬は生徒達へそのまま渡すつもりだ。
「そんなわけで手続き頼む。もうすぐ新人達も来る頃だろうし、忙しくなる時間だろ?」
冒険院に着いたのはまだ薄暗い早朝だったが、今はだいぶ日が昇り人の出入りも多くなってきた。つまり、これから多くの冒険者が受注窓口になだれ込むことになる。
それをわかっているからこそ好意で急かすアヤトであったが、アカネは首を横に振り呆れた様子で見てきた。
「窓口で担当がつくという意味をわかっていないようね」
「ははっ、喋り方崩れてるぞ」
「……そういうツッコミはいりません。いいですか、担当がついたということは冒険院にとってのアヤト様の評価は非常に高いということです。多くの案件で優遇され融通も効きますので、急ぐ必要はありません」
「へぇ、そりゃ知らなかった。もしかして一般常識だったりするのか?」
「一般常識とは言えませんが、冒険者として活動していれば自ずと知ることです。ただ……アヤト様が冒険者として活動したのは極短い期間だったので知らなかったのも仕方ないのかもしれませんね」
担当が早くついてほしい。そんな愚痴を溢す訓練生が何人もいたが、大して気にもとめていなかったアヤトはようやく言葉の意味を理解できた。
だが同時に疑問も浮かぶ。
「メリットはわかったけど、ならなんで俺の評価が高いんだ?訓練校に引き抜かれるまでに特別目立ってた訳でもないし、その後も似たようなもんだぞ」
「詳しくは私も存じ上げませんが守護者を育てあげたことが要員だと思います。ランクも暫定的にですが上級相応、それも権利のみを与えるとのことですし、破格の条件かと」
「あいつらのせいってことか」
「せいなんて言うんじゃないわよ。それと、支部長から目をつけられてるってこと忘れてないわよね?守護者から始まったのは間違い無いでしょうけど、決定的だったのはその後の貴方の行動よ。自業自得は言い過ぎかもしれないけど、自重しなきゃ国が囲い込みかねないわよ」
「充分自重してるつもりなんだけどな……」
真顔で注意されたアヤトであったが納得いかないものは納得いかない。駄々をこねたところで現状が変わるわけでもないが、上級の権利というのはありがたかった。
下から初級、中級、上級、特級、超級の順でランク分けされている冒険者だが、ランクごとに受注できる依頼に制限が設けられている。
新人には依頼に同行できる今のうちに様々な経験をさせてあげたかった為当初はアカネに無茶を通してもらうつもりであったが、ある程度の依頼を受注できる上級相応の権利が発行されたのであればその心配をする必要もない。
そして、依頼を通しての冒険院への貢献、即ち義務が免除されるのは非常にありがたい。
——たかだか六人相手にここまで高待遇ってことは王族に気を使ってるってことだよな。あくまでも補佐でしかない俺を上級待遇にしてまで何をさせようってんだ。あいつら並に鍛えろとか?……まぁいいや。
疑問は尽きないがかつての教え子達が関係しているとして頭を切り替えたアヤトは、新人が来る時間が迫っていることにはかわりないため依頼受注の手続きをアカネに進めてもらうこととした。
当然、依頼内容は当初の予定通りレウィス鋼の採集だ。
アヤトの教導方針について理解したからか、アカネの表情は先程までのような困り顔ではなく凛々しさが感じられる。文句ひとつ言わずに手慣れた様子で作業を進めていき、一つの用紙をアヤトへ渡した。
「こちらが最近確認されているソリッドタイプの出没地域です。教導で行くのは理解しましたが、どうせ行くならしっかりレウィス鋼の採集もお願いします」
「わかってるよ。最近持ち込んでくるやつが少ないんだろ?」
「よくご存知で。上は見向きもせず、下はまだ未熟で手に負えず、適切な方々はもっと実入りの良い依頼に目が行きソリッドタイプは放置され増えつつあります」
「増えつつあるって、もう結構な数になってんじゃねえか」
「それは否定できません」
レウィス鋼を外殻として纏っている魔物は一種類ではない。代表的な魔物であるゴブリンやスライム、オークやトレントなど多くの種族でその存在は確認され通称でソリッドタイプと呼ばれている。
種族の違いはあれど共通しているのは通常の個体が進化した先の上位個体の一種であることと、種そのものが強い魔物には確認されていないことだ。
弱きものが生き残るためのすべとして新たな進化を確立したのだとする学説と、複数の種で同様の進化が起きることが不自然だと唱え何者かによる介入があったとする学説とで対立し、正確なことはわかっていない。
ただ一つ間違いないのは上位個体と呼ぶに相応しい強さを得たことだろう。新人冒険者でも倒せないことはない最弱候補筆頭のスライムが、ソリッドスライムに進化すれば巨大な岩を軽々両断できる中級冒険者と対等に戦える程の力を得るといえばわかりやすい。
当然種族により強化の幅は様々であり、レウィス鋼の採集の際にソリッドタイプの見極めは必須となる。そこで際立つのが冒険院の、正確には受付嬢の情報収集能力だ。
受付嬢は給与こそ良いもののそれ相応の高い能力が求められ、誰でも就くことができるわけではない。
まずは依頼の発注において冒険者の要望や経験を考慮する必要があるため観察眼が必須となる。分相応の依頼ならば良いが明らかに能力が足りなければ断ることも珍しくない。冒険者の安全を守るためにも致し方ないことだ。
同じ理由で、情報収集も必須と言える。討伐、採集、護衛、中には解体作業や掃除まで様々な依頼が混在する中で、その成否に関わらず依頼遂行中にあった出来事を可能な限り聞き出し次に繋げるのだ。
魔物の目撃情報や不自然な生態系の変化など、危険に直結する可能性があるものを読み解きまとめ全窓口で共有。そんな地道な活動が結果として冒険院全体の安全性を高めているのだから、受付嬢の仕事の重要性が見えてくる。
アカネに渡された用紙にも彼女らのおかげで判明したソリッドタイプの分布図が種族ごとに詳細に記されていた。能力に見合った相手を選別できるように、それは同時に危険を回避できるようにしているというわけだ。
「一応、教導終わってから間引いておこうか?」
「ありがたい申し出ですが、あくまでもこれは冒険院の怠慢が原因ですのでこちらで解決致します。近々指名依頼をかけるようなので、それまでは危険地帯として未熟な方々へ注意喚起しているところです」
「なら、とりあえず見つけたやつらだけ始末しときますかね」
「その方針でお願いします。あぁ、忘れていましたこちらをどうぞ」
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「ものがものなので盗難もあり得ます。紛失の際もそうなのですが、届出が必要となりますので連絡をお忘れなきようお願い致します。ではいってらっしゃいませ」
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周りには同じように仲間と待ち合わせしていたり、窓口が空くのを待っていたり、依頼を探していたりと、だいぶ人も増えてきた。
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どんな形で色恋沙汰に巻き込まれるかわからないが、その時の面倒さと比べれば多少気を使うなど苦にもなりはしない。
もっとも既に手遅れの可能性も高く、複数人の男から視線が注がれている。普段見かけないアヤトが上級冒険者であることへの興味の視線もあるのだろうが、大半はアカネに好意を抱いている者達からの嫉妬によるものだ。妙な圧力がそれを予想ではなく事実なのだと思わせてくる。
舌打ちまで聞こえる辺り、もはや面倒事に片足突っ込んでいることに変わりない。それが自覚できているのがアヤトの辛いところだ。
「これからは集合場所考えないといけないかもな……」
喜ばしい事に新人達が集まったのはそのすぐ後の事。明らかに不慣れな様子で辺りを見回していたのですぐにわかった。だが不思議なことに六人ではなく三人のみ。
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気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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