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第一章
第十話〜新人との出会い③〜
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アヤトの予想通り落ち着きのなかった三人は新人で間違いなかった。
「俺はメッサーラ。よろしく」
「テルムだ」
「アルムだよ。よろしくね」
テーブルに集まり顔と名前の照らし合わせのため名前だけの自己紹介をしてもらったのだが、プロエリウムの王族は二人とも揃っているようだ。
旅の間のケアが不十分だったのだろう、青みがかった長い髪はやや毛先が痛んでいるがそれでも端正な顔立ちに翳りのない見た目がそっくりな双子の少女。
ややつり目で気の強そうなテルムと爛々と興味津々な瞳でこちらを見てくるアルム。良い意味でも悪い意味でも目立ちそうな二人の王族に対して、もう一人の新人は何の変哲もない家庭の出であった。
初めから整えようとすらしていない無造作に跳ねた黒髪と年齢の割には小さな体躯が特徴と言えば特徴の少年、メッサーラ。
向上心があるようには見えないが、だからと言って腐っているようにも見えない。どちらかと言えば目標を見つけきれずに袋小路に迷い込んでいるような印象を受ける。
挨拶のみではあるが三人が三人とも、もらっていた資料だけでは知り得なかった人間性を垣間見ることができた。今度はアヤトの挨拶の番だ。
「これからしばらく教導を担当するアヤトだ。普段はアクアビット訓練校で教導官の補佐をやってるんだけど……テルム、言いたいことがあるなら言って良いぞ?」
途中に補佐という単語が出た時点で、大袈裟なほどにため息をついたテルムは睨みつけるような視線をアヤトへ向け言い放つ。
「補佐はあくまでも補佐でしかない。それで私達を強くできるのか?」
的を得ている指摘にアヤトは苦笑してしまう。戦技教導官が国家資格であることから補佐もそれ相応に高給取りではあるが、それが強さや教導力と結びつくわけではない。そもそも補佐の人選は教導官自身が行うのであって資格が必要なわけでもなく、動きやすいよう身内で周囲を固める者もいる。
そういった経緯からテルムが懐疑的になるのも仕方ない。
「そうだな、絶対なんて言えないけど、一応上級相当の評価は貰ってるんで信用はしてもらうしかないな」
「上級?」
所有しているだけで実力も実績も証明できる便利なアイテム。アヤトにとってゴールドプレートはその程度の代物であり、今回のような依頼でもなければ必要としない、むしろ力の誇示のようなものなど持っていたくないまである。
身分証明の為に初めから見せるつもりではあったプレートを胸元から取り出すとテルムはわかりやすく驚いていた。
「俺じゃ不満だってことなら、担当を変えるよう掛け合ってみるけどどうする?」
「……結構だ、貴方で良い」
ここまで効果があるものなのか、と明らかに勢いがなくなったテルムを見てますますゴールドプレートを手放したくなったが、半年の我慢だと今だけは活用するべく言葉を続ける。
「そいつはよかった。ただこれだけは覚えておいてくれ。補佐の中にも優秀な奴はいるし、もちろん初級にもいる。得手不得手もある。肩書きだけで人を判断するのは控えた方が良いぞ。まぁプレートを見せびらかした俺が言うのも変な話だけどな」
「いや、貴方は何もおかしな事は言っていない。私こそ失礼な事を言ってしまった。気分を悪くされただろう、申し訳ない」
意外なほどの素直さと非を認め謝罪する潔さ、そのどちらもテルムの第一印象にはなかった一面であった。王族であったという選民意識はあるのだろうが、他者の考えを取り入れていく柔軟さも持ち合わせているようだ。
「俺は気にしないけど他の奴らは知らないからな、気をつけるにこしたことはないんじゃないか?で、二人も俺が担当で良いのか?」
テルムみたいに遠慮なく言ってくれ、と付け足しアルムとメッサーラの方へ視線を向けると異論はないようだ、頷いてきた。
「俺は元々文句ない」
「私もそうだよ。そもそも私達って恵まれてるんじゃないかな?少し調べたけど本当なら長い時間教わるなら学園に行かなきゃ行けないらしいし、支部長さんが色々手を回してくれたんじゃないかな」
「そうなのですね、さすが姉上です。いつの間に調べたのですか?」
「ウィドスに来てからすぐだったかな。お世話になるとこの情報は事前に集めておくべきだよ」
「はい、以後気をつけます」
勤勉そうに見えてどこか抜けているテルムと、自由奔放に見えてしっかりしているアルム。双子ならではというべきか、足りない箇所をお互いに埋めていて良好な関係のようだ。
だが、姉であるアルムへの敬愛の色がやや強く見られるテルムには、精神面での心配が出てきた。先程の指摘もアルムを護る為の力への渇望から来ていることが予想できる。
総じてこのタイプは一つのボタンの掛け違いで大きく道を踏み外してしまう、とアヤトの経験談から警鐘が鳴り響いていた。
「やっぱ犬みたい」
「犬?……はは、なるほど納得だ。アルムに尻尾振ってそうだな」
「先生もそう思う?リベリタスに来るまでにも似たようなやりとりがあったけど、ほんと仲良い」
「仲が良いのは良いことだろ、何か不満があるのか?」
「別に。ただ目に毒というか、何日も見てるとくどく感じる」
「これからも一緒に行動するんだから諦めるしかないだろ」
「そっか、残念」
「あと、教官って呼んでくれるか?一応学園との区別で、俺は先生じゃないからな」
「教官……なんかかっこいい。了解しました教官殿!ってな感じ?」
「ノリの良いやつだな」
テルムの警戒をするべきかと考えていたが、メッサーラとの会話で毒気が抜かれていく。何故かこの小さな少年が潤滑油になってくれるのではないかという期待が生まれたのだ。
三人でならば良い環境が作れるかもしれない。短い時間だがそう思えるようになってきたのは、アヤトが三人を気に入ったことも要因だろう。
「じゃあさっそく行動しますかね。まずは……院を出て雑貨屋に行くぞ。理由は道中説明するけどとりあえず俺の安全のために何も言わず着いてきてくれ」
アヤトが立ち上がると、三人は疑問も多いだろう冒険者初日だというのに素直に指示に従い冒険院をあとにする。
向かう先は雑貨屋だ。これから冒険者として必要な最低限の道具を購入してもらう予定なのだが、今回に限り経費で落とせる事は確認済である。ささやかな配慮は王族という肩書きからなのだろうがそれもここまで。後は純粋な力が物を言う世界だ。本人の努力なくして成長はありえない。
「しっかし、面倒なことになっちまったなぁ」
「どゆこと?安全のためとか言ってたけどふか~い事情でも?」
「ああ、説明するよ」
アヤトの行きつけの雑貨屋はやや歩かなくてはいけない為、その間に冒険院を出ることを急かした理由を伝えると皆呆れていた。
「嫉妬って怖いんだね」
「こればかりは感情の問題でしょう。なかなか抑えることは難しいかと」
「あそこにいたのはおっさんばかり。あの綺麗な人を奪い合ってたって、なんかうざそう」
「奪い合うというより誰かと良い仲になるのを怖がってるって感じだろうな」
男だろうと女だろうと嫉妬する心は制御が難しい。アカネとの仲を勘繰られて、いくつかの不快な視線が向けられ続けていたのが良い証拠だ。
ゴールドプレートを携えたアヤトへ絡んでくる事はないだろうが、嫌がらせ程度はあり得るのが人の醜いところだろう。その矛先が何かの拍子に生徒三人に向けられたのではたまったものではない。
「前に進む勇気がなくて他の人の邪魔をしちゃってるってことだよね?そんな人達に好かれても嬉しくないよ。メッサ君はそんな男になっちゃ駄目だからね」
「そういうのはよくわからない。もう少し大人になってからで良くない?」
「確かに!」
その後、メッサーラとアルムはこれからの訓練について和気藹々と予想し、テルムはその様子をほんの少しだけ離れて眺めていた。アルムが楽しそうにしているのを邪魔しない為にと考えれば、この微妙な距離感も意外とは言えない。
「そういえば、残りの三人はどうしてるんだ?」
ふと思い出したのは新人冒険者は本来なら六人のはずだったことだ。
この場にいないということは気が変わり他の職へ就くのかもしれないが、依頼としては六人に対しての教導なのだからアヤトに監督義務がある状態だ。放っておくわけにもいかない。
聞こうと思いつつタイミングを逃してしまっていたが、逆に生徒達も似たようなものだったようで忘れてた、と前置きした上でメッサーラが理由を話してくれた。
怖い。
そう言っていたと、端的な説明でしかないが至極単純故に納得できてしまった。
「なるほど。まぁ危険度で言ったら大抵の仕事よりは高いだろうし尻込みするのも仕方ないよな」
冒険者にも色々な仕事があるが、魔物と相対することも多く、普段街の外に出ることのない生活を送っている人々には想像し辛い血生臭い経験もしていくことになる。
しかし、彼らは頻繁に戦争を引き起こすプロエリウム王国から流れてきた難民だ。故郷で既にそれ以上の経験をしていても不思議ではない。
争うことに嫌悪感や恐怖心を持ってしまうことはむしろ当然の帰結だ。
国から逃げた末に辿り着いた土地が平和であればあるほど、二度と経験したくないと思うだろう。
「そいつらは就きたい仕事があるかはわかるか?」
「それはさすがにわからないけど、一人すごく料理が美味い人はいる。レストランとかおすすめ」
「ラトちゃんのことだね。私特にシチューが好きだったなぁ。ちなみにセイロン君はすごく勉強ができる子だから、どこででもやって行けると思う!カイネル君についてはよくわかんないや。アルちゃんわかる?」
「私も詳しくはわかりませんが、なんでもそつなくこなしていたように思います。ただ、これだと言うものはなかったかと」
「まぁやっぱり本人に聞かなきゃ希望なんてわかるわけもないよな。直接会ったことないから何とも言えないけど、人格的に問題がなければ院がある程度の口利きはしてくれるはずだ。普通ならな……」
果たして人格面での評価はどうなるのかはわからない。どんな事情があろうとも指定された時間に来ていないというのは相手に対して失礼だ。元王族が絡まないからといって無下にはしないはずだが対応が良くなることもない。
管轄はアヤトであり、院への報告にその件を伏せていれば影響はないだろうがそれも相手の出方次第といったところだ。
露骨なまでの意味深な発言に気付かない程幼くはない、けれど年相応に感情が漏れやすい三人は、揃って視線をアヤトへ向けた。
「とりあえずは俺と会えないか聞いてみといてくれ。冒険者になるならないってのもあるけど、まずは話を聞いてみないと動きようがないからな」
最終的にアカネに頼る事になるのは目に見えている。何故か張り切る姿しか想像できないのは昨日の恩返しの話しを聞いているからだろうか。
情に厚く規律にも厳しい彼女がどう判断するかは見当もつかないが、悪いようにはしないことだけは間違いない。
「働かなきゃやっていけないし会えるとは思う。でも、いつが良い?明日一緒に連れてくる?」
「そうしてくれ。遠出する前に少し話しができればそれで良いから」
「遠出?訓練ではなくか?」
「お出かけかぁ」
「そういえば言ってなかったな。雑貨屋で必要なもの買ったら今日は解散。で、明日の朝八時に院に集合。さっそく街の外に出るぞ。近くの森まで行く予定だけど、二、三日は帰ってこれないと思ってくれ」
「いきなりの実践?」
「「っ!?」」
唐突な展開に反応を返したのは呆れ顔をしたメッサーラだけであった。アルムとテルムは顔が強張り、言葉こそ発していないが緊張している事がはっきりとわかる。
「心配するな、俺が戦うのを見てもらうだけで依頼の流れだったり現場の空気だったりを体験してもらうだけだ。お前たちの事はしっかり護るからそんなに身構えなくても危険はない」
極々自然で何も着飾っていない態度は自信の現れなのだろう。上級冒険者である事も相まって、根拠のない保証の言葉を信じさせるには充分なほどに安心感を与えてくれるものであった。
「俺はメッサーラ。よろしく」
「テルムだ」
「アルムだよ。よろしくね」
テーブルに集まり顔と名前の照らし合わせのため名前だけの自己紹介をしてもらったのだが、プロエリウムの王族は二人とも揃っているようだ。
旅の間のケアが不十分だったのだろう、青みがかった長い髪はやや毛先が痛んでいるがそれでも端正な顔立ちに翳りのない見た目がそっくりな双子の少女。
ややつり目で気の強そうなテルムと爛々と興味津々な瞳でこちらを見てくるアルム。良い意味でも悪い意味でも目立ちそうな二人の王族に対して、もう一人の新人は何の変哲もない家庭の出であった。
初めから整えようとすらしていない無造作に跳ねた黒髪と年齢の割には小さな体躯が特徴と言えば特徴の少年、メッサーラ。
向上心があるようには見えないが、だからと言って腐っているようにも見えない。どちらかと言えば目標を見つけきれずに袋小路に迷い込んでいるような印象を受ける。
挨拶のみではあるが三人が三人とも、もらっていた資料だけでは知り得なかった人間性を垣間見ることができた。今度はアヤトの挨拶の番だ。
「これからしばらく教導を担当するアヤトだ。普段はアクアビット訓練校で教導官の補佐をやってるんだけど……テルム、言いたいことがあるなら言って良いぞ?」
途中に補佐という単語が出た時点で、大袈裟なほどにため息をついたテルムは睨みつけるような視線をアヤトへ向け言い放つ。
「補佐はあくまでも補佐でしかない。それで私達を強くできるのか?」
的を得ている指摘にアヤトは苦笑してしまう。戦技教導官が国家資格であることから補佐もそれ相応に高給取りではあるが、それが強さや教導力と結びつくわけではない。そもそも補佐の人選は教導官自身が行うのであって資格が必要なわけでもなく、動きやすいよう身内で周囲を固める者もいる。
そういった経緯からテルムが懐疑的になるのも仕方ない。
「そうだな、絶対なんて言えないけど、一応上級相当の評価は貰ってるんで信用はしてもらうしかないな」
「上級?」
所有しているだけで実力も実績も証明できる便利なアイテム。アヤトにとってゴールドプレートはその程度の代物であり、今回のような依頼でもなければ必要としない、むしろ力の誇示のようなものなど持っていたくないまである。
身分証明の為に初めから見せるつもりではあったプレートを胸元から取り出すとテルムはわかりやすく驚いていた。
「俺じゃ不満だってことなら、担当を変えるよう掛け合ってみるけどどうする?」
「……結構だ、貴方で良い」
ここまで効果があるものなのか、と明らかに勢いがなくなったテルムを見てますますゴールドプレートを手放したくなったが、半年の我慢だと今だけは活用するべく言葉を続ける。
「そいつはよかった。ただこれだけは覚えておいてくれ。補佐の中にも優秀な奴はいるし、もちろん初級にもいる。得手不得手もある。肩書きだけで人を判断するのは控えた方が良いぞ。まぁプレートを見せびらかした俺が言うのも変な話だけどな」
「いや、貴方は何もおかしな事は言っていない。私こそ失礼な事を言ってしまった。気分を悪くされただろう、申し訳ない」
意外なほどの素直さと非を認め謝罪する潔さ、そのどちらもテルムの第一印象にはなかった一面であった。王族であったという選民意識はあるのだろうが、他者の考えを取り入れていく柔軟さも持ち合わせているようだ。
「俺は気にしないけど他の奴らは知らないからな、気をつけるにこしたことはないんじゃないか?で、二人も俺が担当で良いのか?」
テルムみたいに遠慮なく言ってくれ、と付け足しアルムとメッサーラの方へ視線を向けると異論はないようだ、頷いてきた。
「俺は元々文句ない」
「私もそうだよ。そもそも私達って恵まれてるんじゃないかな?少し調べたけど本当なら長い時間教わるなら学園に行かなきゃ行けないらしいし、支部長さんが色々手を回してくれたんじゃないかな」
「そうなのですね、さすが姉上です。いつの間に調べたのですか?」
「ウィドスに来てからすぐだったかな。お世話になるとこの情報は事前に集めておくべきだよ」
「はい、以後気をつけます」
勤勉そうに見えてどこか抜けているテルムと、自由奔放に見えてしっかりしているアルム。双子ならではというべきか、足りない箇所をお互いに埋めていて良好な関係のようだ。
だが、姉であるアルムへの敬愛の色がやや強く見られるテルムには、精神面での心配が出てきた。先程の指摘もアルムを護る為の力への渇望から来ていることが予想できる。
総じてこのタイプは一つのボタンの掛け違いで大きく道を踏み外してしまう、とアヤトの経験談から警鐘が鳴り響いていた。
「やっぱ犬みたい」
「犬?……はは、なるほど納得だ。アルムに尻尾振ってそうだな」
「先生もそう思う?リベリタスに来るまでにも似たようなやりとりがあったけど、ほんと仲良い」
「仲が良いのは良いことだろ、何か不満があるのか?」
「別に。ただ目に毒というか、何日も見てるとくどく感じる」
「これからも一緒に行動するんだから諦めるしかないだろ」
「そっか、残念」
「あと、教官って呼んでくれるか?一応学園との区別で、俺は先生じゃないからな」
「教官……なんかかっこいい。了解しました教官殿!ってな感じ?」
「ノリの良いやつだな」
テルムの警戒をするべきかと考えていたが、メッサーラとの会話で毒気が抜かれていく。何故かこの小さな少年が潤滑油になってくれるのではないかという期待が生まれたのだ。
三人でならば良い環境が作れるかもしれない。短い時間だがそう思えるようになってきたのは、アヤトが三人を気に入ったことも要因だろう。
「じゃあさっそく行動しますかね。まずは……院を出て雑貨屋に行くぞ。理由は道中説明するけどとりあえず俺の安全のために何も言わず着いてきてくれ」
アヤトが立ち上がると、三人は疑問も多いだろう冒険者初日だというのに素直に指示に従い冒険院をあとにする。
向かう先は雑貨屋だ。これから冒険者として必要な最低限の道具を購入してもらう予定なのだが、今回に限り経費で落とせる事は確認済である。ささやかな配慮は王族という肩書きからなのだろうがそれもここまで。後は純粋な力が物を言う世界だ。本人の努力なくして成長はありえない。
「しっかし、面倒なことになっちまったなぁ」
「どゆこと?安全のためとか言ってたけどふか~い事情でも?」
「ああ、説明するよ」
アヤトの行きつけの雑貨屋はやや歩かなくてはいけない為、その間に冒険院を出ることを急かした理由を伝えると皆呆れていた。
「嫉妬って怖いんだね」
「こればかりは感情の問題でしょう。なかなか抑えることは難しいかと」
「あそこにいたのはおっさんばかり。あの綺麗な人を奪い合ってたって、なんかうざそう」
「奪い合うというより誰かと良い仲になるのを怖がってるって感じだろうな」
男だろうと女だろうと嫉妬する心は制御が難しい。アカネとの仲を勘繰られて、いくつかの不快な視線が向けられ続けていたのが良い証拠だ。
ゴールドプレートを携えたアヤトへ絡んでくる事はないだろうが、嫌がらせ程度はあり得るのが人の醜いところだろう。その矛先が何かの拍子に生徒三人に向けられたのではたまったものではない。
「前に進む勇気がなくて他の人の邪魔をしちゃってるってことだよね?そんな人達に好かれても嬉しくないよ。メッサ君はそんな男になっちゃ駄目だからね」
「そういうのはよくわからない。もう少し大人になってからで良くない?」
「確かに!」
その後、メッサーラとアルムはこれからの訓練について和気藹々と予想し、テルムはその様子をほんの少しだけ離れて眺めていた。アルムが楽しそうにしているのを邪魔しない為にと考えれば、この微妙な距離感も意外とは言えない。
「そういえば、残りの三人はどうしてるんだ?」
ふと思い出したのは新人冒険者は本来なら六人のはずだったことだ。
この場にいないということは気が変わり他の職へ就くのかもしれないが、依頼としては六人に対しての教導なのだからアヤトに監督義務がある状態だ。放っておくわけにもいかない。
聞こうと思いつつタイミングを逃してしまっていたが、逆に生徒達も似たようなものだったようで忘れてた、と前置きした上でメッサーラが理由を話してくれた。
怖い。
そう言っていたと、端的な説明でしかないが至極単純故に納得できてしまった。
「なるほど。まぁ危険度で言ったら大抵の仕事よりは高いだろうし尻込みするのも仕方ないよな」
冒険者にも色々な仕事があるが、魔物と相対することも多く、普段街の外に出ることのない生活を送っている人々には想像し辛い血生臭い経験もしていくことになる。
しかし、彼らは頻繁に戦争を引き起こすプロエリウム王国から流れてきた難民だ。故郷で既にそれ以上の経験をしていても不思議ではない。
争うことに嫌悪感や恐怖心を持ってしまうことはむしろ当然の帰結だ。
国から逃げた末に辿り着いた土地が平和であればあるほど、二度と経験したくないと思うだろう。
「そいつらは就きたい仕事があるかはわかるか?」
「それはさすがにわからないけど、一人すごく料理が美味い人はいる。レストランとかおすすめ」
「ラトちゃんのことだね。私特にシチューが好きだったなぁ。ちなみにセイロン君はすごく勉強ができる子だから、どこででもやって行けると思う!カイネル君についてはよくわかんないや。アルちゃんわかる?」
「私も詳しくはわかりませんが、なんでもそつなくこなしていたように思います。ただ、これだと言うものはなかったかと」
「まぁやっぱり本人に聞かなきゃ希望なんてわかるわけもないよな。直接会ったことないから何とも言えないけど、人格的に問題がなければ院がある程度の口利きはしてくれるはずだ。普通ならな……」
果たして人格面での評価はどうなるのかはわからない。どんな事情があろうとも指定された時間に来ていないというのは相手に対して失礼だ。元王族が絡まないからといって無下にはしないはずだが対応が良くなることもない。
管轄はアヤトであり、院への報告にその件を伏せていれば影響はないだろうがそれも相手の出方次第といったところだ。
露骨なまでの意味深な発言に気付かない程幼くはない、けれど年相応に感情が漏れやすい三人は、揃って視線をアヤトへ向けた。
「とりあえずは俺と会えないか聞いてみといてくれ。冒険者になるならないってのもあるけど、まずは話を聞いてみないと動きようがないからな」
最終的にアカネに頼る事になるのは目に見えている。何故か張り切る姿しか想像できないのは昨日の恩返しの話しを聞いているからだろうか。
情に厚く規律にも厳しい彼女がどう判断するかは見当もつかないが、悪いようにはしないことだけは間違いない。
「働かなきゃやっていけないし会えるとは思う。でも、いつが良い?明日一緒に連れてくる?」
「そうしてくれ。遠出する前に少し話しができればそれで良いから」
「遠出?訓練ではなくか?」
「お出かけかぁ」
「そういえば言ってなかったな。雑貨屋で必要なもの買ったら今日は解散。で、明日の朝八時に院に集合。さっそく街の外に出るぞ。近くの森まで行く予定だけど、二、三日は帰ってこれないと思ってくれ」
「いきなりの実践?」
「「っ!?」」
唐突な展開に反応を返したのは呆れ顔をしたメッサーラだけであった。アルムとテルムは顔が強張り、言葉こそ発していないが緊張している事がはっきりとわかる。
「心配するな、俺が戦うのを見てもらうだけで依頼の流れだったり現場の空気だったりを体験してもらうだけだ。お前たちの事はしっかり護るからそんなに身構えなくても危険はない」
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